第4話
街の郊外にある森の中。
そこに一本の小川が流れている。
俺はその小川近くで、
剣を振るっていた。
こんなに真剣に素振りをしたのは、
師匠の所を飛び出して以来だろうか。
こうして意識して剣を振るうと自分に起きた変化がよく分かる。
以前とは明らかに剣速が上がり、
また体裁きも非常に滑らかだ。
小川の流れ、
舞落ちる木の葉。
それらの動きが非常にクリアに見え、
身体の性能が何段階もアップしたように感じる。
こんなに洗練した動きができるのは、
師匠のところで修行をしていた時にも経験したことがない。
「ふぅ・・・」
俺は剣を止め、
荒くなった呼吸を整える。
夢中になって半刻は剣を振るっていただろうか。
「精が出るわね」
声を掛けられて初めてそこにマルタが居たことに気が付いた。
「・・・いつから見てたんだよ」
「えらく熱心だったものね。ちょっと前からよ」
マルタはそう言って水の入った皮袋を投げてよこす。
俺はそれに口を付け、
喉を鳴らして水を飲んだ。
うん、美味い。
「調子いいって本当だったのね」
マルタが言う。
「ああ、こうして動くとよく分かる。身体の中から何か力が湧いてきているような気がするんだ」
「力?」
「・・・上手くは説明できねぇ。でも何かが違う事は分かる。それもケタちがいに」
「ふーん、よくわからないけど。まぁ強くなったなら良いじゃない。」
マルタは座っていた岩から腰を下ろす。
「アルが呼んでたわよ。なんでも冒険者ギルドから声が掛かったからあんたも呼んで来いって」
「ギルドから?依頼か?」
俺は尋ねる。
「わっかんない。でも偉く真剣な表情だったわよ、あのアルが」
「あのアルが・・・それはおおごとだな」
俺は汗ばんだ身体を拭き、
剣を腰の鞘へと納めた。
「また面倒なことに巻き込まれないと良いけどね~」
マルタはそう言って笑う。
「違いない」
俺はそう言ってマルタと共に街へと向かった。
・・・
・・
・
冒険者ギルドに戻ると、
そこには俺たち以外のパーティも集まっており、
全部で20人程の冒険者がいた。
「うっわ~、なんか嫌な空気・・・」
マルタがそんなことを呟く。
「おっ、帰ってきやがったな!おせぇじゃねぇか!」
そう言って近づいてきたのはゴウセル。
その隣にはアルもいる。
「・・・これは何事だ?」
俺は尋ねる。
パーティ単位で行動することの多い冒険者、
これだけの人数が同時に揃うことなど滅多にない。
「うん、どうやら大物が現れたみたいだよ」
答えたのはアルだ。
「大物?」
俺は尋ねた。
それと同時に一人のギルド職員が部屋の中に入って来る。
よく見ればそれはここの冒険者ギルドの長だった。
「集まってくれてありがとう。時間も無いので手短に話したいと思う」
ギルド長は手元の紙に視線を落とす。
「昨晩、街道近くの森林に大型の魔物を発見した。報告された特徴から、ギルドではこの魔物を【火竜】と断定した」
ギルド長の言葉に、
冒険者たちがざわつく。
「レッドドラゴンって・・・なんでこんな場所に!」
「その目撃情報は確かなのか!?」
「本当にそうならこんなところにいる場合じゃないぞ!」
目にも明らかな動揺。
当然だ。
レッドドラゴンは最強種と呼ばれる竜の一種だ。
ゴブリンなどとは比べ物にならないほどの強敵。
上級ランクの冒険者や、国の上級騎士が対応すべき相手だ。
だがギルド長は険しい顔をしながら黙っていた。
「近隣の街には救援要請を出している。だが時間がない。冬の季節を前にした竜族は身体に栄養を蓄えるため人でもなんでも喰らう。被害が出る前になんとかしないといけない」
ギルド長が苦渋の表情で説明を続ける。
その時後ろから、アルが小声で話しかけてくる。
「・・・どうしますか?シリウス」
俺は顔を正面に向けたまま、
アルに小声で尋ねる。
「・・・レッドドラゴンと戦って、勝算はあるか?」
「<蒼天の燕>単独では難しいでしょう。いくつかのパーティと連携し疲労させる狙いで持久戦に持ち込めばあるいは撤退まで追い込めるかも知れません」
「・・・レッドドラゴンを撤退させれば、ランクアップは可能か?」
「それは無理ですね。ランクアップに影響があるのはあくまで討伐のみ。もちろん街を守ったと言う名声は手に入りますが、ランクアップには影響しません。そして撤退では火竜の素材も手に入らない。危険度の割には実入りが少ない、所謂おいしくない依頼になるでしょう」
アルが言う。
その判断は正しいようで、
ギルド長の話を最後まで聞かずに部屋から出ていくパーティも増えてきた。
「ねぇ、この依頼受けないなら早く私たちも出ましょうよ。人が少なくなってからじゃ気まずいわよ」
マルタがそう言って出口へと向かう。
「待て」
俺は歩き出そうとするマルタに声を掛ける。
丸太の後に続こうとしていたアルとゴウセルも何事かとこちらを見る。
俺は三人にニヤリと笑い、
出口とは逆、
つまりギルド長の方へと歩き出した。
「お、おい!シリウス?」
ゴウセルが慌てて俺に声を掛ける。
だが俺は止まらない。
「・・・なんだ?」
正面まで来て、ギルド長はようやく俺を視界に捉えた。
その表情には焦燥感と疲労感がたまり、
やせ衰えて見えた。
俺はギルド長に笑みを浮かべる。
「その依頼、俺たちが受けてやる」
「え?」
ギルド長が間抜けな声を上げる。
「ちょっと!シリウス!」
マルタが後ろで声を上げる。
姿は見えないがおそらくその隣でアルが頭を抱えているだろう。
僅かに残った他の冒険者がざわつきだした。
「き、君は・・・今、なんて・・・」
ギルド長は信じられないような表情で呟く。
「・・・聞こえなかったか?火竜は俺たちが討伐してやる。この<蒼天の燕>がな」
俺ははっきりとそう言った。
・・・
・・
・
僕は屋敷の東にある書斎へと篭もり、
朝から食い入るように本を読んでいた。
この書斎には読書好きの父の影響で、
古今東西あらゆる本が置かれている。
そして今、手元にある本のタイトルは、
「竜種に関する研究およびその考察」。
「シリウス・・・なんであんな無茶なことを・・・」
僕は夢の男の名前を呟く。
僕は最近になって夢で見る男、
つまりシリウスのことを、
起きている時にも思い出せるようになっていた。
以前は漠然と夢を見たと言う記憶があるだけで、
夢の内容などはほとんど思い出せなかったはずなのに。
たかが夢の話ではあるが、
僕はいてもたってもいられず、
本の頁をめくり続けた。
「火竜・・・火竜・・・あった!」
僕は目当ての内容を見つけ、
その頁に齧り付くように読み始める。
前述の通り、竜種は「龍」と「竜」に分類される。
竜の上位種が龍である。
その分類の基準は多々あるが、
人語を理解すること、
魔法を操ること、
百年以上生きていること、
などが挙げられる。
つまり本能的な行動を取る火竜は、
竜種の中でも下位の魔物と言えるが、
その力は人間が到底に及ぶものではない。
強靭な顎は大木をも噛みちぎり、
その皮膚は鉄製の武具をも跳ね返すと言う。
火竜を討伐するためには、
顎下に隠されている逆鱗を穿つ必要がある。
逆鱗は普段は体表には出ておらず、
極度の疲労、
または激しい怒りにより姿を現す。
火竜の討伐例はいずれも、
運良く逆鱗を捉えたものが多い。
僕はそっと本を閉じる。
「火竜・・・」
僕は呟く。
この静かなガラム王国では魔物を見る機会が殆どない。
幼い頃父に連れられていった街の見世物小屋で、
緑鬼や魔猪を見たことがあるくらいだ。
飼いならされ鎖に縛られたその魔物たち恐怖に怯え、
人間に襲いかかるような獰猛さは持ち合わせていなかった。
人間を襲う魔物。
ましてや火竜などと言う常識外の存在に一体どう立ち向かうつもりなのだろうか。
結局、僕はアルフレッドが夕食の時間に呼びに来るまで、
本を読み続けた。