プロローグ
小さい頃は、街を出るだけでも大冒険だった。
夜中にパパがドライブに行こうと言って、お家に残るママが離れて小さくなっていった。
車が幹線道路を突っ切っていくのを、顔を上げて窓から外をじっと眺めていた。
等間隔に設置されている道路沿いの灯りは、とおくとおくで一つの光に収束していった。前も後ろもずっと、同じ景色。
住んでいる街が離れていく光景は、心をきりりとさせた。
もう戻って来られないような気がして……。
明日学校に行けるのか、ちゃんと宿題を出せるのか、ずっと考えていた。
峠に近づくにつれて、私の視界がどんどんぼやけていくことに気がついた。頭ははっきりしているのに。体が追いついていかない。体だけ四万温泉に繋がれ、縛られているような感覚。
「だから、あなたもここから離れられないのよ」
意識が薄れて行くなか、誰かの声が聞こえた。
パパとは違う細く綺麗な声。若い女の人の声。
「これはあなたがかけた呪い?」
問いかけには誰も答えてくれなかった。
誰もいないのか、それとも答えがないのか。
そんな夢をよく見る。
いつからだろうか、この夢が再生されるようになったのは。