第五十一話 先鋒戦、ユスチン対スラリン
さて、両軍入場して、土俵の東西の砂かぶり席に座ったわ。
西席の魔王軍の先鋒は見た事が無い力士ね。
青白いわ。
なんだろう。
次鋒はアラウネのウタ関だわ。
機動力は無いけれど、土俵に根を物理的に生やして粘り腰な相撲を取る。
花粉攻撃や、ツタ攻撃が得意ね。
中堅はアラクネのククリさん。
六脚の蜘蛛の足で安定があり、それでいて技術も高い難敵ね。
糸を残置して攻撃もできるわね。
気を付けないと。
副将はアリマ関。
赤くて角が生えていて怖い姿だけれども実直で尊敬できる関取よね。
全体的に技量が高くてバランスが良いわ。
特殊能力は飛行のようね。
そして大将が魔王さんね。
細マッチョの美貌で派手な廻しをしているわ。
黄金色でキンキラキンよ。
魔界の横綱で、超絶的に技量が冴えるわ。
バルハラの人達に相撲を教わっているから、私たちと条件は一緒ね。
変身すると一段階目は巨大になり力が増えるわね。
もう一段変身できるみたいなのだけれど、魔導列車場所では見る事ができなかったわ。
なんとか全勝で勝ちたいけれども、相手も相当に強い力士たちだから油断は出来ないわね。
負けると他人の国の都市が取られてしまうのよ。
エルフさんたちが悲しむわ。
責任は重大だわね。
アデラが土俵の上に立ち、白扇を広げて呼出しをする。
「ひがあああしぃ、ゆすぅちいぃぃん、ゆすぅちいぃぃぃん。にいいしいい、すらりぃぃんん、すらりぃぃぃん」
スラリン?
スライムなのかしら、一応人型だけれども。
スラリン関はぽよんぽよんと跳ねて土俵に上がってきた。
『スラリン関、スライム体に戻ったら、足の裏が判定できないので負けとなりますよ』
「わかってるリン、元に戻ったら負けリン。魔界でもそういうルールリンよ」
『それならばよろしい』
そう、スライムさんはそうやってお相撲をしているのか。
魔物によっては足とか無いからルールが大変だわ。
蛇女さんとか困るわよね。
ユスチン親方がのっそりのっそり土俵に上がった。
「スライムもお相撲をするのかあ」
「するよ、みんなお相撲大好きっ」
「そうかそうか、それは良いな」
ユスチン親方は慈愛の目でスラリン関を見た。
塩を撒いて、四股を踏む。
スラリン関も塩を撒いて四股を踏んだ。
浸透圧の関係で塩とか良くないんじゃないかしら。
どうも軟体なんだけど、ビニールのような薄皮がある感じよね。
……。
骨が無いのね。
どんなお相撲を取るのかしら。
『見あって見あって』
スラリン関は人型だけれども、目も耳も口もなくてのっぺりしてるわね。
透明感のある青い体に水色の廻しを締めている。
不思議な力士だわ。
どこから声を出しているのかしら。
呼吸が合って、両力士は同時に立ち上がった。
ユスチンはいつものように豪快にぶつかっていった。
にゅるんとスラリン関の体がねじ曲がり、するりとユスチンの体を避けて後ろに回った。
「なにっ!!」
骨が無いからつかみ所が無いんだわ。
相手のぶちかましをぐにゃりと避けたのか。
ユスチン親方は後ろから廻しを取られて押された。
「そのまま押し出せっ!! 時間を掛けると不利だぞっ! スラリン!!」
「了解リンっ! 怒濤の突き押しだリンっ!」
「ぐぬぬおうっ!!」
後ろから押されてユスチン親方は土俵の上をずるずると滑って行く。
不味いわねっ。
「こなくそっ!」
ユスチン親方はスラリン関の肩を掴んで振り返った。
だが、スラリン関はぬるりと身をかわし、またユスチン親方の背後に回った。
何という柔軟性というか、軟体性か。
さすがはスライム族!
「ユスチン! 廻しを取るのよ!」
私が声をかけると、はっとしたようにユスチン親方は後ろ手にスラリン関の廻しをとった。
そのまま、体のまわりを移動させるようにして、向き直った。
そうよ、体はぐにゃぐにゃだけれども、廻しは不動なのよ。
廻しを抜けて移動はできないわ。
なぜなら、廻しが取れたら、スラリン関の負けになるから。
不浄負けというやつよ。
ユスチン親方はがっちりと廻しをもろ差しにして頭と肩でスラリン関の胸に密着したわ。
「やるリン、さすがはアリアカ大相撲大関のユスチンさまだリンッ!!」
「ありがとうよっ」
「だけど、スライム相撲にはまだまだ奧があるリンッ!!」
ガボリッ、とユスチン親方の頭がスラリン関の胸に埋まったわ。
あっ、あれでは呼吸が出来ないわっ!
ルール的にはどうなのかしらっ?
グレイ審判は難しい顔をしているけれど、止めないみたいだわ。
有りなの?
半透明のスラリン関の胸を透かしてユスチン親方の苦しそうな表情が見える。
このまま窒息させられて負けるの?
と思った瞬間、ユスチン親方の背後に歯車状の物が現れて回転しはじめる。
相撲魂だわっ!
びきびきとユスチン親方の肩に血管が浮き上がり、筋肉がボコボコと盛りあがっていく。
もろ差しになっていた両手はスラリン関の背後に回り途轍もない力で締め上げていく。
鯖折りだわっ!!
「骨も筋肉も無いスライムに、鯖折りは効かな……、なんだとリン!!」
ぶちり!!
と、ユスチン親方は金剛力でスラリン関の胴体を締め潰してしまったわ!
「きゃああっ!!」
観客の年若いエルフのお嬢さんが悲鳴を上げた。
エルフさんたちはいきなりの残虐ファイトにドン引きしているわ。
ぼとりとスラリン関の上半身が落下し、地面に落ちたわ。
『勝者!! ユスチン!!』
ぶわっと、大きな息をついてユスチン親方は呼吸を取り戻した。
「負けてしまったリン、なんという怪力リンか」
「いや、悪い悪い、窒息したんでびっくりしてな、大丈夫か?」
「軟体生物なので大丈夫リン、合体すれば元通りリンよ」
上半身が形を崩し、下半身の方へポヨンポヨンと移動して合体した。
ス、スライムって便利な生き物ね。
「締め潰されるとは思わなかったリンよ、ユスチン親方は凄いリン」
「いや、スラリン関も凄かった。あんなにヌルヌル攻撃をかわされるとは思わなかったよ」
両者は相手の健闘を讃え、土俵を降りた。
よしっ、びっくりしたけど、まずは一勝ね!




