3.2匹の猫と、甘い研究室
黒猫モーラが戻ってきた。
サービング・カートをひいた給仕を連れてきている。
さすがに異世界でも、猫はお茶を入れたりしないらしい。
「ラウラ様、お茶と軽食をお持ちしました」
給仕はハッとした顔で俺を見る。
それ以上に、俺はハッとした。
水色の瞳に白い髪、給仕はチェレスティと同じ顔をしていた。
違いは髪型と、少年より青年に近いこと。
給仕と俺は、お互いの顔をまじまじと見つめあった。
「や。驚いた?私の最高傑作。ホムンクルスのリーベスよ。賢者様にそっくりでしょ。残念ながら魔力もなくて、可愛いだけのお人形さんだけど」
「でも、それがよかったのよね。今回、賢者様の魔力を受ける器に使えたから。これで、また一歩、本物に近づいたわ」
器?魔力を受ける?なんだかいやな予感がする。
「や。お前の魔力を7等分して分けたけど。少しは残してあるから平気よね? ちゃんと、お顔の傷も修復もされてるし」
俺は、あわてて自分の身体を確認する。
左目は確かになんともないが。
なんと、両手両足、首にも金色のワッカがはめられて、おへそには金属の球がうまっている。
__この器具に、魔力が奪われてる気がする。
可愛い顔して、このラウラって子、やることがえぐい。
俺、これからどうなるの!? このまま水槽で飼われるの!? 嫌すぎる!!
「今日のお茶はそうね、濃い紅茶をエバミルクでいれてレモンを一滴。それから、キャラメルソースと生クリームをたっぷりとね。仕上げにイチゴのコンフィチュール。トッピングはドライイチゴとキャラメルナッツにしてちょうだい」
動揺する俺を完スルーで、淡々とお茶のオーダーを出すラウラ。
それ飲み物なの? ラウラはガチの甘党のようだ。
「サンドイッチはいらないわ。ダイエット中なの。そうね、バラのマカロンをいただくわ。ローズハニーを温めて飴にしたのをかけてちょうだい」
もはやダイエットの意味が解らない。
甘々ドリンクはカフェオレボウルにつめこまれ、マカロンは、砂糖漬けレモンと、ベリーをくりぬいて練乳をつめたもの、そしてバラの花で飾られた。
ラウラがカフェオレボウルを手にとった時、部屋をよこぎる影があった。
灰色耳の子猫。庭園でスライムに追われていた猫だ。
黒猫モーラが侵入者に気づき、勢いよく飛び出してゆく。
子猫はサッと、リーベスのかげにかくれる。すかさず追うモーラ。
二匹はリーベスの足元をくるくる回りだした。
「うわっ!! モーラ様、おやめくださ……」
リーベスは体勢を崩して、マカロンの皿を床にぶちまけた。
「あぁ! 失礼しました。いますぐ片付けます」
盛大にコケたリーベスは、研究台に手をついた。
そこにいたのは、魔法陣で固定されたニョロニョロの生き物だ。
「ふあっ」
ニョロニョロに噛まれたリーベスじゃなく、ラウラが声をあげた。
生クリームのくちひげと合わせて、かなりのおまぬけ顔だ。
「リーベス!! だめよ! ヒドラから離れなさい!」
リーベスに噛みついたニョロニョロは、あっというまに巨大化した。
からまったヘビのようなニョロの正体は、3つの首を持つドラゴン、キングギ〇ラ__じゃなくて、ヒドラだった。
「牙が……どんどん食いこんできて、はがせません!!」
うろたえるリーベスは涙声だ。
幼生のヒドラは、リーベスの魔力を吸い取って成獣化してしまった。
__実際の魔力の供給源は俺だ。
俺からリーベスへと、魔法具を通して魔力が流れるのがわかる。
ワイヤレス電力伝送のようなものか?
急激に魔力を奪われて、気分が悪くなってきた。
ヒドラはどんどんでかくなり、研究室の床がミシミシ言い出す。
膨張したヒドラのしっぽが水槽をなぎ倒す。
おもいっきり床に叩きつけられて、水槽が割れた。
緑水から解放されると、プールから上がった時みたいに身体がもっさり重たい。
でも、そんなこと気にしてる場合じゃない。
ヒドラは天井を突き抜け、床を割り、研究室は崩壊寸前だ。
「ニャァ!」
せりあがったヒドラの肩にのった子猫が、瓦礫と一緒に落ちてくる。
落下地点に待ち受けるのは、火を吐こうと開いたヒドラのくちだ。
「猫さん!」
俺は、とっさに右手をのばした。
ゴオオオオオオオオォ
手からなんか出た!?
手のひらに、なんか魔法陣浮かんでる!?
手からビームで、ヒドラの頭と胴体は丸く穴が開いている。
痛みにのたうつヒドラの足踏みで、ついに床が抜けた。
「きやああああ」
空いた穴から、俺たちは地下へと落下していく。
崩壊した壁をすべり台にして、地下水道へ。
地下水道は、天然の洞窟と地下水を利用した施設だ。
俺は、水に沈んで浮かび上がり、一息つく間もなく、そのまま流される。
ヒドラは巨体がつっかえて、上階にとどまっているようだ。
「うわあ」
一緒に流されたリーベスが、魔物にたかられている。
研究室の檻に入れられていたハーピーやコボルトだ。
魔物たちは、魔力を吸って、みるみる凶悪な面構えになる。
「その魔力のダダもれ、どうにかしろよぉ」
俺は、そう叫ぶと同時に、木の格子にぶちあたった。
ここから先には、水は通すけれど、人の出入りはできないようだ。
流れてきたラウラが、俺の頭に激突する。
ラウラは、水に押されながら身体を反転させた。
『 氷 槍 』
ラウラが発動した『 氷 槍 』は、地下の川から、いくつもの氷の槍を出現させた。魔物たちは避ける間もなく、串刺しにされてゆく。
「リーベス! 魔力の放出を押さえて! 魔力を内側で循環させるの! 身体の中心で折りたたんで、ミルフィーユにするイメージよ!」
「は、はいッ! ラウラ様」
ちゃんと訓練しとけよ! 魔力のダダもれは迷惑だぜ!
「ミャッ」
格子の目から零れ落ちまいと、子猫が必死にふんばっていた。
「猫さん。こっちへ!」
俺は、手を伸ばして子猫に触れた。
「ミャッ!?」
子猫は、みるみるまに巨大化して、格子をブチ破った。
格子に留められていた俺たちは、勢いよく水に流されていく。
やべぇ。俺も魔力ダダもれだったわ。