4.俺のご主人様
煩悩しかにゃい~(=>ω<=)
ふーっふーっふーっ
「さむい……」
絶え間なく風が吹きつけて、頬が冷たい。
こごえて瞼をひらくと、謎な生き物と目があった。
「ト〇ロ……。あなたト〇ロって言うのね?」
おもわずくちばしった。
俺の顔面に鼻息を吹きかける、巨大な毛玉。
バス停で傘をさす、例のアレに似ている。
1mぐらいの真っ白な、まん丸いもふもふの上に、灰色ハチワレな猫の顔が乗っていて、もふもふの半分が顔で、手も足もなく、アゴもない。
「異世界の猫さん。すんごく丸いです」
「ニャッ」
まん丸い毛玉が立ちあがった。
香箱を組んでいた前足を伸ばすと、前足から耳まで2mを超す巨体。月夜の夜にオカリナふくアイツより、ラグドールに似ている。
異世界の猫さんは、豊かなふさふさしっぽをフワンとふった。
俺はどうやら、首周りの長い飾り毛を、猫本体と勘違していたようだ。
よく見るとアゴもちゃんとあった。飾り毛に埋もれていただけだった。
4つ足で立った姿は、素晴らしく立派でゴージャスな猫さんだ。
カポッ
巨大猫さんに、頭を甘噛みされた!?
もきゅもきゅと、俺を堪能する巨大猫さん。
しばらく、もきゅもきゅしたあと、満足そうな顔で猫さんは離れた。
「ニャッ」
おデコで俺を軽く押したあと、優雅にしっぽをふって去っていく。
__けしからんほどのボリューム感たっぷりのもふもふ。
優しい甘噛み。もきゅもきゅ。俺は、巨大猫に心をワシづかみにされていた。
「かっ、かわいい……異世界の猫さん。もふもふしたい」
「パリュ様に、気に入られたようでしゅにゃ」
「うわっ」
いつのまにか、俺の横に、灰色耳の猫が立っていた。
二本足で立つ細身の猫は、頭が俺のおしりのトコぐらいの高さで、さほど大きくもなく、地球基準でもおかしくないサイズ感の猫さんだ。
「キミは、あの時、巨大化した……」
「おっきくなって、ぷっくりしたのにゃ。パリュ様に、もきゅって頂いて、小さくなれたにゃ。おっきいとお腹もすくのにゃ」
この人語を話す猫は、地下水道で巨大化した、あの灰色耳の子猫だった。
俺はそういえば。と、冷静になって周囲を見渡してみた。
石造りの壁、その反対側には壁がなく、石の柱が等間隔に並んでいる。庭の木々を見おろすこの場所は、2階か3階の位置にあるようだ。
「ここはいったい?」
「廊下にゃ。てきとうに転がしとけと言われたから、適当に転がしたにゃ」
「えっと。この場所はどこですか?この建物はなんですか」
「廊下にゃ。パリュ様の宮殿の廊下にゃ」
猫とのコミュニケーションは、どの世界でも難しいようだ。
「パリュ様は、さっきの立派な猫さんですよね」
「そうにゃ。シャパリュ様は、シャリュタンの王様にゃ……」
突然、灰色耳の猫に頬を叩かれた。
「いたっ」
「失礼にゃ。レディに喧嘩を売る気にゃ!?」
灰色耳の猫は、フゥっと毛を逆立てる。
俺、なにかした? この子の怒りポイントがわからない。
「見つめすぎにゃ。そんな喧嘩腰じゃお話できにゃいにゃ」
どうやら、じっと目を見つめるのは、挑発にあたるらしい。
異世界の猫マナーってむずかしい。
「すみません! つぶらな瞳が美しくて、つい」
「しかたにゃいにゃ。クンの瞳は魅力的にゃ。常に視界の端で見つめ続けるがいいにゃ」
まんざらでもなさそうに、上機嫌になった灰色耳の猫さんは、コホンと咳ばらいをひとつして、話を続けた。
「クンは、レンをお迎えに行ったのでしゅにゃ。レンは、賢者様からパリュ様に、譲渡された保護人なのにゃ」
「濡れていやだったけど、レンを咥えてシャリュタンまで走ったのにゃ。お勤めを果たしたクンは、立派なのにゃ」
俺は、地下水道で流されて気を失ったようだ。
それを、巨大化したクンが助けて、ここまで連れてきてくれたらしい。
たしか、あの時は、魔力を吸われすぎて気絶寸前だったな。
一緒に流されたラウラたちは、どうなったんだろう?
ほめてほしそうに、クンがじっとこちらを見ている。
見つめるの禁止じゃなかったの!?
そっと、頭に手を置いてなでると、クンは満足そうに喉を鳴らした。
クンさん、かわいすぎる! ぎゅっと抱きしめたいけど、それはまた怒られそうで自重した。
「クン。その人間どうしたみ。またひろったみ?」
手のひらサイズの丸い猫が、木の枝に止まっている。
エナガみたいに、ふんわりもふもふで、けしからんにもほどがある。
「この人間はクンのじゃないにゃ。パリュ様の飼い人にゃ」
「俺の飼い主、パリュ様なの!?」
やばい! うれしすぎる。あの大きなもふもふが俺のご主人様!
ひゃっほー!! 異世界最高! ありがとう賢者様。
「人間はいいものみ。人間のごはんおいしいみ」
エナガみたいな猫が2匹に増えた。
むささびびたいに、パタパタと風に乗って飛んできて、3匹、4匹、7匹に増えた。
「クリロたちは食いしん坊にゃ。7匹兄弟で、クリロ7って呼んでるにゃ」
「食いしん坊じゃないみ。主食は鳥の胸肉と野菜み」
気が付くと、宮廷のあちらこちらから猫が顔を出し、俺たちを見ていた。
熊ぐらいありそうな二足歩行の黒い猫。人間と同じぐらいの大きさで、お盆に飲み物を乗せて運ぶ猫。
枝切ばさみをもった庭師風の猫。しっぽで枝にぶらさがる、極彩色の猫。
いろんな色と大きさの不思議な猫さんたち。
ここは異世界の猫の国だ。
「レンの寝床に案内するにゃ。パリュ様のお気に入りは東の離宮にゃ」
「あの素敵なパリュ様に、ご奉仕する日々が始まるのか。緊張するな」
夕焼けの空に、すこし強い風が吹いて、クリロたちは風に乗って飛んで行った。
俺は、小さくなるその姿を見送り、この楽園にたどりついた幸福に感謝した。