第六十二話 プロポーズ、閉会式、そして断罪式
土俵から上を見上げる。
きらきらと舞い踊る世界樹の花の花粉であたりは夢の中のようだ。
白黒二色に別れた土俵にも。
魔王さんが砕いた花道にも。
両手を上げて興奮し歓声を上げているエルフの民衆にも。
金色の花粉が降りしきり、世界を金色に染めていく。
「綺麗だね、フローチェ」
「綺麗ですね、王子」
私たちは座り並んで肩をつけあって、世界樹武道館の金色の景色を見ていた。
「フローチェ、僕のお嫁さんになってください」
「はい……」
そうね、この雰囲気はプロポーズに最適ね。
チャンスを逃さないリジー王子らしいわ。
「よし! よーーしっ!!」
リジー王子は立ち上がった。
「この僕、アリアカ王国皇太子リジー・アリアカと、フローチェ・ホッベマー侯爵令嬢との婚約をここに宣言するっ!!」
会場が一瞬、シンと沈黙した。
そして、歓声が爆発した。
「いいぞーっ!! 王子様ーー!!」
「きゃーっ、土俵プロポーズッ!! 素敵だわーー!!」
「親方、王子、おめでとうございますっ!!」
「うっひゃー、めでてえなっリジー!!」
「おめでとうございますっ!! 親方ーっ!!」
「この日を待ち望んでいましたぞっ!!」
皆の祝福でちょっと恥ずかしいわ。
貴賓席のアルヴィ王もうなずきながら手を叩いている。
ジョウミンさまも微笑みながら手を叩いている。
魔王軍のみなさんも笑いながら、苦笑しながら手を叩いてくれている。
「めでたい、めでたい……」
「あー、良いわねーっ!! ククリも結婚だし、私も旦那様ほしーっ!!」
「フローチェ親方、リジー王子、おめでとうございます」
「めでたいリン、お祝いだリン」
「ったく、魔王軍からもなんかお祝いを出さなきゃならねえな」
毒づきながらも魔王さんも笑顔だった。
貴賓席から、いぜんフェンリル形態のウルバノさまがぴょーんと飛び上がり、土俵にシュタッと着地した。
『私が妖精王、ウルバノであるっ!!』
「いよっ、妖精王~~!!」
「千ドーレル役者!!」
ちなみにドーレルとはエルフの森共和国の通貨だ。
一ドーレルがだいたい三万円ね。
『すばらしい仕合だった。勝ったフローチェ横綱も、負けた魔王横綱も存在の限界を超えた激闘だった。両者の敢闘を讃えようではないかっ!!』
会場が沸き立つような拍手に包まれた。
『世界樹の街を賭けた、アリアカ力士と魔王軍の相撲の団体戦はアリアカ力士の勝利となった。よって、魔王軍はエルフの森共和国から撤退、でよろしいなっ』
「ああ、人の身で命がけで神技を撃たれたらしかたがねえ、今日の所は撤退するぜ」
『ありがとう、魔王。ところで、提案があるのだが』
「なんだ? 賠償金か?」
『どうだ、四年に一回、ここで相撲大会をしないか?』
「ふふん、エルフどもとかよ?」
『いや、アリアカ、ドワーフ大玄洞、そしてエルフの森共和国と魔王軍、四つの団体が相撲で競い合う大会だ』
魔王さんは、ふむと言って考え込んだ。
「そりゃあ、面白えな。やろうじゃねえか、大会の運営費とスタッフを持つぜ」
「ドワーフ大玄洞も大賛成じゃっ!! ドワーフ相撲の奥義をみせるぞっ!!」
貴賓席から、ヨルド大玄洞長が立ち上がり叫んだ。
「アリアカも異存は無い。大玄洞長、世界樹の街まで魔導鉄道を延伸しようぞ」
「おおっ! それは良い、王都にも魔都にも魔導列車を延伸するんじゃ!」
素敵ね、四つの街が魔導列車で繋がればお互いの国への行き来が楽ね。
大相撲興行も各都市でやっても良いわね。
人の移動があれば貿易も興るし、人的交流も増えるわね。
大陸の東側が魔導列車で一つの商圏になりそうね。
「相撲による平和だね、フローチェ」
「そうですわね。相撲で友好を勝ち取りましょう、リジー王子」
きっと、良い事ばかりではないわ。
相互不信で喧嘩がおこったり、いろいろな悪徳がはびこったりするでしょう。
でもね、繋がって交流をしないよりは、ずっと良いわ。
大丈夫、相撲をすれば、みんな仲良く笑顔になれるのよ。
それが相撲の不思議な力なんだから。
私は相撲を信じるわ。
ジョウミンさまが大きな木で出来たトロフィーを持って、貴賓席から下りてきたわ。
「よくやった、フローチェ。私がまちがっていた、相撲とは凄い物だな」
「ありがとうございます、ジョウミンさま」
「世界樹が作ったトロフィーだ、受け取りなさい」
「おそれいります」
私は大きな木製のトロフィーを受け取った。
つやつやした木でできていて、お相撲をしている人間、エルフ、ドワーフ、魔族の姿が彫刻してあるわ。
すばらしいトロフィーね。
私が、トロフィーを掲げると、万雷の拍手で会場が沸騰した。
ああ、楽しいお相撲の旅だったわね。
『では、ここに、四年に一度の大相撲大会、世界樹杯の開催を約束し、初代相撲大会を閉会する!!』
みんなの歓声に包まれて、私は幸せだわ。
一緒に闘った仲間達は私の宝物よ。
私たちが土俵を下りると、ジョウミンさまだけが残った。
「さて、素晴らしい興行の後ではあるが、断罪式をおこなう」
あら、何をするのかしら。
縛り上げられたミキャエル宰相が土俵の上に運ばれてきた。
「ミキャエル。お前はエルフの森共和国の政府に不満を持ち、反乱分子と一緒に魔王軍を引き入れエルフの森共和国を簒奪した。相違はないか」
「わ、私は皆の幸せの為に、千年にわたって硬直したエルフの森共和国政府の発展の為に涙をのんで兵を挙げたのです」
「そうか」
「すべてはポストが空かないこの行政システムが悪いのです、私は悪く無いっ!! 私こそがエルフ民族の救世主なのですっ!!」
「そうか」
「今からでも遅くありません、なにとぞ、この私の縄をほどき行政府をお任せください、そうすれば人の国も、魔物の国も、ドワーフめの洞窟も、全てが我がエルフ民族の物です。われわれが大陸東部に君臨するのです」
「そうか、戯言を言う口を閉じなければ、永遠に声が出ない呪いをかけるぞ」
「ジョウミンさま!! ジョウミンさま!! なにとぞ、なにとぞ」
「だまれ、聞く耳もたぬ。エルフ民族は他民族の上に君臨するような恥知らずではない」
ジョウミンさまは懐から巻物を取り出し広げた。
「お前はエルフの民を苦しめた。お前は魔物の軍を呼び入れ街を焼き、あまつさえ我らが祖たる世界樹を焼きかけた。その罪、万死に値する」
「誤解です、誤解です」
「ここに、長老会はミキャエルの森からの追放を宣言する!! お前の前に森の水は流れない、森の木の実を手に入れる事はできない。エルフの森はお前を拒絶する!!」
「あああっ、そんな、私はどうしたらっ」
「追放だ、エルフの森から出ていけ、千年の所払いをお前に命じる」
「エルフが森を追放されたらどうなるのかしら」
「いえ、拒絶されたのはエルフの森だけですよ、お嬢様。共和国の森からは拒絶されましたが、国の範囲を超えたら関係はありません」
「そう」
「ですが、エルフの特技である森での活動は出来なくなります。他の森はエルフの森のように精霊が多く無いのです」
「精霊魔法も使えなくなったのね」
「はい、ミキャエル宰相は千年の間、森以外の世界をさまよう事になります」
森に拒絶されたエルフはどこを彷徨うのだろうか。
人の街に居るハーフエルフのようになるのか。
哀れな話だわね。