第3話
「・・・冒険者?」
昼食を摂りながら、
僕はアルフレッドに尋ねた。
夢の男の話をしたら、
アルフレッドがそんな言葉を口にしたのだ。
「はい、ここ辺境のガラム王国にはおりませんが、中央の国々ではそう言った職業の者が多くいると聞きます」
「そんな仕事があるんだ・・・全然知らなかったよ。ねぇアルフレッド、冒険者ってどういう職業なの?」
僕は尋ねる。
「私も詳しくは知らないのですが、彼らは卓越した剣技や魔法を駆使して魔物を狩猟したり、ダンジョンと呼ばれる秘境を探索しているそうです。中には中央部の国々の騎士にも負けぬ実力者もいるとか」
「・・・剣や魔法か。騎士にも負けないとは驚きだね」
僕は呟く。
病気に罹る前は教養の一部として、
剣と魔法を学んだことがあった。
その中で学ぶ技術は、すべて中央の騎士達により体系化されたものだ。
だが僕はどうやらそちらの方面に才能が無いようでからきしだった。
どちらかと言うと算術や、歴史を学ぶ方が好きだ。
「・・・レグリス様が見ている夢は恐らく冒険者の夢です。何か物語などでそう言った話を読まれたのでは?さすがにご存じで無いことを夢に見ると言うのも難しい話ですから」
アルフレッドが言う。
「うーん、そうかな。そんな話、何かで読んだかなぁ」
曖昧な返事をしたが、
僕はそんな物語を読んだことはない。
病に罹ってから数えきれないほどの本を読んだけど、
その全ては頭の中に入っていると断言できる。
今、アルフレッドに教えて貰うまで、
僕は冒険者と言う職業の存在を知らなかったのだ。
だとすると、
この夢は僕の記憶が生み出したものではない。
一体、どういうことなのだろう。
僕はそう思った。
「それでレグリス様?今日は、どうされますか?」
アルフレッドが僕に尋ねる。
「・・・うん、少し身体が重くて。今日は部屋で本を読んで過ごすことにするよ」
「承知いたしました。後ほどお茶などをお持ちします」
「ありがとう」
僕はそう答えると、自室へと戻った。
廊下を出ると、途端に咳き込む。
アルフレッドの前では我慢をしていたが、
今日はすこぶる体調が悪い。
フラフラになりながら部屋に戻ると、
僕はベッドに倒れこんだ。
・・・
・・
・
「では今回の報酬は、全部で150,000ゴールドになります。依頼書の内容不備については改めて謝罪いたします」
俺は冒険者ギルドの職員から金の詰まった布袋を受け取る。
「大丈夫だ。また頼む」
そう言って俺はギルドカウンターを後にする。
依頼主のミスであって、
ギルド職員の彼女の責任ではないのだ。
「待たせたな」
俺は3人が待つギルドの一角に戻ると、
机の上に報酬の入った袋を乱暴に放る。
マルタはその布袋を飛びつくように開くと、
中身を嬉々とした表情で見つめた。
「15万か~、最初は最悪な依頼って思ったけど、特別報酬とゴブリンキングの討伐報酬が乗ってなかなか美味しい仕事になったわね」
「やれやれマルタ。貴女は本当に現金な人です。冒険者だけではなく、守銭奴と言う称号を私から送りましょう」
アルが言う。
「あら、お金にダラしないよりはしっかりしてる方がいいでしょ?ね、ギャンブル狂のゴウセル」
「ぐ、マルタ・・・ここでそれを言うのはズルいぜ!男の人生は勝負なんだよ!」
ゴウセルが額に汗をかきながら答える。
「・・・それで借金してたら意味ないだろゴウセル。とりあえず半分はパーティの資金に回すぞ。あとの半分を4人で山分けだ」
俺は言った。
「あら、シリウス。山分けで良いの?」
マルタが言う。
「どういう意味だ?」
「あのゴブリンキングを仕留めたのは貴方なんだし、少しぐらい多くても文句言わないわよ。私たちはゴブリンしか倒してないしね」
「そうですね。正直、ゴブリンキングには四人で戦っても苦戦するかと思いましたが・・・結果を見ればシリウスが一撃。いつの間に腕を上げたんです?」
アルが尋ねた。
「そうだな!特に最後の雷鳴剣、いつもの倍は威力が出てたんじゃないか!おい、良い訓練があるなら俺にも教えろよな!シリウス!」
ゴウセルが笑った。
「・・・チッ。訓練なんかしてねーよ。ただ最近すこぶる調子が良いんだ。たまたまだ」
俺は舌打ちをして答えた。
「調子?確かにここ最近のシリウス、すごく動きが良いわよね。何か目覚めちゃったかしら?」
マルタが言う。
「北の大陸では魔物の動きが活発になっていると効きます。仲間の力が増すのは歓迎したいところですね」
アルが言った。
「・・・お前ら、他人事だと思って面白がってるな。報酬を山分けにしたらさっさと飯にでもしようぜ」
俺は報酬の袋を抱きかかえるマルタを促した。
「まっかしといて!数の数えられないシリウスとゴウセルに代わり、このマルタちゃんが1ゴールド単位まできっちり分けてあげるわ!」
そう言ってマルタは机の上で報酬を分けだした。
孤児だった俺とゴウセルは金勘定が出来ない。
パーティの資金を管理するのは、
マルタと、アルの役割だ。
俺はマルタが報酬を仕分けるのを、
黙って見ていた。
「・・・シリウス、算術くらい私が教えてわげるわよ?リーダーが出来ないと苦労するし。教養ってやつよ」
「・・・チッ、教養なんて俺の人生には不要だ。俺にはこれがあるからな」
そう言って俺は腰に差した剣の柄をコンと叩く。
いつだって俺は自分の剣で道を切り開いてきた。
これからもそれは変わらない。
「はいはい、脳筋脳筋。もう知らないわ」
そう言ってマルタはため息をついた。
「いかなる実力者でも最低限の礼節を備えていなくては、上のランクには上がれませんよ?上位ランクの依頼主はその殆どが貴族や王族。彼らと対等に話すためには彼らの流儀に従わねば」
アルが言う。
「・・・アル、説教臭い事言うな。そんなのお前がいりゃなんとかなるだろ。そんな場面では、俺は【石像悪魔】みたいに黙りこくってるよ」
「しかし・・・」
「無駄よ、アル。この男、一度決めたら絶対に折れないんだから」
マルタの言葉にアルが深いため息をついた。
「さすがはマルタだ。付き合いが長いだけあって、俺のことよく分かってるな」
俺はマルタに言う。
「・・・いいか?ようやくここまで来たんだ。あと一つか二つ、でかい成果を上げれば俺たちは晴れてAランク冒険者だ。そうすりゃ世界が変わる」
俺は三人の目を見て言った。
「二度と食事に困ることはない。雨風を避けるために馬小屋で寝ることもない。それがどれだけ特別な事か、お前らなら分かるよな?」
俺の言葉にマルタとゴウセルが強く頷く。
二人は俺と同じようなスラム出身の孤児なのだ。
「・・・私はこれでも貴族出身なので」
アルが呟くように言う。
「茶化すな、アル。お前だって地方貴族の三男坊。魔法オタクの穀潰しだろ。Aランクになりゃ実家に凱旋出来るぞ?」
俺の言葉に、アルが肩をすくめる。
「・・・酷い言われようですね。まぁ名声に興味はありませんが、確かにあの父に一泡吹かせるのは良いかもしれませんね」
アルが冷静に言う。
だが俺は知っている。
こいつはパーティの誰よりもAランク冒険者に固執しているということを。
だからこそ貴族から見れば、ドブネズミのような存在である俺たちと手を組んでいるのだ。
身分は違うが結局俺たちは似た者同士なのだ。
「・・・気張れよ、お前ら。ここで人生変えるぞ。生まれも定めも関係ねぇ。俺たち<蒼天の燕>は自分たちの手で自由を勝ち取るんだ」
俺の檄に、三人が強く頷く。
・・・
・・
・
「いいですか、レグリス坊ちゃま。勉強、つまり。教養こそが真に人生に必要なものなのです。それに比べれば他のものは大して重要ではありません」
家庭教師のメグが僕に言う。
彼女は週に二度、僕の屋敷を尋ねては僕の勉強を見てくれる。
こうして断定的な物の言い方をするのが彼女の癖だ。
「・・・そうですね、先生」
僕は答える。
だが内心では全く同意していなかった。
美味しい紅茶の煎れ方とか、
草原を駆けまわる元気な身体とか、
あるいは主への忠誠心とか。
本当に重要なものは他にあると僕は知っている。
だがそれを口に出せばとてつもない勢いの反論が返ってくる事を僕は理解していた。
彼女を否定してはいけない。
それが僕が彼女から学んだ最初の教養だった。
「今日はこの世界<セントラルアース>の地理について復習しましょう。この世界を構成する大陸はいくつありますか?」
メグが尋ねる。
「三つ、です。僕らが居る広大な玉龍大陸。未開の地、鳳大陸。そして危険な白蛇大陸」
「その通り、エクセレント!さすがはレグリス坊ちゃまですわ」
そう言ってメグは僕を褒め称える。
正直にいれば、こんな知識なら僕よりもっと幼い子でも知っている。
僕は辟易としながら、彼女の説明を聞いていた。
「玉龍大陸はこの世界の七割を占めております。残りの二割が鳳大陸、そして残りが白蛇大陸ですね。つまり我々の住む、この大陸こそが世界の中心なのです」
「・・・先生は他の大陸に行ったことがありますか?」
「レグリス坊ちゃま。答えはノーです。しかし他の大陸に渡る人など滅多におりません。理由はお分かりですか?」
メグが再び質問する。
「危険、だから・・・ですか?」
「その通りですわ。航海技術が発展したとは言え、海には危険な魔物と呼ばれる生き物が多く住んでおります。それに鳳、白蛇の両大陸はこの玉龍大陸ほど国内の統治が進んでおらず、未だに民族同士の紛争が絶えないとか。そんな危険を冒して大陸間を渡航する人間は決して多くは無いのです」
メグは答える。
僕は少し考えてから、口を開いた。
「・・・でもメグ先生。僕は、僕は行ってみたい。病気が治ったらこの玉龍大陸を、そして世界中を見て回りたいと考えています」
それは僕が抱いていた夢だ。
もしも病気が治ったら今までに行けなかったところにどこまでも行ってみたい。
そう思っていた。
「オー、なんということでしょうレグリス坊ちゃま。そのような事は言うべきではありません」
だがメグは頭を押さえ、
大げさに落胆を示すリアクションをとった。
その反応に僕は少しだけ苛立ちを覚える。
「・・・何故でしょうか?」
「決まっています、貴方は領主ですよ。領主がこの土地を離れ一体どこに行くというのです。貴方には生まれた時から貴方に定められた役割と、責任があるのですよ」
「それは・・・」
僕が望んだことではない、
と言う言葉が喉元まで出てくるのを必死で抑えた。
「生まれながらの定めに従う。それほど大事な事はありません」
彼女の教えはもっともだ。
そしてその生まれながらの定めに従っているからこそ、
こうして生かされているのだという事を理解していた。
黙った僕が納得したと思ったようで、
メグは満足そうに鼻息を吐いた。
「よろしいですね!では勉強の続きを始めます、近代のガラム王国周辺地域の―――――」
授業が再開される。
だが僕は殆ど上の空で、
自分の人生についてを考えていた。
病に侵され、
満足にも動けない身体。
一体この僕にどんな定めがあると言うのだろうか。
僕は夢の男の言葉を思い出す。
自分の手で人生を勝ち取るんだ。
もしも病気じゃなければ、
もしも僕に力があれば。
僕は僕自身の小さな世界から抜け出すことが出来るのだろうか。