第七話 世界樹の街を救う複合技 「大嵐召喚(コール・テンペスト)!!」
押しつ押されつの攻防が続く。
意外に白土俵と黒土俵のバフ・デバフの効果が大きい。
高次の相撲になると、わずかな力の差が大きく結果に関係してくる。
相撲力の回転数を上げて対応しているが、やはり、一拍の時間差があるのが辛い。
風の相撲で火の影響は無い。
炎を風の膜が吸い込んで私の後ろに排気していく。
だんだんと体に馴染んで来たのか、排気の力で前に推進力が掛かってきた。
「ぐぬごぉっ!!」
アイキオが一声吠えて、のしかかってきた。
私は流れるように彼の肘をとらえ腕の下に頭を押し込んだ。
どこからか足下に波が押し寄せてきた。
「な、なにいっ!!」
アイキオが悲鳴を上げる。
たすき反り?
いやこれは……。
私は、風の力を使い、相撲魂の回転を上げ、アイキオの巨体を肩に担ぎ上げた。
「大波撞木反り!!」
そのまま天に届けとアイキオを投げ上げる。
どこからか現れた大波が渦を巻いて伸び上がり、彼の体を巻き込み、さらに上空へと投げ上げた。
「大嵐召喚!!」
そして、私はかけ声ともに、風の相撲を幻想の大波に向けて解除する。
ドッカーーーン!!
大波が上空へと風の力で打ち上がった。
一天にわかにかき曇り、一拍置いて叩きつけるような豪雨が降ってきた。
アイキオも降ってきて土俵にぶち当たり、彼の炎が豪雨によってジュンと消えた。
ザアアアアアアッ!
視界一面がバケツをひっくり返したような土砂降りだ。
私はずぶ濡れになった。
そして、世界樹の街の全ての火災が鎮火した。
『勝者、フローチェ!』
グレイ審判が手をあげると、あたりを埋め尽くしたエルフや魔族から土砂降りを吹き飛ばすような歓声が上がった。
「世界樹の街を救ってくださってありがとうっ! フローチェ横綱!!」
「なんてすげえ戦いだっ! ありゃ、幻の大技だなっ!」
「すげえ、すげえよっ! 相撲すげえなあっ!!」
豪雨を受けながらも観客の興奮の声は止まらないわね。
アイキオ関がよろよろと立ち上がった。
「ごめんなさいね、高く放り投げてしまって」
「いや、撞木反りなんて幻の大技を掛けられたとあっちゃ、一生の自慢だぜっ、へへっ」
アイキオは顔をくしゃくしゃにして笑った。
「私も出せるとは思わなかったわ」
風の相撲と相撲魂の最大回転が組み合わさったお陰だろう。
なにしろ 撞木反りは、前世、日本の大相撲の歴史でも一度も使われた事の無い幻の大技だ。
私も、もちろん出した事はなかった。
”ありがとうございます、フローチェさま、街は救われました”
(いいのよ、私こそありがとう、風の相撲、助かったわ)
”こ、今後もエルフの森共和国内では風の戦式が使えます。あなた様のこれからの冒険の手助けになれば幸いでございます”
私は名前を間違えていたらしい。
だが、まあ、それは細かい事だ。
”風の相撲でも呼べるようにしておきますね”
(ごっちゃんですっ)
ずずずと、太極図の土俵が地面に吸い込まれていった。
グレイ審判も一礼して消えて行く。
「フローチェ、やったね!」
「お嬢様! 相撲でなんとかしましたねっ! 凄いですっ!」
「べ、別に風の相撲は相撲じゃないんだからね」
「相撲じゃないですかっ」
「ぐぬぬ」
名前を間違えて覚えたのを、もう後悔してるわ。
でも、このフォームはエルフの森限定の技のようだから、たぶん精霊の加護の力なのね。
だったら、リジー王子も使えるかもしれないわ。
魔族の人達は、皆、特殊能力があるようだから、防御技はありがたいわね。
「さあ、アイキオ関、街門を通してちょうだい」
「わかった、俺も相撲取りだ、勝負に掛けた約束に二言はねえぜ」
「ありがとう」
「だから、また、仕合ってくれねえかな?」
「いいわよ、また土俵で合いましょう、ギブン関もね」
「ああ、うれしいでゲロ、きっとゲロよ」
リジー王子が呆れたように苦笑した。
「まったく、フローチェと相撲を取った人はみんな仲良くなっちゃうんだよな」
「それがお嬢様の凄い所ですよっ」
「まあ、そんな事は無いわよっ」
王子とアデラに褒められたので、ちょっと照れてしまった。
それは、お相撲を取って、心の深い所でわかり合った結果だから、別に私の手柄ではないわよね。
「まてーいっ! アリアカ国の皇太子リジー殿下と、皇太子妃候補には逮捕状がでております、大人しく共和国の行政樹へご同行願いたいっ!!」
エルフの軍隊が三十人ほど前に出てきた。
槍をこちらに向けているわ。
「おうおう、街門の警備を任された俺が良いって言うんだ、すっこんでろ、菜っ葉野郎っ!!」
「貴様こそなんだっ!! ここは我々の国だっ!! 魔物共に指図されるいわれはないぞっ!!」
アイキオ関が率いる魔王軍部隊とエルフ軍部隊がにらみ合った。
そして、エルフの主婦だろうか、もの凄い美人ですらりとして買い物籠を下げた女性が軍隊に大根を投げた。
「あんた達が何をしてくれたのよっ!! 世界樹が燃え落ちそうなのを、フローチェ横綱が相撲魔法で救ってくれたんじゃないっ!! ひっこんでなさいよっ!!」
世界樹の街の住人エルフ達がそうだそうだと声を上げて抗議をした。
「貴様ら~~!! 我々は旧弊な妖精王を追い落として革命を成就させたのだっ!! お前達市民の為に戦った我々になんだーっ!!」
エルフ軍がエルフ民衆に襲いかかりそうになった。
「フローチェ横綱! ここは俺たちに任せて早く行きなっ!」
「また、どこかで会おうでゲロ!」
「ありがとう、ふたりとも!」
アデラがひらりと馬車の御者台に上り、馬車をこちらに向けて走らせてくる。
「逃がすなーっ!! 貴様っ、邪魔をするとお前の上司に抗議を入れるぞっ!!」
「やってみろっ! この菜っ葉野郎っ!!」
「死ぬでゲローっ!!」
魔王軍部隊とエルフ革命軍は殴り合いの乱闘になった。
エルフ民衆も魔王軍部隊に味方をして、エルフ革命軍を殴る殴る殴る。
私とリジー王子は駆けだした馬車に飛び乗った。
「お嬢様、このまま街門を突破しますっ!」
「おねがいね、アデラッ!」
「早く、我が父に、エルフの森共和国の事を知らせないと」
そうだ、早くエルフの森共和国を突破して、アリアカ国境を目指さないと。
このままでは魔王軍にアリアカ王国が飲み込まれてしまう。
馬車は全速力で街門をくぐり、街道を走って行く。
すでに空は真っ暗になり、月だけが道を照らしていた。