第一話 アリアカ国親善大使一行はエルフの宰相に条約破棄をされる
「このたび、エルフの森共和国とアリアカ王国との友好条約は 現時点をもって破棄させていただく!」
エルフの森共和国のミキャエル宰相が晩餐会(野菜料理のみ)の最中に壇上に立ち上がり、そう宣言した。
私は野菜シチューをごくりと飲み込み、リジー皇太子と顔を見あわせた。
長年の友好国であるエルフの森共和国への親善訪問の最終日に友好条約を破棄されるなんて。
なんだか二年前のあの日を思い出すような出来事だけど、私もあの頃の弱いフローチェではない。
アリアカ相撲界に君臨する横綱である。
私は立ち上がった。
「どういう事です、ミキャエル宰相? 妖精王はこの傍若無人な行いを理解しておられるのかっ!」
ミキャエル宰相はにやにやしながらこちらへ向かって階段を下りてきた。
「妖精王は急なご病気で伏せっておられる、代わりに私が妖精の森共和国の全ての決定権を持つ、お分かりかっ、フローチェ皇太子妃候補! そしてリジー皇太子!」
大変よく理解した。
このにやけたエルフは妖精王を軟禁し、共和国の実権を握ったのだな。
クーデターだ。
「我がアリアカとエルフの森共和国との条約は我が父、アルヴィ王と妖精王ウルパノとの長年の友誼の元に結ばれた物だ、代理人が破棄できるものではなかろう」
リジー王子は凜として言い放った。
あの事件から二年、彼も沢山成長した。
でも、まだ時々私に甘える事があって、そういうときは本当に可愛くて萌えるのですわよ。
はぁどすこいどすこい。
いや、今は萌えている場合では無い。
「私たちは、あなたがた二人の身柄を押さえ、彼らに引き渡す。なに、利用価値があるうちは殺されたりはしないだろう。なにせ、あなた方は未来のアリアカ国王と王妃になるお方なのだからね」
「どこと手を結ぶというのだ、ミキャエル宰相!」
「ふふふ、魔王軍です、われわれは、その見返りに軍事協力をしてもらう。あのにっくきドワーフ共の穴蔵を占領し、そして、アリアカ国自体もいただこうと思う」
「馬鹿な、魔王軍の傀儡になるつもりかっ! 愚かだぞっ、ミキャエル宰相!」
「なんとでも言うがいいさ、小僧。お前達の命は我々の手の中なのだからなあっ」
ミキャエル宰相はゲスな笑い顔を浮かべて片手を上げた。
大広間の扉が開いてエルフ兵が入り込んでくる。
「リジー王子!」
「わかったフローチェ!」
私は立ち上がり、リジー君を後ろに置いて、重心を下げる。
「ははは、知っている、知っているよ、フローチェ皇太子妃候補、あなたはアリアカで流行っているスモーというレスリングのチャンピオンなんだよな。あははは、そのちんけな格闘技で我が精鋭兵とやりあってみるがいい」
ミキャエル宰相の嘲笑するがごとくの言い分に私は笑った。
「あなたに相撲の何が解るというの?」
「ええいっ! このたわけた女に目に物見せてやれっ!! だが、殺すなっ!!」
兵士がどっとこちらに殺到してきた。
私は状況を分析する。
土俵召喚をしてミキャエル宰相を相撲で血祭りに上げるのはたやすい。
だが、妖精王がどこに監禁されているかが解らない。
魔王軍がどれだけの戦力を迎賓館に伏せているのかも不明だ。
ここは逃げるべきか。
私は襲ってきた兵士にトルネード掬い投げを掛けて、密集した場所へと投擲した。
ドカーン!!
付与された竜巻効果が破裂して、エルフ兵達が吹っ飛んでいき、野菜料理満載のテーブルの上を転げ落ちていく。
「ば、馬鹿な、なんだあの技はっ!」
「エルフの弱兵なぞっ、前菜にもならなくてよっ!! もっと強い兵でおもてなしなさいっ!!」
「まったくだね、フローチェ!」
リジー王子も、前場所で勝ち越して前頭五枚目まで昇進した、年若いとはいえ、エルフ兵に遅れをとる腕前ではない。
手堅く張り手と得意の下手出し投げでエルフ兵を倒していく。
また、親善訪問についてきた随伴員も半分以上が力士である。
みなでばったばったとエルフ兵を倒していく。
「ぬ、ぬぬうっ! 馬鹿な、そんなべらぼうな格闘技があるかっ!! 魔法兵っ!! スリープクラウドを集中発射せよっ!!」
「「「「「応っ!!」」」」」
エルフといえば、弓と魔法だ。
特にエルフの使う精霊魔法は人間の魔法よりも出力が高く危険だ。
魔法兵達の足下に無数の魔法陣が発生し、光る球のような精霊が速い速度で術者のまわりを廻る。
「リジー王子!!」
「わかった、フローチェ!!」
私たちは天に届けと片足を持ち上げる。
友好国の迎賓館で淑女と皇太子がおこなう行為ではないが。
だが、かまわない、私とリジー王子は一番いの相撲取りなのだ。
ダーーーーン!!
二人の四股が迎賓館を文字通りゆらした。
神聖なる四股の響きが聖なる波紋となり地面を伝い、共鳴して、魔法兵の魔術を打ち破った。
「な、なんだと! ば、馬鹿な、なんだそのアンチマジックは!!」
「四股だわ」
「四股だ」
「くそうっ! くそうっ!! 弓兵っ!! 弓兵っ!!」
ミキャエル宰相の背後に弓兵が走り込む。
と、同時に、後ろのドアが破られ、マウリリオ将軍と旗下の兵士達がなだれ込んできた。
「リジー王子、フローチェ親方っ!! 世界樹の街に火の手がっ!! 多数の兵士も蜂起しているようです、ここは私に任せて、ひとまず撤退を!!」
「解った、ここは頼んだぞ、マウリリオ将軍!」
「おまかせくださいっ!!」
「に、逃がす物かっ!! 弓兵っ!! 殺してもよい!! リジー王子とフローチェ皇太子妃を逃がすなっ!! 撃てえいっ!!」
豪華な迎賓館中央ホールに低い弦楽器のような音が鳴り響き、無数の矢が飛んできた。
私は掬い投げの型を決める。
ぶおん。
リジー王子も掬い投げの型を決める。
ぶおおんっ。
掬い投げの付与魔法効果である竜巻が中央ホールで暴れ狂う。
二つの強力な気流が矢の軌跡を乱し、ばらばらと雨のように床に落ちていく。
私の竜巻を念で動かし、リジー王子と共に跳びのった。
「行きますよ、リジー王子!」
「うんっ!」
そのまま、私たちは竜巻に乗り、壁のステンドグラスに突っ込んだ。
ガッシャーーン!!
色とりどりのガラスが砕け、辺りに飛び散るなか、外に燃え上がる世界樹の街が見えた。
「歴史ある世界樹の街に、なんてことを!」
「魔王軍の奴らもいるっ!」
黒い鎧を着た厳つい魔物達が世界樹の街で暴れていた。
魔王軍の侵攻が始まったのか。
「お嬢様ー、リジー王子ー」
気の抜けた声がしたので下を見ると、うちの粗忽メイドのアデラが御者台に座って全速力で馬車を疾走させているのが見えた。
私は竜巻を動かし、馬車へと着陸した。
「大変なんですよ、大変なんですよ、街に魔王軍が攻めて来たんですよっ! 世界樹の街の防衛網が機能していませんから、きっと内側からの手引きがあったにちがいありません。お嬢様とリジー王子に絶対に必要な気がして、馬車でもって迎賓館に迎えにきたんですっ!! 逃げましょう、逃げましょう、ハリアップーっ!」
相変わらず良く喋る粗忽メイドだ。
「このままとりあえず、街を出よう」
「そうです、それが良いと思いますよう、リジー王子」
「ああ、これは……」
私はなんだかおかしくなって笑った。
「なんですか、こんな時にっ、お嬢様っ!!」
「二年前のあの日みたいだなって、思ったら急におかしくなったわ」
「なんですか、なんですか、どうしてこんな時に獰猛な笑顔で笑えるんですかっ、古今無双の大豪傑ですかお嬢様はっ!」
「違うわ、私は一塊の相撲取りよ」
「もー、もーっ!!」
アデラがもーもー言いながら馬車を街の出口に向けて走らせた。
まあ、只ではこの街は出られないでしょうね。
でもいいわ、立ち塞がる物は全て相撲で打ち倒すわ、二年前のあの時みたいにね。
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