第十話 進路はドワーフ大玄洞
バキバキという音で眼を覚ました。
床で寝ていたアデラがいない。
カーテンを開けると外は朝だった。
雨は上がったようね。
抱いて寝ていたワン太も起き出してちょこちょこ動いている。
可愛いわね。
ワン太と一緒に馬車から降りるとまわりに小枝が沢山敷き詰められていた。
これは?
「警報装置ですよ、お嬢様。おはようございます」
「ああ、悪漢が近寄ってきたら音で解るのね。おはようアデラ」
アデラは小枝を集めて火をおこし、ケトルでお湯を沸かしているようだ。
相撲部屋の中では凡庸なメイドなのに、野外に出るとアデラは生き生きするわね。
現場向きのメイドなのかしら。
ワン太がアデラにじゃれつくと、彼女はポケットからソーセージの切れ端を出してあげていた。
ソーセージまで出てくるのね。
なにかしら、魔法のメイドポケット?
「おはよう、フローチェ、アデラ、ワン太」
「おはようございますわ」
「おはようございますっ」
「ワンワン!」
リジー王子が馬車から出てくると、皆で朝のご挨拶である。
王子はいつも王宮にいるので、朝に私と挨拶をすることは滅多にない。
でも、結婚したら毎朝の事になるのね。
何という甘々な未来かしら。
「あーあ~♪ 一人娘を嫁にとやるにゃヨー あーあ~♪ 箪笥、長持、挟箱 あれこれ揃えてやるからにゃ 二度と戻るな出てくるな~~♪」
「また今日もお嬢様のお歌ですね」
「良い声だなあ」
「ワンワワン!」
あらいやだ、思わず甚句が出てしまったわ。
久しぶりのリジー王子との旅行で浮かれているのかしら。
(メイドとワンコは数に含めない物とする)
駄目よ、フローチェ。
これは祖国に戻るための逃避行なんですからね。
はぁどすこいどすこい。
アデラの作った朝ご飯を食べて、すこし相撲の朝稽古をする。
稽古は一日休むと、感を取り戻すまで一週間かかりますからね。
ワン太がじゃれつく中、リジー王子とぶつかり稽古をする。
相撲を知ってから二年、王子も立派な力士に育ったわ。
体重が無いから速度と技で戦うタイプだけれどね。
力のファラリス、技のリジー王子と呼ばれて良いライバル関係になっているのよ。
「もう、どんな時でも相撲なんですから、お嬢様と王子は」
「ごめんねアデラ」
「待たせたね、ワン太もお待たせ、行こうか」
「ワンワンッ!」
ワン太も退屈だったのかビョンビョン跳ねているわね。
「これからどうするの、一直線に国境の樹の街に行くの?」
「国境の樹の街は封鎖されてますでしょうねえ」
アデラは御者席にのぼりながら西の方を遠い目で眺めた。
「あそこに高い山脈がありますでしょう、お嬢様」
「あるわね、高い山ね」
アルプスを思わせる大山脈が右手側に広がっていた。
「あれは天蓋山脈といって、中腹にドワーフの大玄洞があるんです。国境の樹の街に行くよりも、大玄洞に逃げ込んで、ドワーフさんたちの力を借りてアリアカを目指すというのはどうでしょうか?」
「ドワーフさん……」
噂には聞くけど、乙女ゲームの『光と闇の円舞曲』では立ち絵も無い種族だわ。
エルフのモブはダグラスルートで少し出てくるのだけど。
「魔導列車だね、アデラ」
「そうですよリジー王子、やっぱり知ってらっしゃいましたか」
「うん、兄さんが中心になって、アリアカと大玄洞が共同で魔導鉄道敷設計画を立てたんだ。でも兄さんが失脚して、計画はどうなったのだろう」
あら、ジョナスの癖に国の役に立つ事もしていたのね。
というか、ヤロミーラに骨抜きにされるまでは賢い王子でしたものね。
「とりあえず、中止になっていたとしてもですよ、途中までは何か作ってるはずなので、アリアカへの抜け道となります。なにより、ドワーフさん達にも、エルフの森共和国のクーデターを知らせてあげるべきです」
「そうね、愚直に国境を目指すよりは良いかもしれないわね」
「よし、そうしよう、ありがとうアデラ、良いアイデアだね」
「うふふ、ありがとうございます、王子」
「ワンワン!」
「とりあえず、お昼頃には、街道村のヘルストに着きますので、そこでお昼をして、いろいろ物資を買いましょう」
「革命軍は居ないかしらね?」
「うーん、ああいう革新的な政治団体は都市部にいますけど、村ぐらいだとあまり居ない気がしますね」
「居たら居たね」
軍隊は一万人までは倒した実績があるわ。
敵が五万とか出してこなければ大丈夫ね。
私たちが乗り込むと馬車は走り始めた。
ワン太はおりこうに私の膝の上でちょこんとお座りしている。
なでなで、もふもふ。
ああ、この手触りは癖になってしまいますわね。
ワン太も気持ち良さそうに目を細めているわ。
「二年前の事件と今回の事件は、よく似てるけど、ところどころ違うね」
「そうですわね、あの時はユスチン氏とクリフトン卿が弟子入りしてきましたけど、アイキオ関とギブン関は弟子入りには来ませんでしょうし」
「奴らの暗黒相撲はすごいね、ちゃんとしてる」
「そうですわね、きちんと稽古をした本式の相撲に魔物特有の能力が被さって、侮れない強さになってますわ」
アイキオ関も、ギブン関も、良い仕上がりだった。
積み重ねた稽古が透けてみえたわね。
また、彼らと仕合をしたいわ。
魔界相撲と合同興行は出来ないかしら。
そうすれば、人間と魔物の交流も深くなる気がするわ。
人も、魔物も、相撲を楽しむ文化があるのだと知れば、お互いを尊重できるかもしれないわね。
でも、今は、祖国アリアカに急いで戻らないと。
すべてはそこからだわ。




