第三十六話 五番勝負 フローチェ対魔王③
鉄橋が見えてきた。
あれを渡りきるとアリアカだ。
祖国よ、私とリジー王子が帰って来たぞ!
魔人化した魔王さんと、相撲魂Lv.2が拮抗している。
がっぷり四つになり、相手の体勢を崩そうと複雑な動きをお互いして、その動きを察知して相手の技を殺してすかす。
ガタンと土俵車両がはね上がった。
魔王さんの腰が一瞬浮いた。
体は勝手にうごいた。
するりと魔王さんの懐に潜り込んだ。
彼の体のトゲが当たってドレスが切れたがかまうものか。
魔王さんを腰に乗せるように投げる。
彼は体を開いてすかそうとした。
お互いのバランスが崩れ、二人で土俵に倒れ込む。
魔導列車は鉄橋にさしかかった。
鐵路の音が反響していたが、音がなぜか遠い。
スローモーションのように土俵が近づいてくる。
一瞬、第三段階の変身が見たい、と、思った。
一瞬の隙だった。
魔王さんがバネで持ち直そうとした。
私が、先に落ちる、と思ったら腕が動き彼の股を刈っていた。
ダダーン!!
ほぼ同時に私と魔王さんは土俵に倒れ込んだ。
どっちだ?
どっちが先に土俵に落ちた?
『同体!』
「なんだよ、フローチェのドレスが先に土俵に付いたぞ」
魔王さんの魔人化が解けていて、流暢にしゃべれるようになったわ。
「魔王さんのトゲが先についたわ」
「なんだとー」
私たちは土俵上でにらみ合った。
ほんとうにもう、お互い負けず嫌いよね。
ガーーと音がして、魔導列車は鉄橋を抜け、アリアカ国境を割った。
「引き分けだけど、私たちの勝ちよ」
「ぬうううっ」
魔導列車は終点の国境駅に向けて速度を落とし始めた。
駅舎ができているのね。
『取り直し!』
「時間切れだ、審判、ちえええっ!!」
魔王さんは地団駄を踏んだ。
本当に踏む人は初めて見たわ。
あれ、ヤロミーラがやってたかしら。
「引き分け?」
「二対二で団体戦としては引き分けだな。ちっくしょう」
この相撲に掛けていたのは、アリアカに入る前の私たちを捕虜にするですからね。
国境を割って、無理矢理拉致していくのは、ちょっと違うわ。
「じゃあ、次の場所で勝負だ」
「次の場所といわれても……」
「どうせ、軍隊をつれて世界樹の街まで攻め込むんだろ。世界樹の街場所で勝負だ。五対五、こんどはアリアカの相撲取りを五人連れて来い」
「出発点で最終決戦ね。今度こそ魔王横綱の第三段階を見るわ」
「こんどこそ、横綱らしく、文句の言えない決着を付けてやるぜ」
「こちらこそよ」
ああ、あと一戦、魔王さんと出来るのね。
「エルフの森共和国をどちらが手にするか、勝負だ!」
「良いのかしら他国を賭けの対象にしてしまって」
「けっ、ミキャエル宰相になんかに文句言わせるかよ、政治よりも相撲の方が大事だ」
「もう、あなたも相撲馬鹿ね」
「フローチェ横綱に言われたくねえぜ」
そう言うと魔王さんはキュッと笑った。
「楽しみだわ」
「ああ、俺もだ。あ、それから妖精王!」
魔王さんはワン太の方に向いてそう言った。
妖精王?
「いつまでもイヌの振りしてんじゃねえよ、呪いはまだ解けないのかよ。おらっ!!」
魔王さんは手に真っ黒な力の玉を作り、ワン太に投げつけた。
「俺の呪いだから、さすがに獣人形態までしか解けなかったか」
ワン太が黒い煙に包まれ、それが晴れると、全裸の美丈夫が現れた。
「い、いやだなあ、魔王、こんな所で解呪することは無いじゃないかっ」
ワン太が、ワン太が!
「「チャラ男になったーっ!!」」
私とアデラが同時に悲鳴を上げた。
「いやあ、お嬢さんがた、楽しい旅だったね。僕の一生の思い出になるよ、ハハッ」
「「いやああっ!! 戻して戻してっ!!」」
「や、やめたまえっ! もう戻れないよっ!!」
チャラ男だ、美しいエルフだが、チャラ男だっ!
あの可愛らしいワン太が居なくなったわっ!!
「わああっ、やめて、やめて、張り手は駄目だよっ」
魔王さんはそれを見てゲラゲラ笑っていた。
「こいつ、俺が放った美女のハニートラップに引っかかって呪いを受けやがってよう。まさか宮殿から逃げ出してフローチェと旅をしてたとは思わなかったがな」
戻して戻して!!
私とアデラはチャラ男をボコボコにした。
「痛い痛い、リジー王子助けてっ」
リジー王子がニコニコ笑いながら、チャラ男の肩をがっしり掴んだ。
「妖精王、あなた、フローチェと温泉に行ってましたね」
「そ、そ、それは誤解だ!」
「一緒に寝てましたよね……」
「は、話し合おう、リジー王子、ねっ、ねっ」
リジー王子はニコニコ笑ってるけど、めちゃくちゃ怒っているわね。
いい気味だわ、チャラ男め。
「妖精王を旗頭に、とっとと攻めてこい。世界樹の街で、合同相撲大会の最終決戦だ。待ってるぜっ!」
魔導列車は駅に着き、停止した。
私たちはゴブリン教授の案内で、震発号の方へ移動した。
「それでは、アリアカの皆さん、またお会いしましょうゴブ」
「おう、後で魔界に行くから、また技術交流しようぜ、教授」
「その日が待ち遠しいゴブ。ヨルド大玄洞長」
ドワーフ大玄洞と魔界とで技術交流が開けそうね。
魔導列車が延伸するかも知れないわ。
そうしたら、魔界にも簡単に行けるようになるわね。
教授が、がちゃりと連結を外すと、轟輪号は離れていく。
「おー、アリマ関、またやろうぜっ!」
「やろう……」
アリマ関はファラリスに小さく手を振った。
「次はフローチェ横綱に挑戦したいわ~っ、その日までバイバイッ!」
「私もウタさんと戦いたいわ、まっててね」
ウタさんが虹色の花粉を飛ばしながら手を振ってくれた。
「あ、あの、クリフトン親方に、その……」
「世界樹の街場所に連れて行くから、言いたい事があれば、相撲で答えなさい」
「……、はいっ!!」
私の言葉にククリさんは深くうなずいた。
クリフトン親方は選抜メンバーに入れておかないとね。
速度を上げて遠くなっていく轟輪号に手を振った。
逃避行できついことも沢山あったけど、いろいろなお相撲さんと知り合えたわ。
暗黒相撲が本格的だと解ったのも大きいわね。
巡業したり、王都に迎えたりしたいわ。
とりあえずは……。
私はアデラとアイコンタクトを交わした。
チャラ男をぶっとばさないとね。
「ぎゃーーーっ、それは誤解なんだっ」




