2.新人賢者は猫に飼われたい。
もふもふしたい(Ф∀Ф)
「~~まったりの朝だなぁ。おきたらポテチでダラ飯だ」
スマホのアラームに起こされない朝は休日。
俺は身体でそう覚えていた。
俺の名前は、猫山レン。
猫山なのに柴犬とあだ名される、愛嬌ある26歳、会社員。
チビっ子の頃に母親を亡くして、男くさい家庭で育った。
そのせいか女心はサッパリで、彼女いない歴=年齢だ。
俺が死んで泣いてくれる女子はいない。
家族に友人、それに同僚もおっさんズばかりだ。
唯一の親しい女子は、親父が飼いはじめた実家の猫、醤さん。
醤さんは、俺のために泣いてくれるだろうか。
期待はできないな。
俺がいなくても、爪が伸びて家具が爪とぎ器に変わるぐらいだろう。
俺が死んだら__って、なんで俺はこんなこと考えてんだ。
__そういえば俺は、朝、アラーム音で起こされて__いつもどおりに通勤バスに乗って__通勤バスが暴走トラックに突っ込まれたんだ。
横転して高架橋から落ちていくバスの中。
投げ出された乗客たちが、スローモーションのように止まって見えたっけ。
死んだ。
そう思った時、身体がフッとなくなる感覚がした。
そして、白い空間に、水色の眼に白髪を足元まで伸ばした少年が現れたんだ。
「僕は、チェレスティ。ジウリアで賢者やっているよ」
チェレスティは、ジウリアが別次元の惑星であること、自分は引退するので、俺に後継者になってもらいたいことを、ざっくり説明した。
「144の平行世界で、ヒマしてる魂は君しかいなくてね。悪いけど、賢者業を引き継いでもらえるかい。なにか希望があれば配慮するよ」
異世界で賢者スタートって、ひかえめにいって最高じゃないですか。
どうせ交通事故で死んだ身、リサイクルは望むところだ。
でも、せっかくだから、前世で切望していたアレ。アレをかなえたい。
「猫に飼われたいです!」
「猫に? 日本にはそんな風習があるの?」
「はい。猫に飼われて暮らすことが、日本人にとって最大限の幸福なんです」
俺は、醤さんにかまいすぎて「俺の猫をさわるな」と、親父に実家を追い出されたこと、爪切りと動物病院の送迎だけまかされてるが、自分だけの猫が欲しいことを、めちゃくちゃ早口で熱弁した。
日本のペット可物件の賃貸条件の劣悪さ、癒しのオブジェである町猫への自治体の配慮不足なども、ついでに語っておいた。
「わかったよ。君の希望はかなえるよ」
チェレスティは、ものすんごく困ったような顔をしていた。
そして、魔法陣をくぐり、俺は異世界へと足を踏み入れた。
白ローブのおっさんズに出迎えられ、王様と謁見するために王宮へと向かい、その途中でスライムと戦って……。
俺はカッと眼を開いた。
薄緑色のカーテン越しに、レトロな研究室風の室内が見える。
いや、カーテンじゃないな。これは液体だ。
どうやら俺はまっぱで、薄緑色の液体のはいった縦長の水槽に閉じ込められているようだ。
液体。
そう認識すると、とたんに息が苦しくなってきた。
俺はゴボゴボもがき、ガラスっぽい透明な容器をガンガン叩いて、研究室にいる赤毛の少女に助けを求めた。
「や。起きた?」
けれど、その少女は必死の形相の俺をスルーした。
研究台の上のニョロニョロした生き物を、金属棒でつんつんする謎作業に夢中のご様子だ。
ゴボゴボ。ガンガンガン
「や。うるさいですね」
少女は俺に目線もむけず、不機嫌そうにつぶやく。
すると、積みあがった木箱の上から黒猫がピョコンと顔を出した。
黒猫はシュタタと駆けてきて、水槽の上に飛び乗る。
バリバリバリバリィィィ
突然、液体に電気が走ってビリビリきた!!
猫か? いまの猫さんがやったのか?
異世界の猫さんの躾すげぇな!
騒がしいのが、お気にさわったのなら申し訳ない。
醤さんに暴力で躾られている俺は、猫の理不尽さを素直に受け入れる体質になっていた。
「あははは! 面白いお顔。本物の賢者様は、そんなまぬけなお顔なさらないわ」
赤毛の少女に、俺の電気ショック顔がうけたらしい。
失礼なヤツだ。
俺は猫には甘いが、人には礼儀を要求するぜ。
ゴボゴボ。ガンガンガン(抗議) バリバリバリバリィィィ(躾)
「賢者が息できないぐらいで、あせらないでちょうだい」
はあっ。と、ため息をついて丸メガネをはずし、長椅子に腰かける少女。
ふわふわの赤毛を二つ結びで胸にたらし、半袖の白いローブの下には赤いドレスを着ている。
ペチコートでふんわりした刺繍のドレスは、いかにもお金持ちのお嬢様だ。
「モーラ、お茶をお願い。休憩するわ」
モーラと呼ばれた黒猫が、心得たとばかりに駆けていく。
異世界の猫さんはお茶も入れられるのか!? 異世界すげぇ。
「賢者が死んだら生き返らないとかも。ないわ。エドアルドも知らなかったのね。賢者様には自己再生能力があったのを。まあ、これは、私と賢者様のふたりだけの秘密ですわね」
「おかげで賢者様が私のものになったわ。偽ですけど」
思い出した。
俺は、チェレスティから賢者スキルの説明を受けていた。
「灰にでもならない限り、自己再生できるから、少々のやんちゃはかまわないよ。ただし、このスキルは周囲にはないしょでね。不死に近いとなると、王国の無茶振りが加速して君も辛くなるよ」
能力について詳しく知りたい時は、叡智スキルで調べるか、1冊の本にまとめてあるので受け取るように。そう言われていたんだ。
叡智スキル__発動はどうすりゃいいんだ。
本は誰が渡してくれるんだろう??