計画始動:その3
「…まあ、一先ずそこに掛けなさい。」
「…はい。失礼致します。」
父親の仕事時の威圧オーラを一身に浴びたからか、固まってしまったリズを前にし、なんとも気まずい空気に耐えかねたジルが二人掛けソファへ誘導する。
しかし、親子でこの空気。
こちらが落ち着かない、どうしたものか。
「先程、陛下からお呼びがかかった。リズベット、殿下から婚約破棄の申し出があったそうだな。殿下の話では人前が得意ではないお前は、社交の場を上手く回せないであろうし、未来の国母は荷が重すぎる。声も小さく自信なさげな姿では、後の王妃として外交で役目を果たすことは出来ないと思われる。であれば、皇太子として責務を担う傍らには、支える事の出来る女性こそが求められる。リズベットには重荷であり、そう周囲から評価されるお前が不憫であると。これは、双方の意見の一致である。リズベット、この話に間違いないか?お前の意見と事の顛末を答えなさい。」
「私は、殿下の仰ったように社交を得意とはしておりませんし、声や姿にしても反論し難いと自覚しております。ですが…」
リズは、私から見ても少々自己評価が低すぎると思ってきた。自信無さげに見えるのも、改善点としてあげるつもりではあったが。だが!!
あの、キラキラナルシスト王子め!攻略対象は、周りを自分に都合よく動かす為に、口も達者に設定されているのか?反論しにくい言い方で纏めやがって。しかも自分とマリアンヌとのことは伏せて、リズが原因であり自分は気遣ったまでと受け取らせる言い分!似非王子!腹立つ!!
リズ自身も、理由が自分に全てあるかのような言い分に、思うところがあるのだろう。膝の上でスカートを握り締めているのが気持ちの表れだ。
『頑張れ!リズ!』
「ですが、なんだというのだ?はっきり言いなさい。言わなければ人は分からない。」
「…!!…はい、あの…」
ジーーールーーー!!!何故そんな、尋問している風にしか言えないの!!!
この親子のぎこちない空気は、リズの社交性の乏しさだけが原因ではない。その父親もまた、秀でた社交性の持ち主ではなかった。私は、前世の年齢とリズと過ごした年齢を合わせると、父親との方が歳が近い。勝手にジルと呼ばせてもらっている。三つ、四つだったか年上だが出来の悪い弟分を見てるようで、とにかくもどかしい。娘の前では、その無駄に鋭く冴え渡る眼光をしまえ。今すぐその深く刻まれた眉間のシワに、直々にアイロンがけして伸ばしてやりたい。
こうも重い沈黙の中だと、酸素が薄く感じる。
ああ、ダメだ。この二人だけでは平行線だ。
『リズ、とりあえず落ち着いて深呼吸して。ジルはいつもあんな感じだけど、直接話すなら避けては通れないのは分かってたじゃない。変わりたいのよね?ここに来るまでの気合いはどこいった!事実と意思ははっきりと言いな?今日、今からがその変化の一歩だと思ってさ!それに大好きなジルにまで、勘違いされたままじゃ嫌でしょ?』
「リズベット、なんとか言いなさい。」
リズは、自身を鼓舞するかのように大きく深呼吸して「ですが、私は王妃になるつもりでした。」と、ジルも眼を見張る程、良く通る声音で告げた。
「王妃の責務を果たすつもりで、王妃教育には臨みましたし、先程までそれを信じて日々を過ごしたと言い切れます。…見た目と社交性に関しては、申し開きは出来ませんが。ですが、今回の件は双方の意見の一致ではありません。殿下は、その、私ではなくマリアンヌ・ガイナー男爵令嬢と既に恋仲でした。これは、学園内でも周知の事実として他家の方々もご存知です。殿下は、真実の愛に目覚めたとマリアンヌ様との婚姻を望んでいらっしゃるご様子でした。」
…ミシッ
「!??」
「続けなさい。」
「?はい。殿下は元より、美しいと思われるものを手元に置きたい、愛でていたいという感性をお持ちで私はその中には含まれない為に、共にあるのはマリアンヌ様がいいと仰っておられ婚約破棄を告げられました。」
バキィッ
「…私のリズが、美しくないだと?あの小僧…」
「!??お父様?!」
「リズが、あのバカ王子に好意を抱いたのだと知り、ならば陛下から是非にと迫られていたこの婚約の話を、仕方がないと受け入れ進めたのだ。娘が好いた相手に嫁げるなら良いと。というのに…あのバカ王子めが!!」
ジルも娘の一大事に、余程気を張っていたのだろう。手慰みに握っていた万年筆が、可哀想な悲鳴と共に折れた。今まで上手く本人に伝わっていなかったが、私から見れば彼は、娘大好き人間だ。元々身体が弱く、リズを出産後日をおかずに亡くなった最愛の妻、ソフィア・バーグナー公爵夫人の面影を濃く残す可愛い娘だ。リズの言っていた“怒りを買えば放逐”など、犯罪でも犯さない限り決してあり得ない話なのだ。
“バカ王子”…この世界でも大事なことは二回言うルールは適用されるのか。まあ、それは置いておくとして。
…やっと、本音が出た。
このコミュ症親子は、本当に手がかかる。