第五話 毒ガエル男ギブン対フローチェ
土俵に上がる。
太極図型の土俵はとても不思議な光景だわ。
お互いの仕切り線の間に白と黒の境界線があり黒い部分の尻尾が後ろに回り込んでいる。
白い部分の尻尾も対面するギブンの後ろに流れている。
この黒と白の陣地を把握しておかないと危ないわね。
だからといって自陣で待ち構えるのも相撲道にもとりそうだわ。
いわば内側の勾玉状の部分は小土俵とも言えるわね。
複雑な駆け引きができそうだわ。
ギブンの体表は背中が赤くて、手足が青いわ。
まさに毒ガエルという感じ。
どれくらいの毒かしら。
ガマガエルの毒はそんなに強くないはずよね。
痺れるぐらいだったかしら。
「げろげろー」
ギブンは喉を膨らませて鳴いていた。
こう見るとカラフルで可愛い感じなのだけど。
『みあってみあってー』
お互いの間に殺気が膨れ上がる。
初手は、つっぱりかしら。
私はドレスをまとっている分、男性よりは有利ね。
毒にさらされる部分が少ないわ。
リジー王子だと確実に毒を食らっていた所ね。
ギブンと私は同時に土俵に手をついた。
立ち会う。
つっぱりに手を出そうとしたら、なんとなく危ない感じがして横に逃げた。
ビャッと、ギブンが口から出した長い舌が私の居た場所を高速で通過して、戻った。
舌から出た粘液でジュウと土俵から白煙が上がり、嫌な匂いがする。
なんという!
「げっげっ、どうしたゲロ、フローチェ横綱、逃げるだけゲロかーっ」
難敵!
口の中から毒付きの張り手が出るに等しい。
これはまずいわね。
ふっふっふっ。
私は口元が上がるのを感じた。
そうだそうだ、こうでなくてはね。
「張り手投石機!」
パアアアアン!!
私の手が音速を超えて手の平型の衝撃波がギブンに飛ぶ。
メメタア!
背を丸めたギブンの背中を衝撃波は滑り角度を変えて飛び去った
「げっげっげっ! 俺の背中は遠距離攻撃も魔法も滑らす! 俺の勝ちだゲロっ!」
ギブンが勝ち誇っている瞬間に私はすり足で彼に激突し、前褌を取った。
「な、組み合うのかっ、ゲロっ!」
「相撲は組み合ってからよ、ギブン関!」
「げっげっげっ」
ギブンは愉快そうに笑い、また舌を私の顔に向かって高速発射した。
私は姿勢を落とし舌をかわして押す。
「げこっ! い、いいのか、こっちは黒土俵ゲロっ!」
「はははっ、黒い土俵が怖くて相撲が取れるか!」
「ゲコっ!」
ギブンはもろ差しになった私の上手から廻しを取った。
私は頭でギブンの口を塞ぐようにして押す。
口が正対していなければ、毒舌張り手は来ない!
「うまいっ! フローチェ!」
「お嬢様がんばれーっ!」
押す、押す、押す!
「ゲッゲッゲッ」
ギブンは笑う。
くっ!
黒土俵に力が吸われる。
しかも、彼の体表の粘液で腕が痺れる。
ギブンが強引に右上手を差し込んできて、がっぷり四つとなった。
「強いゲロ! まっすぐな相撲ゲロ! だが毒でどんどん弱ってるゲロなあっ!」
「毒に負けるような相撲は取らないわっ!」
ガッコン。
私は、脳裏に大きく相撲と書かれた歯車を幻視した。
そして、その歯車は徐々に回り出す。
私の全身に相撲力が満ちあふれ、循環を始める。
よし! 黒土俵に吸われるよりも、相撲魂からくる相撲力の方が大きい。
「ば、馬鹿なっ、なんだ、その力はゲロ!」
「これが、私の、相撲力よっ!!」
ギブンの差し手を引っ張り込む、彼の体が浮き上がった時に差し手を返しひねり……。
「デス仏壇返……」
新しい付与効果付きの技が出かかったが、私は慌てて止めた。
いくら『仏壇返し』という名前の技だからって、即死魔法は不味いでしょう。
「な、なっ」
ギブンはデス仏壇返しの付与の気配だけで萎縮したようだ。
そのまま私は掬い投げでギブンを投げ捨てた。
メメダーーーンッ!!
ギブンは土俵下で二回跳ね返って止まった。
『勝者、フローチェ』
グレイ審判が私の方に手を上げた。
ふう、難敵だったわ。
「ゲロゲロ」
ギブン関が土俵の下で頭を上げた。
「どうしたの?」
「どうして、さっきの怖い技を止めたゲロか?」
彼は体についた土を払いながら土俵に上がってくる。
粘液まみれだから土がなかなか落ちないみたいね。
「ごめんなさいね、新技だったから付与を切れなくて」
「あ、あの技の魔法は……」
「相手力士を殺す可能性のある付与魔法なんて使えないわ、気にしないでねギブン関」
「やさしい……ゲロ」
ギブン関はほろりと涙を落とした。
もう、こっちの事だから気にしなくていいのに。
と、おもったら舌がべろりと出て、私の両手を舐めた。
「フローチェに、なにをするんだーっ!」
「審判、セクハラです、セクハラですよーっ!」
『いや、仕合は終わってますから』
リジー王子とアデラがカンカンになって土俵に上がろうとしてグレイ審判にとめられていた。
私の腕のしびれが嘘のように取れていた。
「解毒? いいのに」
「あなたと、アイキオの兄貴とは対等の戦いをして欲しいと思うゲロ」
「がっはっは、問題無いぞ、ギブン。俺も横綱とは対等に戦いてえっ」
アイキオ関は豪快に笑ってそう言った。
「ありがとう、助かるわ」
「やっぱり、横綱はすごいゲロ。アイキオ兄貴との一番、楽しみに見ているゲロよ」
ギブン関は土俵を下りた。
「よし、今度は俺だ。決定戦は横綱が出るんだろ」
「そうね、リジー王子、良いですか」
「かまわないよ、がんばってフローチェ」
「お嬢様、なんとか相撲の力で熱を対策してくだいっ!」
アデラ、相撲の力はなんでも出来る魔法の力ではないのよ。
こ、これまではなんでも出来てる気がするけど、今回もそうとはかぎらないわよ。