第十一話 街道の村ハフトンで爺さまエルフと出会う
馬車が止まったので外を見てみると、小さな村だった。
交通を補助するための街道村だわ。
懐中時計を出してみると、お昼前ね。
すこし腰を伸ばしたいわね。
「ワンワンッ!」
「ワン太も外に出たいわね。一緒に行きましょう」
「フローチェはワン太に夢中だね、ちょっと嫉妬しちゃうな」
「あら嫌ですわリジー王子、ワン太に注ぐ愛情と、あなたさまに捧げる愛情は違いましてよ」
「ふふふ、そうだね」
リジー王子はふんわりと笑って馬車を降りたわ。
私もワン太を抱いて降ります。
外は良く晴れて良い天気だわ。
逃避行でなければ、エルフの森共和国を観光する所なのに残念だわ。
「お嬢様、ここでお昼を取りましょう、と言ってもエルフの国ですからお野菜料理ですが」
「エルフの国で困るのはお料理よね。とても美味しいのだけど、肉も魚もテーブルにあがりませんからね」
「郷に入っては郷に従えだよ、フローチェ。とはいえ、エルフの森共和国を出たら、がっつりとステーキが食べたいね」
「晩ご飯はちゃんこを作りましょうか? どこかでお肉は手に入らないかしらね」
「お味噌もお醤油もありませんよ、お嬢様」
「なによ、アデラのポケットから出てくるんじゃなくって?」
「収納袋は入ってますが、容量的にお米とか味噌醤油は入ってませんよ」
あ、やっぱりアデラは収納袋をもってたのね。
収納袋というのは小さめの袋なんだけど、中が亜空間になっていて、見た目よりもずっと沢山、物が入る袋よ。
なんでもポケットから出てくる訳だわ。
「ようこそハフトン村へ、あなた方は世界樹の街からきなすったかね」
エルフの美しいお爺さんが声をかけてきたわ。
さすがはエルフ、お爺さんでも子供でもみな美しいわね。
すらりとして植物っぽい感じの美しさよ。
「はい、昨晩立ちましたわ」
「首都で昨晩。大事件が起こったと聞いたが、お前さんたちもそれに巻き込まれなすったかね」
「はい、妖精王が重病になったとかで、ミキャエル宰相が実権を握って、魔王軍と組んで世界樹の街で暴れていましたわ」
美しいエルフのお爺さんは天を見上げて首を振った。
「なんという愚かな事か。馬鹿者どもめ」
「ワンワンッ!」
ワン太がそうだそうだと言うように吠えた。
この子、人間の言葉がわかるのかしら。
まさかね。
「まだ、この村にはエルフ解放軍は来ていないみたいだね」
「そんな馬鹿共は来ても入れぬわい」
どうも、エルフ解放軍はエルフの民には好かれていないようね。
「エルフの民は賢くて、魔王軍の傀儡なんかにならないものと思っていましたが」
「そうじゃな、旅の人、エルフの寿命はな、千年を超えるんじゃ。儂は何歳ぐらいにみえる?」
「人間での歳でですか? 七十歳ぐらいかしら?」
「ほっほっほ、もう千二百歳になりますわい。エルフの社会というのはゆっくり進んでいくものでしてな。ですが、儂らは人間達の国と関わって、エルフの氏族が合議して共和国を作りましたわい」
「五百年ぐらい前ですね。妖精王ウルパノさまが中心になって決めたと聞きました」
「そうですわい。ウルパノさまは少しチャラい所を除けば大変な名君でありました」
確かに、私たちも、世界樹の街の到着初日に会ったけど、すごいチャラ男エルフだったわね。
あれで普通のエルフとは違う、ハイエルフというから笑ってしまうわ。
もの凄くゴージャスな美貌でしたけどね。
「さて、人の国の真似をして共和国を作った、行政府を作り、いろいろな支配の決まりを作った、ですがの、儂らはエルフで寿命が短命種に比べて超長い、何が起こったかお分かりかな?」
「あっ、何時までも上が去っていかないのですね?」
「そうですじゃ、若い者が出世をしようと思っても、上に年寄りが沢山詰まっておって、いつまでたっても地位が上がらない。人間の組織を真似て国を作った弊害ですな。エルフの民は基本的に暢気なのじゃが、さすがに五百年もずっと下っ端では若い者の不満も溜まりますじゃ。そこで出てきたのがエルフ解放戦線ですじゃ」
ああ確かに、上が詰まって何時までも下っ端仕事だと不満が溜まるわね。
長命種ならではの問題ね。
ハイエルフの妖精王で寿命は五千歳、普通のエルフでも千歳を越えないと老化しないですからね。
なるほど、あのエルフ解放軍はそれで出てきたのね。
「おお、ご紹介が遅れました、ハフトンの村の村長、ビビと申します」
「アリアカ国のリジーです」
「フローチェと申します」
「おおっ、これはこれは、アリアカの皇太子殿下と皇太子妃候補さまでしたか。よう首都から逃げてこられた、ハフトンの村はエルフの森共和国を代表して歓迎いたしますぞ」
「それでは早速ですが、物資の買い付けと昼食が欲しいのですが」
「ええ、ええ、首都で馬鹿共がご迷惑をおかけしたお詫びに、なんでも供出いたしますぞっ」
「いえ、お金は払いますよ。ビビ村長」
「いやいや、そんな事は言わずに、国賓にそんなに気をつかわれてはエルフの名折れですじゃ」
ビビ村長は古い感じのエルフさんで義理堅い感じね。
信頼できる気がするわ。
「ワンワンワンッ!!」
ワン太が火のついたように村の入り口に向けて吠えだした。
エルフ兵の大群が隊列をなして村に入ってくる。
「な、何じゃ貴様らっ!!」
「ビビ村長!! ミキャエル宰相のご命令だっ!! 村の役場をエルフ解放軍が接収する!! そして、敵国アリアカの皇太子と皇太子妃、それにイヌを逮捕する!! 協力しろ!!」
「ば、馬鹿もんっ!! そんな事が出来るかっ!! エイナス!! ケンウッド!! 馬鹿共が来おったぞっ!! 若造にエルフの魔法の神髄を見せるのじゃ!!」
「そうじゃな」
「小僧どもが跳ね返りおって」
ビビ村長の呼び声で、貫禄のあるお爺さんエルフが二人私たちの方に来た。
「必要はないわ、お爺さまたち」
「そうですよ、ここは僕たちに任せてください」
「じゃ、じゃがしかし、国賓さまを……」
私は笑ってエルフ解放軍を振り返った。
「大丈夫、これからはお相撲の時間です」




