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CLOSS  作者: 山城もえ
ミンシア編 第1章
10/13

第5話「守りたい」②

「おい、メーリールー!お前いくら休みだからって買いすぎじゃないか?」

「いーのよ、昨日給料日だったし♪」


日差しが届く、昼下がり。大きな買い物袋を抱えたジェットの前を歩くメリルは上機嫌だ。ポルタメントに並ぶ骨董品を順番に手に取り、その品質を吟味していく。


「だからってなーこれは流石に…」

「はい!これもよろしっく~♪」

「ぐえっ、お、重…」


追加で手渡された骨董品は、小さいながらに中々の重量の様で、ジェットの膝が揺れる。ぐぐぐっと大げさな反応を見せる彼に、メリルは不敵な笑みを送る。


「…あっら~?シルム隊切込み番長、ジェット・エスタッカーヴォ先輩はこれしきの荷物に屈するのかしら」

「!……んなわけないだろーがぁ!このジェット先輩にかかればこれしきの荷物山の子歳々だぜ!」

「それを言うならお茶の子歳々、よ。さっすがねぇ~♪じゃっよろしく!」

「おう!」

「ふふ♪」


ふんっ、と力を入れなおし、背筋を伸ばしたジェットを見て、満足気なメリルは普段よりも少し柔らかく無邪気な微笑で、心地いい風に揺れる自身の髪を耳にかける。よい休日だ。もう少し見て周ろうと決めて、再び露店の方へ視線を投げた時だった。ふと、見知った人物が歩いているのに気が付いた。


「あら?…ね、ジェットあれ…」

「ん?…ってミンシアじゃねえか。」

「…なんか様子が変ね。どうしたのかしら…」


こんなに清々しい昼下がりに、髪が瞳にかかるくらいうつむいて、たどたどしい足取りでポルタメントを歩く。その足取りは、目的もなくさまよっているようにも見える。


「なんだ?迷子か?」

「一本道のポルタメントでどうやって迷子になるっていうのさ。アンタだって迷ったことないでしょ」

「お~、確かになあ!ははは」

「思いつめてる顔してるわね」

「また喧嘩でもしたか?しょーがねえなあ、アイツらは!」

「……それだけ、かねえ」

「あん?」

「……ミンシア。昔はもっと……。笑顔が印象的な子だったよ。」


メリルがミンシアに初めて会ったのは、数年前のことだ。スフォルツァンド隊に配属になったミンシアを含めた新入騎士へ魔法具を配給する際に、言葉を交わした。幼さの残る大きな瞳をキラキラと輝かせて、期待に胸を膨らませていたミンシアは、少なからず好意的に感じられ強く印象づいた。当時、先輩騎士としてスフォルツァンド隊に所属していたジェットも同じ印象を抱いていたようで、軽く相槌を打つ。独り言のように、メリルは続ける。


「でもさ、会う度に表情が曇っていってた。あの子、普通より入隊年齢が若かったじゃない?だから、まあ慣れるまで時間がかかってるのかなって、思ってたんだよ」

「あの頃は俺もスフォルツァンド隊長の命令で主都にいたからな!詳しいことはわかんねーけど……アイツ、ジン副隊長がやたらミンシアのこと気に入ってるってのは、時々他の奴が話してたぜ」

「ジン・アランガルドでしょ。いい噂は聞かないわね」

「まあ~、ちとひねくれてるがな! 根っから悪い奴じゃあねぇぞ」

「どうだか」

「俺がちょ~っとやらかしちまって、スフォルツァンド隊からシルム隊にうつった後で、ミンシアもどっか別の隊に行ったって聞いてたけどな」

「イジュール隊だよ。カルマートから、港町コンチェルへ転属になったそうよ。イジュール隊にいる時には、もう最初の笑顔はほとんどなくて、いつも俯いてた。カウス隊長は気にかけていたみたいだけど、それが余計、周囲を刺激したのかもしれない。……アタシもシルム隊専属になってからは会う機会がなかった。どういうわけだか、巡り巡ってシルム隊で再開した時には……あんな姿だった」


どこか不格好で不似合いな鎧を身に付けたまま、「あんな姿」で、とぼとぼと歩くミンシアを目で追いながら、メリルは眉を下げる。


「何かあったのは分かり切ってるのにさ。……不用意に踏み込んじゃいけない気もして……」


普段物事をはっきりと言い切るメリルにしては珍しく、その声は徐々に小さくなっていく。視線は、ミンシアに向けたままだ。ジェットはすこし思案するように首を傾げ、空を見上げた。


「声かけてやりゃ、いいんじゃねーの?」

「え?」

「何考えてるかなんて、聴いてみなきゃ分かんねーだろ。あれこれアタマで考えるより、手っ取り早いぜ!」

「そりゃそうだけど」

「なんだぁ?怖えのか?」

「聞いてほしくないって、顔に描いてあるじゃないか。お節介だろ、頼まれてもないのにさ」

「そうか?言いにくいことは、誰かが聴いてやんねーといつまで経ってもそのまんまだろ~? どんな反応が返ってきたって、どーんとうけとめてやりゃいいんだよ!それが先輩ってもんだぜっ」

「ジェット……」

「後輩たちの面倒を見るのが先輩の役目ってな!」


柔らかな日差しを背に、ジェットは歯を見せて笑う。所狭しと商品が並ぶポルタメントを、気持ちのいい風が吹き抜けていく。メリルは再び、風にさらわれた自身の髪の毛を耳にかけ、微笑んだ。


「……そうね」





・・・





―……やってしまった。

やってしまった、やってしまった。

また、やってしまった。


ああ、どうしていつもこうなんだろう。

自分の力で

どうにかしないといけないのに

何か、やらないといけないのに

焦って動くたびに、何もできないんだと、思い知らされる。


……いや、まだだ。

誰にも認めてもらえなくても

誰にも理解されなくても

まだ、「思い知った」なんて言葉で、片づけてやるもんか。やらなければならないのだ。


それが、自分がここにいる理由だと、

あの時決めたのだ。

ここで諦めてしまえば、全てが嘘になる。


それなのに

瞳の奥が痛くて、胸がざわめいて、喉が熱くて……

震える手を握りしめても、

弱音が、飲み込めない。


細くて、弱くて、情けない

こんな自分が、大嫌いだ。

大嫌いだ、大嫌いだ、大嫌いだ。


わたしは、ただ……―


「守りたい、だけなのに……」


 行く当てもなく、力もなく、それでも足を止めることもなく、ミンシアは歩き続ける。穏やかな日差しの中で飛び交うポルタメントの雑踏が、すれ違う人々が、どこか遠い世界のものの様で、ひとりぼっちのミンシアは顔を伏せ、視界を前髪で覆う。


『お前は…お前はどうなんだよ!お前こそ、そんな偉そうなことが言えるほど強いのかよ!!』

「っ」


視界を遮ると、クルトの怒声がリフレインした。体に力が入り、奥歯が軋む。頭に響く低い声と、体を強張らせる力を払拭するように、自然と小さく首が振れる。


『……そうやって目をそむき続ける限り、お前は弱い。いくら逃げたって、その事実は後から後から、お前を追いかけてくる』

「!」


背筋を這うような悪寒に、足と息が止まる。何をしても振り払えないほど、嫌らしく鋭い目が、掠れた声が、何度も何度もミンシアを責め続けている。

さあっと、ポルタメントを通り過ぎる風が前髪をかき分け、呼吸をすることを思い出したミンシアが小さく息を吐くと、酸素を求めて肩が揺れた。浅い呼吸のまま、風がかき消してくれるほどの声で呟く。


「……私は、強くない。……だから、こうやって……」

再び瞳の奥が熱くなる。ミンシアは首を強く振り風がさらった前髪の先へ、視線をあげた。空は、高く青く澄んでいる。


『笑いたいときは、笑えばいいだろ。怒りたいときは怒る!そうやって感情をむき出しにしているほうが、お前らしいと思うぞ』

「……っ」


思い出してしまった。空が、似ていたから。

腹が立つほど自由で、何度強くあたっても受け流して関わってくる、いつも柔らかく笑っている、アイツに。


見上げた空は、ゆっくりと薄い雲を絶え間なく流していく。己の手ではどうすることもできないことが、嫌に切なくて、やるせなくて、腹立たしくもあるのに、そうであるからこそ、変わらずそこにある穏やかさに包まれる。


嫌いだと心で唱え続けた。

大嫌いな自分と、正反対で。

受け入れられないはずなのに、他のどんな言葉より、遠く澄んだ、綺麗な、青い、あの空に似ている。……自分が、情けない。

首を上げて高く高く仰いでみても、こみ上げた涙は、もう我慢が出来なかった。


「……っ」


「ミーンシア」

「!」


不意に、声をかけられて身構えると、見知った優しい顔がある。


「メリル……」

「よっ!ジェット先輩もいるぜ~っ!っておい、なんだミンシア、泣いてんのか?」


きゅっと肩に力が入るより先に、豪快な打撃音が鳴り響いた。二人がやり取りをしている間に、ミンシアはいそいで目の周りをぬぐう。

「無神経。あと、荷物おちた」

「あはは!わりわり。よっと。んで、ミンシアどうかしたのか?」


何事もなかったように再び問いかけるジェットに対し、ただ「なんでもない」と返すのが精いっぱいだった。ジェットがおどけて大げさに声をはる。


「いけねぇな~!いけねぇよ!何でもない顔してるぞ?ほーら、すまーいる!」

「…」

「すまーいる!」

「…」

「…なかなか手ごわいな…」


至近距離で変幻自在に伸び縮みするジェットの顔に、ミンシアは目を丸める。どうやら笑わせてくれようとしているらしいことを理解した時、後ろでメリルが噴き出していた。


「ふっは……っ、何やってんのよあんた」

「おお?!まさかこっちに効果がでたというのか!…ほんじゃ、メリルにこうすれば…」

「ぶっ!ふははwww」

「どうだミンシア!」

「ば、バカ、あはは」

「いって!」


変に作った顔で自慢げにポーズまで決め始めたジェットだったが、メリルにはたかれて終了した。笑いすぎて薄くうるんだ目をこすったメリルに謝られたが、ミンシアは全く気にならなかった。


「……二人はいつも楽しそうだね」

「え?」

「…いっててて…お?」

「うらやましい。」


自然と、言葉が口をついた。自分のことを、以前から知っていてくれている二人だからかもしれない。こんな風に喋ったのはいつぶりだろうか。とても懐かしい気持ちになった。


「おう!楽しいぞ!ミンシアは楽しくないのか?」

「…」

「ははは!難しいことはぐちゃぐちゃ考えないに限るぜ!楽しいとか楽しくないとかな、ほんとーに楽しいときはそんなこと考えないもんなんだって!」

「ジェット…」

「感じるもんなんだよ!まっ、あんま考えたことねー俺には違いがよくわかんねーけどな!ははは」


高らかに笑い、ニッと歯を見せたジェットの隣で、メリルが優しく微笑んでいる。二人には、考え込んでいたことを気づかれていたのだろうか。


「ぐちゃぐちゃ考えずによ!好きに生きりゃいーじゃねーか!感じるままに!それが一番楽しいんだぜ!なっ」


言葉の勢いの割に、ミンシアの肩を叩いたジェットの手は、とても優しかった。


「はっはっは~!さてさて、よっと。空気が読めるジェット先輩はこの辺で退散しちゃうぜ!……またな!」

「あ」


言うが早いか、ミンシアが止める隙も無く、沢山の荷物全てを抱えなおして、ジェットは軽い足取りで去っていく。その背中を見ながら、先程とは少し異なる表情で、可笑しそうにメリルが笑う。


「あはは。自分で言わなきゃまだましなのにね」

「…お礼、言いそびれちゃった」

「大丈夫よ。ジェットだから」

「…そっか」


ふと口元の力が抜けた。ミンシアの口角が少しだけ上がったことに、メリルは安堵する。


「……何かあったのかい?」

「………なんでもない」


開きかけた口を一度閉じて、ミンシアは小さく呟いた。しかしその様子は、最近の様子とは異なり、メリルにとってはどこか懐かしい、頼りなくか弱いものだった。彼女はふっと微笑んで、ゆっくりと優しく語り掛ける。


「……あんた、なんでもない、が口癖になってるよ。…ホントは、そうじゃないでしょう?」

「…」

「厳しいこと言うように聞こえるかもしれないけど、…その【なんでもない】は、なんでもないことに気付いてほしい甘え。甘え自体を悪いことっていってるんじゃないわ。ただ…あんまりそれ、使ってると、そのうちホントに何でもなくなっちゃうわよ」

「…」


メリルは決めていた。お節介だろうが何だろうが、首を突っ込んだのなら、ミンシアが強く拒絶しない限り、近づいてみようと。そのために、説教ではなく、対等に、言葉を交わそうと。

メリルはわざとらしく深く息を吐く。


「なーんて、これは半分、ううん、三分の二くらいは自分に向けて言ってんだけどね」

「え?」

「私も一緒。だから分かるよ、少しはね。」

「メリルも?」

「そうそう。私はさ…ジェットみたいに強くはないから、やっぱりぐるぐる考えちゃうよ、色々ね」

「…うん」

「だけど、ジェットみたいな、ああやって笑い飛ばしてくれる馬鹿がいると、少し気が楽になんでしょ?」

「……うん」

「で、ちょっとだけ笑顔になる」

「……」

「それを誰も咎めやしないわ。喜んでくれる人はたくさんいると思うけど。……そう信じられる強さくらいは、持っていたいね。」

「……!」


目を見開いて、メリルを見るミンシアに、彼女は優しく頷いてみせる。

「アンタが何で悩んでるのか知らないけど、…少しだけ誰かを信じて頑張ってみようと思ったら、その時は。吐きだしてみな。きっと、大丈夫よ」

「……っ」


メリルを見るミンシアの瞳から、大粒の涙がぽろぽろと止めどなくこぼれ始める。一粒一粒が大きく揺れて、ぽたぽたと落ちていく。ミンシアは、もうそれを止めようとはしなかった。

メリルは寄り添い、細い肩に似合わない鎧をそっと外して、肩を抱く。小さく震える髪が柔らかく揺れて、微かに甘い香りがした。






・・・







オレンジがかった栗色の髪は、遠目でもよくわかる。走り去ったミンシアが行く先を見たアイルは、数分遅れてポルタメントを下っていた。一本道にもかかわらず、なかなか進まないのは、初めて見るポルタメントの露店に興味を惹かれてしまい、何度も足を止めたからだ。


「いけね。こんなことしてたらいつまでも見つからないな」


ふわふわと視線を泳がせながら進むと、第六層のセクステットへ入る曲がり角で、その姿を確認した。


「あ、いたいた」


少しだけ歩く速度を速めて近づくと、どうやら隣にはメリルがいるようだ。二人は木陰に座っている。

アイルは首をかしげる。そういえば、以前から二人は知り合いだったと聞いた気がした。


「俺が探す必要はなかったかな」


足を止めた。引き返してもいいかもしれない。メリルがいるなら、ピアニも安心だろう。

踵を返し、一歩踏み出そうとしたところで、動けなくなった。アイルはまた首をかしげる。なにが自分の動きを止めたのか、アイルには分からなかった。


「まぁいいか。ここまできたし」


ふうっと息を吐いて、再びミンシア達の方へ歩き出す。

そういえばミンシアは何を怒っていたのだろう。いつも、騎士たるもの、と眉を吊り上がらせて背筋を伸ばしている。そういえばいつも何故か怒っている。怒っていたのは普段通りだ。

ふと休憩室での出来事を反芻し、最後に見たミンシアの表情を思い出す。あれだけ、あの顔だけ、いつもの顔とは違うものに見えた。あれは、なんだったのだろう。全く別の人間の様にも見えた。

木陰で座り込む二人に近づく。鎧を外した背中は、メリルよりも華奢だった。


「ふふ。ひどい顔、ほら、笑いな。女の子は笑ってる顔が一番輝いてるんだから」

「ふ……」


フワッと風が吹き抜けて、どこからか、甘い香りが鼻をくすぐった。


「え?」


アイルの間の抜けた声に、二人が振り返る。


「!」

「あ」


目を見開くミンシアと、その隣で困ったように微笑むメリル。ぱちぱちと瞬きをして青い瞳を丸めたアイルは、少しだけ空いた口を閉じることなく、いつもの調子で問いかけた。


「ミンシア…お前、女、なのか?」


穏やかな昼下がり、青空の下、気持ちよく吹き抜ける風が、柔らかく木陰の形を変えていた。


このパート音声化できてないことが悔やまれる……。

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