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CLOSS  作者: 山城もえ
ミンシア編 第1章
3/13

第2話「騎士団第1部隊」下

 騎士団本部はとても広い。隊長達の執務室だけではなく、各部隊の会議室、トレーニングルームに、休憩室、ほかにも、依頼の受託などの庶務が行われる事務室や、武器庫等、騎士たちが職務に専念するための施設設備がそろっている。また、必要があれば、併設する寄宿舎、そして食堂も格安で利用できる。給料もよく、至れり尽くせり。そんなわけで騎士を目指す若者は多い。魔物討伐など仕事に危険は伴うが、命を落としたという話は稀であるため、危機意識はあまりないようだ。アイルとすれ違う新入騎士たちは皆胸を躍らせて、本部を見て回っていた。


 くんっと鼻が動く。肉が焼ける香ばしい香りが、アイルを刺激した。ぐう~っというおなかの虫にせかされて、速足で目的地へ向かう。お昼時の食堂は、ほぼ騎士団員で埋め尽くされていた。

列に並んでとりあえず肉を頼むと、給仕のおばちゃんが「おやおや、こりゃまた素敵なお兄さんが入ってきたもんだ!これサービスだよ!」と豪快に山盛りの骨付き肉を渡してくれた。


「おお~い、アイル、こっちこっち!」


雑踏の中から、聞きなれたあどけない高い声が聞こえる。声のするほうへ視線を向けるとピアニがうれしそうに手を振っていた。


「おう。」


人ごみをかき分け、何とかピアニのところまでたどり着く。お茶をすすっているクルトは既に食事を終えていた。


「遅かったな。」


空になった食器とナイフとフォークがきちんと揃えられている。


「あはは。……ってあれ?その人たちは?」


クルトとピアニの前にはアイルに笑みを向ける見慣れない男女が座っていた。


「あ、シルム隊の先輩だよ!席がなくて困ってたら、声をかけてくれて」

「おぅ!お前がアイルか!オンションテ!オンションテだな!」


ピアニが言い終わる前に先ほどからうずうずしていたらしい男性が身を乗り出した。「オンションテ」とは、貴族の間で使われていた古い言葉で、初めまして、の意味らしい。クルトが耳打ちをしてくれた。テンションも声も大きい彼は勢いに任せ、縛った髪を揺らしながら早口で自己紹介を続ける。


「俺はシルム隊きりこみ番長、ジェット・エスタッカーヴォだ!困ったことがあったらなんでも相談してくれよ!あっははははははははは!」


高らかな笑い声と共にバシバシと背中をたたかれる。痛いわけではないが、お盆に乗せた骨付き肉が落ちそうになったので、アイルは懸命にバランスをとった。


「あはは、よろしく。」

「ちょっと、やめなジェット。」


言いながら、アイルの骨付き肉の皿をひょいっと取り上げ、女性はほほ笑んだ。


「ごめんね、うるさいやつで。アタシはメリル。メリル・グラツィオーラ。よろしくね。」


短髪の女性、メリルは、空いた席の前に、ことっとアイルの皿を置いた。


「よろしく、メリル。」


目の前には山盛りの骨付き肉。もうおなかはぺこぺこだった。肉の香りに誘われて、いざ食事を、と座りかけたとき、ジェットに肩をつかまれた。


「なぁメリル!後輩が出来るのは嬉しいことだな!お前たち、先輩には頼るものなんだぞ!いや、いいんだよ。ああいいんだよ!そんな遠慮すんなって!そうだな俺のことは親しみと敬意を込めて、ジェット先輩とよんでく―」


まくし立てて話すジェットの軽快なリズムを聞きながら、席に着こうとしたその時。ブンッという音がジェットを断ち切り、淡い緑色の光と共に、大きな何かがアイルの眼前を掠めていった。


「ぐっぼああああああああああ!」


ガッシャーン、と威勢のいい音が響く。いつの間にか目の前にいたはずのジェットが、三メートルほど遠くで、周囲を巻き込んで大惨事を起こしていた。またお前か!という罵声が響く。


「?」

「ほら、アイルもお腹すいてんでしょ?そこ座ってなんか食べな。」


笑顔のメリルに促されるまま、アイルは席に座って骨付き肉に手を伸ばす。もう我慢も限界だった。もぐっとかみつくと、かんだところから肉汁がぶわーっと広がり、口の中を幸せで満たしてくれた。肉のことで頭がいっぱいのアイルを横目で見ながら、顔をひきつらせたクルトがぼそっとつぶやく。


「ハンマーで横殴り……。すげえな姐さん……。」


ボロボロになってやっとのこと帰ってきたジェットの足取りはおぼつかない。衝撃からか、星が飛んでいる。


「だ、大丈夫ですか?ジェットさん……。」


慌ててピアニが支えに入る。ふらふらながら、ジェットの目は座っていた。


「メルドゥ……。メリル、いきなりなんてことしやがる!」


恨み節を述べるジェットに目を向けることもなく、興味ないとでも言いたげにツンッとしたまま、メリルが応答する。


「とめないとアンタずっと喋ってんじゃない。ピーチクパーチクうっさい。」

「な!俺は可愛い後輩たちにだな!先輩としてのアドバイスを……!」

「あんたなんかよりこの子たちのほうが何倍も優秀!魔法具を見ればわかるわ。」

「なにおぅ!」


仲がいいのか悪いのかわからない二人の口喧嘩は永遠に続きそうである。げっそりしたクルトがため息をつきかけたとき、ピアニが切り込んだ。


「メリルさん、魔法具にお詳しいんですか?」


ピアニの問いに気づいたメリルは、ジェットに対する怒号が嘘であるかのように、穏やかにほほ笑む。


「ええ。これでも一応シルム隊で魔法具のメンテナンスを任されているからね。ピアニちゃんのその杖も私が造ったのよ。クルトくんの腕輪もね。」


魔法具調整師。騎士団が独自に製造し使用している魔法具は、材料の選定、加工技術、メンテナンスに専門的な技能が必要となる。それを担うのが彼らだ。騎士ではなく魔法具にかかわる仕事に特化した特殊な役割であるがゆえに、メリルは騎士の鎧を着ていない(し、目のやり場に困るくらい肩回りをさらけ出している)んだなと、クルトは一人納得していた。そして、一つ重要なことに気が付いた。


「ってことは……アイルが壊した魔法具たちも……。」

「え?壊した?」


やべっ、と口を噤んだが時すでに遅し。クルトやピアニがどんなに気を使っているかも知らないで、アイルが口をモグモグと動かしながら説明を始める。


「あ、なんだか魔法具と俺が適合しなかったみたいで、触れただけで壊れちゃって。もぐもぐ。あれ、メリルが造ったものだったのか……悪いことしたな。もぐもぐいてっ。」


謝るときに口にものを入れるんじゃない、とクルトの拳に黙らされ、代わりにピアニが謝っているが、メリルは笑い飛ばしてくれた。壊したことについては隊長同様、全く気にかけていないらしい。懐の大きな人だな、とピアニとクルトは思った。


「でもそう……壊れちゃったの?……おかしいわね……。」


誰が壊した、ということよりも、どうして壊れたかのほうが気になるようだ。職業病だろうか。う~ん……と考え込むメリルにジェットが抗議する。


「ええぇぇぇぇぇい!お前ら!俺を無視して会話を進めるんじゃない!おかしい!ああ、おかしいぞ!」

メリルはジェットに背を向けて、思考を整理している。

「適合しないからって、持っただけで壊れるほど……脆いものでもないはず……」

無視されていることは全く気にせず、ジェットも口を動かし続ける。

「ああ、俺の脆い硝子ハートがブローキンハートだぜ……!ってん?ハートがブローキン?ブローキングハート?ん?」

「魔法具の強度はそんじょそこらの武器とは桁違いだし……」

「はっはっは!わっかんね!わっかんねってことはジェットハートの強度はそんじょそこいらのやつとは桁違いでつえぇってこったな!」

「ましてやアタシが調整した魔法具……万にひとつも欠陥品が出るなんて考えられない。」

「この切り込み番長ジェット先輩からしたら、もぐら叩き機の欠陥品のほうがお前より何倍もましだがな!」


仕事脳を働かせながらも、割り込んでくるジェットによって徐々に刻まれていた眉間のしわがこれ以上ないくらい深くなった時、クルトとピアニはメリルの堪忍袋の緒が切れる音を聞いた気がした。いや、ジェットが叩き飛ばされた音だったのかもしれない。


「ぶふぉおおおおおお」


ガッシャーンと再び景気のいい音が食堂に響く。

「うっさいって言ってんでしょ!黙ってな、この腐れモグラ!」


ジェットが飛んで行った方向へ喝を飛ばし、ったく、とぶつぶつ言いながらメリルはハンマーを収めている。


「つええ……、半端ねえ……。」

「メリル姉さま……!」

「あはは!」


顔を引きつらせるクルトと、何故か尊敬のまなざしで目を輝かせるピアニ。そして楽しそうに肉を食べ続けるアイル。三者三様のリアクションをしている後輩達と、これで少しは静かに会話ができるだろう、とメリルは座りなおして向き合った。


「……で、アイル。結局あんたの魔法具はどうなったの?何かと適合した?」

「おお、したぞー。ほら、この糸。」

アイルは自分の首に巻き付いていた糸を指さした。

「隊長の服のほつれ糸がぴかーっとして、しゅるるるってさ。」


糸ってあんた……と呆れた声を出すメリル。幼いころから魔法具調整師として修業し、長年実践を積んできた彼女でも、そんな事例は知らなかった。


「アンタたちも知ってるでしょ?魔法具は、それ相応の原材料を素にして造られるのよ?まさかただの糸が……。」


言いかけて、ふと、メリルの頭をよぎるものがあった。魔法具の原材料として、必要なのは、この世界を流れる力、根源たる魔力を蓄えた物質。そして、人と世界の力を繋げるための媒体として、使用者と調和できる資質。基本的に、前者は素材が、後者は造形がそれを担う。しかし例えば、糸そのものに魔法具の原材料として必要な魔力があったとして、……それが、ヴェネックの服として長年人間に触れていたことで、人間の持つ独特の体内の流れと調和する力も得ていた、という仮説も、立てられないわけではない。


「アイル、ちょっとそれ見せて。」

「ん?ああ。」


しゅるるっという音とともに、糸はアイルの首からほどけ、メリルの手中に収まった。思った通りただの糸ではないようだ。服のほつれ糸ではなく、その太さは紐と言っていい程であった。きっとアイルに合わせて変化したのだろう。魔法具が使えば使うほど使用者に馴染むように。

メリルの見立てでも、糸は十分な魔力を保有しているし、アイル自身の力も流れ込んで、良い具合に適合していた。これなら、装備者の魔力をコントロールするという役割も十分に果たすに足る、むしろ一級品の魔法具とすら思えた。問題は……。


「武器として使えんのか?それ。」

「あはは、わかんねー。」

「だめじゃねぇか!」


そう、武器としての用途だ。本来造形によって魔法具による攻撃方法は初期段階である程度決定づけられている。しかし糸(紐)でどうやって攻撃するのだろうか。メリルが考え込んでいる間に、すでに飽きてしまったのか、アイルが遊び始めていた。


「よっ、ほっ!……よっと♪ほら、クルト橋~。」

「お前、あやとりして遊んでんじゃねえ!ってかクルト橋ってなんだよ。」

「この橋、に、俺が今名前付けた♪」

「…………はぁ。」


この疑問は魔法具調整師のメリルにとって、考察すべき重要な課題なのだが、新入騎士三人の、いい意味で間の抜けたやり取りを見ていると、さほど大したことではない気もした。メリルはほほ笑む。


「アイル。アンタその糸、魔法具として自分の意志で操れるみたいだし、使い方次第でいくらでも武器になると思うよ。」


そう、他の魔法具だって、元の造形が同じものであっても使用者により多種多様、千差万別の変化を見せるのだ。それが、面白いところでもある。


「だって♪」

「はいはい、よかったな。」


関心は尽きないけれど、メリルは新入騎士たちとのコミュニケーションを優先することにした。


「う~ん……糸ってどんな攻撃できるんだろう……。」

「そうだねー……その糸を相手の首元に巻き付けてスパッとかね~(笑)」

「ゲッ」

「グ……グロテスク……。」

「あっはっは!冗談だよ、冗談!」





糸での攻撃方法を模索しながら楽しそうに談笑をする四人を、食堂のおばちゃんに怒られながら、ジェットは恨めしそうに眺めていた。メリルに殴り飛ばされることにも、台無しになった食事、食器の片づけ、弁償も、おばちゃんの説教にももう慣れたけれど、そんなことはどうでもよくて、可愛い後輩たちにいいところを見せないといけないという使命感がジェットの心の120%を占めていた。

「全く、ジェットはなんかいゆーても……。メリルちゃん怒らせるからいかんのじゃろう?もう少し乙女心ってやつを……て、あんたきーとるんね?!」

「おばちゃん!俺そろそろ行くぜ!」

「はぁ?まだお説教は終わってないよ!」

「わるいなおばちゃん!後輩たちが俺のこと待ってんだ……☆!」


返事も聞かず走り出す。返事どころか、話しすらまともに聞いてはいなかった。頭の中は初めてできた後輩のことでいっぱいだ。ジェットはすばやかった。残されたおばちゃんはため息を吐き、書類を探すことにした。


「ったく……またヴェネック隊長に注意申請しとかんとね……、おやおや、毎度のことすぎて紙がもうなくなってしもうたわいね……。」


ヴェネックの仕事がまたひとつ増えることなどつゆ知らず、ジェットは一目散にメリルに向かって進んでいく。メリルはずるい。そうだ、ずるい、と心の中で繰り返す。

自分ばっかり後輩と仲良くなりやがって!


「メルドゥ、メリル……お前寝首を掻かれないように注意すること……」


ぶんっという景気のいい音が、言い終わる前にジェットの言葉をかき消し、そして直撃した。幸い吹っ飛ぶほどの威力はなかったが、痛い。ああ、とても痛い。感想なんてそれ以外に出てこない。が、ジェットはここで負けるわけにはいかなかった。後輩たちによいところを見せるために。


「くっ…………。あっはっははっは!ぬかったなメリル!そう何度もおんなじ攻撃を食らうほど……ジェット先輩は甘くないぞ!」

「うっさいのよバカ!あんた、ただ痛いのを我慢しているだけじゃない」

「なっ!このジェット先輩様がそんなかっこ悪いわけないだろう!ああそうさ、そんな訳……ないんだぞっ」


涙目である。


「あーあーもう、わかったわかった!悪かったわよっ!ほら、回復してあげるからたんこぶだしな!」

「いって!乱暴にすんなよな!いや、痛くない、痛くはないぞ!あははは!」

「ほんと、アンタちょっと黙ってなさいよ。」


なんだかんだと言いあいながらも、メリルは回復魔法を使い、ジェットはジェットでおとなしくされるがままになって落ち着いていた。きっと、多分、いつも結局そこに落ち着くのだろうと、ピアニとクルトは思うのであった。アイルも笑っている。


「なんだ、結局仲良しなんだな(笑)。」

「違うぞ!」

「違うわよ!」


声をそろえての否定は肯定のようなものだ。アイルですら、感じ取ったのだからそういうことなのだろう。とうの本人たちは否定が被ったことが気に入らないらしい。


「ただの腐れ縁だ!」

「ただの腐れ縁よ!」

ピーク時も過ぎ人も減って、徐々に静かになり始めていた食堂に、二人の声が重なって響きわたった。


「メリル……お前何なんだ。ジェット先輩の真似をしたい気持ちはわかるが……」

「そんな訳ないでしょ、スカポンタン!」


2人の言い合いは、やはり終わりそうにない。殴ったり、殴り飛ばされたり、大声で言い合ったりと、迷惑極まりないはずであるのに、誰も止めようとしないところを見るに、この光景は日常のようで、クルトたちももう慣れ始めていた。犬をも食わないというやつだ。


「にぎやかなところだな、シルム隊。」

「なんだか楽しくなりそうだね♪」


想像していた、規律に厳しく厳格な騎士団……とは少し異なるが、クルトとピアニの肩の力は抜けていた。もともと力も入ってないアイルはにこにこしながら、いまだに肉を食べ続けていた。


「あはは。」

「お前な……太るぞ。」

「クルトもくう?」

「見てるだけで腹いっぱい。」

「そう?」


食器を片付け始めたクルトは、ふとヴェネックがまだ食堂にきていないことに気が付いた。そういえば、後から来ると聞いていた。


「おいアイル、隊長は?」

「ん?すぐ行くって言ってたけど……。そろそろ来るんじゃないか?……お、ほら!あそこ。おーい、たいちょー!」


ちょうど食堂の入り口にヴェネックが現れた。難しい顔をしているが、アイルが手を振ったことに気がついたようだ。なぜか食事の注文もせずに近づいてくる。メリルも気づきジェットとの口喧嘩を中断して視線を向けた。


「悪い、遅くなった。メリル、ジェットも、新入騎士に挨拶は済んだようだな。」

「はい隊長。……って、あれ……。」


ヴェネックの後ろに隠れるように、もう一人、身なりを整え、厳しい表情をした若い騎士が立っていた。


「あれ……アンタ……。」


メリルの怪訝な視線を制するように、ヴェネックは口を開く。


「皆に話がある。」


ヴェネックの後ろから一歩踏み出した騎士は、口を堅く結び、眉間にしわを寄せて、しかし、けして目を合わせようとはしない。クルトとピアニはその人物に見覚えがあった。


「……あいつさっきの……。」

「廊下でぶつかった怖い人……あわわ!」


慌てて口をつぐんだピアニだったが、多分聞こえていたのだろう。眉がピクリと動く。


「紹介する。本日付で他の隊から我がシルム隊に転属になった……」

「ミンシアです。隊長補佐役を務めさせていただきます。以後、よろしくお願いします。」


力強いが抑揚のない、暗い声だった。

彼が纏っているのはシルム隊の鎧だが、よく見るとアイル達に配給されたものとは少し異なっている。男性が好む材質で作られ、随所に細かな質の良さがうかがえる造りになっていた。


「隊長、補佐役?」


自分たちとそう年も変わらなさそうなこの騎士が、何故、隊長補佐という役に就けたのか、クルトには何となく見当がついていた。鎧だけでなくきちんと整えられた身なりが、やけに鼻につく。いつの間にかクルトの表情も目の前の騎士を映したかのように険しいものになり、メリルも彼を見つめたまま、口を噤んでしまっている。空気を敏感に察知するピアニは、一人うろたえていた。


「(うう……何、この張り詰めた空気……っ!だれかなんとかしてよぉぉ……!)」


「しっかしアイル!お前よく食うな!」

「あはは、この肉うまいな~♪」


「ジェット、アイル、…………お前ら話を聞いているか……?」


ピアニのささやかな願いが通じたのか、話に加わっていない残りの二人は、空気も全く読まず、肉を食べながら呑気な声を上げた。クルトとメリルがため息をつき、二人を小突く。いつもならピアニも一緒にアイルを怒るところだが、今回ばかりは少しほっとした。


「ってて、今日俺何回叩かれたんだっけな…………って、おお!なんだ、ミンシアじゃねぇか!ひっさしぶりだなあ~おい!スフォルツァンド隊から俺が追い出されて以来だから……えーっと……??2年ぶりってか!はははははは!………………って、あれ??お前その恰好……」

「あ~!でもホント、ミンシア久しぶりだね!元気にしてたかい?」

ジェットを制して、先ほどまで黙り込んでいたメリルが握手の手を出す。

「最近見かけなかったからさ。……どうしてるかと思ってた。」

差し出された手を遠慮がちに握り返しながら、ミンシアはうつむいている。険しい表情のまま、けして目を合わせようとしない目の前の騎士に、メリルは少し困ったような表情で優しく微笑んだ。






お昼時を過ぎた食堂は、閑散とし始め、午後の任務に向かう騎士たちの表情はどこか引き締まっている。食堂に響く足音も力強い。ミンシアは目を閉じて、その音に耳を傾ける。騎士とはそうあるべきで、騎士の任務は、この国を守ることだ、そう、言い聞かせていた。


「あ、やっぱこの肉うめーな♪」

「だから、食ってないで話聞け。」

「あ、クルトー!なんで取り上げるんだよ~!まだ食い途中だろ~。」

「お食事途中の前に、お話の途中なの!」


邪魔だ。似つかわしくない。ミンシアは息ぐるしさすら感じていた。さらに深く、ぎゅっと目を閉じてみても、呑気な笑い声は耳の奥に刺さってくる。


「アンタ本当肉が好きなんだね。」

「食欲なら俺も負けないぜ!」

「あはは」


何かが限界を超えていた。気が付けば、ミンシアは、思いっきり机をたたきつけ、肉を食べているアイルをにらみつけていた。


「……いい加減にしろ!」

「……あれ?お前確かさっきの……」


アイルはやっと気づいたようだった。ミンシアは最初から気づいていた。先刻、ぶつかって怒鳴りつけた相手であると。あの時も、今も、その理由は全く変わっていないのだから。


「……お前は、騎士としての自覚があるのか!」


空気が張り詰め、揺れた。おびえるピアニをなだめ、クルトが間に入る。


「ミンシア、こいつだって悪気があってやったわけじゃ……」

「悪気がないからと言って、何でも許されるわけではない!」

「いやまあ、そうだけど……」


クルトが明らかに不快そうな表情をしたが、ミンシアは気に留めなかった。


「ほほう、勉強になるな」

「あんたはちょっと黙ってなさい。」


ジェットとメリルのやり取りも、ミンシアには今関係がないことだった。ただ、目の前のこの男、アイルだけが、なぜか、どうしても、許せなかった。


「んー。そうか、悪かった。今度からは気を付けるよ。」


ミンシアの剣幕には全くひるまず、ふわふわとした調子を崩さないアイルに、ミンシアの心は余計にざわついた。全く理解ができなかった。いいや、する気もない。


「ヘラヘラ笑って、いったい何が楽しいんだ?」

「ん?」

「……私たちはそれぞれ志があって騎士団にいるのではないのか?」


アイルの瞳は青く深い。不思議そうに自分を見つめる彼から目をそらし、ミンシアは続ける。


「なのにお前ときたら、中途半端にへらへらと……!もう少し真っ直ぐ在ろうとは思わないのか!」


ミンシアの手は、微かに震えていた。メリルはその手を包みながら、静かに制止する。


「まぁまぁミンシア。その辺でやめときな、ね。」

「喧嘩はな!犬もまずいって言いだすらしいぞ!ん?喋る犬とか面白いな!」

「ジェット、あんたは黙ってな。」


本人は全く茶化すつもりなどないのだが、ジェットが口を開くとすべて間が抜けた方向へ転がり始める。ピアニの顔は少しほころんだが、ミンシアはまだおさまりがついていない様子で、机をにらみつけていた。


既に午後の勤務の時間に差し掛かろうとしていた。食堂にはシルム隊の隊員のみで、食堂のおばちゃんたちが片づけを始めている。換気の為に開け放たれたドアや窓から、心地よい風が吹き込んできたことに気づき、アイルは静かに息をついた。


「なぁ。……―笑っちゃ、いけないのか?」

「……は?」


真っ直ぐ、静かに、アイルはミンシアを見つめている。彼の様子に、クルトとピアニは少し違和感を覚えた。


「おい……。」

「……アイル?」


「……俺は、少なくとも、そんなぐるぐるまきの雁字搦めなお前よりは、自分のことまっすぐだと思うぞ。」

「なっ、んだと……っ!」


騒がしかった食堂は、ひとつひとつの物音を感じることができるほど静まり返り、開け放たれた窓は、よどんだ空気を入れ替えていく。会話もほどほどに、アイルはそれらを心地よく感じていた。


「お前こそ、そんな固まって、何が楽しいんだ?」

「……!」


ミンシアの瞳が揺らぐ。口元が震え、手に力が入る。アイルは、視線をそらさない。


「それに、何の意味があるんだ?」


ミンシアがアイルを理解できないように、アイルにとっても、目の前の騎士が、心底わからなかった。だから、ただ、純粋に、思ったこと、感じたことについて疑問を投げかけたにすぎない。


「お前に、……お前に私の何がわかるって……!」


分からないから尋ねたのだ。ミンシアが自分にしたように。それはそんなにおかしなことだったろうか。自分はそうは思わないが、ミンシアにとってはどうやら何かが違うらしい、そう受け取ったアイルは少し面白くなった。


「なーんにも?」

にかっと笑いながら答えると、ミンシアの顔はどんどん赤くなっていく。


「くっ!馬鹿にしてるのか!」


「いや?全く。」

「……~っ!!」

そんなふうに捉えるのか、と、アイルにとってはまたひとつ新たな発見だった。さっきまでの暗く沈んだ顔とは対照的に、ミンシアのほほは上気し、きつい目でアイルをにらみつけている。全く動じないアイルを見て、根負けしたミンシアは舌打ちをせんばかりの勢いで顔をそむけた。


「隊長!」

「む。」

「私、予定を繰り上げてノネットの諸施設へ挨拶に行ってまいります!」

「しかし食事は―……」

「必要ありません!」


ピシャリと言い放ち、最後にもう一度アイルをにらみつけて、ミンシアは歩きだす。


「こっえー……。」

ヒステリーかよ、とクルトが漏らした声は届いていないようで、ミンシアは足早に食堂を後にした。

と、ミンシアが通ったところに何かがひらひらと落ちていくのが見える。


「なんだろ?」

「アイル?どうしたの?」

「なんか、落とし物?多分ミンシアの。」


近づいてアイルが拾い上げると、それは一本の赤いリボンだった。金糸で細やかな装飾が施されている、騎士には、男性には、到底似つかわしくないものだった。


「……リボン……?」


不思議そうに首をかしげているアイルの後ろから、ちょこちょこと様子をうかがうようにピアニがやってくる。


「ア、アイル……?」

「ん?」

「お、怒ってる?」

「えぇ?なんでだよ?怒ってなんかないぞ。」

「そ、そう?」


食器を片付けたクルトもやってきて、うまく言えずわたわたしているピアニをフォローする。


「お前にしては珍しくつっかかるからどうしたのかって、な、ピアニ。」

「う、うん。」


キョトンとして首をかしげるアイルは、二人がよく知るいつも通りの調子でふわふわと笑っている。


「いや、ただちょっと思ったことをいっただけだぞ。」


真っ赤になって大声出して、きつくにらまれていたのだけれど、アイルの中では新鮮だったようだ。


「おもしろいやつだな、あいつ(笑)」


クルトの整った顔がゆがむ。信じられない、と言わなくても顔に書いてある。ピアニも首をかしげ、納得はいかない様子である。しかし、今の出来事はアイルの中では、面白いもの、としてインプットされたらしい。


「いや~、若いっていいわね。」

「パルドゥプロブレム!だいじょーぶだ!お前もまだまだ若いって!」


ことの成り行きをじっと見守っていたメリルとジェットも、ヴェネックと共にやってきた。アイルは楽しそうに笑っているが、ミンシアとのやりとりは、クルトとピアニにとって見ていて気持ちがいいものではない。アイルに何を言っても無駄だとは思いながらも、友人として、言わずにはいられない。アイルとあのミンシアという騎士は、相性が、悪すぎる。


「ともかく。次からはもうちょっと考えて発言しろよ。」

「なんか、顔を合わせるたびに喧嘩しそう……。」


「ははっ。」


「お前なあ……笑い事じゃねー……。」

「心臓に悪いんだからね!」


「まぁまぁ二人とも。若いうちは喧嘩くらいいいじゃない。ね、ジェット。」

「おうよ!最後にごめんなさいさえできたら上等だぜ☆ま、メリルにはもう無理だけどな!年だから!」

「な、ら!あんたもよ!」


何が面白いのか全く分からないが、なぜか楽しそうなアイルを横目に、ため息をつくピアニとクルト。あーでもないこーでもないと休む間もなく口喧嘩をするメリルとジェット。そして、ミンシア。


「…………これは、何というか…………。大変だな。」


ヴェネックは誰よりも深くため息をついた。


ジェットとメリルの初登場。

第2話はメインキャラクターたちの登場話でもあり、とても長くなってしまいました……。

ジェットとメリルを合わせて、ジェメリと呼んでます。ジェメリ好きなんです、ジェメリ。

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