第一話 異世界転生と女神様からの依頼〘改稿2〙
それは突然でした。ある夜、眠っている時に意識が覚醒し、身体が浮くような感覚とともに、気づくと、真っ白に煙る場所にいました。
不思議と焦りはなかった。ああ、これが死というものだろうか、死因は心臓麻痺かな?死んでからも思考ができるとは。
思考できるなら。脳梗塞や脳血栓ではないだろうと、考える意外と冷静な自分に驚いていた。
私は今春、37年間務めた地方公務員を定年退職しました。出世することもなく、ひたすら現場(地方)を転勤して回り、いろんな部署を経験しました。
地方税の税務、生活保護などの福祉、農業改良普及所などの農務、民有林を指導する林務、食品の安全基準から、と畜場の衛生管理まで指導する保健所、企業誘致から町おこし、そして、花火大会の安全管理まで行う商工、建築基準法の検査をする建築指導など、様々な経験でした。
税や福祉部門などにおいては、間違いなど許されないのです。正しく行なわれて当り前、対人関係にあっては、ひたすら誠実に接するしかなく、そんな仕事を続けた結果、そんな人間が出来上がりました。
地位の高い、大会社の社長さんから、水商売で働く貧困な母子家庭まで。いろんな人に接した経験は、人を見る目が養われた代わりに、用心深い性格にもなったようです。
商工などの部署は、ひたすら智慧を搾って、些細なことでも、アイデアを生み出す習慣を強要されました。
林務で山歩きし、保健所で分析をして、毒キノコを見分ける知識を得ました。
漁協の漁師さんたちから、漁法や魚の雌雄の見分け方を学びました。
農家さんで、簡易温室栽培のマルチ栽培を知り、寒冷地での作物栽培を学びました。
こういう知識は、サバイバル生活でもする時があれば、役立だろうなと思いながら、目まぐるしく進化する、文明社会を享受して生きて来ました。
勤続38年間、その間、長くて3年間の転勤の連続で、性格的に良く言えば慎重、俗にいって奥手な私は、結婚に至るような付き合いも無く、一人暮らしに馴れ親しんでいました。
ふと気が付くと、ぼんやりとした光が近づいて来るのが見えました。そうして、目の前まで来たのは、眩しく輝く光に包まれた女性のようでした。
これこそが神様なのでしょう。まさしく気高く気品に溢れ、人外の威厳を纏っています。
『よく来てくれました、須佐 尊。』
須佐 尊というのは、私の名前だ。両親が名字をもじって付けたせいで、神話の主人公みたいだから、子供の頃から周りに弄られ続け、苦労させられた。
『須佐尊、あなたには頼みがあって、ここへ呼びました。
あなたは今世で余生を送ることなく、生を終えましたが、わたくしの頼みを聞いてくれるなら、別の世界ですが、もう一度、人生を与えます。』
「それは、、どういうことでしょうか? 別の世界とは、如何なることでしょうか?」
『そこは、あなたの生きた世界とは、別の世界です。剣で戦い魔法がある世界。
その世界は人々は今、貧しさにあえいでいます。
その人々を、あなたの知識と経験で、生活が豊かになるように導いて、ほしいのです。』
「えっっっ、、でも、、あなた様がお作りになった世界なら、あなた様が変えられるのでは?」
『それは、できないのですよ。それぞれの世界の生きものは、自分達のことは自分達で、成し遂げなければならないのです。それが世界の摂理なのです。
例えば、パンを生み出す魔法を与えたとします。パンは栽培した小麦や酵母から、作られるものです。その過程を無視して、完成形のパンのみを与えるとどうなるのでしょう?
ただ一つだけのパンというものしか、この世界にないことになってしまいます。それ以上の工夫も進歩も得られないのです。
だからといって、人々が貧困にあえいで、それぞれの人生を、謳歌できないでいるのを、見過ごす訳にはいきません。人々が進歩する方向へ、導かなけばなりません。
だからミコト、あなたなのです。あなたも別の世界ですが、自助努力によって、知識と経験を身につけて来ました。そのことを周りに見せて、この世界に刺激を与えてほしいのです。』
「女神様とお呼びすればいいのでしょうか?
女神様のお気持ちは理解致しました。何が出来るか分かりませんが、できる限りのことはやってみます。
でも、私の持つ知識など、極狭いものに過ぎません。できれば、スマホを使えるようにしていただき、元の世界の知識を調べられるようにしていただきたいのですが。」
『ええ、いいでしょう。あなたには、この世界にないスキルですが、《スマホ》というスキルを与えましょう。』
「それから、え〜と私は、赤ん坊からやり直すことになるのでしょうか?」
『いいえ、あなたには、15才の成人の儀から始めてもらいます。生まれてからの記憶も持っていますから、安心してください。
それでは、ミコトの活躍を祈っています。』
白い靄が晴れるて、そこは教会の聖堂だった。そうだ私は今日、両親と成人の儀を受けるために、父上のシルベスター男爵領には、教会がないため、隣領のボーナ伯爵領にある教会までやってきたのだった。
父親の名は、ロダン·シルベスター男爵、母親の名は、マリア·シルベスター。私は、嫡男の一人息子、ミコト·シルベスターだ。
「おおっ、ご嫡男は女神ウィンザー様の加護を授かりましたぞっ。」
神官が感動した声を上げた。
「ほんとうか、信じられん。息子が女神様の加護を授かるなどとは。」
父上も、感動して喜んでくれているようだ。
「あなた、ミコトは女神様から、なにか大切なお役目を授かったのではありませんか。大丈夫かしら、たった一人の息子なのに。危険な目には会ってほしくないわ。」
母上は、鋭いっ。女の直感でなにか察したようだ。
「大丈夫だ、ミコトは、剣も魔法も一流だし、賢い子だから。」
私は、心配する母マリアに抱き竦められながら、教会を後にした。