第5話
「今回こそは死んだわね」
「ええ、間違いないでしょう。シリウス、今までお世話になりました」
「ガハハ、シリウス!丸呑みにだけはされるなよ!死んだお前から装備を回収して売り捌くことができないからな!」
そう言って三人は俺を見つめる。
「おい、待て!戦う前から諦めてどうすんだ!って、アル!俺を拝むな!」
「・・・諦めてって・・・あんたアルの話聞いてた?私たち四人どころか、あそこにいた冒険者全員で掛かっても火竜を追い払うのが精一杯って言ってたでしょ!」
「それは・・・聞いてた!」
「・・・いい?馬鹿と無謀は違うわよ。ゴウセルはその両方だけど、あんたは少なくとも損得勘定だけは出来るやつだと思ってたわ」
「おおい!マルタ!そりゃ言い過ぎだぜ」
ゴウセルが叫ぶ。
そのやりとりを聞いていたアルがため息をつく。
「・・・まぁまぁマルタ、少しはシリウスの言い分も聞きましょう。もしかしたら何か策があるのかも知れません。この私の考えつかない、ね」
アルが言う。
俺はアルの目を見た。
「・・・アル、よく言った。さすがは<蒼天の燕>の参謀だ」
「・・・参謀・・・そんな役職があるのは聞いてませんでしたが・・・」
「今決まったんだよ」
「おお、羨ましいぞアル!おい、シリウス!俺は!?俺にも何か役職を付けてくれ!」
ゴウセルが興奮して叫ぶ。
「ゴウセル、お前にはまだ早い。だがもう少し武功を上げれば、将軍に任命してやる。いいな?」
「おおおお!将軍!将軍だ!!よし、シリウス!俺はやるぜ!火竜でもなんでも倒してやる!」
そう言ってゴウセルは自らの頬を叩く。
「ちょっと!話が前に進まないじゃない!ゴウセルも乗せられるんじゃないわよ!その火竜を倒すのに、なんか策はあるのかって聞いてんのよ!」
「・・・策、か・・・」
俺は三人の顔をじっと見つめた。
俺の真剣な視線に、三人もぐっと息を呑む。
「策は・・・ない」
俺は言った。
「・・・そんな事だろうと思いました」
アルがため息をついた。
「・・・長い間、ありがとうシリウス。せめて苦しまずに死ねるよう願っておくわ」
マルタが言う。
「ガッハッハッ!竜と正面から力比べか!そりゃ有名になれるかもな!楽しみだぜ!」
ゴウセルが大笑いする。
なんとなく白けた雰囲気になるが、
俺は言葉を続けた。
「待て、お前ら」
俺の言葉に、
アルとマルタが顔を上げる。
「・・・策はこれから考えるんだ。火竜を討伐し、俺たちがAランク冒険者に成り上がるための作戦をな。考えても見ろ、これは大きなチャンスだろうが」
「しかし・・・」
「しかしじゃねぇ!!リスクも取らずに欲しい物が手に入るかよっ!」
俺は拳を机に打ち付ける。
俺の勢いに、三人の表情が強張る。
白けていた雰囲気が一気に緊張感のある空気に変わる。
「・・・マルタ・・・ここで引いてどうする?またスラムに戻るか?まぁ今のお前ならあの時よりもマシな暮らしは出来るかもな。その成長した身体で、好きでもない男に股を開いて、な」
「なっ・・・!なんですって・・・」
「ゴウセル、お前から戦いをとったら何が残る?また奴隷商の用心棒でもするか?それとも盗賊にでもなって今度は人を狩るか?お前が家族にしている仕送りの金額を考えたらそれくらいしないと稼げんぞ」
「・・・わ、悪いことして金を稼ぐのはもう辞めたんだ・・・」
「アル、知ってるぞ。病の父親に代わり、お前と仲の悪い長兄が家督を継いだそうだな。今までは実家の情けで身分が保証されていたが、これからはどうかな。貴族の身分を失えば、お前の生き甲斐である魔法研究にも支障が出るんじゃないか?」
「・・・ふん。研究はどこでも出来ますよ」
俺は改めて三人を見つめる。
「・・・マルタの言うとおり俺には教養もなければ、賢くもない。だがな、命の賭け時はよく知ってるぜ。なぜなら俺はガキの頃からそうやって生きてきたからな」
アルがゴクリと唾を飲む。
「・・・ここだ。ここなんだよ、俺たちの運命の分岐点は。ここで逃げるか立ち向かうかで、全てが変わる。そういう時なんだ」
三人は俺を見つめたまま口を開かない。
「・・・アル、もう一度聞くぞ。俺たちが火竜を倒すのは絶対に不可能か?今までみたいなリスクを避けた戦いじゃない。俺たちが限界まで戦う前提で、だ」
俺の問いにアルは口を僅かに開き、
そこから歯を食いしばるようにして口を閉ざした。
それはなにかを躊躇している様子だった。
「ア、アル・・・?」
その表情を見て、
マルタは信じられないと言った表情を浮かべる。
「・・・言え、アル。お前がここで不可能だと言うなら、今度こそ俺は引く。他の冒険者に嘲られても、ギルド長に頭を下げて依頼を取り消してもらう。俺はお前の判断を信じる、また一からやり直しだ」
ゴウセルは俺とアルを交互に見る。
俺はアルの、
アルは俺の目を見て、
互いに逸らさなかった。
長い沈黙。
やがてアルが、
根負けしたように口を開く。
「・・・命の危険はありますが、ギルドの援護、それから貴方が先のゴブリンキングとの戦いで見せた火力が再現できれば、戦う事は可能と判断します」
「うおおおお!マジかよ!!」
ゴウセルが叫ぶ。
「嘘でしょ・・・」
マルタが呟く。
俺はその答えを聞いて、
ニヤリと笑う。
アルの分析は絶対だ。
「決まったな、<蒼天の燕>の次の依頼は火竜退治だ。そして『竜殺し』の二つ名を手に入れ、一気にAランク冒険者になるぞ」
・・・
・・
・
「い、一体どうしたのですかレグリス様」
アルフレッドが慌てて駆け寄ってくる。
それも当然だ。
僕は庭に出て木刀を振っていた。
病気になる前に習っていた以来だから、
数年ぶりだ。
「・・・うん、なんだか調子が良くて。久しぶりに身体を動かしたくなったんだ」
僕は答える。
夢の中の男、シリウスに触発されたとは言わなかった。
「しかし、急に動かれては・・・」
「大丈夫、もう終わるよ。でも安心して。今日は本当に体調がいいんだ」
僕はアルフレッドに答える。
「そ、そうですか・・・」
僕は最後に剣を大きく振り、
庭に据えられていた木造の的を打つ。
シリウスが振るう剣とは異なり遅く弱々しい剣だったけど、
僕はとても満足だった。
「・・・もしもレグリス様の体調が宜しいのであれば・・・」
夕食を終えた僕にアルフレッドが切り出した。
「・・・領主会議?」
僕は尋ねる。
アルフレッドによると、数ヶ月に一度ガラム王国内の領主たちが集まり、
定例会議を開くらしい。
僕はこれまで一度もその会議に出たことがなく、
アルフレッドが代理で参加してくれていた。
父の代から使えているアルフレッドは他の領主たちにも有名で、
病気の僕の代理という事で特別に参加を許されているらしい。
もちろん会議での発言が出来るわけではないが。
「ええ。今回の開催地はここから馬車で半日の街。日帰りでの参加が可能です。もちろんレグリス様の体調次第ですが・・・」
アルフレッドが心配そうに尋ねる。
「・・・うん、行くよ。参加する」
僕は答えた。
自分に定められた運命がどんなものかは知らないけど、
僕は僕の出来る範囲で未来を掴んでみたいと思ったのだ。
「ではそのように連絡を。会議は三日後です」
そう答えるアルフレッドはこれまでに無いほど嬉しそうだった。
それからの三日は怒涛の如く過ぎた。
領主会議に参加するための服装や、馬車の手配。
散髪や、これまでの会議の内容を学ぶなど。
とにかく領主会議に初参加の僕が恥をかかぬように、
アルフレッドが人事を尽くしてくれた。
その間、シリウスの夢は見なかった。
やはり気持ち的に落ち着いてない時は夢を見ないのだろうか。
そして三日後。
僕は屋敷のメイド達に見送られながら、
アルフレッドと共に馬車に乗り込んだ。
長い旅程ではないとは言え、
領地を離れるのは久しぶりだ。
僕は無言で、過ぎ去る景色を見ていた。
「・・・緊張されてますか・・・?」
アルフレッドが尋ねる。
「・・・半分、かな」
僕は答えた。
「半分でございますか。では残りは?」
「分からないな。・・・不安とも違う。なんだか不思議な気持ちなんだ。でも悪い気分ではないよ」
僕は答えた。
「そうですか。ならば安心ですな。帰りにこの道を通る頃にはその気持ちの正体も掴めましょう」
そう言ってアルフレッドが笑う。
どうやらアルフレッドにはその気持ちの正体が分かっているようだった。
僕は今や豆粒のように小さくなった僕の屋敷を見つめる。
病気になっていらい初めて自分の足で踏み出した一歩だった。