第三十一話 列車は平原にさしかかり、そして奴が来る
「カカカ、次の力士が出せねえって事は、不戦勝で俺らの勝ち、おまえらの負けだ、フローチェ親方」
魔王さんが勝ち誇ったように言うわ。
そうね、五番勝負で星を二つ取っているのだから、当然次の力士がいなかったら私たちの負けね。
困ったわ。
「審判、力士が来なかった場合、すぐに負けですか、待つ事はできませんか」
『そうだね、いくばしかの時間は待っても良いが……、誰か来る予定があるのかね』
私はアリアカのある西の空を見た。
来ている。
ような気がする。
うん。
「十分待って下さい、それで来なかったら我々の負けです」
「はっ!! 走行中の魔導列車に誰がくるってんだよっ、ありえねえじゃねえか、待つだけ無駄だっ」
土俵の横に置いてある水取りの桶が不自然に揺れて、倒れた。
「あらあらあら、振動かしらね、もう」
アデラが箒を持って土俵に上がろうとした時、水たまりの中からにゅっと顔が出てきた。
「おや、変な所に出てきたのう」
水面から顔を出したのは、なんだか年齢不詳の美しい女の人だった。
誰?
よいこらしょと言いながら女性は水たまりから体を出した。
なんというか、グラマーな肢体を和風っぽいような服に包んでいた。
「なんじゃ、魔王の小僧もおるな。なんじゃここは?」
「げっ、ミズチのババアっ、なんでここへ?」
「我が住処の近くで、なにやら面白い魔力のぶつかりを感じたので見に来たのじゃ、なにをしておるのか?」
「相撲ですわ、ミズチさま」
「おお、坊が言うておった格闘技かえ、なるほどのう、こんな所でやる物なのかえ。走る車の上でなあ」
「あ、いえ、いつもは王都などでやっているのですが、今回は特別な行事なのです」
坊って誰かしらね。
「どっちにしろ、あと五分で俺たちの勝ちだっ、結局、お前達は捕虜になるんだよっ」
「わっ、フローチェ親方が捕虜になるって事は、稽古を付けてもらえるのかなっ」
「そ、それは良いわね。親方はもの凄く強いわよ」
「に、人間の相撲は、興味あるミノ」
「丁重に……、おもてなし……」
浮かれた事を言う魔王軍の力士を見て。魔王さんは渋い顔をした。
「力士が足りなくて負ける粗忽なやつらになんでお前らは」
「えー、だって、魔王さま、ずるいじゃんっ」
「そ、そうですね……」
「団体戦ってのはそういう勝ち方もあるんだよっ!! なんだお前らはもうー」
私たちの席の方に来て座ったミズチさんが首をひねった。
「アリアカの相撲さんの力士が足りないのかえ?」
「はい、今はエルフの森共和国からの逃避行中なので」
「左様かえ、それはちょうど良かったのう。今日は坊が来る日なんじゃよ、ここに呼ぼう」
「坊って誰ですか?」
「坊……、こっちゃこい……」
ミズチさんは目をつぶってブツブツ言い始めた。
しかし、この人は何者?
魔王さんの知り合いということは魔物関係者なのだろうが、あまり仲良しな感じはしないし。
山に住んでるというから仙人か何かかしらね。
ふと、相撲感覚が西の空を指し示した。
『そろそろ、十分になりますね。誰も来ないようなら……』
「来たわ……」
西の空に赤い点が生まれたと思ったら、それがどんどん大きくなっていく。
来たわ。
巨大な赤い竜は土俵列車の上空で旋回すると、まっすぐ土俵に向けて落ちてきた。
途中で煙に包まれると、子供の姿になって土俵に落下した。
ドカーーン!
「なんだ、何してるんだ、フローチェ、リジー?」
「「ファラリス!!」」
落ちてきたのはアリアカ相撲の大関のファラリスであった。
ドラゴンの化身の彼なら、アリマ関の相手としてぴったりよ。
「魔王軍と団体戦をしてるのよ」
「おーっ、面白そう、勝ってんのか?」
「一対二で、負けてるわ。力士が足りなくて不戦勝で負ける所だったのよ」
「そうか、婆に呼ばれて来てみたら、そんな事になってたんだな。ちょうど良かったな」
ファラリスは学生服を脱いだ。
中には真っ赤な廻しをしていた。
「俺の相手は、あの派手な奴か?」
ファラリスは魔王さんを指さした。
「違うわ、あなたの相手はあの赤い人よ」
「おー、強い、強い?」
「魔界相撲の大関で、付与相撲魔法も、相撲魂も使えるわ。恐ろしい相手よ」
「そりゃ良いな、面白えっ、あっはっは」
ミズチさんがこっちに来てファラリスに笑いかけた。
「坊、お相撲とやらを見せておくれ」
「……、ばっ、婆っ!! なに若作り人化してんだよっ!! 誰かと思ったぞっ!」
「これっ、婆の人化は元よりこれじゃ、失礼なっ」
「ファラリス、この人は誰だい?」
「最近知り合った水竜の婆、今日遊びに行く約束だったんだ」
ドラゴン仲間なの?
それで、水面移動とか出来るのね。
「あそこの山にある湖の主じゃ、お見知りおきを、フローチェ親方、リジー王子」
「よろしくおねがいします、ミズチさま」
「いつも、うちのファラリスがお世話になっています」
「ほっほっほ、ええのじゃ、年寄りの竜は暇でな、時々話し相手になってもらっておるのよ。あなたたちの事も、いろいろ話してくれたわいの」
ファラリスのお友達に首の皮一枚で救われた感じね。
列車はいつのまにか、山岳地帯を抜けて平原に入っていた。
さあ、お相撲再開よ!




