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ロウとリンの出会い(0.5話)

アダルト、暴力、差別があります。不快に思われる方はご注意ください。



初めの印象は、東洋人。ただそれだけだった。

「おい、聞いたか?あのオリエンタル…Ⅻ騎士団に入りやがった」

「へえ。倍率の高いⅫ騎士団の認定試験に受かったってことは、強かったんですね」

「強いわけがないだろう、まぐれだ、あんな猿…おかげで計画が丸つぶれ―いや、今までにない大損をしたのだ……糞っ!」

ざまあみろ、と心の中だけで思ってみる。生きているうちは本音を出していいことはない。

「そりゃ災難でしたね。まぁ、良いことありますって」

「…良いことと言えばロウ、話があるのだが、今良いか?」

「……って、またお見合いパーティーですか?」

「まあそう言うな…王宮勤務は女に人気なんだ、紹介してくれって頼まれているんだよ。お前の良い経験にもなる、お前も好きだろ?」

「いえ…あまりああいった人の集まるところが得意ではないので…あ、シュトーレンさんとかどうですか、最近恋人に振られたそうで寂しがっていました」

「シュトーレンか……成程。最近恋人に振られているのなら丁度良い、門番と言えど王宮勤務だし…。まあ、お前にも無理にとは言わんが気が向いたら是非来てくれ。飛び入りでも歓迎するぞ」

「…ありがとうございます」

ま、絶対行かねえけど。去っていく姿にべ。と舌を出して俺はその場を立ち去ることにした。



「…ん?」

ぶらぶらと歩いていると王宮には似つかわしくない、やけに挙動不審で薄幸そうな人影が見えた。随分お暇な様子、まあ俺が言える立場じゃねえけど。

よく見ると件の東洋人だった。何かを探しているのか、きょろきょろと辺りを見回して、いかにも困っている様だ。

「……」

俺はその横をすっと通り抜けた。別に関係ない、あっちが聞いてきたわけでもない。面倒ごとに首を突っ込みたくない。

…それにしても、やけに童顔っつうか、威厳がないっつうか弱弱しいっつうか。確か同い年位って聞いたけど、事前情報がなけりゃ年下だと思ってしまうだろう。背も小せえし、ひょろっこい奴。伏し目がちな目。

……確か、ギア様が東洋から拾ってきたかなんかで突然王宮にあがったんだったよな。当時から王宮内で妬みだか嫉みだかで悪評が多い奴だったが。

Ⅻ騎士団内では『あの日』と呼ばれる、王様の依頼でギア様を殺した日。俺は白羊宮のじいさんと一緒にシエラ様の暗殺役に回っていた。この東洋人はシエラ様を守りながら俺と白羊宮を相手に立ち回り、その戦いの中で白羊宮のⅫ金旗を、切った。

Ⅻ金旗はⅫ騎士団になったときに王から賜る勲章で、それぞれが司る星座の動物のシンボルが描かれている。これは王からの御恩として大切にしなければならない…もし自分の故意で傷つけたと判断されたのならば責任を取って自害しなければならないほど。故意でなかったとしても、これを傷つけられたのならば王への最後の奉公としてⅫ騎士団を辞めなければならない。全く、勝手に渡しておいて迷惑な話だ。

「おーい、何してんだ東洋人」

「……」

俺は声をかけることにした。白羊宮の爺さんがこいつに礼をしたがってたからな…仕方ない。爺さんには世話になったからな…。それに、こんなところでフラフラさせといたら後々もっと面倒なことになりそうだ。

「……」

東洋人はこちらにふい、と顔を向けたがすぐに逸らしてしまった。

「おい、こっち見ろっつーの」

つい東洋人の頬をつねってこっちを向かせてしまった。…ぷにぷにしてる。

「……」

こちらを向かせた東洋人は分かりやすく動揺していた。フリーズしている。

「口がついてんだから、喋れねえわけないだろ。なんか喋れ、助けてやるから」

ギア様の使用人してたんだから言葉は通じるはず。…あー、俺何してるんだろ。ああでも、何だろこの頬。ストレス解消に良いわ。

「…あ、あ……う…」

もしかして頬つまんでるから話せないのか。俺は頬を解放してやる。

「…あ、あ…の……」

こいつ大丈夫か。確かに直に話したことは一度もなかったけど…戦っているときは全然そんな印象は受けなかった。それにさっきからこいつ、俺と視線を合わせようとしない。

「……」

とうとう東洋人は黙りこくってしまった。

しょうがないから今与えられている情報から推察してみる。辺りをしきいに見回していたんだ、なにかを探しているのだろう。で、王宮内好感度ワーストのこいつが人探しなんてする意味ないし、牢獄からほぼ着の身着のまま来たんだから落とすものもねえだろうし……あー!考えるのは面倒だ、多分こいつは部屋が分かんねえんだなと勝手に結論付ける。

「付いて来い」

「…」

付いて来いと言ったら素直についてきた。どういう生物なんだ東洋人。



「多分お目当ての場所」

俺と東洋人は白羊宮用の部屋の前に来ていた。Ⅻ騎士団の部屋は基本使いまわしだ。さすがの王宮と言えどそこまで太っ腹ではなかった。まあ、例外もいるが…またむかむかしてきたから思い出すのを止めた。しかしそれでも、ハウスクリーニング費用位負担してほしいものだ。どこの誰が何に使ったかわからない部屋なんて極力使いたくない。そういえば、東洋人はそれを知っているのだろうか。…まあ、白羊宮の爺さんはいつも部屋綺麗にしてたから大丈夫か。

そんなことを考えていると、東洋人がずっと棒立ちしているのに気付いた。

「鍵、貰ってないのか?それで開けるの。…もしかして、カードキー知らないとか?」

「か…かーどきー……」

初めて単語を喋った。謎の感動を覚える。

「これ位の封筒貰ってない?…そうそれ、貸して」

『封筒』というキーワードを出したらすぐに反応した、ただの馬鹿ではないようだ。

「中に入ってるのがカードキー。これをここに当てると鍵が開いて中に入れるようになる」

「…」

東洋人は興味深そうに観察している。

「ほら、もうこれでいいだろ。もう外で彷徨うのはやめろよ」

「……あ…」

「あ?」

「ありがとうございます……」

「…」

寝耳に水な言葉に思わず呆けていると東洋人は耳まで真っ赤になった。

「ありがとうございました…」

今度は深くお辞儀された。全然起き上がってこない。

「お、おい。良いから、そんなに気にすんな。お互い様だって、頭上げろよ」

「…」

深く深くお辞儀したせいかぼさぼさの髪が垂れさがってきていてとても悲惨だった。

「まあ…頑張れ」

取り敢えず俺はこの場を去ることにした。

少し行ってちらりと振り返った時、まだ東洋人は部屋に入っていなくてこちらを見るとまた深くお辞儀してきた。俺は慌てて部屋に戻った。



【一日目】

「ふあ…」

朝起きて、今日が任務だということを思い出す。…ああ、そうだ。今日から一週間東洋人にⅫ騎士団のルールを教えるための任務に同行しなければいけないのだった。

正直ただでさえ曰く付きな上にワケアリの東洋人のお守りなんて面嫌だ、と断りたかったのだが勤続年数的に後輩で一番面倒見がよさそうという訳の分からない理由で選出されてしまった。別に勤続年数なら一番下ってわけじゃねえし面倒見がよさそうって…断れなさそうの間違いじゃないのか。結局は押し付ける理由にさえなれば何でもいいのだ。まあ断りませんよ、なんたってアリアちゃんに頼まれちゃったからな…はあ、女の子にあんな顔されちゃ断れないぜ…。あいつら、アリアちゃんに言わせれば俺が断らないと思って…!

「はあー……」

深く深くため息をついて、気合を入れる。よし、行くか。



集合場所に着くともう東洋人は来ていた。こちらを見るとまた会釈をされた。東洋人は俺たちとは違って黒い制服に身を包んでいる。これは主にセドルからの要望でつくられたものだが、「オリエンタルが自分たちと同じ服を着ていることが耐えられない」だと。

俺的にはどうでもいい。あえて言うならそんな金を東洋人なんかのために使う方が耐えられない、そんな金があるなら俺にくれ。

「おはようございます…」

「おお。おはよう」

近くで見ると教科書で習った東洋人を疑うほどに病的に白い肌だ。拘束期間が長かったせいかやつれている顔も風に揺れる漆黒も。皮肉にも醜を主張するよう作られた制服が一層東洋人の美を引き立てている。

「それサイズあってねえな…」

そんな制服を、東洋人は袖からやっとこさ三本の指の先を出している程度だった。ズボンも裾を引きずらせている。

セドルがやったことだからな…どうせろくに測りもせず適当に色だけ変えて作らせたんだろう。東洋人は自分達と違うと主張しているのはあいつなのにその違いに関する配慮は全くない。俺はどちらかというとそういうやつの方が嫌いだ。

「動きにくいだろ、直してやるからちょっと来い」

「……」

そう言うと東洋人は静止した。

「良いから来い」

手首をつかんで無理やり引っ張る、東洋人は小走りでついてきた。


「そこ座れ」

店で裁縫道具を買って、路地裏に移動して適当なところに座らせる。

「上着貸せ」

言うと素直に脱いだ。ちゃんと指定通りブラウスを着ているようだがそのブラウスもなんか駄目だった。おいおい、細部に至るまで無駄なくサイズ合わせてないのかよ…。

「ブラウスも……つっても、お前の着る物が無くなるのか…あー……俺の上着羽織っていいぞ」

「…あ……」

上着を脱ぎ差し出すと東洋人は手が行き場所を無くしたかのように出したり引っ込めたり、いかにも葛藤という感じだった。あまりにもその教科書通りの動きに思わず笑ってしまった。

「どうしたお前…」

「東洋人…だから……」

東洋人は何かを押し殺すような声でそう言った。

「あー、それか…」

「…」

「どうでもいいわ、それ」

「え……わっ」

俺は強引に東洋人に上着をかぶせた。突如として前の見えなくなった東洋人は慌てふためいてまたそれに笑ってしまった。

「ぶっ、おいおい…大丈夫かお前」

上着を取ってやるとさらに髪が乱れた状態の東洋人が出てきた。

「悪かったって、俺は直してるから着替えたらブラウス貸してくれ」

「……」

こく、と頷いたのを確認して俺は補修作業に入る。

上の服を直し終えてよこすと急いで羽織り始めた。そして俺の上着を早く返そうとする。

「そんなに急いで上着返さなくてもいいから次はズボンくれ…って、いや流石の俺でもパンイチは駄目か…?まあ、お前しかいねえしいいか」

「大丈夫…」

「待て待て待て待て!」

相手は男でも他人の着替えをガン見するのはよくねえかと思い目をそらしていた俺がその声に振り向くと、もうズボンを脱いでいた東洋人。俺は思わずまた目をそらす。…いざというときの行動力は凄いぞこいつ、侮れねえ。

「俺が脱ぐからお前は俺のを履いてろ、気にしなくていいから」

「……」

今度はなかなか頷かない。逆にこちらを下から睨み付けてくる。何だ、これは反抗の意思なのか?

「「…」」



数分の沈黙ののち、結局妥協案として二人共パンイチになった。

いやどういうことだよ!路地裏で男二人、何が悲しくてパンイチで居なきゃいけないんだよ!しかし、これでないと東洋人が納得しなかったのだからしょうがない。だが今通行人に見られたら…そんな地獄は想像したくない。自然に作業の手が早まる。

当のこいつは全く気にしていないような素振りだから本当にこいつの許容ラインが分からない。

「あ…やべ。丈忘れちゃったからもう一回履いてくれ」

「はい…」

その時のことだった。

≪グルル…≫

「…嘘だろ……」

「……」

路地裏の入り口には、今回の目標、野犬の集団がいた。どうやら、犬同士の縄張り争いのお邪魔をしてしまったようだ。反対側からも犬種の違う野犬がのぞき、逃げ道は閉ざされてしまっていた。

「これ、見逃してくんねえよなあ…?」

「…」

どうやら東洋人も覚悟を決めたようだった。まさかこの俺がパンイチで戦うことになるとはな…現実は小説より奇なりってやつか。

たがいに武器を握った瞬間、野犬たちは襲い掛かってきた。

野犬の捕獲が目的なので傷つけないように戦わなければならない。俺は銃の背の部分で応戦する。振り向くと、東洋人が剣を柄に差したままバットのように振り回して使っていた。……やっぱ剣良いかもなぁ。俺も転職しようかなぁ。巷の女の子たちに言わせるとやっぱり騎士って言うのは剣のイメージらしい。でも銃楽なんだよなあ…。


「はあ…やっと終わったぜ……」

「……」

「結局任務終わっちまったな」

どっかりと座って裁縫作業に戻る。

「…帰らないのですか……?」

「言ったからには最後までやってやるよ、それに、明日も一緒に任務しなきゃいけねえんだから今のうちにやっといて損することはねえだろ?」

「……」

東洋人はしばらく無言だったが。

「ありがとうございます…」

また深々と会釈をされる。その慣習はよく分からないがされて悪い気はしない。

「良いよ、お前はそこら辺に座っとけ」


「ほい、完成」

「…丁度いい、です……」

東洋人はくるくる回って着心地を確かめている。まあ、我ながら上出来って言う感じだ、自分が誇らしい。

「じゃあ帰るか」

「はい…ありがとうございました……」

また深々と会釈をされた。


「じゃ、明日もよろしく」

「はい…」

やっぱりあいつは俺が消えるまで見送るつもりのようで部屋の前で待機している。

「別にそんなにしなくてもいいって、早く入れよ」

「…」

東洋人はきょとんとしている。何を言っても無駄そうなので俺はとりあえず速やかに部屋に入ることにした。



【二日目】

「んー…」

さて、今日も東洋人と任務だ。髪をセットし、服を整え最良の状態で任務に赴く。


集合場所に行くと昨日と同じく東洋人はいた。

「今日は近所の川で増えすぎたごみの掃除―って、おいおい、まじか」

「…おはようございます」

「いや、おはようじゃなくて……髪、ぼさぼさじゃねえか!信じられん…!」

「……」

俺の剣幕に東洋人は慄いてしまっているがそんなの関係ない、東洋人は何を考えているのか。寝癖がすごい。

そんな恰好で街を歩き回れるなんて、神経を疑う。

「…あの…なんか、わからない……」

「は?何が?…あ―」

こいつもしかして字が読めないのか?まあ確かに東洋人って終焉期には自分の国で籠城してたって言う話だからな…この年ぐらいの奴は外国の言葉に触れたのも初めてなのかもしれない。ギア様も文字を教えるのまでは面倒を見きれなかったようだ。

でもそんなに東洋と俺達で使ってる道具って違うもんなのか?説明がわかんなくても形状や置き場所などから使い方ぐらい察せると思うのだが。

「……ごめんなさい」

「まあ…わからないならしゃあねーけど……あー!もう、勘弁ならん!ちょっと部屋入れろ!」

「は、はいっ」

部屋の中を物色すると浴槽を使用した形跡はあるがドライヤーのコードはまかれたままだしブラシは影すら見せない。

「お前……」

呆れて何も言えない。何はともあれ、こんなやつとは歩けない。

「ここに座って待ってろ!」

「はい…」


俺の部屋から一式とってきて東洋人の部屋に戻ると東洋人は律義に膝に手を置いて座って待っていた。

「じっとしてろよ」

「はい…」

ついでに中途半端に伸びている髪も整えてやる。ギア様の護衛してた時に不清潔な印象はなかったが…きっとこういう風に他人にやってもらっていたのだろう。

でも一応シャンプーの香りがすることは褒めてやる。心の中で。体臭などが気になるわけでもないから本当に見た目がひどいだけなのだ。

毛を一筋掴むと黒髪の割にはごわごわしておらず手櫛でもすっと通った。磨けば光るじゃねえか、俄然やる気が出る。



「…おし、こんなもんでいいだろ」

長すぎる前髪も切ってやった。通りで目が合わないわけだ。よく見ると東洋人の目は西洋人にもそうそう見かけることのないような、眩い黄金色だった。光に当てられ、宝石のように輝いて、綺麗だ。

「有難うございます…軽い……」

「おう。金取ってもいいくらいの腕前だろ?ただでやってやったんだから、感謝しろよ」

ついでにドライヤーなどの使用方法も教えてやった。東洋人はこくこくと頷いてばかり、あまりにも必死にするのでいつか首が取れてしまうのではないかと思う。


「任務……今からは面倒くせえなあ…」

「……」

確か今日の任務はまた昨日と同じ雑用の延長のような任務だった気がする。まあ第一、新入り東洋人に任せられるような任務などそれくらいしかないのだろう。

「良しっ!今日はこれで任務完了!大丈夫大丈夫、ちゃんとやったことにしといてやるから」

「…」

東洋人は分かっているのかいないのか。とりあえず俺はそう言って東洋人の部屋を後にした。


「ロウ!お久しぶりですわっ!」

「イリヤ…会いたかったぜ」

「―とかいって、他にも居るんでしょ?」

「そんなわけないだろ、今はお前だけだよ」

俺は任務を早めに終わらせて午後の時間が空いてしまったためパブに来ていた。今の俺の恋人、イリヤがいた。先程連絡を送ったらすぐ来たようだ。

「ねえ…今日はそっちへ行っていいの…?」

「いつでも来て良いって言ってるだろ、今夜、さっそく来いよ。待ってるから」

「ん……」

キスをねだってきたので軽く押しのけた。

「駄目なの…?」

「キスだけは本当に決めた相手とだけって決めてんだよ…お前じゃあまだ日が浅すぎる」

「そんなこと言って…ほかの子にはしてたんじゃないの?」

「んな訳ねえって…」

「はあ…良いけど。本当に来るんでしょうね、その日って!」

「まあお前次第だな、それは。でもこうしてお前といる時間は凄く好きだぜ?」

「ロウ…あたしも好き……」

「…待ってる、今日」

「うん…」


パブから出て、外はもう日が落ちて、雨が降っていた。

イリヤからはいつもと違う香水の匂いがした。多分別の男でもできたんだろうな、まあパブに入り浸っていた女なのだから、そういうのも承知の上付き合っていたわけなのだが。…そろそろ潮時だな。

明日の夜で最後にしよう。一応勘違いということもあるから明日まで待ってやるってだけだ。

「…ん?なんだ……」

ジャブ、ジャブ…と音がした。川の方か?

一応警備の意味も含めて音を追いかけた。そこにいたのは衝撃の人物だった。

「…東洋人、何で」

俺の声に気づかない東洋人は、黙々と作業を進めている。まくり上げた袖からは青白い腕がのぞき見え、はたから見れば亡霊のようだ。

「おーい、そんなところで何してんだ、風邪ひくぞ」

声をかけると、流石に気付いたようだ。こちらに顔を向けた。

よく見るとその腕には大きな網が握られている。…もしかして、今日の任務をずっとやってたのか?

「任務やってたのか、偉いなお前…てか、まだ解放されてないのか?」

あの後すぐ任務に行ったのならば相当な時間がたっているはずだが、まだ依頼人から了承は得られていないのだろうか。朝整えてやった頭もぐっしょり濡れて、見るも無残。その姿が経過した時間の長さを物語っている。

「まだ、です…」

「いやもう十分だろ。俺が言ってきてやるよ」

川岸に並べられたごみ袋はもはや壮観であった。誰の目から見てももう十分であることは分かる。…しかしこの量。もしかして上流からずっとやらされてたのか?

「でも依頼人さんが来るから、待ってろって…」

「はあ…?全然来てないみてえじゃん」

「……」

「…来ねえときはこっちから行ってやればいいんだよ。取り敢えず、俺は行くからな」

「……ごめんなさい」

何を謝る必要があるんだよ、意味わかんねえ。



「夜分遅くにすみません、本日そちらの任務を承ったⅫ騎士団です。アリエスが依頼を継続中なのですが、まだ了承は頂けないのでしょうか?」

「―あ、いえいえ!滅相もありません…。申し訳ございません、すっかり忘れておりました……何分、年でございますゆえ…お許しを……」

「…成程?Ⅻ騎士団相手に取引をさせて、忘れておられるとは。良い身分の頭脳をお持ちですことで」

「…い、いえそれは……」

「別に構いませんよ、このような些細な任務は各方面から来ておりまして。そう、こんな些事、どうでもいいですから」

「…ま、待ってください!誤解していたので御座います!!」

「誤解?」

「例の東洋人…あの非人民族にして王族殺害の極悪犯罪者が一人で依頼を受けにきましたので。てっきりスコーピオン様はおられないのかと……」

「ご冗談を、二人で任務を受けたのですからいないわけがないじゃありませんか?それとも、それがまかり通った事例でもあるのでしょうか」

「い、いえ…」

「まあ、あまり攻めすぎるのも酷ですよね。確かに僕は、最初はいなかったのですから」

「で、ですよね!」

「でもだからと言って、依頼終了の連絡が遅れたといわれるのは理解出来兼ねますねぇ。この件は持ち帰ってじっくり、考えさせていただきます」

「ひっ…!おやめください、どうかお許しを…以後気を付けますので……」

店主は縋り付いて懇願してきた。

「その言葉、今度こそお忘れなきよう。あと、もちろんご理解いただけると思いますが延長料金として追加で報酬をいただきます」



「おい東洋人、もう終わっていいってよ」

「本当…?」

「って、まだやってたのかよ」

「…時間一杯、やろうと思って……」

「ま、こんな遅くまでありがとうって追加で色々くれたぜ?ほら」

貰ってきた品々を東洋人に渡す。東洋人は反応に困っているようだ。

「どうした?」

「…あの、リゼさんもどうぞ……」

「いや、良いよ。俺最後の交渉しかやってねえし」

店主の心底恐れおののき、後悔、懺悔する様を見れただけで大分憂さは晴れたし。

「…でも二人で受けた依頼です……半分にしましょう」

「……あ、そういえば―」

「?」


「この店の中から人にあげて喜びそうなもん見繕ってくれ」

「……!?」

「女にやるやつだからそこらへんよろしくな。じゃ、俺は外で待ってるから」

「…あ、え…!?」


小一時間ほど経過して、やっと東洋人はやってきた。適当で良かったのに…寒くないのかこいつ、依然東洋人は濡れたままなのだが。この時期まだ夜は冷えるのに…監督責任は俺にあるのだから風邪をひかれても困る。

「これ…どうですか……」

そう言って差し出してきたのはアロマキャンドルだった。

「…流行りものだな」

「…!」

こいつには文字が読めないのだからお店の雰囲気だけで流行り物をつかんだのか、結構流行には敏感な方みたいだがプレゼントにするには結局面白みのない、画一的ってことだ。まあどうせ最後のプレゼントになるのだろうからこんなありふれたものでも構わないか。

「……ごめんなさい」

「いや、良いよ。これにするわ…って、高っ!?」

値札を剥がそうとして気づく、一般的なアロマキャンドルの二倍くらいはしている。

「これが一番良いと思います……」

「まあそりゃ高けりゃそうでしょうねぇ…ん?でもそれならあっちの方がいいんじゃねえの?」

もう一つ、これより少し高い値段でいかにも高級品という感じの包み紙のアロマキャンドルがあった。見た目はあれの方がずっといい。

「…これがいいです」

「そんなにか…?まあ、お前に任せたんだから別にいいが」


「はー、買えてよかった。ありがとな」

「…こちらこそ、ありがとうございました」

「……傘、一緒に入るか?」

「い、いえ!このまま走って帰ります!」

「いいよ。別に」

ぐいっと東洋人を抱き寄せた。

「傘持って」

「…は、はい……」

東洋人は律義に両手で持ってこちらに傾けてきた。


「お前酒飲む?」

ぶんぶんと首を横に振り東洋人は強く否定した。

「じゃあ酒は俺がもらっても文句ないな!」

東洋人に渡した袋を物色し、依頼人からかっぱらってきた酒瓶を数本取り出す。さっき東洋人が半分半分って言ってたし、もらったって良いよな!…それにしても、なかなか良い酒じゃん、やっぱⅫ騎士団に依頼する奴って無駄に金持ってんなー。あ!これから東洋人のお守りをする日は追加報酬を楽しみにすればいいじゃん!面倒な役割を押し付けられているのだから、これくらいいいだろう。なんていうんだっけこう言うの…そうだ、定置網漁業。

「あー、酒うめぇ。これだけのために生きてるよな!あと金、女!」

「そうなんですか……」

「何だよ、ノリ悪いなお前。お前だって欲しいだろ?」

「……」

東洋人はうつむいて考えこんだ。…そんなに悩むことか?

うつむいた横顔は暗闇の中でも青白い。その伏目には女の化粧のような長い睫毛が覆いかぶさっている。髪が黒いと睫毛も黒くなるようだ、長さが際立って見える。

「なあ…本当に欲しくねえの?金とか、女とか……」

「―っひ」

「傘…もうちょっと下げろよ……」

東洋人のベルトを緩めてシャツの隙間から手を入れる。東洋人の体は全身濡れていたせいか冷たくて気持ちいい。東洋人は自分より背の高い俺に傘をさすために両手を使っているので拒絶することができないようだ。

「…や、やめてください……」

「じゃあ歩けよ、王宮まで行ったら解放してやる」

「…」

東洋人は混乱して言葉の理解に追いついていないのかしばらく停止していたがすぐに歩き出す。そうそう、それでいいんだよ。

歩いている途中もたまに弄ってやると体が跳ねる。王宮前に着くころには顔は白が映えるほど紅潮していた。息は荒く、隣で歩いていてその息遣いが聞こえるほどだ。それでも東洋人は辛抱強く歩き続けて通常の倍、時間をかけて王宮にたどり着いた。

「お疲れさん、ここまででいいから」

東洋人の手から傘を頂戴する。両手を解放された東洋人はまだ放心している。

「じゃあな東洋人、また明日」

「……」

東洋人は会釈をしなかった。そして何も言わなかった。

東洋人は口無し、西洋人は耳無し。



【三日目】

「ふぁ……」

起き上がって、隣に人の気配を感じた。隣では幸せそうに女が寝ている。これでイリヤとは最後かと思うと謎の感動を覚える。

女の髪をすいてみる、染髪ですっかり傷んでしまっている。

「…ん……何…?…あなたから触れてくるなんて、珍しいじゃない……」

「そうだな…」

俺は制服を羽織り出勤の準備をする、さて今日も憂鬱な仕事の時間だ。

「ねえ…」

「ん?どうした?」

「昨日…激しく求めてくれたでしょ……あれ、良かった…」

「……そう、それは良かった。…今日も待ってるよ」

「うん…!」

だろうな、お前のために酒を入れたんだから。正直ほかの男の手垢のついた女なんて不愉快ここに極まれりって感じだったが、全ては今日気持ちよくこいつを振るため。ほかの男にうつつを抜かされてちゃあ旨味が半減する。


「あ、おい。ロウ!」

扉を出たあたりで聞き覚えのある声に呼び止められた。

「…セドルさん」

「久しぶりだな、おかげでパーティーは大成功だった。本当、お前も来ればよかったのに」

「それは良いニュースですね。おめでとうございます」

「このパーティーで広かった人脈をさらに広げることが出来た。自分の向上心には全く恐怖すら抱くね」

「…はあ」

「そういえば、女にこんなものを貰ったんだ。これは共鳴石といってな…これを持っている者同士は共鳴しあい互いの位置がわかるのだという」

「ひい」

「俺はもうすでに一つ持っているからな、貴様にもやる」

「ふ…ぅ成程?……ありがとうございます大事にさせていただきます」

「ふ、礼などいらん…この後もっと僕にすることになるのだから。その時のためににとっておけ」

「…?」



「よお、おはようさん」

「…おはようございます」

東洋人は今日も早く来ていたようだ。いつも律義な奴だ。髪はちゃんと整えられている、教えたらちゃんとできる奴のようだ。

「今日の任務は…市場調査。はあ、又どうでもいい任務だな……お前一人で行ってきてくれよ」

「…分かりました……」

「偉い偉い。上手くできたらお前にもご褒美やるからせいぜい頑張れよ」

「……」

ご褒美、という言葉に東洋人は反応を示す、それが喜びからか…?と俺が判別する前にすぐにふい。と顔をそらして任務へ向かっていった。何はともあれ、これで下ごしらえは完了。後は東洋人の仕事を陰から見守って適当なところで切り上げるだけ。なんて楽しくて簡単な仕事なんだ、やりがいを感じるね。


予想通り東洋人は依頼人に半ばあしらわれる形で依頼に取り掛かる。それにしても、こっちは依頼を受けてやってるって言うのに随分な扱いだよな…。

まあそんな奴等だから俺みたいなハイエナ野郎に寝首を掻かせてくれるのだが。

東洋人を尾けるとだんだん路地裏の方へ入っていくことに気づく。…こんなところに市場があるのか?もしかして今日の仕事ってのは裏の方…いや、それならば東洋人なんかに回すはずがないし、選考会が、何よりアメイズが気付かないわけない。

「…はあ、迷ったのか?面倒な奴……」

東洋人がたどり着いた裏路地のその奥は車通りがほとんどなく、場所が場所の為人通りもほとんどない場所だった。

東洋人はそこに突っ立ってぼーっとしていた。

「本当に手間のかかるやつだな。ったく」

その時、一台の車の音がした。思わず出そうとした手を引っ込める。

一台の車は東洋人の目の前で意思をもって止まった。すると、中から黒い服の集団が出てきて東洋人を拘束し、何か布のようなものを口に当てて意識を失わせた。

糸の切れた人形のようになった東洋人を男たちは車の中へと押し込める―って、誘拐じゃねえか!何やってんだあいつ!

「おい!こんなところで何を―」

「っ仲間か!?」

「と、止まれ!こいつがどうなってもいいのか!」

男その1は東洋人の襟首をつかんで、首筋にナイフを当てた。俺は足を止めた。

…誘拐なんて冗談じゃねえ、監督不行き届きで俺が悪いってことになるじゃねえか!

「いいな…そのまま車に乗れ」

「何……?」

「良いから乗れ!こいつをぶっ殺してもいいのか!」

「…へいへい、乗りますよ……」

「おい!一応縛っとけ!」

男その2が俺の腕を後ろ手で縛る。うわー、感動。…でも結構きついんだなあこれ。

東洋人を押しやった後俺も放り込まれる。そしてその後に男その2が乗車する。誘拐なんて初体験だな…どこまで連れていかれるんだ?東洋人の誘拐っつーと奴隷にするってことか?てか、何で俺も巻き込まれたんだ?というよりも、こいつらⅫ騎士団を知らないのか?随分大胆な犯行してくれるじゃん、Ⅻ騎士団を二人も攫ったらすぐばれるし、第一よく攫えると思ったもんだ。普通抵抗されるとか考えないのか?まあこの東洋人は全然抵抗しなかったが。

東洋人を見ると阿保みたいに眠っている。まあ眠らされたんだからしょうがないか。

「おい…どこに連れて行くんだ?」

「喋るんじゃねえ!黙って寝てろ!!」

「ちょっ!」

男その2に無理やりハンカチを当てられる。腕を後ろに回されているので抵抗できない、おそらく東洋人に使った薬を俺にも吸わせようとしている。防ごうと呼吸を止めるのも限界がある、結局、続く非常にきつい刺激に俺は意識を保てなくなった。

「……」



「…あ?」

じりじりと灼けつく日差しに目を覚ます。周囲を見渡すと一面が砂でおおわれていた。…砂漠か?何で?

ブルルルル…!

車の音に振り向くと、俺たちを連れてきたであろう車は今去っていくところだった。

「あっ、おい!ここどこだ―ああ…くそ……」

残念だが、俺が走って追いつける速さじゃない、無駄な体力は使えない。

「おい…起きろ、東洋人」

足先でつついて揺さぶる。東洋人は瞼をぴく、と震わせてゆっくりと開いた。

「ん…あれ……ここどこ…です…」

「どこかは俺にもわかんねえ。とりあえず砂漠っぽい、としか言いようがない」

「……僕、寝てました…?」

「そりゃあぐっすりと。なあ、お前縛られてないだろ?俺の縄ほどいてくれよ」

「あ、はい…」


「さて、どうすっか…つーかここ、どこだよ……」

…周辺地図を思い出してみる。こんな広い砂漠、国内にはない。確かに少し行けば砂丘はあったが…こんなに広かっただろうか?あたりを見渡しても砂、砂、砂。どう考えても、とんでもない遠い所へ来たと考えるしかない。

「…とりあえず、進み続ければ終わりは見えるはず…そのためにはちゃんと方角を定めて歩かねえとこう同じ景色じゃ迷っちまう。なあ東洋人、方角がわかる方法とか知ってたりするか?」

「…方角……」

すると東洋人はⅫ騎士団に支給されている懐中時計を取り出し太陽を見始めた。

「どうした?」

「短い針を太陽に向けたら…時計の12時の方向と短い針の方向の真ん中の方向が南なんだって……」

「まじ?おお、じゃあどっちなんだ」

「南は…あっちです……」

「よっしゃ、砂漠ってことは大概が俺たちのいたところからすると南だから…じゃあとりあえず北に進むか!」


「…飽きたな」

「……」

それに暑い。まさか東洋人と二人で砂漠を歩くことになるとは……。中々きつい状況だぞ、依然何も見える気配がない、希望が見えない。数年付き合った恋人とでも到底盛り上がりそうにない状況を東洋人と歩くとはこれ如何に…。それに…。

「……何か、お前遠くね」

「…」

東洋人は俺たち二人共が手を伸ばしてもぎりぎり届かないくらいの地点で並行して歩いていた。こちらが足を止めると東洋人も足を止めた。にじり寄ると後ずさった。

「いや、なんでだよ!」

「……」

ふと思い出す。そう言えば昨日酔った勢いで手えだしたんだったか。もしかしてそれか?

「動くな!」

「!」

そう言うとびくっと震えて固まった。俺は急接近して、俺が近づいたことで我を取り戻しなおも逃げようとする東洋人の手を掴もうとした、が反射的にはたかれてしまった。

「あっ…ご、ごめ…んなさい……」

「え、なんでそんなに避けるんだよ?」

「………」

んん…なんかすごい怖がられている。ちょっとこのままじゃ厳しい状況がさらに厳しい状況になる。何とかして世間話が出来るぐらいには友好度を上げなければ……。

「スキンシップだよ」

「…ス…シ?」

「東洋人!俺たちの国では昨日のアレはスキンシップだ!むしろされて喜ぶべきことだ!」

「!?」

「あれは友達の印だ!」

「…と、友……」

「そう、だから俺たちはもう友達なんだ!」

「と…友達……?」

無言でうなづきを返す。

「こ、こっちでは友達同士であんなことするの……」

「うん」

なんか俺も嘘つくの上手くなったな…。

「…ギアにされたことない……」

「じゃあギア様はお前のこと友達って思ってなかったんだろ」

「……」

ギア様は死んでいるし問題ないだろう。…あながち嘘ではないかもしれないし。

東洋人は思案し、やがて納得したように顔を上げた。こいつ馬鹿だ…。

「ごめんなさい…叩いてしまって……」

「いやいや、良いってことよ。さ、じゃあ隣を歩いてくれよ。遠いと声が届きにくくてさ」

「……」

「いや何で近寄らないんだよ」

「スキンシップでも…あれいやです……」

「ああ…しねえよ。安心しろ」

今は。

「…」

俺の言葉を本気で信じているのか、そう言うと東洋人は少し表情を緩めて近寄ってきた。何はともあれ俺たちの関係は修復できたようだ。

「暑くね?この制服……こんなところに来るならもっと通気性良い奴着てくれば良かったぜ…」

「そうですね…」

「お前暑そうだよなー…黒くて。見てるだけで暑苦しいわ」

「すみません……」

「別にいいけどさあ…つーかなんで誘拐犯もこんなところに放置するんだよ。意味わかんねえ」

「…そういえば、何でリゼさんも連れ去られたのですか…?」

「あー、俺はお前がどっか行くの追いかけてたら一緒に捕まえられたんだよ」

「申し訳ありません…」

「なんで謝るんだよ、別に良いよ。逃げようと思えば逃げられたし。誘拐ってのも経験してみたかったしな」

「…そうなんですか…」



砂漠はすっかり夜になった。太陽が昇っていた間はあんなに暑かったのに、砂漠の夜は寒かった。何故砂漠というのはこんなにも極端なのだろう。ここまでとぼとぼ歩いてきたがいまだ都市の影すら見えない。

「はあ…今日は野宿か……」

「そうみたいですね…」

もう互いの顔も見えないくらい暗い、声だけで存在を確かめ合っている。

「居るか?ぶつかったら握り返してくれ」

暗闇を探ると何かにぶつかる。しばらくすると握り返す手の感触が来た。

「…なあ、寒いからくっつこうぜ」

「……」

「友達…」

「わ、分かりました…」

砂地に寝転がる。…猛烈に頭を洗いたいが今は仕方がないと我慢する。

隣には確かな人の気配がある。

「おお、星すげえなあ」

「本当ですね…」

「俺たちの星座あんのかな!?」

「…おとめ座、かに座、しし座…位ですかね」

「なんだよつまんねえの!しかも…嫌な奴思い出しちまったじゃねえか!」

「す、すみません…」

「……はあ…今日本当は女の子と過ごす予定だったんだけど」

つっても、これ位焦らした方が逆に面白そうだな。それに、振る言い訳にもなるし。違う女と寝たらそっちの方が良かった…これ良いな、これにしよう。

「そうなんですか…」

「そうだよ?俺結構もてるんだぜ?お前もそういう子いないの?」

「いえ…」

「ま、女っ気なさそうだしな!」

「女っ気…」

「もてるためには男らしくならないとな!東洋人!!」

「僕、男です…!」

「うーん、まだまだだなぁ…ま、いずれなれるって、安心しろ!」

「??」

顔は見え辛くとも、静寂の中二人でいると謎の一体感が生まれるものだ。相手の表情は見えないが口調や息遣い、間の取り方などから相手の浮かべているであろう表情などは実際に対面しているかのように分かってくるものだ。

「初めてかもしんねえわ、誰かと二人きりこうやってどうでもいい話するの」

誰かと二人きりの時に話す事なんて大体ピロートークか別れ話だったしなあ。

「……ご友人とお話ししたりは…?」

「居たと思う?俺に」

「……でもモテモテって……」

「まあそうだけどねー」

「……?」

「お前は他に友達いんの?」

「……居ないです…」

「あれ?ギア様とかは……あ」

そう言えば俺が否定したんだった。

「大丈夫だって、俺はお前の友達だから!」

「…有難うございます……」

「そうだ、お前今度俺の行きつけの店に連れてってやるよ!」

「……」

「ん…?もしかして……お前寝てる?」

「ふぁっ、何、ですか…?」

「突然寝るなよ、びっくりするだろ!」

「ごめんなさい…」

だが声色的にすごく眠そうな感じは伝わってくる。しょうがない、もう寝るか。ちょっと話しすぎたな。

…なんか、楽しい、かも。こういう状況って初めてだし。いや。出来ることならば人生で一度も経験したくはなかったが。…それに、どうでもいい話ってのが案外楽しいものだってわかったし、まあ。

「おやすみ」

「……あ…はい…おやすみなさい……」

そう言うとすぐに隣から寝息が聞こえてくる。少しつついてみたが反応はない。完全に眠りについたようだ。

「寝るの早いな…!」

「―おい、こちらセドル、ロウ、聞こえているか!?」

突然の大声に驚く、流石の東洋人も眠りに就いたばかりだからかすこし唸った。俺は急いで立ち上がって少し離れた場所へ行って声を潜めて応答する。

「何でしょうか、セドルさん。どこから…?…共鳴石?」

「そうだ。流石察しがいいな。お前は今砂漠に居るのだろう?その共鳴石には位置情報を発信する能力もついているのだ。お前の位置もよく分かっているぞ」

「…何を、言っておられるのでしょうか。この石の中に無線機とGPSが仕込まれてるだけですよね」

「……」

「もしかして気づいて―」

「―ふ、ふん!気づいていた!逆にお前に合わせてやっていたんだ!」

「あ、はあ。で、何でしょうか?」

「お前は優しすぎる。どうせ巻き込まれると思ってな。ちゃんと手配してある、今から迎えに行ってやるから指定の場所まで動いてくれ。こちらで指示を出す」

「…はあ。まあ、じゃあ…東洋人起こしてきますか、でも面倒なんですよー?あいつ、一回寝ると全然起きなくて」

「いや、オリエンタルは放っておけ」

「…は?」

「これはな、オリエンタルのために企画したものなんだ。お前が一緒に誘拐されてしまうという予定外はあったが…せっかくここまで準備したんだ、最後までやってもらわなければもったいないだろう」

「…でも、説明もないし…俺達着の身着のまま連れてこられたんですよ?」

「オリエンタルの臨機応変能力を鍛えてやるためだ!それに、オリエンタルはⅫ騎士団に入ったばかりだし、今まで簡単な依頼しか任されてなかっただろう?Ⅻ騎士団が舐められないように、こうして砂漠のような厳しい環境も経験させてⅫ騎士団が何たるものであるかを教えてやるんだ!」

「教えるって…セドルさんは砂漠で歩いたことあるんですか?」

「…それはいいんだ!だって僕は5年もⅫ騎士団をしている!それに、東洋人と違って簡単な任務ばかりやっているわけではない!」

「でもセドルさんって5年やってるくせに王族騎士じゃないですし…あ、一層のこと俺と入れ替わってセドルさんも東洋人と砂漠歩いて鍛えましょうよ。王族騎士、なれるかもですよ?俺は砂漠歩いたことないのに王族騎士ですけどね」

「…お前は時々他人の神経を逆なでするようなことを言うよな……」

「あー、すみません。あっ、でも女に関してはセドルさん凄いですよね」

「―ふ。そうだろう…なんたって僕の嫁は……!」

「ありがとうございます。でもその話はまた別の機会に……」

「なんだ、聞かないのか…?まあいい、とりあえず指定の場所まで移動しろ。オリエンタルはおいて行けよ。…第一、今日一日一緒に過ごしていて分かっただろう、オリエンタルが僕と一緒の階級なんて吐き気がする。どれだけ席が離れていても獣臭い、見るだけで嫌悪感を催す見た目だ。お前も早くいなくなってほしくなっただろう?気を使う必要はない、これは僕とお前の間だけの会話だからな。素直にぶちまけていい」

「…んー、じゃあ言わせてもらいますね」

「ああ」

「俺やっぱセドルさんのこと嫌いです」

「…は?」

「何が駄目って……あ、これ俺とあんただけの回線なんですね。じゃあ、素直に全部ぶちまけさせていただきます。まず自分がやれないこと人に無理やりやらせちゃだめですよ、あと自分が昇格できないからって東洋人に八つ当たりするのやめた方がいいです、あと匂いについて俺はあんまり気になりませんでしたね。どちらかというとあんたの香水の方が気になります、どこで買ったんですか?俺のおすすめの店紹介します。見た目に関してはしょうがないですね、今度いい眼鏡買ってプレゼントします。総評すると、東洋人は別にどうでもいいですね、それより先輩、先輩の尊敬できるところ女関係以外で一つ見つけました。よくそれを俺に言えましたね。俺そういう話大嫌いなんですよ。これからはやめてくださいね」

「……」

プツ、と通信は切れた。良い気味だ。本音は言わないことを信条にしていたが、はっきり言うとやっぱりせいせいする。

取り敢えず俺は東洋人のもとに帰ることにする。が、東洋人を起こすまいと急いで移動したため、元居た場所がよく分からなくなってしまった。

「おーい、東洋人、居るかー…?」

砂漠には獣もいるかもしれない、控えめに声をかけてみるが返答はない。まあ、あんなに爆睡してたんだからしょうがないか。

「うぅ…寒……」

冷たい外気のなか体を震わせて横になる。寒いな…。

「…リゼ、さん……」

「ん…?」

声が聞こえた。こんなところで聞こえる声などセドルか…東洋人?

「東洋人?」

「……リゼさん…?どこに居ますか……?」

「おお、俺はここに居るよ。分かるか?」

手を前でぶんぶん振ると、何かにぶつかる。それは人間の手で、握り返された。

「東洋人、一人で起きてきたのか?」

「うん…起きたら、リゼさんが居ないみたいだったから……」

「そうそう……ってお前よくそれで探しに来ようと思ったな…真っ暗だし、迷ったらどうするつもりだったんだよ」

「…リゼさんが寒いって言ってたから……」

「いや、お前の手も冷たいじゃん―」

東洋人が突然抱き着いてきた。

「」

「これであったかいよ…」

「…お前、だってこういうの嫌なんじゃ……」

「リゼさんは友達だから…」

「……お、おう」

そう言い終えるとすぐ寝息を立て始めた。東洋人の胸は薄く心臓の鼓動が伝わってくる。子供体温なのか、眠いから体温が上がっているのか。

ふわふわした毛が鼻に当たってくすぐったい。俺は首に回された手を下敷きにしてしまわないようにゆっくりと寝転がる。

「あー…困った。寝にくいだろ、これ……」

取り敢えず東洋人がどこかへ転がっていかないようホールドして目を閉じる。

暖かい。



【四日目】

「…あっつ!」

暑さに起きたのは陽がもう天辺に差し掛かったころだった。よく寝すぎてしまった…。最近、そんなに不眠だったか。まあ、昨日はいろいろあった。疲れていたのだろう。

「おーい、東洋人、起きろー…」

そう声をかけると東洋人はゆっくりと目を覚ました。さっきの大声でも起きなかったけど呼びかけたら起きるっぽい。不思議な奴だな。

「……おは、は……っ!?」

東洋人は俺を下敷きにしていることに気づいたようで飛び退いた。驚いた猫みてえだった、面白…!俺はくくく、と笑いをこらえきれない。

「わっ、ごっ、ごめっ…ごめんなさい!」

「自分から乗っかってきたんだけど…覚えてない?」

ちょっと意地悪してやる、東洋人はあたふたして泣きそうになっている。

「す、すみません……」

「まあ、別に構わないけど。友達だから」

「……」

そう言うと少し顔を上げた。

「ほら、王宮帰るぞ!」

「……はい…」



「ああ…くそ、暑い……」

「……」

考えてみれば、昨日から飲まず食わずでずっと歩いている。街の影すら見えない、それどころかただただ同じ景色が延々と続く空間、砂漠に放り出された朝から何も飲み物を飲んでない…限界が近づいているのは、容易に想像できた。

「…っ」

「リゼさん!」

「ああー…くっそ、駄目だ……もう限界…」

「ど、どうすれば…」

目の前が白黒の単調なものに切り替わる。東洋人の輪郭がぼやける。声が遠い。

「…はは、お前…元気すぎだろ……お前一人なら、もう帰れてたんじゃね…?……俺、足手まといじゃん…。…俺のことは置いて……お前は帰れ…」

「そんなことできません!」

「つっても…俺はもう動けねえわ……」

「…あきらめないでください!」

「……」

瞬間、重力が逆さに働いた。そして風が当たるようになった。…もしかして、東洋人が俺を担いで走ってるのか……?

「…東洋人……お前…すげえな……」

「寝ていてください!絶対助けますから!」

「……」

駄目だったら、置いて行けよ。と言おうとしたが強い眠気に誘われて意識が遠のいた。でも、不思議な安心感がある。春の森のような…。

思わず抱きしめる、ただ。純粋に離れたくなかった。東洋人はそんな俺を受け入れるかのように何も言わず、ただ進み続けた。



【六日目】

「…様っ!ロウ様っ!!」

「……」

目を覚ますと、腕の中には何もなかった。ただ、手だけが何かに握られている。その方向を見ると…そこにはイリヤがいた。

「イリヤ…ここは……?」

「ここは医務室ですわ、ロウ様、誘拐されておられたのでしょう。脱水症状にもなって…可愛そう……」

そういってイリヤは俺に抱き着いてくる。医務室…医務室は用のあるもの以外は立ち入り禁止のはずだが……イリヤは無理やり入ったのだろうな、こいつは昔から強引なところがあるから。…やべえ、医務室の姐さんめっちゃ睨んできてんじゃん、後で詫び入れとかねーと……。

「…東洋人は?」

ふと思い出した、あいつも結構危険だったんじゃないのか?万が一大丈夫だったとしても、イリヤがこうしてんだから用のあるもの以外は立ち入り禁止と言えどリンも入ってこればいいのに。…いや、あいつは他の人がやっていたとしても公で決められている規則を破るようなことはできなさそうだな。かといってあいつの性格的に先に部屋に帰ったとかもなさそう…って、俺めっちゃあいつのこと語るじゃん。あいつと一夜を共に過ごしただけなんだが。俺も大分調子乗っちまってんなあ…。

でも廊下で待ってそうだな、あいつは。そう思ってくす、と笑ってしまう。助けてくれてありがとうございました、ってあいつみたいに頭下げてお礼してやるか。

「…あのオリエンタルのこと……?」

「―何かあったのか!?」

言いにくそうにイリヤが言った。俺は思わず前のめりになって聞き返した。

「ち、違います!なにもありません…」

そう言ってイリヤはやましいことでもあるのか目を伏せた。…嫌な予感がする。

「俺、東洋人に会いに行ってくるわ」

「だ、駄目です!待ってください!!騙されてるんです、ロウ様は!」

「…は?誰が、騙されてるって?」

「オリエンタルは我々西洋人に構ってほしくてわざと誘拐されたのでしょう?優しいロウ様はそれに気づいていながらもわざと巻き込まれてあげたのでしょう?セドル様が必死を尽くして連絡を取ったのにその時もオリエンタルに脅されていたとか…!オリエンタルはロウ様の窮地を助けたように見せかけることによって私たちから信用を得ようとしていたんです!ロウ様の優しさを利用して…私、許せなくて!!」

「黙れ」

「……え?」

「お前は俺より東洋人と話したのか?俺より東洋人と過ごしたのか?何?お前と東洋人って友達だったの?俺よりずっと前から?」

「…い、いえ……」

「俺より東洋人を知らないくせに俺より東洋人を知ったかぶりするんじゃねえよ、割と本気でむかつく、わかる?俺の気持ち。なんかお前、俺のことなら全部わかってるみたいに言ったけど。じゃあ今の俺の気持ちもわかるだろ?」

「う…うん!」

「じゃあ消えろよ」

「―ひっ」

「これ、餞別。もう別れよ俺たち」

すっかり溶けてぐちゃぐちゃになってしまっていたアロマキャンドルを放り投げる。

「ま、待って…!待ってよ!!」

まだ何か言っていたが俺は放っといて東洋人を探しに行く。今イリヤが言ったとおりに話が通っているとしたら…。悪いことばかり想像が易い。

「東洋人…!」


「もう終わりなんじゃね」

「おーい、起きてますかー?」

「殴ったら起きるんじゃね」

「つか、そろそろ始めね?俺もう限界だわ」

「お前早すぎwつーか、リョナラーかよ」

「え?興奮しない?こういう状況さ…」

「おい」

「!」

4人、か。チャラついた男どもは俺の声に反応するとまばらににこちらを向いた。が、俺がⅫ騎士団だとわかると一斉に態度を改める。

「…スコーピオン様!?どうしてここに―」

「そんなことどうでもいい、それより、手前らこんなとこで何してんだ」

「あ、いえ…別に……」

そうすると先頭の二人が何かを隠すように移動する。

「どけ」

「あっ…」


「東洋人…!」

「……リゼ、さん…無事…良かった……」

そう言うとひきつった笑みを見せた。無理もない、服は上下ともはだけていてその隙間からのぞいた白い肌には所々青が浮かんでいた。顔にさえ殴られた跡があり、口からは出血している。

「馬鹿!何で抵抗しねぇんだよ!!」

「…僕が……悪い、から…」

「はあ!?」

…もういい。取り敢えず東洋人を取り囲んでいた4人に睨みを利かせる、4人はすぐにばつの悪そうな顔をして去って行く。

「とりあえず…動けるか、東洋人」

「…うん……っ!」

膝をついて、ゆっくりと立ち上がろうとするが東洋人は尻餅をついた。

「…あはは、駄目です……って、笑ってる場合じゃないですよね…ごめんなさい……。でも、明日の任務には出られるのでもう僕のことは放っておいていいです……でも、病み上がりなのに探しに来てくれて…ちょっと、嬉しかったです。…有難うございまし―」

ドンッと東洋人の後ろの壁に強く手をついた。東洋人はびくっと驚いていた。

「ねえ、さっき何て言ったか覚えてる?」

「…有難うございました……?」

「ううん。『僕が悪いから』とか言ってなかったっけ。何が、僕が悪いの?」

「……」

東洋人は俺の剣幕に恐れてか声が出ていないのにも気づいていないようだ。口をぱくぱくさせている。

「声出てないよ、ちゃんと答えて」

「……あぼっ、僕が…僕が、東洋人…だから……」

「へえ。じゃあ俺が倒れたのもお前のせいだったんだ」

「……」

肯定しなければいけないけど俺が怖くてできないといった感じか。東洋人はすっかり委縮してしまっている。

「そう。じゃあ、償ってもらおうかな?」

「??」

東洋人の腕を無理やり引っ張り連れ出した。行先は決まっている。


「…ロウ?」

「やあ、やっぱり伝えたいことがあって、会いに来たよ。イリヤ」

「ロウ!やっぱり……え、誰?その人……女?」

「そう見える?まあ、お前より百倍綺麗だと思ってるよ。百倍は言い過ぎか、男だし」

「男…?」

「……」

東洋人はまだ状況が理解できていないのかただ黙って聞いている。

「じゃ、償ってもらおうか。東洋人。この女を殴れ」

「…え」

「!?」

イリヤも東洋人も、意味が分からない。と言った様子だ。

「と、東洋人って…まさか―」

先に口を開いたのは、イリヤだった。

「そうだよ。お前が暴漢をけしかけた東洋人、お前にもこうなってもらおうかなって」

東洋人を電灯の下に連れ出し、その痛々しいさまを見せつけた。イリヤは小さく悲鳴を漏らした。

「痛みを共有してこそ人って分かり合えると思うんだよ」

「…?」

「イリヤはさあ、悪い癖があるよね。すぐ知ったかぶりして、本当うざい。…でも、このままのイリヤを放っておくのは世間様にも申し訳ないからさ。イリヤには本当に知ってほしいんだ。他人を知るってどういうことかを」

「…だから……?ねえ…やめてよ……」

「そう、それ。これで一つ他人を知れたね。それは多分東洋人も思ってたと思うよ。で、お前らはどうしたんだっけ」

「……!」

「東洋人、後でお前をひどい目に合わせた4人も呼んでもらうから」

「…駄目……もう、女の人は、十分反省したと思う……」

「で?」

「……」

「違うよリン。俺はさ、今イリヤに教えているんだ、人を知るってことを。反省してます、だから?イリヤはまだわかってないよ、まだ足りない。…それでもお前はやらないっていうのなら、イリヤは知ったかぶりの恥さらしになったままだよ?」

「…ねえ、やめて…。私、あの男たちに脅されていたの……だってこうでもしないと!あたしが痛い目にあわされるところだったの!」

「関係ないね。じゃあ俺に言えばいいだろ。何で東洋人を巻き込むんだ」

「それは…」

「東洋人、俺に償ってくれるんだろ?じゃあ俺の手伝いしてくれよ、な?」

「……」

「お願い、やめてください…助けてください……」

「……」

東洋人は拳を握り、

自分で自分の頬を殴った。

「…何してんの、お前」

「わ、わ…!全然痛くないぞ!これも全部彼らに特訓してもらったからだ……!」

「は?」

「えっと、イリヤさん。僕の特訓に付き合ってくれてありがとうございます…何も言わなくても協力してくださるなんて、まるで僕の心が読めていたかのようですね…!」

「…」

「ぼ、僕もイリヤさんの気持ちわかります。僕の特訓に付き合っただけなのにリゼさんに誤解されて凄くつらい、分かります、だって僕たち心と体、痛む場所は違っても、同じくらい痛い…!」

「……」

東洋人が視線を送るとイリヤははっとして首を大げさに縦に振る。

「ちょ、ちょっと予想外に殴られたから動揺しちゃいました…きっと、僕が東洋人だったからどの位がいいのか分からなかったんです…イリヤさんも予想外にロウさんに責められちゃって、お互い災難でしたね…!」

イリヤも首を縦に振った。

「…ぼ、僕たち凄くテレパシー……」

「…」

リンは俺の反応をうかがうように極めて控えめに。顔色を窺うように聞いてきた。

「へえ」

「……わ、私帰ります」

「さ…じゃ、じゃあね…。イリヤさん…」


「…ばっかじゃねえの。ばればれなんだけど」

お粗末すぎる演技に、頭が痛くなってきた。

「え!?」

「え!?逆にばれてないって思ってたのかよ!分かってるに決まってるだろ!あとテレパシーじゃなくてシンパシーだろ!テレパシーまで求めてねえよ!」

俺は東洋人の予想外、という顔に思わず吹き出した。

「じゃあ何で…?」

「…はあ。…どうでもよくなったの。お前があまりにも強情だから……」

今後こういう事があったらこいつがいない時に勝手に制裁しておこう。ま、でも。しばらくそんなことは無いか…。明日が期日の7日目だから。色々ありすぎたせいかあっという間だった気がする。

「…まあ、とりあえず今日は、お休み」

「はい…」



【七日目】

「…ふああ」

朝を迎えた。今日は7日目。今日で東洋人のお守りも終わる。東洋人にとっては晴れて独り立ちってことだ。と言っても、俺への依頼が終わるってだけで、あいつへの差別が終わるってわけでは、ない。

「…」


「…おはようございます」

「おはよ」

今日も東洋人は先に来ていた。本当に最後まで律義な奴だな。

「今日の依頼は見極めだな。依頼人は、Ⅻ騎士団だ」

「…!」

「つっても、皆忙しいので判定人は俺しかいません!良かったな!」

「良いことなんですね…」

「まあ普通はアメイズとかイシュアとか外せない用事を持ってる連中以外はほとんど皆出席するもんなんだがお前は東洋人だからな。大方皆予定を作ったんだろう!」

「…成程」

「安心しろ、俺が判定人になったからには、クリア条件超絶楽にしてやんよ!ははは!ざまあみろ主にセドル!参加しないお前が悪い!なんでも人任せにすんなバーカ!」

「…リゼさんは優しいですね……」

「そうか?俺が優しく見えるならお前相当だと思うけどな」

「あの、で…見極めって言うのは、何を…」

「その話だがな、良いよ別に。…あっ!これは別に俺がめんどいからとかクリア条件手抜いたからとかじゃねえからな!?」

「…?」

「まあ本来なら?Ⅻ騎士団の誰かと戦ったり一人でちょっと難しい任務受けたり全員と面談したりあるんだけど、全部省略だ!」

「…大丈夫なんですか?」

「来ないあいつ等が悪い!全部やったことにする。第一、お前ギア様の王族騎士として俺と前白羊宮の爺さん相手に戦ったことあるしセドルが無理やり発令した一人で砂漠から帰還する任務も俺というハンデを背負ってもなお無事帰還したしあいつ等絶対面談とか応じないし、オッケーだろ!なんか言われたらそのたびに実力を見せてやれ!誰かは認めてくれる!多分」

「―第一、俺はお前のことⅫ騎士団の白羊宮として認めたしな、アリエス」

「!」

「ま。これからもよろしく東洋人!」

「…はい!」


「さ、続いて歓迎会だ!飲みに行くぞ!」

「僕は…お茶で……」

「それでいいのかよ東洋人……東洋人、か…」

「?」

「そういえばさ、お前の名前って何」

「な、名前ですか…アリエスですよ……?」

「それは知ってるよ!さっきも言ったし…でもお前の名前じゃねえじゃん、階級名じゃん!お前の名前だよ」

「…リン、です」

「……リン。へえ…―あれ、ファミリーネームは?」

「ふぁ、ふぁみ…?」

「あー…簡潔に言えば、お前の家族と共通する名前のこと」

「……ありません…この名前も…ギアがつけてくれたから……」

「へえ…リン、ね。なかなかいい名前じゃん。呼びやすくて」

「でも、なんで突然…?」

「呼びたくなったの、友達だしな!」

「…あ、有難うございます!」

「リン…リン=アリエスね。よしリン!改めて飲みに行くぜ!」

「はい!」

ロウさんの頭は揮発性メモリかな?

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