幕間:エルフ共和国行政樹五階にて
世界樹の街では、住居や公共機関は全て大木を掘り抜いて出来ています。
庶民の樹家は小さい樹を、大身の樹家は大樹を掘り抜き、中層で渡り廊下などを作り立体的な街を作っているのです。
妖精王が住まう宮殿樹から連なる所に行政樹があります。
エルフの森共和国の行政機能の要です。
赤金を思わせる色をした巨漢の悪魔がテラスから世界樹の街に降る豪雨を見ています。
フローチェが打ち上げた大嵐は各所で起こった火災を鎮火させて、だんだんと弱くなっています。
「脱出……したか……、フローチェ横綱」
赤い悪魔はつぶやきました。
彼の横に音も無く東洋風美女が現れました。
彼女の腰から下は蜘蛛の胴体があり、六本の足が生えています。
彼女はアラクネ種、蜘蛛神に仕える女戦士の一人です。
「はい、そのようですアリマさま。ですが、こちらとしても助かりました。業火トロール部隊は戦闘力が高いのですが、世界樹の街とは相性が悪かったようです」
「取り替えろ……」
「了解しました。今、本国に伝令を走らせます」
アリマと呼ばれた赤い悪魔は遠く西の街門を見据えています。
「横綱を追わねば……、誰がいいか……。推薦はあるか……、ククリ秘書官」
ククリと呼ばれたアラクネ族は羊皮紙を挟んだクリップボードをめくります。
「フローチェ横綱追撃部隊には私も参加させてください。あと、アラウネ族と、ミノタウロス族の力士が名乗りをあげています。ナーガ族、スライム族の力士も希望を上げていますが……」
「アリアカ相撲……との、団体戦となる……。足が無い種族は……、ルールのすりあわせが……、難しい……、とりあえず、三人……」
「解りました、アラウネ族と、私と、あとは……」
「俺も……、出る……」
「はっ!」
どたどたと騒がしい音を立ててミキャエル宰相が会議室に駆け込んできました。
「アリマくんっ!! 困るんだよっ!! どうしてくれるのかねっ!! あなたの部下がアリアカ国の皇太子と皇太子妃を逃がしたよっ! どう責任をとってくれるのかねっ!」
「責任……?」
「あの二人を押さえれば、アリアカに対して色々な譲歩を迫らせる強力なカードになったはずなんだよっ!! あなたの部下が勝手にスモウとかいう児戯をやって、負けて逃がしたんだっ!! 責任問題だよ、これはっ!!」
アリマはじろりとミキャエル宰相を睨みます。
ククリも憮然とした顔で宰相を睨みました。
「俺が追う……、迎賓館で暴れた……アリアカ力士は……、どうした?」
「そ、それはだね……、思いの他強い奴らで、その、迎賓館を突破し、世界樹の街の反動勢力の手によってだね、抜け道で街から逃げたようだよ、まったく」
「アリアカの力士を……、なめるな……、奴らの……戦闘力は……、ずば抜けている……」
「マウリリオ将軍と軍隊力士たちが逃亡しましたか……」
ククリは街に目をやりました。
彼女は相撲の情報を取りに、人間に化けて王都に潜入していた事があります。
縁あって、アラクネ神さまがいるクリフトン部屋に入門して相撲修行に励んだ事があるのです。
その時に出稽古に来ていたマウリリオ将軍を見た事があります。
「軍人らしい一本気なお相撲さんでしたね……」
今は敵味方に分かれましたが、知り合いのマウリリオ将軍の無事を知り、すこしほっとしている自分に気がついて彼女は頭を振ります。
エルフ解放軍の兵士が、縛り上げた業火トロール部隊の隊長のアイキオと、毒ガエル族のギブンを連行してきました。
「こいつらだよっ!! アリマくん! 厳罰をお願いするよっ!! こいつらを処刑するなら処刑台を立てようではないかっ!」
金切り声を上げるミキャエル宰相を無視してアリマは二人に近寄ります。
「大将軍、命令を守れず申し訳ありませんっ」
「申し訳ないでゲロッ」
「横綱は……、どうだ……?」
「す、すごかったっすっ!! しゅ、撞木反りをですね、かけられましたぜっ!」
「恐ろしく強く、そして恐ろしく優しいかったゲロッ!」
「そうかそうか……、よかったな……」
アリマは微笑んで二人の拘束を解きました。
「業火トロール部隊は……、世界樹の街と……、相性が悪い……」
アリマはククリを見ました。
彼女はうなずきます。
「本国から交代部隊が来ますので、後続が着任後、業火トロール部隊は本国へ帰還してください」
「ええっ、失敗した罰ですかいっ?」
「違います、これ以上火事を出したら、エルフの民の憎しみが魔王軍に向いてしまうからよ」
「罰は……、無い……」
「そうですかい、張り切ってきましたんですが……」
アイキオはしょんぼりと肩を落としました。
「また……、お前達は……、使う……、今は……、下がれ……」
「「はっ!!」」
アイキオとギブンは伸び上がり敬礼をしました。
「困るよっ、アリマくんっ!! 国民に示しというものがねっ!! 賞罰はきっちりしてくれないとねっ、魔王軍との協力関係にも関わってくるんだよっ!」
アリマはミキャエル宰相をうるさそうに一瞥しました。
慌てたエルフ解放軍の兵士が会議室に駆け込んできました。
「大変です、ミキャエル宰相! 妖精王が、妖精王が逃亡しました!!」
「な、なんだとっ!! 馬鹿なっ!! 逃げられる訳があるまいっ!!」
「それが軟禁部屋から煙のように消え去っており!」
「馬鹿な、馬鹿なっ!! 探せ探せっ!!」
ミキャエル宰相は慌てて会議室を飛び出して行きます。
それを見てククリは眉をひそめました。
「とても上に立つ人物ではありませんね、始末しますか」
「いや……、今はいい……」
「はっ」
アリマは西の空を遠い目で見ます。
「横綱を……、追う……」