第十四話 意外な助っ人とアラクネ力士ククリ
「……」
「……」
私とアリマさんは同時にゲスマンを見た。
エルフの人は美しいがすらりと優美に痩せ細って相撲をやるようにはとても見えない。
「俺もエルフの代表として相撲をとりてえっ!」
「そういわれてもねえ」
「相撲を……、なめるな……」
「わかってる、わかってる、あんたたちみたいに俺は相撲の修練を積んでねえ、あるのはこの腰の一刀を使った剣の修行だけだ。それでもなあ、それでも俺は相撲をとりてぇんだっ、なあっ、俺の魂がそう叫ぶんだよ」
そうね、エルフの森でエルフが相撲を取るのは当然とも言えるわ。
でもアリマさんは気が進まないようね。
彼は真剣に相撲道を追求する、私たちの匂いがして、とても安心できるわ。
「お嬢様お嬢様」
あら、アデ吉が私のドレスの袖を引っ張るわ。
なにかしら、また軍事知識の助言かしらね。
「ゲスマン氏の申し出を受けましょう」
「ほう、それはどうしてかしら」
「今回は、アラウネのウタ関と、アラクネのククリさんの戦い方が解りません。そして今後、幕内力士のククリさんと再戦する可能性は高いです。ゲスマン氏をククリさんに当てれば蜘蛛の魔物の取り口を偵察できます」
「ふむ……」
私はゲスマンさんの顔を見た。
美しいが荒んだ表情だ。
あちこちを剣一本の用心棒で食いつないでいたみたいね。
彼の剣の魂が相撲を欲したという。
相撲は魂でやるものだ、もしも彼が相撲魂に目覚めるなら、ククリさんに勝てるかもしれない。
やってみないと解らないわね。
「わかったわ、ゲスマンさん、選手になってください」
「あ、ありがてえっ!」
ゲスマンさんは目に涙を浮かべた。
「それでは、我が方は、先鋒ゲスマン氏、中堅リジー王子、大将が、私、フローチェで行きます」
アリマさんはフムと小首をかしげた。
「よかろう……、先鋒ククリ……、中堅ウタ……、大将アリマで……いこう」
「助かります」
「ウタは……、素人にあてると……、相手に……、大怪我をさせかねん……」
さすがは大関、悪魔なのに人間ができてるわね。
アリマさんと戦うのが楽しみでならないわ。
「ゲスマンさん、あなたは一番最初、アラクネのククリさんと仕合をしてもらうわ」
「わ、解ったありがてえ」
アデラが馬車からリジー王子の予備の廻しを出してきた。
リジー王子がゲスマンさんを素っ裸に剥いて廻しを締めてあげている。
さすがはエルフ、素っ裸になっても美しいわ。
「とりあえず、腰を落としてすり足で移動、剣客だから両手に剣を持つイメージで張り手で戦ってみなさい」
リジー王子が張り手の打ち方をゲスマンさんに教えている。
付け焼き刃だけれども、しかたがないわね、投げは時間が無くて教えられないわ。
「意外に重心が低くていいね。その感じで進んでいこう」
「へいっ、ありがとうございやすっ」
一流の剣客だから足運びは意外に出来ているわね。
使える技は張り手だけね。
対するククリさんは人間の部分にレオタードで腰に小豆色の廻しをしているわ。
なかなか格好が良いわね。
下半身のお尻から蜘蛛の胴体が生えていて、足は虫の足が六本あるわ。
大型の蜘蛛みたいなフォルムで威圧感があるわね。
蜘蛛のお腹は女郎蜘蛛みたいに黒と黄色のしましまになってるわ。
「魔法は良いのかしら?」
私はグレイ審判に聞いて見た。
生来の体質での攻撃は相撲としてかまわないのだろうけれど、魔法という後天的に覚えた戦闘様式はどうなのかしらね。
「かまわない、ただ、相撲魔法の付与効果以外の魔法は詠唱しているうちに土俵の外に出されることが多いね」
「なるほど、効果が発動するまでのタイムラグが致命的なのね」
「魔物の特性から来る攻撃も、土俵に残置するタイプは禁止だ。アラクネ族の糸罠などは反則になる。だが、浮かせ糸にからめて四肢の自由を奪うのは有りだ」
「ちょっと、こちらの手の内をばらさないでくれますか審判」
「ああ、これはすまない」
ククリさんの抗議にグレイ審判は頭をかいて謝った。
「浮遊糸をつかうのか、やっかいだなっ」
「しないわ、あなたみたいな素人にかけてもしょうがないし」
「そいつは助かる。勝ち目がでたかもしれねえっ」
「無いわよ、剣客なら解るでしょ、剣術の仕合に拳闘士が出るようなものよ」
「そうか、だったら、必死に戦うだけだぜ」
「それで良いわ、ゲスマンさんが最善を尽くすなら、我々も、ククリさんも尊重するわ」
「そうよ、どんと来なさい、新力士」
「ありがとう、あんた、良い人だな、ククリさん」
「もう、馬鹿ねっ」
ククリさんは頬を赤らめてプイッと横を向いて土俵に上がっていった。
そうよ、ククリさんはクリフトン部屋のイケメン力士たちの掃除や洗濯を一手に引き受けて嫌な顔一つしない立派な新弟子だったのよ。
はやくこんな事は終わらせて、彼女を王都のクリフトン部屋に戻してあげたいわね。
ゲスマンさんは顔中を笑顔にして土俵に上がっていった。
「相手の呼吸に合わせて、同時に立ち上がる、片方が先にでたりしたらいけない、わかるね」
「へいっ」
ゲスマンさんは初心者なのでグレイ審判もやさしいわね。
立ち会いだ。
ゲスマンさんとククリさんは仕切り線を挟んで向き合った。
呼吸が合っていく。
とんと同時に土俵に手を付き二人は立ち上がった。
若干ゲスマンさんが遅れぎみか。
ククリさんはクリフトン部屋特有の蜘蛛相撲だ。
極端に重心を下げて蜘蛛のお腹と人間の胸が土俵に触るぐらい低い。
シャカシャカと蜘蛛の六本の足が土俵を高速前進してゲスマンさんとぶつかった。
ドーン! とゲスマンさんは自陣の奥に吹き飛ばされた。
ここらへんの駆け引きはさすがにアリアカと魔界の両方でプロ力士のククリさんにはかなわないわね。
さらに追い打ちと前に出たククリさんのぶちかましをゲスマンさんはするりといなした。
足運びや体さばきはさすがは一流の剣士だけはあるわね。
「がんばれゲスマン!!」
「エルフの誇りをみせるんじゃあっ!!」
エルフのお爺ちゃんたちからゲスマンさんに声援が送られた。
そうだ、頑張れ、ゲスマンさん!




