第四話 リジー王子は業火トロールアイキオと戦う
行司はどうするのだろう、と思って居ると黒いゴーストの行司が黒土俵側に出てきた。
間を置かず、白い土俵側にも普通の半透明の行司さんが出てきた。
どうするのか!?
と、思って居ると、二人の光と闇の行司は顔を見あわせ、驚いたそぶりをし、その後深くうなずいて合体して、グレイのスーツを着た審判になった。
……。
まあ、深く考えまい。
相撲は神事だから、こういう事もあるだろう。
『それでは相撲の団体戦をおこないます。立ち会いは本式にのっとり、呼吸が合ってから立ち会います』
アマチュア相撲では、審判の「はっきよい」を合図に立ち会う。
大相撲では、力士の呼吸があった時に立ち会う。
この団体戦の立ち会いは大相撲形式でいくみたいね。
暗黒相撲とアリアカ相撲。違う組織の勝負であるから、公平をなすために、グレイの審判になっているだけらしい。
基本は大相撲だわ。
アデラが土俵上に上がり、白い扇子を開いた。
あの子は粗忽メイドではあるけど、フローチェ部屋の正式な呼出しでもあるから呼出しとして出ても問題はないのだろう。
「ひがーしー、リジー・アリアカー。リジー・アリアカー。にーしー、アイキオー、アイキオー」
リジー王子は愛用の廻しを締めて、きりっとした笑顔を私に向けた。
二年の相撲生活で成長し細マッチョな感じに筋肉がついた。
もっとも、私も、リジー王子も乙女ゲームの登場人物だからか、筋肉もあまり付かないし、体重も増えなかった。
これは、ゲームの攻略対象のクリフトン卿や、マウリリオ将軍もそうだったわ。
ユスチン親方だけはゲームではモブキャラなので太り放題だった。
まったく不公平感きわまりない。
ドラゴンのファラリスは別の理由で太れないっぽい。
本体は二十五メートル級のドラゴンだから、人のちゃんこをいくら食べても太れないらしい。
彼に太るほど食べられたらフローチェ部屋の財政が傾いてしまうわね。
「行ってくる、勝てれば勝つよ」
「がんばってください、リジー王子」
リジー王子は微笑んでうなずいた。
ああ、凜々しい。
素敵な若駒にお育ちなされましたわね。
はぁどすこいどすこい。
リジー王子とアイキオが土俵にあがる。
団体戦なので、懸賞は無いようだ。
少し寂しいわね。
『見あって、見あって』
今回は、グレイ審判なので軍配はなく、代わりに手刀で仕切っている。
そういえば暗黒相撲の方も行司さんだったわね。
まさか、相撲のバルハラが協力しているのかしら。
まさか、十万とんで五十八歳の閣下とかを呼んでないでしょうね。
呼吸が合って、リジー王子とアイキオは立った。
ガーンと音が響いて二人の力士はぶつかり合った。
大兵の力士のぶちかましは軽トラぐらいの衝撃があるのよ。
その衝撃をリジー王子は綺麗にいなしてアイキオの右廻しを取った。
よし!
「なかなか、王族にしては良い相撲じゃねえか」
アイキオはにやりと笑った。
リジー王子はせっかく取った右下手をあわてて外して離れた。
何?
アイキオの体が赤く輝き、炎を吹き出した。
熱!
「くっ!!」
「わっはっは、俺はこのスキルで連勝街道まっしぐらなんだぜ。ほら、こいよっ」
アイキオの体は轟々(ごうごう)と燃えた。
「張り手投石機!」
リジー王子の右手が音速を超え、衝撃波がアイキオを襲う!
が。
なんという事かしら、手の平型の衝撃波はアイキオの体表で砕け散った。
まずい!
組めなければ竜巻掬い投げも威力が弱い。
リジー王子はじりじりと土俵上を追い詰められる。
「王子、いけないっ! そちらは黒土俵よ!」
はっと、リジー王子は足下を見た。
「解ってもどうする事もできまいっ!」
アイキオは獰猛な笑いを浮かべてリジー王子に突進する。
体には炎をまとったままだ!
リジー王子は歯を食いしばってアイキオの突進を止めようとした。
「無駄だあっ!! 生物は本能的に火を恐れるっ! そんな腐抜けた腰で俺を止められるものかよっ!」
ドッカーン!
黒土俵のバフによって更に速度を増したアイキオのぶちかましを受けてリジー王子は土俵下に転げ落ちた。
『勝者、アイキオ』
審判が暗黒相撲側の手を上げた。
「王子!」
「王子!」
私とアデラが駈け寄ると、彼はやけどをした二の腕を押さえていた。
「負けちゃったよ。彼は強い。あと、やっぱり負けると悔しいね」
「お任せください、私が必ず敵を討ちます」
「炎は思ったよりやっかいだ、熱もそうだけど、痛みがまずいね。黒土俵も問題だ。力が抜けるよ」
「ありがとうございます。あなたの敗北は必ず、勝利につなげますよ」
「うん、頑張ってフローチェ」
アデラがエプロンのポケットから軟膏を出してリジー王子の腕に塗りつけていた。
なんでも出てくるわね。
しかし、暗黒相撲を少々舐めていたわ。
それぞれの魔物の特性など、相撲力でねじ伏せられると思っていたけど、そんな簡単な相手ではなかったわ。
『では二回戦を始めます』
アデラが慌てて土俵にあがり、白扇を開いた。
「ひがーしー、フローチェ、フローチェ。にしー、ギブン、ギブーン」
「フローチェ、相手は小兵だけど、気を付けて、遠距離攻撃で」
「はい、解りましたわ、リジー王子」
私の番だ。
私はお洒落チェンジコーナーに入り、ドレスの上に廻しをまとった。
さあ、行きますわよ!