第二話 魔王軍の第一の刺客。業火トロールと毒ガエル
アデラが操る馬車は器用に路上の避難民や兵士を避けて一直線に世界樹の街の西門を目指してひた走る。
街はひどいありさまだ。
あちこちで火の手が上がり、エルフの一般人たちが悲鳴を上げながら逃げまどっている。
彼らを追い散らすのは、エルフの兵士と、そして魔物兵だ。
オークやオーガが黒い甲冑を着込み、傍若無人に大暴れしている。
なんという事なのか。
世界樹の街は五千年の長きに渡って敵を侵入させたことが無い。
街をぐるりと囲む塀には特殊な防御魔術が掛かっていて、害意のある存在は入り込めないようになっていた。
ミキャエル宰相め、この街は大事な文化財なんだぞ。
なにゆえ魔王軍などを迎え入れるのかっ。
建物が切れて、遠くに天を突くような巨大な樹が見えた。
この街の象徴、世界樹だ。
街を焼く火の手はかの大樹にも迫っている。
世界樹が焼け落ちたら、たぶん、この街は、いや、エルフ共和国自体が終わりだ。
多数のエルフ部族を束ねているのは、妖精王ウルパノの善政と、精神的支柱たる世界樹だ。
なんとかしたいのだが、こちらも追われる身だ、何が出来る訳ではない。
「街はひどいありさまだね、フローチェ」
「そうですわね、何か出来る事があればしたいのですが……」
「なーに言ってるんですか、お嬢様っ!! お嬢様とリジー王子のお仕事は全速力でアリアカまで無事に帰る事です。それが勝利条件なんですよっ! 民や街が可哀想だからといって、余計な時間を使わないでくださいねっ!」
これはアデラの言う事が正しい。
私たち親善訪問団の半分は力士だ。
死力を尽くせば、この街は救えるかもしれない。
だが、ここは祖国アリアカではない。
今日の勝ちを拾えるかもしれないが、明日の勝利は無い。
補給がないからだ。
食糧も物資も無いのに、他国の都市を占領し続ける事は不可能なのだ。
だが、それで良いのか?
この手に宿った相撲でわずかでも救える者は救うべきではないのか……。
悩んでいると、リジー王子が私の手を握ってきた。
「フローチェ、今はいけない。逃げるべきだ」
「はいっ、リジー王子」
十六歳になったリジー王子は体も大きくなったが、それよりも、心が大きくなった。
あの頃、私の影に隠れていた幼い王子はもう居ない。
今は立派な皇太子のリジー王子が私の隣にいる。
そういえば、その、リジー王子は十六歳になったので、この親善訪問が終わったらプ、プロポーズしてくれるという事なんですが、その、あの。
「はぁ、めでためでたの 若松さまよ~~♪」
あら、いやだ、結婚披露宴で歌われる甚句を思わず漏らしてしまったわ。
はぁどすこいどすこい。
「ふふふ、フローチェは変わらない、いつでも綺麗な歌が好きだね」
リジー王子はふわりと笑った。
まあ、恥ずかしい。
「お嬢様、真っ赤ですよ」
うるさいわね、蹴返しして転がすわよっ。
しかし、火事だけでも消し止められない物だろうか。
このままではエルフ共和国が滅亡してしまうわ。
道の向こうに、遠く街門が見えてきた。
「見えましたっ、お嬢様、リジー王子っ!! 街門ですっ!」
私はゆるんだ表情を引き締めた。
魔王軍が門をそのままにしている訳が無い。
「敵がいますっ!! 二名!! おっきいのと、ちいさいのっ!!」
二匹の魔物が道路を封鎖するがごとく、立ち塞がっていた。
「とまれーい、今現在、この西街門は閉鎖中である、何人も通す事はできぬっ!」
大柄な赤い肌の巨漢の魔物が馬車の前でそう宣言した。
大きい方は赤い体の醜い巨人であった。
小さい方は緑の体のカエルの獣人である。
アデラは馬車を止めた。
私たち三人は御者台に座っているので、向こうからも見えるだろう。
「魔王軍とお見受けします、こちらはアリアカの王族関係者です、アリアカ国と魔王軍は交戦関係にありません。すなわち無関係の間柄ですっ、どうか道をおあけください」
アデラが型どおりの台詞で交渉するが、たぶん無駄だ。
こいつらの狙いは私たちだろう。
魔物の二人は声を出して、がっはっはと笑った。
「なんともついておるのう、ギブン」
「まったくでさあ、 アイキオの兄貴、三つの街門警備で大当たりをひきやしたね」
アイキオと呼ばれた赤い巨漢は体をゆすって笑った。
笑うたびに、チリッ、チリッと体のまわりに火の粉のような物が飛ぶ。
「お嬢様、やっかいな相手です、あれは業火トロールといって、発火の能力があるトロールです。世界樹の街に火をつけたのも、奴の仲間でしょう」
相変わらす、色々な事を知っているわね、アデラは。
「あの緑色のカエル男は、毒ガエル男といって、体の表面に毒を出せます。どちらも相撲で倒すには難ありの存在です」
火と毒か、これはまた組みにくい魔物だ。
「わっはっは、アリアカ大相撲の横綱フローチェよっ! 街の外に出たいのか、そうかそうか、それならば、いざ尋常に、相撲で勝負だ!」
業火トロールのアイキオは大きな赤い手をかざした。
『黒土俵召喚!』
対峙する、私達とアイキオ達の間の地面に真っ黒な土俵がせり出してきた。
なんという事なの!!