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私と私の改造計画  作者: 千夜子
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計画始動:その1


その茶番は、あまりにもテンプレな展開からの始まりだった。


「リズベット・バーグナー公爵令嬢。貴女との婚約は、破棄させてもらうよ。」


そう、これは前世で流行っていた乙女ゲーム《恋するプリンス:通称 恋プリ》の名場面だ。王子ルートの攻略対象が、家格だけで決められた地味な当て馬令嬢との婚約を破棄して、可愛らしい容姿を持つ主人公との真の愛を掴む。そして今、その山場の婚約破棄のシーンに突入したのだ。


私も前世で、親友に勧められて一度きりだけどプレイしてみて楽しみ方がよく分からず、すぐにやめた。

「なんでよ!私の推しを攻略するまではやってみてよー!なんてったって黒髪の長身イケメンが…」と、推し語りを始めた親友に「なんで画面の男のご機嫌をいちいち気にせないかんの?」の、一言で黙らせた記憶は鮮明に残っている。

その唯一の激短ワンプレイのキャラが、目の前で若干の憂いを帯びた表情で画面と同じ台詞を告げているというわけだ。正直キツイわ、この空気。


でも、その事よりも気になる存在に、心の中で問いかけた。


『…大丈夫?』


静かに問いかけた声に応えるように、微かに鼻をすする音と消えてしまいそうな声が数拍遅れて返ってきた。


『…分かってた事だもの…ごめん、なさいね…教えてくれていたのに…私に、付き合わせて…』

『何言ってるの!私もあなたじゃない!』

『…うん、ありがとう…もう私、』


二人で心で会話していると、リズの言葉尻に

「リズ?聞こえているのかな?」と、どこまでも無粋な声が重なった。一瞬息を呑んだ心の声に、ショックの大きさがうかがえる。

本当に好きだったんだ、リズは。だからこそこの目の前の光景が、とても許せそうにない。


「エドガー様…」

「大丈夫。リズは自分を分かってる子だから。マリーは安心して欲しい。」


…憂いを帯びた風の間違いだった。ではなければ、俯く婚約者の前で他の女性、恋プリのヒロインマリアンヌ・ガイナー男爵令嬢の腰に手を回し、見つめあったりはしないだろう。マリアンヌはヒロインらしく大きなエメラルドの瞳に涙を溜め、ハーフアップにした美しいピンクゴールドの髪を風に揺らしながらこちらをチラチラと気遣わしげに見ていた。…隠しきれない愉悦が目元には現れていたが。


「…理由は、教えて頂けるのでしょうか?」


自分のものとは思えない程、掠れた声が出た。もちろん、前世の自分とは違うとは分かってはいるけれど、十二年間もリズと一緒の世界を見てきたのだ。自分と言っても過言ではない存在だからこそ、これからはもう少し声帯を甘やかさないようにしようと今、決めた。


私の言葉を聞くなり、緩やかなウェーブを描いた陽の光を浴びて煌めく美しい金髪を、空いている右手でかき上げて困ったように細めた瞳に鮮やかな空の色を持つ我が婚約者様は、今日も今日とて一枚の絵のようだ。流石は王道攻略対象とでも言うべきか。この国の王太子様は、情感豊かに語り出した。


「リズ、僕達の婚約は家格や義務によるものだ。僕はね…出会ってしまったんだよ、彼女に。出会ってしまったら、後は愛さずにはいられない。愛を僕は知ってしまったんだ、もう戻れない…すまない。」

「ちが、違うわ!私が、私がエドガー様を愛してしまったばかりに…」

「マリー、なんと愛おしい…その愛らしい唇から出たその言葉で僕は天にも昇る思いだ!」

「そんな!私を置いていかないでくださいませ!」


「理由を、お聞きしても、宜しいでしょうか?」


今度は、しっかり声が出た。今まであまり使われなかった喉は少し痛むが、これから慣れればいい。まずはこの脳内お花畑達をどうにかしなければ、精神が持たない。エドガーは二人の世界を邪魔されたことに、少し眉根を寄せ、すぐに元の憂いを帯びた王子顔に戻った。

「理由は伝えただろ?愛したから。愛を知ってしまったから。君は僕に好意を抱いていたようだけど…それに、短くない付き合いだった君は知っているじゃないか。僕が、美しいものをこよなく愛する感性を持っていることを。」


私は、目元を隠すほどに伸びた前髪の下でその言葉を聞いた。


「そうではないものを愛せないし、側に置いとけないんだ。分かるだろ?」



彼は、私達二人の地雷を踏み抜いた。



嗚咽が聞こえる。

十七歳の少女の初恋が、砕かれる音がした。


私の大切な私を傷つけたことを、許すものか。


「畏まりました。殿下の御心のままに。私の公爵家には私の方から伝えますので、殿下は陛下にお伝え頂いても宜しいでしょうか?」

俯いていた顔を少しだけあげて言うと、少し驚いたように「ああ、わかっている」と返してきた。

「ごめんなさい…リズベット様…」

元婚約者に寄り添う彼女の、言葉とちぐはぐな勝ち誇った微笑みを、これ以上視界に入れて私の大切なあの子を傷付けない為に、長年の王妃教育で培ったカテーシーを優雅にしてそのまま振り返らずにその場を後にした。


「…リズは僕を好きだったのでないのか…?」


そんな吐息のような呟きなど、聞こえないふりをして。



『ねえ、わたくしのなかのあなたはだぁれ?』



公爵家まで帰る馬車に揺られながら、私はもう一人の私と、最初に話した時を思い返していた。それは、リズが五歳の頃の思い出。前世で私は、二十九歳。夢を叶え、より高みを目指していたところ、志半ばであえなく事故死したのだ。ただでさえ自分が死んだ事に心が追いつかないのに、五歳児に転生してゲームのキャラクターになっただと?しかもただの当て馬?!私が何かしたか!なんの呪いだ!と叫びたかった。けれど二十九歳だった自分が、五歳児にあたるようで、情けなくて出来なかった。心の奥底で一人、不幸に酔うように蹲っていた。そんな時に聞こえてきたリズの声に動揺した、けれど私に気付いてくれたことがどうしようもなく嬉しくて…


泣きながら声の主に叫んだ。


『私、死んじゃって…名前が思い出せないの!他の事は思い出せるのに!自分の名前が出てこないの…』

まるでどちらが子供か分からない、大の大人が泣きじゃくりながら、五歳児に何を求めてるのかと思った。でも他の誰にも、この気持ちを伝える事は出来ないから思わず漏れ出た。


『寂しい…私はもう名前も呼んでもらえない…』


「わたくしはリズ!あなたもわたくしといっしょだから、あなたもわたくし!リズでいい?」


ふわふわのブルネットの髪とアメジストの瞳の天使が鏡の中にいた。


『…ぅう…あ、ありが…とう…リズ…』

「ふふふ。おそろいね!ふたりいっしょならさみしくないわ。わたくしとおともだちになって?」


鏡越しに私に笑いかけてくれたリズは、ゲームの地味な当て馬令嬢ではなかった。そこにはきっと誰もが振り返る女性へと成長していける可愛らしい少女がいた。この子はきっと、化ける。前世の私の審美眼は、伊達ではないはずだ。だったら、この子を幸せにしてみせる。わたしなら、出来る。だって私は…


その後、幾度と二人で話した。ゲームのストーリーを伝え、リズの婚約破棄までの流れも話した。しかし、そこでリズが私が想像していたよりずっと、エドガー殿下を好きだったことを知る。


私は、リズの初恋を見守る決断をした。


前世では独身だったが、それでも恋も人並みにはしていたし、前世と合わせれば精神年齢はしっかりアラフォーの私が、初恋にときめく少女の気持ちを否定する事など、当然出来るわけがなかった。だから、余計な口出しはせずに見守った。


結果は、ゲームの結末と変わらなかった。


正直、あんな王子にリズは渡したくなかったから万々歳ではあるが、しかし私の大切な私を傷つけた事は許すつもりはない。


親友が言っていたのだ。ネット小説でも婚約破棄は流行っている、と。そして、ざまぁが最高だ!と。


リズは、見た目ではなくリズ自身を好きになって欲しいからとあえて地味さを強調していたところがあった。本人の好みなのか、ゲームの製作陣の意図が影響して強制力が働いた結果なのかは分からないが、私からしてみたら、宝の持ち腐れだ。だから、リズの恋を見守るにあたって二人で約束をしていた。


それを実行する時が来たという事だ。


『ねぇ、リズ。私はリズが大好きよ。だからね、リズの魅力を一番知ってるのも私なのよ。』


走る馬車の窓に映るリズの表情は、前世で仕事に向かう時の私の顔をしていた。久々に腕がなる。こんな素材を、生かさないなんて選択肢はないのだ。


前世の私は、二十七歳の時に夢だった自分の店舗を持った。事故に遭う二十九歳の時には、多方面から多くのファン(お客様)を抱え、一般人ながら脅威のフォロワー数を誇り絶大な影響力を持つインフルエンサーの一人だった。


本職は、美容師。


世の中の、より多くの人の魅力を引き出す事を生き甲斐にしていた職人だ。そんな私に“美しくないもの”だと?笑わせる。真の美を生き甲斐にしてきた私の、審美眼をなめるな。人は誰だって、自分のキレイを持っているのだ。


『リズ、約束。もう私の好きにしていいでしょ?』


小さな声で返ってきた言葉は、弱々しいけれどどこか芯のある彼女らしい言葉だった。


『…ありがとう。私も…変わりたいわ…』


ーもし、結末が変わらなかったら私をリズの専属スタイリストにしてくれない?


「私とリズ、二人で見返してやりましょう。改造計画を始める前に、まずは家に報告からね。」


馬車は、バーグナー公爵家の門の中へ入っていった。

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