第九話 もふもふを乾かして馬車の中で眠る
アデラからポーションを貰い、ワン太に飲ませた。
あ、ワン太というのは私が付けたワンコの名前ね。
「ポーションも残り少ないのですよ、ワンコに与えるなんて」
「だって可哀想じゃない」
「うふふ」
そんな私を見て、リジー王子は微笑みを浮かべた。
まあ、そんなに王子に見つめられては照れてしまいますわ。
はぁどすこいどすこい。
ポーションが利き、ワン太の傷が治っていく。
私はタオルをアデラに貰って彼を拭いた。
まあ、なんて綺麗な青みがかったグレイなのかしら。
「もう安心よ、ワン太、私たちと一緒に旅をしましょうね」
「お嬢様のネーミングセンスは難ですね」
「ほっといてちょうだいっ」
「ワン太か、良い名前だね、よろしくねワン太」
ワン太は短くワンと鳴いた。
「しかもこれ、イヌじゃありませんね」
「そうなの?」
「小さいけど、オオカミ系ですね。多頭ではないからケルベロスではないし、オルトロスの子供かしら、フェンリルかもしれませんよ」
「そんなフェンリルだなんて、アレはもっと森の奥にいる物でしょう?」
「ハンターに捕まって、売られていくところを逃げ出したのかもしれませんね。エルフ革命軍の資金源かもしれません」
いくら革命軍が腐っているからと言って、エルフの森共和国の象徴みたいなフェンリルを捕まえて売るかしら。
フェンリルというのは森の主とも言われる巨大なオオカミの魔物だ。
牛ほどの大きさがあって、知能が高く、風の魔法を使うと言われているわね。
エルフの森の深部に住み、エルフ達に危機が迫ると顕現して彼らを守るという伝説があるのよ。
エルフの森共和国の旗にもなっているわ。
ワン太は落ち着いたのか私の胸の中で眠ってしまった。
体温が高くて暖かいわね。
「アデラ、まだ先に行くの?」
「はい、森を行くエルフにとって、ここはまだ世界樹の街と目と鼻の先です。夜半まで街道を行き、野営しましょう」
「大変ね、無理しないのよ」
「大丈夫です、お嬢様、私は頑丈なので」
アデラは胸を張った。
彼女の油紙のレインコートががさがさと音をたてた。
「王子とお嬢様は中で寝て居てくださいね。そろそろ道が悪くなってちょっと揺れるかもしれませんが。これ酔い止めです」
そう言ってアデラはポケットから薬瓶を出して私に渡した。
アデラのポケットからは何でも出てくるわね。
「エルフの民が森の中を行く速度は速いのだね」
「はい、王子。エルフは森に愛されていますので、木々が避け、道を作ると言われています。というか、いつも森の中で移動してるので猿並の動きができるんですよ」
さすがはエルフね。
綺麗なだけではないという事か。
森の中のエルフは戦闘能力も上がる。
木々を使って立体的に攻める事ができるのよね。
華奢で優美な外見に騙されてはいけないわ。
エルフの旅は森の中を突っ切って行く。
そちらの方が街道を歩くよりも、ずっと早いのね。
私たちがいる街道は物資の輸送とエルフ以外の民の為の物で、首都である世界樹の街のまわりではきちんと整備されているのだけれど、地方都市に近づくに連れて整備が悪くなって、道が酷くなるわ。
アデラが車室から出た。
はいっ! とかけ声が聞こえると馬車は動き出した。
「アデラが居てよかったね」
「世慣れているから本当に助かるわ」
世界樹の街に残してきたマウリリオ将軍と軍隊力士たちは無事かしら。
誰一人、死んで欲しくないわ。
早くアリアカに帰って軍を編成して、彼らを救出しなければいけない。
どちらにしろ、戦争が始まるわね。
私はワン太をぎゅっと抱いた。
命の暖かさを感じて、私の胸中が痛む。
ガラガラと音を立てて馬車は夜の街道をひた走っていく。
雨はまだ、やまない。
揺れが酷くなる中、リジー王子とうとうととしていると、馬車が止まった。
天井を叩く雨の音が止まったので窓の外を見ると大木の影に停車したようだ。
ずぶ濡れのアデラが馬車のなかに入って来てレインコートを脱いだ。
「朝まで休みます」
彼女は座席の下からマットレスを出し、床に引いて横たわり毛布にくるまった。
「ありがとう、では寝ましょうか」
私も座席に横たわり毛布にくるまる。
ワン太を胸に抱くと暖かい。
「おやすみ、フローチェ」
「はい、お休みなさいませ、リジー王子」
愛する王子と馬車の中で一緒に眠るなんて、なんてロマンチックな事なのかしら。
はぁどすこいどすこい。
まあ、間にアデラがいるし、胸にはワン太を抱いてるので不埒な真似はできないのですけれどもね。
辺りはしんと静まりかえり、時々巨木がおとす水の音だけが響く。
今日はさんざんな一日だったわ。
明日は良い日になれば良いのだけれど。
シンプルに街道を逃げているのだから、私たちの居場所は特定されていると見て良いわ。
エルフ革命軍も心配だけれども、魔王軍の暗黒力士たちも心配だわ。
まだ見ぬ強力士を夢見て、私は眠りについた。
ちょっとだけ、楽しみではあるわね……。




