第九話 親の愛と、敵と味方と。
ちょっと長文になってしまいました。昼休みに読まれる方は、時間にご注意ください。
ボーナ領の農地の焼却や、警備兵の配置などの手配を終えて、シルベスター領に帰館した僕は、その日の夕食後、父上に母上、それにゴルバの3人に囲まれて、泣きそうになって、縮こまっていました。
このところの、いろいろやったことで、僕の行動の裏に何かあると、バレてしまったのです。
「ミコト、成人の儀で、女神ウィンザー様から、《スマホ》という、とんでもないスキルを授かったのは、知っておる。
じゃが、それだけでは、あるまい。見たこともないパワーショベルとか、農地の開発、それらの知識は、どうしたんじゃ?
父や母にも、言えぬことなのか?」
「···· 、父上、母上、隠していて、ごめんなさい。
僕は成人の儀の時、《スマホ》のスキルのほかに女神様から、もう一つ授かったものがあります。
それは、前世の記憶です。前世で僕は、61才まで生きました。前世は、平和な日本という国で、魔法がないかわりに、科学という自然や生き物のしくみを、詳しく調べて得た、高度な知識の文明がある世界でした。
ただ僕は、父上や母上が、前世の記憶を持つ別人格の僕を恐れて嫌われてしまうのではないかと思い、怖くて言えませんでした。
ごめんなさい。」
そう話しながら、僕の目からは、涙が溢れ落ちていました。すると母上が急につよく抱き締めてきました。そんな母上の顔を見ると、その目から涙が溢れていました。
「ミコト、苦しんでいたのね。気づいてあげられなくてごめんなさいね。前世の記憶があろうとなかろうとミコトはミコトよ。私の可愛い、大好きな息子なのよ。」
「そうじゃぞ、お前は儂らの大切な宝物じゃ。そんなことで悩むでないっ。」
「坊っ、坊は、坊ですぜっ。坊は幼い頃から天真爛漫で、周りの誰からも慕われて、領主様の自慢の跡取りですぜっ。」
父上も、ゴルバの目にも涙が浮かんでいる。
あぁ、いいんだ。僕は僕でいていいんだ。僕はこのとき心からホッとした。
「父上、あの時、女神様にお会いしました。
そして、前世の僕の知識を広めて、この世界の困窮している人々を助けなさいと言われました。」
「そうか、そんなことがあったか。しかしそれはこの父も望むところじゃ。儂も男爵になってからずっとそうしたいと願ってきた。」
「ミコトの心に秘めていたことを聞いて、安心したけどなんか残念ねっ。
我が息子が、魔王と闘うのかと思って、ハラハラ、ドキドキしたのにっ。」
「奥様っ、そりゃいくらなんでも物語の読み過ぎですぜぃっ。」
「「「「あっ、はっ、はっ、はっ。」」」」
僕に、前世の知識があることは、4人だけの秘密になった。
ただし、何故か母上にだけは週1のスイーツの他に、週1でクッキーなどの駄菓子を提供させられることになった。よくわからないけど、口止め料だそうだ?
街の南側に、体育館並みのプレハブ工法で、製糸縫製工場を作った。
導入したのは、1779年に発明されたミュール紡績機と、1785年に発明された力織機。
ただし動力は、工場に火力発電所を併設し電力モーターとした。
ようやく、稼働を始めた製糸縫製工場で作業の指導に明け暮れている頃、ワークス侯爵からの使者がやって来た。
護衛達10人を伴ってやって来た使者は、なんと、侯爵の令嬢、ユリア様だった。
領主館で、父上と僕、ゴルバの3人で、使者のユリア様と副官と会うことになった。僕達も挨拶したのち、ユリア様が口を開いた。
「ご無沙汰しております。ワークス侯爵家のユリアにございます。お目にかかるのは、5年ぶりでしょうか。
父より、この2通の書状をシルベスター男爵にお渡しするよう、申しつかりました。」
そう言って書状を差し出す。ゴルバが受け取り父上に渡すと父上は、封印を確認して開封黙読する。
「1通は侯爵様から。もう1通は陛下からじゃ。
陛下からは、ボーナ伯爵の侵略を処罰したいが、貴族派の反対でできないでいるとある。
また、我が男爵家にはお咎めなしとのお言葉もある。
ことが治まるまで、領地を守り静観しておるようにとのことじゃ。
ワークス侯爵からは、貴族派が兵を集めており我が領というよりボーナ領に攻め寄せる準備をしているとのこと。
貴族派の軍勢が攻め寄せた際には、ライズ男爵とともに儂達に加勢してくれるそうじゃ。」
「私の父もライズ男爵も、陛下に忠誠を誓ういわゆる王家派です。ご当家は派閥には属さない中間派かと存じますが、今回非道を犯したのはボーナ伯爵です。
それなのに、自派閥の領地を保持するために兵を出す貴族派を許す訳にはいかないと、父は申しておりました。」
「それはありがたく、心づよいお言葉じゃ。
ところで、貴族派の兵力については予想がついているのですかな?」
「はい、当家で潜り込ませた者達からの情報では、宰相のバカラ侯爵を除くラマダ侯爵家、セガール、マスカス、へゲールの3伯爵家、キルク男爵家から、総勢1万余りと見込まれます。
今回は、情報漏えいを防ぐために伯爵以上の4家としたようですが、先に使者として追い返されて面目を失ったキルク男爵が懇願して参加するようです。」
「貴重な情報をかたじけない。ミコト、例のものを。」
「はい父上。ユリア様、これを。
これは、無線機と言って、遠く離れた場所と話ができる道具です。おそらく、王城までも可能のはずです。
これを10台預けますので、4台はライズ男爵の元に届けてください。あとは、間者との連絡にも活用してください。
使い方は、あとでお教えしますが、太陽から魔力を得るため、一日に1時間程度、この部分に太陽の光を浴びさせてください。」
「まあっ、魔道具ですのね。これは、情報がとんでもなく速く伝えられて、どれほど役に立つか、計り知れませんわっ。」
ユリア様に渡したのは、携行できるほどの小型無線機。ソーラーバッテリーで、30チャンネルあり、30台の間で相互通話ができる。
我が領では、ボーナ領の関所2ヶ所と、シルベスター領の城壁の門4ヶ所、それと領主館に固定で備えたほか、5つの部隊と、連絡兵5名に配備した。
もちろん、僕とゴルバも携帯している。




