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CLOSS  作者: 山城もえ
ミンシア編 第1章
2/13

第2話「騎士団第1部隊」上

 突き抜けるほどさわやかな秋晴れは、新しく騎士団に入隊する若者たちを祝福するかの如くどこまでも澄み渡っている。高らかに響くファンファーレは、緊張に顔をこわばらせる新入騎士たちの背中を強く推すように、主都中に響いていた。


「フェルマート・イース・ヴァルドネス国王陛下より、新入騎士諸君に激励のお言葉を頂く。」


威圧的に響く進行役の声に、再び背筋を伸ばした騎士たちの前に現れたのは、西国国王、その人であった。


「銀髪―…、きれいだなあ。」


呑気なことをいうのはアイルくらいのもので、隣のクルトとピアニは緊張した面持ちで王の言葉にしっかりと耳を傾けている。


「親愛なる我が西国騎士団、新入騎士の諸君。」


柔らかな声が響く。穏やかな笑みを浮かべる国王陛下はまだ齢三十にも満たない若い王であるが、即位後、先王が病床に臥せてから荒れていった治世を整え、国の実りを確かなものにした、優れた王であった。



「王家直属の騎士として、その誇りと能力を存分に生かして責務を全うし、以てこの国を、この国の民を愛してくれたまえ。…期待している。」


さらさらと輝く長い銀色の髪を風になびかせながら王が軽く会釈をすると、あたりは歓声と拍手とでいっぱいになった。


「…やっぱすげーや、国王陛下。」

「うん、感動しちゃうね。頑張らなきゃ!」


国王を直に見る機会は滅多にない、しかも自分たちに向けてメッセージをもらえるなどということは一般市民において尚更稀有な経験である。クルトとピアニは自分たちの新しい門出に気持ちを新たにし、期待で胸を膨らませていた。いいや、この場にいるすべての新入騎士がそうであっただろう。この男を除いては。


「やっと終わったな。入隊式♪」





_________________________________________________________________________________________






 長い廊下を歩きながら、ピアニ・ラルコットは呆れていた。そしてちょっぴり怒っていた。理由は簡単だ。


「ちょっと、二人とも!」


いつも呑気なアイルだけではない。クルトも同罪だ。呼び止められた二人は不思議そうに振り返る。


「ん?」

「なに?」


「ん?じゃない!なに?じゃなーい!」


 ピアニ本人は言葉に棘を含んだつもりだったのだが、彼女は実年齢よりいくぶん幼くみえるため、二人には全く効果がない。


「どしたーそんなに怒って。もぐもぐ」

「ピアニも食うか?ほら、アイルそのクッキーピアニにやれよ。」

「なんで俺のなんだよ~、クルトのビスケット…。」

「あー仕方ねぇな。ほら、ピアニ。あーん」


無理矢理甘いお菓子を口に運んでくるクルトの手をかわし、ピアニは抗議する。


「わぁっ!そうじゃなくて!!なんで廊下を歩きながらお菓子を食べてるのっってことだよ!」


クルトはにやにやと楽しそうに、アイルはキョトンと不思議そうに答える。

「え?だって先輩の女騎士から、祝いだってたくさんもらったからさ。なぁアイル。」

「せっかくだし、食べなきゃもったいないだろ~もぐもぐ。ほい、ピアニも。」


「むぐっ。~っ」


油断した。口にクッキーを放り込まれたピアニは、小動物のようにほっぺを膨らませ、懸命にかみ砕いて飲み込んだ。


「もう!アイル!クルト!」


「ええ?折角クッキーやったのに、なんで怒ってんだ、ピアニ。」

「ははっ。顔真っ赤だぞ。」


クルトとアイル。この二人は、騎士団学校で知り合ってからずっとそうだった。勉強も運動もできておまけに気配りまでできる、そんなクルトは女子から大人気。一方で無気力で何考えてるかわからないのにどこにいても目立っているアイルも負けず劣らず大人気。プレゼント(主に食べ物)をもらって、口をもぐもぐ動かしていることもそう珍しいことではない。だけど、入隊式のすぐあと、しかも、騎士団本部の廊下で、歩きながらお菓子を食べるのはいかがなものだろう。いや、ダメだ。不謹慎だ。真面目なピアニは、誰かに出会ったらどうしようと気が気ではなかった。そんな気苦労を知ってか知らずか、飄々とお菓子を食べ続ける二人。なぜかそんな二人に懐かれて、間に挟まれているピアニは、いつもこんな調子で、愉快犯のクルトと無自覚なアイルに振り回されている。


「もうっ!二人とも今からどこに行くかわかってる?これから何するかわかってる?」


「どこ行くって…隊長室」

「隊長に挨拶、だろ?」


「わかってるんだったらお菓子食べてないでちゃんとしてよおおお!」


ぱたぱたと一生懸命腕を振りながら抗議をするピアニを見て、クルトが観念したように白い歯を見せる。


「はは、悪い悪い。ちょっと、こう、緊張をほぐそうと思ってさ。大丈夫だって。騎士団本部ってったって、こんなに広いんだ。隊長の部屋もまだまだ先だし、休憩も必要だろ?」


そういう問題ではないのだ。意識の問題だ。そして、人気がないからよいものの、もし万が一誰かにみられでもしたら、入隊早々大ヒンシュクである。アイルはともかく、クルトについては人気がないのも計算の上なのかもしれないけれど…それにしたって。自分たちが今から向かう先にいる人物がどれほど…。

複雑な表情でむ~っと見上げてくるピアニの頭をぽんぽんとなで、なだめるようにクルトは言葉を続ける。


「はいはい、わかったよ。なんたって、俺たちの隊長は『あ・の!』ヴェネック・シルムだもんな。」


その通りだ。ピアニは力強く頷いた。


「そうだよ!入隊式で見たでしょ、私たちの隊長!と~っても怖かったよ!お菓子なんか食べてるとこ見つかったら…っ」

「まぁ、だな。さすがに俺も、ヴェネック隊長の部屋の近くで菓子食う勇気はないな…。」


入隊式が終わると新入騎士はそれぞれ配属先の隊へ挨拶に向かうのが慣例となっていた。こう見えて意外と成績の良い三人の配属先は、騎士団最高位の第一部隊。隊を束ねるのは、国王陛下の側近であるヴェネック・シルムという人物である。


「ヴェネック・シルム?誰だそれ。」


間の抜けた声にクルトはめまいを覚えた。いつものことだが、無理矢理抑え込んでため息として吐き出す。


「アイル…お前…。さっき入隊式でも見ただろ、ほら、あの司会をしてた人だよ、声の低い!」

「?覚えてねぇや(笑)」

「ほ、本当に言ってるの…?騎士団第一部隊シルム隊隊長ヴェネック・シルムと言えば、知らない人はいないってくらい有名な人だよ…!」

「はは、入隊式は王様の髪の色が銀色で、きれいだったことくらいしか記憶にないな~」

「お前なぁ…。」


そもそも、入隊式の前に新入騎士の配属先は決定され、彼らを加えた騎士団名簿も配布されている。隊長の名は隊の通称にもなっており、騎士ではない一般市民にすらその名は広く知られている。特に、第一部隊シルム隊隊長、ヴェネック・シルムは、その中でも群を抜いて有名人だった。


「よく聞けよ、アイル。ヴェネック隊長は、12人いる隊長の中では最年少でありながら、騎士団屈指のずば抜けた戦闘能力を持つらしい。国王陛下の側近も兼務していて、逆らえる人はいないとか。」

「その武勇伝たるや…恐ろしい形相をした謎の怪物を一人で倒したとか、伝説のドラゴンが守っていると言われる幻の宝を一人持ち帰ったとか…あわわ…」

「本気を出せば、一人で街一つ軽々と破壊できるらしいぞ。」


出てくる噂はどれも、ヴェネック・シルムという人物が、人間離れした恐ろしい怪物か何かであると暗に示しているようなものばかりであった。見習い騎士の中では、シルム隊に所属するのは名誉なことであるという認識がもちろんあるのだが、隊長の逸話の恐ろしさから、配属されたくないと思っている者も多いようだった。しかし、他人やそういった噂話に全く関心のないアイルにしてみれば「すげえな、俺たちの隊長は♪」の一言でまとめられてしまうのだが。クルトとピアニはアイルの能天気に衝撃を受けつつも、肩を落とす。ああ、そうだ、こいつはこういうやつだった、と。


「全くお前ってやつは…」

「でも、アイルらしいよね」


無頓着というか、無関心というか。いつもにこにこと、そつなく生きているこの男はつかみどころがないが、真面目なピアニと、意外と神経質なクルトにとっては、彼の言動に気持ちが救われることも多くあるのだった。


「全く、頼りになるやつだよ、お前は。憎らしい位にな!」

「いって!何するんだよクルト~、もう少し手加減しろよ~」

「あはは、でもアイル、もう少し食事と睡眠以外に関心を持ったほうがいいよ!そのうち痛い目見るんだから!」

「ええ…?なんだよそれ(笑)あはは。」


騎士団学校で出会った3人は、共に過ごす中でお互いのテンポをつかんでいった。仲のよい三人が同じ隊になれたのは、幸いだろう。彼らのやり取りは、微笑ましいもので、穏やかに調和している。彼らを取り巻く空気は、いつも通りの変わらないリズムだった。

談笑をしながらも歩を進める。長く長く伸びた廊下は、あちこちに枝分かれし、油断すると迷ってしまいそうなほどである。そのため中々目的地にたどり着けそうになかった。


そこに、少し遠くからカツカツと、別のせわしない足音が重なった。徐々に大きく、近づいてくるその音は、生きそいでいるような、何かから逃げるような、そんな音。


「お待ちください!」

「だから、必要ないと言っているだろう!」


足音はもうすぐそばまできていたが、アイル達は誰一人として気づかない。


「隊長室って、こっちだよな」


アイルが十字路になっている廊下を曲がったとき、必然的に、突然、何かにぶつかった。


「アイル!」

「ミンシア様!」


瞬間、何が起きたかわからなかったが、騎士の鎧同士がぶつかった金属音と、倒れ込んで腰を打ったこと、その他周りの状況から人にぶつかったことは明白だった。

痛みを飲み込み、前を見る。自分と同じように尻餅をついたであろう目の前の騎士は、肩位の長さで雑に切りそろえられた深いオレンジ色の髪を揺らし、こちらを睨んでいた。


「あ、てて。…えっと、大丈夫か?」


手を差し出すと、その騎士は細い眉毛をさらに釣り上げて、アイルをにらみ、その手を力強く払いのけた。パシっという音が静かな廊下に響き渡る。


「前を見て、しっかり歩け!」

「!」

「ふん!」


はき捨てるように怒りをぶつけ、大きな瞳を揺らしながら忌々しく顔をそらす。苛立たし気に立ち上がると、その騎士はアイル達には目もくれず、再び長い廊下をまっすぐに歩き出した。そのあとを、慌てた年配の騎士が駆け足で追いかけていく。


「あ、あの…大丈夫ですか?」

「問題ない!」


しばらくカツカツとせわしない足音が静かな廊下に響いていたが、徐々に小さくなり騎士の背中と共に消えていった。

残されたのは3人のみ。一瞬の出来事に呆気に取られていたクルトはハッと我に返り、座り込んだままのアイルに手を貸した。


「っと、大丈夫か?…ったく、なんだよあの男、偉そうに。」

慌てながらピアニも小さな体でアイルを引っ張る。

「こ、怖い人だったね…。すごくいらいらしてたような…??」


穏やかな空気からの急な出来事に、動揺したのはピアニとクルト、二人だけではない。二人に引き起こされたアイルは、先ほど払われた手をぼんやりと眺めていた。


「…。」

『前を見てしっかり歩け!』


なぜか、その言葉がリフレインした。言語で何かを考えたわけではないが、その言葉が妙にひっかかり、アイルは無言ではたかれた右手をぎゅっと握りしめた。


「あいつ、一緒にいた老騎士に「ミンシア様」って呼ばれてたな。どっかの貴族様じゃないか?全く、マナーがなってないな」

「まぁまぁ、クルト。ほら、アイルもそろそろいこ、本当に遅れちゃうよ。」


「…。」


「アイル?どこか痛い?大丈夫?」

ピアニの三つ編みがぴょこっと視界の端で揺れたことに気づき、アイルは我に返る。


「わ。あ、いや大丈夫、何でもないよ。」


アイル自身に怒りはない、拒絶されたという悲しみもない。生憎、そういった感情に疎かった。まっすぐ自分の感情をぶつけてきたあの騎士とは正反対で、むしろ、そんな自分を言い当てられたような気がしたのかもしれない。何かが、少し気になった。


「ほらアイル。ぼんやりしてると、また誰かとぶつかるぞ~。」

「はは。気を付けるよ。」


ふわっとその場の空気に溶け込むように笑顔を作る。アイルを取り巻く雰囲気はまたいつも通りのリズムを取り戻していた。クルトとピアニも安心したように、隊長室への廊下を歩き出す。その後ろをアイルも続いた。少しだけ、ほんの少しだけ、いつもとは違う足音がする。


はたかれた右手だけは、しばらくの間痛みを引きずっていた。




_______________________________________________________________________________




 さわやかな空気が、小鳥のさえずりとともに窓から吹き込んでくる。大きくしっかりとした仕事机に向かい、黙々と書類を片付けていたヴェネック・シルムは、手を止め、軽く息を吐く。首をゆっくり傾けると、固まった筋がぐっと伸びて気持ちがいい。

昼も間近に迫り、少しずつ日差しが強くなり始めるこの時間は、多忙を極める彼にとって、やっと一息つくことができる貴重な時間であった。決まって何をするわけでもないのだが、毎日、これくらいの時間になると、一旦集中が切れるようで、そのことに気づいてからは、こうして少し休むようにしている。休まないとやっていられないだろう。机の上には、積み重ねられた書類がまだまだ山のように残っている。その半数が「始末書」だ。


「…。」


処理しても処理しても増えていく始末書は、隊長としての責任の重さの表れでもある、そう、思っている。思うことにしている。

いつしか癖になってしまったため息をはきながら飲み物を求めて立ち上がると、重い扉の向こうに人の気配を感じた。


「?」


一人、二人…いや、三人。自分に用事がある者はドアをノックするはずで、そうでないなら立ち去るはずだ。しかしドアの前の気配はそのどちらをするでもない。ただ声だけが、微かに、扉の向こうから聞こえてくる。


「…ここに立つと緊張するな、やっぱり…」

「もう…!さっきまでの余裕はどこにいったのよおおお…!」

「!そりゃあな、いざあの威風堂々、活殺自在で勇猛果敢と称される…帝国騎士団第一部隊、シルム隊隊長、ヴェネック・シルムがこの扉の向こうにいるとなると緊張するにきまって…」

「…、いふー…かっさ、つ??ゆうもうか…??」

「…威風堂々、活殺自在、勇猛果敢、な。つまり…あー…怖くて、強くて、勇敢ってこと…」


「…。」


なるほど。どうやら扉の向こうの者たちは、この部屋の主が恐ろしく、中々ノックできずにいるらしい。新入騎士の挨拶まわりをすっかり忘れていたことについて反省しながらも、疲れがどっと体に舞い戻るのを感じ、ヴェネックはため息をついた。自分の人物像が独り歩きしている様を実際に耳にすると、やるせなさが込み上げてくる。新入騎士たちには申し訳ないが、こればかりは自分でどうにかできる問題でもない。飲み物を求めて立ち上がったことも忘れ、椅子に深く体を預けると、コンコンッと、意外にもリズミカルなノックが聞こえてきた。と同時に扉の向こうがことさら騒がしくなる。


「ちょおおおおおおお!!」

「おおおおおおおおい!!」

「あはは、なんだよ二人とも、すっげー顔してんな(笑)」


新入騎士は既に仲が良いようだった。扉の向こうではコミカルなやり取りが展開されている。元気なのは良いことだが、このままでは何も進まない。ノックもされたことだし、ヴェネックは入室を促すことにした。


「騒がしいな。なんだ。さっさと名乗れ。」


いつもよりも丁寧に、かつ少し優しく言ったつもりだが、もともと低く太く響く彼の声は、威圧にしか聞こえない。


「はい、本日付でシルム隊に配属になったアイル・ファーデンです。入隊の御挨拶に参りました。」

「…お、同じくクルト・グランです。」

「ピ、ピ…ピアニ・ラルコットです!!」


アイル・ファーデン。クルト・グラン、ピアニ・ラルコット…。事前に受け取った書類通り、間違いなくシルム隊の新入騎士の名前だ。アイル、という人物のみ、あまり物怖じをしないらしい。声の感じからして、きっと先ほどのノックも彼のものだろう。


「なるほどな。開いている、入れ。」


失礼します、という声とともにやっと重い扉が開かれ、三人が入室した。全く委縮せず自分の部屋か何かのように一番初めに入ってきたのが、青い髪の、穏やかそうな青年。アイル・ファーデンだろう。その後ろの、逞しい体つきにきりっとした表情の青年…成績優秀者の、クルト・グラン。二人に隠れながらおどおどと、入ってきた少女がピアニ・ラルコット。想像していたより皆、しっかりとして礼儀正しかった。既に仲が良く、調和もしている。何より、個性的だった。だからこそ、ヴェネックは安心した。きっとシルム隊にもすぐ馴染んでくれるだろう。


「改めて。シルム隊隊長、ヴェネック・シルムだ。よろしく頼む。私もお前たちに用があったのでな…ちょうどよかった。呼ぶ手間が省けたな。」


「ふぇ?」

「なんだ?」

「!ふわ!いいえ、なんでも……っ!」


少女は隊長の発言に、隊長は少女の反応に……、純粋に疑問を感じたのはお互い様だったのだが、どうやら、ヴェネックは怖がらせてしまったらしい。隊長として課せられた仕事は、まず彼らを緊張から解き放ってやることだった。


「ピアニ・ラルコット。そんなに固くなる必要はない。肩の力を抜け。」

「ふ…ふひゃい!」

「…お前もだ。クルト・グラン。」

「は!私、ですか!」

「…顔が引きつっている。」

「…!し、失礼しました!」


これまでの経験から理解していたつもりだったが、やはりこれは中々難しい仕事のようである。世間における「シルム隊隊長」の人物像がいかほどのものか、考えただけで気が滅入りそうだった。紛らわせるかのように、ヴェネックはため息をつく。


「ところで隊長、用って一体何なんです?」


何とも言えない微妙な空気の中、一人全く臆せず質問してくるのはアイル・ファーデン。マイペースな彼に促されるままヴェネックは、先に用件を片付けることにした。


「……。我が隊に入隊し、任に就くお前たちに魔法具を、と思って準備しておいた。」


ヴェネックの視線の先、来客用の幅広い机に並べられていたのは、剣や杖などから、アクセサリーまで、多種多様な装備品だ。その種類は街の小さな武器屋よりも充実している。

騎士団が請け負っている任務は、城の警護、街の整備,研究者が必要とする対象の収集や、農家の手伝いなど多岐にわたるが、一番多いのは街に近づこうとする魔物の討伐である。その為、騎士団では「魔法具」と呼ばれる装備を創り、使用者の持つ能力を強化することで、魔物討伐にあたっている。


「講習で学んだだろう。確かに魔法具がなくても個人の性質にあった多少の魔術は使える。だがその威力はお前たちも知っている通り、魔物との戦闘を行うには余りにも心もとないものだ。力を強化し、足りない部分を補うために魔法具がある。覚えているな、クルト。」

「!はい!…魔法具は武器、防具、アクセサリー等、様々な形状のものがあり、個々の使用者に一番適したもの選び装備することが力を引き出すために重要不可欠、であり、ます!」

「ああ、そうだ。」


少し硬いが、成績優秀者の評判は伊達ではない。クルトの返答に感心しながら、ヴェネックは話を続ける。


「…だが惜しいな」

「え?」

「正しくは、使用者に一番適したものを【選ぶ】のではない。……口で言うより見た方が早い、か。ピアニ、魔術は使えるな?」

「!は、はいぃ!」


いきなり話を振られたピアニは、再び強張った表情でおびえているが、視線は逸らすことなく、しっかりとヴェネックを捉え、応えようとしていた。これにも、ヴェネックは内心とても感心していた。小さい体で、立派な心構えである。


「じゃあ私の属性の…み、水を出します…!命の源、癒しの水よ、この手に…っ。」


ピアニの魔術で具現化した水は、微かな光の粒を纏い彼女の小さな掌の上で揺れていた。


「あ、あれ?水が魔法具の杖に吸い寄せられて…っ」


術者であるピアニの意図に反して、ピアニの魔法は机の上に雑多に並べられた魔法具のうち、小さな杖に引き寄せられていく。光の粒が大きくなり、杖はゆっくりと、ピアニの魔法を纏って浮かび上がった。


「こういうことだ、魔法具は、選ぶものではない。個人の力、性質に反応して、…そうだな、いわば適合するものだ。…わかったか?」


魔法具は、個人の能力や性質に反応する。個人の魔術に共鳴を示し、術者が手に取ったその瞬間から、その体内をめぐる力の流れに同調をはじめ、使えば使うほど、馴染んでいく。ピアニには杖、続くクルトには腕輪が適合したようだ。


「わ、すごい!手に取ったら体の中の力の流れがはっきりわかるよ!」

「ああ…、それに魔法具がうまくなじんでいく感じだ。」


初めての魔法具はとても新鮮で刺激的で、ピアニとクルトは興奮気味に目を輝かせている。


「すごい!すごいよぉ、アイル!」

「アイル、お前も早く!」


選ぶのではなく選ばれる、という感覚は、特別な感慨が込み上げるものだ。その感動を共有しようと、二人が振り向いたと同時に、強い光とともに、バキっという鈍い破壊音が響いた。


「え?」

「は?」

「なっ?!」


目を見開き驚く三人に対峙し、アイルは一度目をぱちくりとさせた後、呑気に微笑んだ。


「あれ~?魔法具ってこんな脆いんですか?持った途端に片っ端から壊れていくんですが……」


言いながら、あれこれ手に掴むが、アイルの言う通りつかんだ先から、魔法具は強い光を発し、すべて粉々に壊れていく。


「えぇぇぇぇぇえぇ!!」

「いや、お前…っ、魔術使わず触ったりするから…!」

「あ、魔術使わないと駄目なのか?そっかあ♪」


片っ端から破壊していくアイルを慌てて静止し、ピアニとクルトは当事者のアイルよりも青ざめている。ヴェネックは驚きこそすれ、しかりつけようなどとは微塵も思っていない。騎士として王家に仕えもう何年も魔法具と騎士を見てきたが、適合の段階で魔法具が砕けるなどという現象は初めてだった。魔法具は持ったくらいでは壊れない。魔術の力を引き出すために特殊な材料を使って特別な加工が施してあるため、普通の魔法具よりむしろ強度が高いはずなのだ。焦るピアニとクルトにその旨を伝え、ヴェネックは思案する。


「……簡単に言ってしまえば、私が用意した魔法具の中に、アイルに適合するものがなかった……ということだろう。」

「そういうことも、あるんだ……」

「アイル、お前ってやつはつくづく……」


壊したことについてはお咎めなしのヴェネックの様子に安堵したピアニとクルトは、呆れながらアイルに声をかける。


「あはは、そうなのかー……残念だな。」


面白そうな魔法具を手にすることができずさすがのアイルも少し肩を落とした。その肩に骨ばった逞しく大きな手が添えられる。


「……、またいくつか用意しておこう。」

「本当ですか?」


ぱっと顔をあげて、ヴェネックを見るその顔は、子供がおもちゃを買ってもらう約束をしたときの好奇心と期待に満ちたそれである。ヴェネックとアイルの父親と息子のようなやり取りを見ていたピアニとクルトも、アイルと共に喜んでいる。

全く、微笑ましい。きっと、どんな困難でもともに乗り越えていけるだろう、そう、ヴェネックは思う。


「…魔法具は、お前たちの力を引き出してくれる。鍛錬を重ねて、自分にあった戦い方をしっかり身につけるように。」

「はい!」


個性豊かな三つの瞳が、まっすぐ、ヴェネックを捉えていた。立派な騎士になるだろう。


「…いい返事だ。」


シルム隊に配属されたのが、彼らでよかった。その思いが、自らの表情に表れ、新入騎士たちの緊張を少し解きほぐしたことには気づかないまま、ヴェネックは窓に視線を投げる。すでに太陽は昇り、時間はもう正午を過ぎようとしていた。


「…さて。もう昼時だな…腹がへっただろう、食堂にいって昼飯にするといい。今なら我が隊の面々も食事を取っているところだろう。」


ちょうどお昼時だ。騎士団屯所の食堂も、午前中の任務を終えた騎士たちでにぎわい始めているはずである。


「私も用事を済ませたら食堂へ行く。そこで皆に改めてお前たち3人を紹介しよう。」


きっとすぐ馴染めるはずだ。ヴェネックは机の上の始末書に目をやりながら、ため息の影で、静かにほほ笑んだ。


「は、はい。隊長、本当に色々ありがとうございます…!」

「…これからよろしくお願いします!」


どうやら、緊張はほどけたらしい。ヴェネックは安堵した。はっきりとした理由はつかめないが、新入騎士たちが少しでも仕事をやりやすくなるなら、それでいい。入ってきた時より幾分、いい意味で力の抜けたピアニとクルトの背中を見送る。


「…」

「…」


なぜか一人だけ残ったアイルがじっとこちらを見つめていた。


「…アイル、お前も早く行け。食い物がなくなるぞ。」

「あ、それは困るんですが(笑)ちょっとだけ気になって。」

「なんだ?」


恐ろしい怪獣ででもあるかのような噂が、まことしやかに独り歩きしているヴェネックに全く臆せず、魔法具も適合しないどころか破壊…、などという者は、前代未聞だった。感情の起伏も少なく掴みどころがない、と思えば子供のようにはしゃいでみたりと、纏う雰囲気も少し不思議な青年である。まっすぐな瞳が興味深そうにヴェネックを見上げている。


「服の裾がほつれていますよ!しかも結構豪快に!」

「…。」


視線を落とすと、確かに服の裾がほつれていた。母親が送ってくれたものを、もう何年も大切に着ていたので、綻びが出始めていたのかもしれない。


「全く気付かなかった。ありがとう。」


ヴェネックの実家は主都から少し離れた田舎町にあり、そこで製糸業を営んでいる。この服も、ヴェネックの為にわざわざ糸から作られたものだと思うと、いつまでも捨てることができなかった。もういい歳になる母親の、しわが刻まれた暖かな笑顔が思い浮かばれ、少し心がほぐれたのを感じた。


「切ってあげましょうか。」


見上げる目がなぜか輝いている。


「……いや、自分でできる、気にする―」


ヴェネックの静止も聞かず、力づくで糸を切ろうとするアイル。遠慮も躊躇いもなくヴェネックのパーソナルスペースに入り込んだだけでなく、糸も中々切れないようで、引っ張られることによって服が徐々にほどけていく。


「……おい。お前は俺の服をどうしたいんだ……。だいぶん糸がほどけて」

「あはは、おかしいなあ」


悪気もなく笑って見せる。噂程短気でも好戦的でもないヴェネックは怒りよりも呆れの感情が強く、ため息をつく。アイルを静止せねば、このままでは服がすべてほどけてしまう。


「まて。もういいハサミを出す。」

「え~……?なんだか糸に負けた気がしますね。なんで切れないんだろうな~やるせないなぁ。」

「……あのな。やるせないのは俺だ。いいからもういじるな。そこを持っておけ。」

「はーい。」


少しは反省したのか、よほど悔しいのか、アイルは納得いかない顔で糸の先をつかむ。全く、子供を相手にしているようだ。ヴェネックが心でため息をつきながら、ハサミを入れた、その瞬間だった。


「え?」

「……なっ。」

ぱぁっというまぶしい光が、切られた糸から放たれる。見たこともないほど大きな光を放った後、ゆっくりと収束し、見慣れた光へと変わる。それは先ほど、ピアニやクルトが魔法具に適合した時の光と同じものだった。


「この糸が俺の魔法具、なんですかね?」


糸が魔法具などとは聞いたことがない。しかも、自分の服のほつれ糸だ。ヴェネックが首をかしげていると、アイルの手に収まっていた糸が急に動き始め、シュルシュルと音を立てながら、アイルの首に巻き付いていく。


「わっ、い、糸が、いきなり首に巻き付いて…………。あ、止まった。」

「大丈夫か?どこか異変は?」


首でもしまったら大事であったが、何とか平気なようだ。ヴェネックは胸をなでおろした。


「う~ん。首に巻き付いちゃったし、なぜかちゃんと光ってたし、俺魔法具これでいいですよ。」

「いや、それは」

「あ、なんとなく使えそうですし。」


第一どうやって使うんだ、と問う前に、返事をされた。確かに、ヴェネックの服の一部であったはずの糸は、太くなり、少し質感も変化しているようだった。しかし、本当に使えたとして任務に耐え得るのだろうか、聊か心配だが、ヴェネックが今考え込んだところで解決する問題でもない。後で、魔法具の専門家に聞いたほうが早いだろう。


「…お前は、変な奴だな。」

思ったことが口からついて出たようだ。アイルが楽しそうに笑う。

「そうですか?」

「面白い。」

「あはは、どうかなあ。……隊長こそ、面白いですよ。」


唐突にアイルがいたずらな笑みをこぼした。


「俺か?…それこそ何かの間違いだろう。」


突拍子もない発言にヴェネックは首をかしげる。実際今日も新入騎士であるクルトとピアニを怖がらせてしまったのだから。自嘲気味に困った顔をつくるヴェネックに対し、アイルはやはり楽しそうに笑っている。


「…騎士団第一部隊隊長、ヴェネック・シルム、といえば、街半壊、ドラゴン撃破、伝説の秘宝を持ち帰ったとまで言われる、威風堂々、活殺自在で勇猛果敢な人物、・らしいですしね。」


人に興味がなさそうに見えて、人の話は聞いているらしい、とヴェネックは少し驚きながらも、自分の噂にうんざりし、今日一番のため息を漏らす。


「…それは全て、…誤解だ…。」

「あはは。」


楽しそうに笑うアイルは、やはり子供のように無邪気だった。


「…改めて、よろしくアイル。しっかり頼むぞ。」

「はい、よろしくお願いします。隊長。」


食堂に向かう彼の背中を見送りながら、ヴェネックは仕事机に再び腰を下ろす。

ふと手に取った書類には、新入騎士のデータが記載されていた。クルト・グラン、ピアニ・ラルコット、そしてアイル・ファーデン。紙面上は問題のない、「騎士団第一部隊」の名に恥じない優等生。だが、果たして。


「…これからが、楽しみだな。」


ヴェネックは書類をしまうと、再び机の端に山積みになっている「始末書」に取り掛かる。肩は相変わらず重かったが、窓から入る風は爽やかで、仕事は順調に進みそうだ。


ミンシアとヴェネックの初登場!

この回を読み返したら書いていなかった?のでこっそり補足、ヴェネックは黒髪長身です。

次回も主要キャラクターであるシルム隊の面々との初対面です。

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