第6話「私の宝物」②
主都から北東に進んだ先にある深い森の中で、夫婦漫才と言って差し支えないだろうやり取りを交わす二人を尻目に、クルト・グランは悩んでいた。
「やっぱ連携技使うにはまだ早かったようねぇ」
「メリル、お前重いんだよ! ……いって! 殴んな、魔法具がだよ!」
「わかってるわよ、うっさいわね!」
重要任務を任された今日も今日とて、我がシルム隊の先輩方は犬も食わない会話を繰り広げている。クルトが腰かけている大きな切り株の側には今しがた倒したばかりの、飛行型の魔物が二体、仰向けになって転がったままだ。
「ったく……。しかし、これ、見たことない魔物だわ。いきなり襲ってきたからつい応戦しちゃったけど……」
「人っ気のねえこの森で、人に関わらずに静かに暮らしてた奴らじゃねえか?」
「多分ね、とりあえず消滅する前に記録しておきましょ」
目の前の二人は、つい数秒前まで、睨みあいながら言い合っていたのに、何事もなかったかのように平然と会話を続けている。
「……はぁ」
「おん?」
「どうしたのクルトくん、ため息なんかついて。なんかあった?」
「いや、……」
「なんか」、は喉に引っかかって、音にはならなかった。
「……仲、いいっすね」
「え? 誰と誰が?」
「姐さんと、ジェット先輩が」
「おおん? タダの腐れ縁だぞっ」
「そうよ。どこをどう見たら、このアンポンタンとアタシが仲良しこよしにみえるのかしら」
「いや、言い合いしてもすぐ普通に話してるし、お互いのことを嫌ってないっていうか……。あ、……いや、何でもないっす。忘れてください」
はぁああ……という長い溜息と共に頭を抱え込むクルト。後輩が何かを考え込んでいる様子に、メリルとジェットは目を合わせて首を傾げる。
「ま。悩むことも若者のつとめさね。っと、さっさと魔物を記録して移動するよ。本来の任務を果たさないとね。アタシが終わらせちゃうから、アンタたちは休んでな」
時間がかかりそうだと判断したメリルは、手をひらひらとさせて、記録を再開した。取り残されたジェットは、クルトの顔を覗き込んでみるが、クルトは全く気付いていないようだ。ぶつぶつと小さい声で何かを呟いている。
「あんなやつ、どうでもいいじゃねえか……どうしたんだ俺は……」
むむっと顎に手をやり考えるポーズをとってみるが何も思い浮かばないジェットは、とりあえず口を開いてみた。
「気になるやつでもいんの?」
「えっ」
「おっ? 正解か! さすがジェット先輩だぜっ」
「いや違いますよ!」
「じゃあ何悩んでんだ? 」
「それは……」
ジェットの真っすぐな視線を受け止め続けることができず、クルトは目をそらす。やはり、数日前の休憩室での出来事を、一から説明するのは困難だった。後ろめたさと、自責が混ざった落ち着かない感情を、クルト自身、言葉で整理できていない。ジェットはお構いなしに、口を開く。
「だいたい、誰に好かれよーが嫌われよーが構わねえじゃねえか。死ぬわけでもあるめえし」
「そうですけど」
「気になるってことは、相手に好かれてぇってことだ!」
「っ! そういう話じゃなくて!」
「じゃあどんな話だ? 」
「……あー……。……なんか、ちょっと言い過ぎた、というか……やつあたり……ってか。でも今更謝るっていうのも違うっていうか、何ていえばいいのか迷って……いや、……」
再び頭を抱えるクルト。目を閉じると、あの日の休憩室がはっきりと焼き付いている。幼稚に声を張り上げてしまった自分が情けなかった。
ミンシアのことは正直いけ好かないと思っていた。いつも偉そうで、実績もないくせに階級だけは高い、クルトが嫌煙する貴族そのものだった。それなのに、あの日、抑えきれなかった感情をぶつけてしまったとき、言葉を詰まらせたミンシアの瞳は頼りなげに揺れ、別人のように見えたのだった。溢れないように、こらえている顔が、どこか、寂しそうに見えた。
「あんな、顔もするんだなって、思って……」
「むむ……?」
消え入りそうな声で呟くクルトに対し、顎に手を当て首をかしげるジェット。数秒後、何かを思いついたらしく、ぽんっと手をたたいた。
「なるほど、恋かっ!! 」
「…………はあっ!?」
ガバっと顔を上げたクルトに、ニカッと歯を見せて近寄るジェット。
「そおかそおか! 後輩はKOIWAZURAIってやつにかかっちまったんだな!」
「いや、何言ってんすか! そんなわけ……!」
「照れんなってぇ! 頭を抱えるほど気になる相手、そうつまり想い人! あんだーすたん!」
「いやいやいやいや!」
全力で首を横に振るクルトの隣にドカッと座り込み、肩を抱え込んだジェットは満足そうに胸を張る。
「ほら、正直になっちまえって! その相手の顔が頭から離れないんだろお?」
「いや、まあそれは……」
「ほらみろ! んで、何て話しかけたらいいかわかんねえんだろ!? 」
「そおっすけど!」
「もういくっしかねえって、ほらジュ・テーム!さんはいっ」
「相手、男っすよ!!」
「………おん?」
小鳥のさえずりが聞こえる。数秒間の静寂の後、ジェットの腕にぐっと力が入りクルトの首を圧迫する。
「なぁに言ってんだ! そんなの、関係ねえよ!」
「ぐえ」
「オトコとかオンナとか、テキとかミカタとか、ミブンとか何某!気にすんのはダセエ、だろ!」
「ごほっ、いや、そうですけど!」
「後輩の恋バナ! いくらでも聞いてやるぜ!ほら、いつでもジェット先輩の胸で泣きなっ」
「いや、何で振られる前提なんすか!」
「おうおう、だよなあ! ハートブレイクはしたくねえよなあ!」
「え、あれ!? いや今のは」
「悩むよなあ、好かれてえもんなあ! 困るね、後輩、とても!」
「え、……嘘だろ、恋……?」
「いいじゃねえかKOIGOKORO! 俺は別にメリルに好かれてえとは思わねぇから、何でも言っちまうけどな! はっはっは!! いって!」
ゴンっという鈍い音と共に、ジェットの腕から解放されるクルトだが、真顔で固まっている。降り下ろした拳をもう一度握って、記録を終わらせたメリルも真顔である。
「なんだかむかつくわ」
「ってえ、おいメリル! お前すぐ暴力振るのやめろよな!」
「そうね、反省はしてるわ」
「後悔もしろよ!?」
「はぁ、ほら、こっち終わったからさっさと行くよ。早く【西国の意思】とやらを探さないとね」
「へいへい」
患部をさすりながら口をとがらせ立ち上がるジェットの隣で、いまだに真顔で固まっているクルトをメリルは覗き込む。
「あれ? どしたのクルト君。おーい? 」
返事もない。
「ジェット。アンタ、何したの」
「おん? 先輩らしく悩み相談に乗ってやってたんだって! なっ クルト!」
「……恋、……恋……、恋……。」
三度呟いた後、クルトは再び頭を抱えて黙り込んでしまった。眉間にしわを寄せたメリルが怪訝そうに口を開く。
「さっきより混乱してるように見えるけど……」
「一度ハマったら中々抜け出せねえもんだよな! はっはっは~!」
主都から北東に進んだ先にある深い森の中、クルト・グランの悩みは更に深まったようだ。
いや、好きなんですよね……。
クルトは本当に主人公より主人公らしいなあ。