第六十一話 大将戦、フローチェ対魔王③
(我が子フローチェよ……、フローレンスです……、あなたの心に直接話しかけています……)
うるさいっ!! 黙れ駄女神、今は忙しいのよ!!
(魔王の第三段階は危険です……、諦めるのです……、一撃でも食らえば……、命にかかわります……)
ははっ!! 笑わせるなっ!!
(悲しいですが、人には勝てない領域があります……、将来を思い浮かべるのです……、あなたを愛する人が悲しみますよ……)
そんな事は、織り込み済みだっ!!
うるさいから黙れっ!!
私は将来も、栄光も、未来もいらないっ!!
ただ目の前の強敵と戦いたいっ!!
それだけだっ!!
(フローチェ、フローチェ、考え直しなさい)
駄女神の悲しさが伝わってくる。
彼女の純粋な愛から出た言葉だ。
ああ、そんな事は解っている。
だが、そんな事を考慮する精神力も勿体ない。
一撃死がありうる魔王第三段階の攻撃をナノ単位のタイミングで避けるのに精一杯だ、この先、彼を攻略するアイデアなんかも無い。
だから粘るだけだ!!
全力で粘る。
魔神の力に対抗するにはそれしかない。
「なんという存在なのか、人間が避けられる限界を超えている」
「限界も常識も、神も悪魔もなんだというのっ!! 私は相撲取りよっ!!」
組み合う。
一瞬で返される。
神速の完璧な技がくる。
ナノ単位のズレで避けてすかす。
相撲魂は限界まで回る。
Lv.2の歯車も超高速で回転し、花柄がぼやけピンクの円として発現している。
呼吸があらく、筋肉がちぎれそうだ。
気力と根性で相撲を成立させている。
一瞬でも弱気になった瞬間、私は負ける。
生死も勝敗もすべて天に投げ上げる。
ガシュッ!
魔王さんの張り手がかすって私のあばらが砕けた。
アドレナリンの影響か、痛みはさほどではない。
まだ、戦える。
限界を超えろ。
魔王を越えろ。
魔人を越えろ。
ガシュッ!
ゴキッ!!
血が吹き上がる。
骨にひびが入る。
ああ。
ああ、だからどうしたっ!!
「フローチェ!! がんばれーっ!!」
音が、聞こえた。
私の大好きな人の声だ。
ああ、五感の全てを戦いに投下していても、あなたの声は聞こえるわ。
「フローチェ親方、がんばってくださいっ!!」
「親方ーっ!! 負けないでくれーっ!!」
「フローチェさまっ!! ファイトですーっ!!」
「負けんなっ!! フローチェ!!」
みんなの声援も聞こえる。
「「「「「「「フローチェ!! フローチェ!! フローチェ!!」」」」」
怒濤のように、世界樹武道館に集まったエルフさんたちの声援が聞こえる。
力が。
みなの相撲力が私に伝わってくる。
「魔王様っ!! 頑張れーっ!!」
「頑張ってください……」
「が、がんばるりん!!」
「頑張ってーっ!! 魔王様ッ!!」
「「「「「「魔王!! 魔王!! 魔王!!」」」」」
向こうにも相撲力が流れ込むのが見える。
魔王さんがぎゅっと笑った。
「フローチェ!! お前を倒すっ!!」
「やってみろっ!!」
三度、私たちは激突した。
魔王さんがほれぼれするような下手投げを打つ。
速度もタイミングも完璧。
だが、私は得体のしれない粘り腰で耐える。
会場が沸く。
体の中から、なにかが出てきた。
相撲感覚でそれを紐解く。
なにか、伝説的な何かが尾てい骨の中心を通って現れてきた。
どこから来た物かは解らないが、伝説っぽい。
左手を反時計回りにねじる。
右手を時計回りにねじった。
「なにっ!!」
回転の力が空間に残る。
ああ、これは……、神技だ。
「神技!! 建御雷神!!」
左手の回転から冷気が高速で出てきた。
右手の回転から業火が現れた。
両手の間で水と火が激突して魔王さんに向かって大爆発を起こした。
ドグワァァン!!
「なんだとっ!!」
魔王さんは爆発を止めようと私の右手を掴む。
私は手をねじり彼の手を握る。
葦の茎をつぶすように魔王さんの腕はくだけ、捻れた。
そして爆発に巻き込まれて飛んで行く。
「ぐおおおおっ!!」
魔王さんは必死に空中をあがくが、そのまま土俵の端に激突し、バウンドして砂かぶりに落下した。
アリマさんがとっさに魔王さんを受け止めた。
会場が沈黙した。
『勝者!! フローチェ!!』
グレイ審判が高々と手を東側に上げた。
うわああっと会場が沸騰し、座布団が舞い上がった。
はあはあ。
はあはあ。
あれだわ。
人の身で神話の技とか、使うもんじゃないわね。
全身の筋肉がズタズタになった気がするわ。
はあはあ。
古事記の記述と少し違うけれど、たぶんこれが国譲りに使われた技なのね。
つかれた……。
「フローチェ!!」
ああ、リジー王子が泣きながら駆けよってきたわ。
駄目よ泣いては。
私は土俵に崩れ落ちた。
リジー王子が私を抱き留めてくれた。
暖かいわね。
「アデラ!! ポーションを、早くっ!!」
「はひっ!!」
アデラが泣きながら、私にポーションを飲ませようとするわ。
でも、駄目よ。
神の技を使った反動は錬金薬でどうこうできないわ。
ごめんね。
「ごめんなさい、リジー王子……、悲しませてしまうわ」
「フローチェ!! いいんだよっ、凄かったから、フローチェは凄かったから」
「お嬢様……」
「アデラも世話を掛けたわね、ありがとう……」
「死んじゃだめですようっ」
ああ、良い匂いがするわ、相撲のバルハラの匂いかしら。
あっちに行ったら、昔の素晴らしいお相撲さんと取り組めるかしらね。
世界樹武道館の天井に金色の花がポン、と開いた。
そして、沢山の花がポンポポンと咲く。
金色の花粉が、会場に降り注いだ。
……。
あら。
私は体を起こした。
「うお、捻れた手が治った!!」
魔王軍陣営で魔王さんが騒いでいるわね。
「わあ、世界樹の治療花粉だわっ!! すっごーいっ!!」
「知っているのウタ?」
「ええ、ククリ、千年に一度世界樹はお花を咲かせて受粉するの。その花粉に当たればどんな病気も、どんな怪我も治ってしまうのよ。良かったですね魔王さま」
「ちえ、バカヤロウ、あのすげえ技の傷痕を誇りにしようっと思ったのによう」
「んふふ、フローチェ横綱が死ななくて嬉しいんでしょ」
「ふん、また取り組んでやってもいいかもな」
「でも、さすがに第三段階は反則ですよ」
「ま、まあ、俺も大人げないなとは思った」
ああ、体が癒やされていく。
私はまたお相撲が取れるのね。
「良かった!! 良かったーっ!!」
「お嬢様っ!! お嬢様っ!!」
「二人ともありがとうね」
私はふたりを抱きしめた。
ありがとう、世界樹さん。
(どういたしまして)




