第三十話 三番勝負! リジー王子対ククリ
カカンカカン。
カカンカカン。
魔導列車は渓谷の長い鉄橋を渡っているわ。
先の方を見るとこれから山岳地に入るみたい。
カーブとかあると遠心力でお相撲が乱れるわね。
リジー王子がマントを脱いで立ち上がった。
「では、行ってくるよ、フローチェ。僕が勝てば星が先行して有利になるね」
「お気を付けて、ククリさんはアリアカのお相撲も熟知してますから」
「うんっ、彼女の取り組みは見たよ、人間体の時もバネがあって良い力士だった。魔物の姿を取り戻した彼女はもっと強そうだ」
リジー王子が微笑みながら言った。
ククリさんは一年ほど前にストリート相撲で出会い、クリフトン部屋に私が紹介した。
彼女が魔物であることは、初めて会った時から解っていたのよ。
魔物がお相撲に目覚めたら一緒に取り組みが出来て面白いと思ったから。
こんなに本格的に魔物さんたちが、お相撲をやっていたとは思わなかったけれどね。
アイキオ関も、ギブン関も、ゴゴンテス関も、ウタさんも、ククリさんも、アリマ関も、みんな素敵なお相撲さんだわ。
魔王軍だから、魔物だからといっても関係ないわね。
みんな四股を踏んで、土俵に入って、勝ったり負けたりして、立派なお相撲さんだわ。
ああ、魔界に相撲巡業がしたいわね。
この馬鹿馬鹿しい一件が終わったら、魔王さんに相談してみようかしら。
戦争なんかしてる場合じゃないわよね。
「ひがぁぁし、リジィィィ、リジィィィ、にぃぃぃしぃぃ、ククリィィ、ククリィィ」
アデ吉の呼出しで、リジー王子とククリさんが土俵に上がった。
やっぱり蜘蛛の胴体の重さと六本の足で踏ん張れるアラクネのククリさんはお相撲に有利ね。
本当にうらやましいわ。
「ククリさんはアリアカに戻らないの」
「た、他人のそら似ですので、王子。それと、戦争になったらお相撲している場合じゃないでしょう」
「君が居なくなって、クリフトン親方はしょんぼりしていたよ」
「……、そう、ですか……」
ククリさんが激しく動揺した。
気持ちが通じ合いそうな二人を戦争なんかで引き裂いたらだめね。
はやくアリアカに入り、軍を率いてエルフ革命軍を殲滅しましょう。
『見あって見あって』
ククリさんは迷いを振り切るように首を振って、仕切り線の向こうで構えた。
じわりと呼吸が揃い始め、ぴたりと合った所で二人は立ち上がった。
ドカーン!
大きな音を立てて激突した両者は廻しを取り合う。
リジー王子が右下手、左上手、ククリさんも同じく右下手、左上手でがっぷり四つに組んだ。
ガタンガタンと列車の揺れを掴んで、二人とも相手を崩そうとする。
二人とも相撲巧者だから見応えがあるわね。
いくら強くても土俵上でぴょんぴょん跳ねてはいけないわ。
私は膝の上のワン太の背中を撫でながら、そう、思った。
ワン太は疲れたのか寝ていた。
がっぷり四つに組んでお互い技を掛け合い、すかしあっている。
やっぱり魔物モードのククリさんは強敵ね。
でも、ここで勝利すれば、四人目で星を落としても大丈夫だわ。
動いた!
リジー王子が右廻しを持ち上げるようにして体を開く。
ククリさんの六本の足が複雑に動いて踏ん張る。
掛け投げを狙ってるのかしら、それとも腰投げ?
ククリさんも左前足と中足を掛けて、逆に投げようとする。
足を六本使えるのは凄いわね。
魔界相撲の醍醐味だわ。
ククリさんが逆にリジー王子の体勢を崩そうとする。
そうはさせじと王子は背中を預けるようにして、廻しを引く。
二丁投げ?
だけど、ククリさんは六本の足があるから、その全てを刈らないといけないわ。
そして、二丁投げじゃなくて、六丁投げよ。
足が届くのかしらっ。
「リジー王子、頑張れーっ!!」
「がんばってください、王子ー!」
私とアデラが声をかけると、王子はニッと笑った。
彼の背後に相撲魂の歯車が回転するのが見えた。
「負けるもんかーっ!!」
ククリさんが気合いを入れると、彼女の背後に糸車状の相撲魂が現れる。
……。
色々な形状の相撲魂があるけど、性能差とかあるのかしら。
なんだか、歯車が一番力の立ち上がりが早い気がするけど、自分の効果だからひいき目に見ているのかしらね。
魔導列車は山岳地に入り、右に左にカーブを越していく。
そのたびに土俵上の力のベクトルも変わる。
リジー王子は上手くカーブの遠心力を利用してかけ足を出した。
「伸縮六丁投げ!!」
リジー王子の右足がずん、と伸びた。
ような気がした。
気で出来た足が半透明に見える。
新しい付与技!!
足を伸ばす技なの!!
「くっ!!」
「くっ!!」
ガッタンと土俵列車が跳ねた。
「かかったっ!」
ククリさんが右手を引くような動作をすると、リジー王子の伸縮した仮足部分の足首が不自然に引かれた。
「くっ!! 浮遊糸か!!」
「全力を尽くさせて貰いますっ!!」
そのまま糸で六丁投げを防ぎながら、ククリさんは左前足、左中足、で後ろからリジー王子の左足を刈ったっ。
巻き込むようにして、ククリさんはリジー王子を下にして土俵から落ちる。
どっちが先に落ちる?
リジー王子が手を付いた。
ククリさんは六本の足を畳むようにしてリジー王子の上に倒れた。
これは?
『……、勝者、ククリ!!』
グレイ審判は無情にも西に片手を上げた。
ああっ。
リジー王子は首を振りながら立ち上がった。
立ち上がったククリさんに魔王軍の力士達が駈け寄った。
「うわあっ、ククリちゃんっ、凄いよっ!」
「糸が無かったら、六丁投げられていたわ。凄いわ、リジー王子は」
「姐さん、すごいでミノっ」
「やったなあっ、これで俺らの勝ちは確定したようなもんだっ」
「……偉い」
リジー王子はアリアカ相撲席に戻ってきた。
「ごめん、負けてしまったよ、フローチェ」
「勝ったり負けたりがお相撲ですよ。ククリさんは強かったですね」
「糸があるのをすっかり忘れていたよ。見えないから危ないね」
「風の相撲を掛けておけば良かったですね」
「ああ、そうか、忘れていたよ」
というか、忘れさせる為に、糸技をあらかじめ見せなかったのね。
ククリさんの作戦勝ちだわ。
「でも、伸縮六丁投げは凄い技でしたわ。多脚力士相手に有効だわ」
「ありがとう、もうちょっと洗練させたいね」
リジー王子はにっこり笑った。
そうよ、私のリジー王子は、一回や二回の敗北で屈する弱い力士ではないのよ。
でも、ピンチね。
どうしよう。




