1.プロローグ
『 炎 弾 』
魔法を放つと、予想外の大爆音が俺の鼓膜を直撃した。
音とともに弾けた、まばゆい光が視界を奪う。
爆風が壁となって全身に叩きつけられ、俺はのけぞりよろめいた。
左目に痛みを超えた衝撃が走る。
『 炎 弾 』を受けて爆散するスライム。
その返り血ならぬ、強酸のスライム液が高速で俺の顔面を突き抜け、後頭部に丸い穴をあけて飛び去った。
異世界に転生して1日目。
俺は手に入れた魔法スキルと、みなぎるパワーに中二心を弾ませた。
「チート主人公は無敵のひぃろおお!!」
ノー検証で俺無双を疑うことなく、そう確信してしまった。
レベル1。防御力ゼロ。耐性ゼロ。装備:肌触りのいいきれいな布。
つまり、いまの俺は身体だけ大人の《産まれたてのベィビー》だ。
そして、この頭でっかちのベィビーは凶悪な重火器をもっている。
死ぬ。ベィビー死んじゃう。
だって重火器の使い方知らないし。
アマ〇ンの段ボールから出して説明書も読んでない状態。
俺が親なら悲鳴を上げてとりあげるね。
ファンタジー世界に浮かれすぎた。
ノー訓練で、いきなり異世界の魔物と戦うとかないわ。
現実世界なら、実家の猫のブラッシングすら爪を恐れて警戒するのに。
われながらまぬけな死にざまだ。
異世界で俺は賢者となり、力を手に入れた。
そして、初討伐のザコ魔物、スライムと相打ちとなり、あっけなく秒死した。
〇 〇 〇
「魔導士エドアルドよ、召喚の儀は成功したと聞いておったが」
「いかにも。慧眼を以て善政を敷く我が王よ。召喚の儀はとどこおりなく執り行われ、正しく予言の書の刻限にて、蒼月の賢者殿は再臨なされました」
「余には、賢者殿は横たわる屍のように見えておるのだが」
フラビス王国・謁見の間。
異世界より召喚した高位賢者を歓迎すべく、王族、有力な貴族、騎士、そして、政財界の重鎮たちが集まっていた。
中世ヨーロッパ風の豪華な衣装が、濃厚なセレブ臭をただよわせる。
大広間の中央にころがり、セレブの注目を浴びるのは、あわれな俺のご遺体。
焦げついた皮膚がプスプスと煙を立て、シュールさを絶賛演出中だ。
国王リカルドは、威厳のあるくちひげを指先でゆったりとなぞる。
老王らしい気品ある優雅な所作。
しかし、そのくちびるは小刻みにプルプルふるえている。
王座の前に立ち、エドアルドは釈明の言葉を紡いだ。
祭礼用の白いローブを着た、眼光鋭いこの男は、王国の筆頭魔導士だ。
エドアルドは息を整え、背筋を伸ばして叱責に備える。
威厳のある声に反して、目線は自信なさげに斜め下に落としぎみだ。
「王国の守護者たる蒼月の賢者殿は、まことに慈愛深きお方。召喚の塔より王宮へと移動される際、庭園に迷い込んだ魔物と、魔物に追われる子猫に目をとめられ、果敢にもおひとりで立ち向かわれたのでございます」
「なんと王宮に魔物が!? 警備の兵どもはなにをしておったのだ!」
「……しかしながら、その魔物はスライムでありまして」
「ハァッ!? スライム!? あの小さき水風船か? 幼子であれば、素手でつぶせば多少かぶれもしようが、成人にとっては、まったくの無害な草露ではないか」
「いかにも。スライムとくらべましたれば、ハエを叩くほうが難儀でございます」
待望の賢者の訃報と、その驚きの死因の報告。
遺体を囲み、静まりかえっていた大広間が、ざわつきはじめた。
「どういうことかしら? 最高位の賢者が、スライムごときと戦って敗れたと?」
「いやいや、ありえんよ。賢者殿は、王国に敵対する闇の勢力に暗殺されたにちがいない」
「蜂に刺された可能性もあるぞ。スライムよりはまだ納得がいく」
ざわめきはしだいに喧騒となった。
王宮の警備を非難する声、落胆する者、謀略を疑う悪心のささやき、失態をののしる罵声まで聞こえた。
「茶番だ。エドアルド、おぬし、魔道の力を独占する気であろう。本物の賢者殿をどこへかくしおった」
「これは、豊穣なる女神に愛されしアディーナ高原の獅子、ロダーリ侯爵殿」
「幾多の敵を屠りし獅子の金眼でご覧くだされ。賢者殿は、その証たる比類なき強大な魔力を、いまもその身にとどめておられます」
「ふざけるな! スライムにも劣る、このような脆弱な男を呼びつけるために、貴殿は、我がカルーゾ家の家宝を砕いたというのか」
「フラビス王国の盾、モビアンコ山脈の勇猛たる雄鹿、カルーゾ伯爵殿」
「このたびの召喚の儀には大量の魔石が消費されております。国宝級の逸品であるカルーゾ家の家宝、『虹紅暁紫』。城を買えるほどの高価な魔石が、召喚の儀により、粉みじんとなり昇華される様を思うと、準備の段で鼻血を吹くほど、我輩の枯れた老体もみなぎりましてな。数年ぶりに娼館に通ったものです」
「ちっ! 狂人め。名門ロンバルディ家を食い潰したド変態の放蕩者が。こやつが、我が国の魔導士筆頭とはなげかわしい」
異世界人の召喚には高度な魔法技術と、膨大な魔力が必要だった。
それには人である魔導士を数百人使いつぶしてもまだ及ばない。
たった一度の召喚を行うために、フラビス王国は小国であれば国が傾くほどの巨額の財をつかい、国中から魔力を貯め込んだ高純度の魔石をかきあつめた。
国王は王冠から魔石をくりぬき、貴族、富豪たちは先祖伝来の家宝の魔石を、それぞれ断腸の思いで供出した。
蒼月の賢者は、それほどまでに待ち望まれていた。
国運を左右する存在。__であったらしい。
「老師エドアルド。これは投資だ。賢者様の錬成される回復薬を我が商会で独占販売する。その約束で巨額の出資をさせていただいた。この度の損失の補填は、いったい誰が担うのかね」
「しーんせーん♪ 空飛ぶおさかーな♪ ぴーちぴち♪ でおなじみのコスタ商会、コスタ男爵殿」
「蒼月の賢者殿はここに潰え、先代の遺志をつぐことかなわず、魂魄は冥界へと旅立たれた。だがしかし。御覧めされよ。その御身は魔道のるつぼと変わり、無尽蔵の魔力がこの地に残されておる」
「ふむ。賢者殿を贄にして、再び召喚の儀をおこなうということかね」
「いかにも。しかしながら、召喚の儀を執りおこなうには、予言の導をまたねばなりませぬ」
「悠長なことだ。我が商会は飛行艇の動力源であった魔石をも提供している。新規事業は頓挫、出資金の回収のめどもたたぬとあっては__」
「このように」
魔導士エドアルドは、首から鎖でつるしていた魔鏡を手にとった。
それは、10㎝ほどの丸い鏡で、表面には魔法陣が刻まれていた。
エドアルドはその鏡で、横たわる賢者の身体の少し上をかすめる。
そして、手にした鏡を酒で満たした杯のようにかかげた。
「賢者殿は、魔力の溢れる泉のようでございます。泉の水のごとく、すくいとることも実にたやすい」
「魔鏡に受けた1滴の魔力で、飛行艇の動力程度でしたれば数年はまかなえますぞ。この魔鏡をコスタ男爵殿にさしあげましょう。蒼月の賢者殿、再臨の刻までの猶予とひきかえに」
王宮のセレブ民がどよめいた。
飛行艇の動力には巨大な魔石が使われている。
その市場価格は白金貨300枚、日本円にして3億を超える。
それほどのエネルギーが、魔力を受ける魔道具の器さえあれば簡単に手に入る。それも無尽蔵に。魔導士エドアルドは、そう語り、実演して見せたのだ。
__俺(死体)株、ストップ高。暴騰の瞬間だった。
商売人コスタ男爵の瞳がキラリと光る。
「これは素晴らしい。魔鏡はありがたく拝領させていただこう。しかしながら、投資額に見合うかと問われれば、いささか不足。と、お答えしよう」
「コスタ商会筆頭としての提案だが、賢者殿のお身体を担保とし、再びの召喚の儀までコスタ商会でお預かりしたい」
コスタ男爵の投げた言葉で、大広間に不穏な空気が漂う。
セレブ民たちは、喪男のだらりとした屍を、巨額の富を生む金鉱脈と見立てたようだ。
「ずるいではないか! カルロ・コスタ」
「我がカルーゾ家の領地、聖山のふもとこそ、賢者殿のやすらぎの場にふさわしかろう。賢者殿は、我がカルーゾ家で引き取らせていただこう」
「またれい! その任は、ぬしらには荷が勝ちすぎる。王の左手である、このロダーリが適任であるぞ」
「魔石の採集に命を落とした、聖騎士の献身をお忘れになったか。財を切り崩したは我が教会も同じ。お三方だけではありませぬぞ」
ロダーリ家、カルーゾ家、コスタ商会に、教会や長老院まで加わって、互いの権利主張、喪男の遺体の奪い合いがはじまった。
「皆さまがた。国王陛下の御前ですよ。静粛になさって」
謁見の間に、凛とした、いくぶんあざといアニメ声が響いた。
「これは、フラビス王国の腐の華、錬金術でダイエット大成功☆ ミャハッ☆ の、第三王女ラウラ姫様。うっすくなられて、なおいっそうお美しい」
「魔導士エドアルド。乳なんてものはね、脂肪なの。そぎおとされて当たり前。お前の脂肪愛はゆがんでいるわ。いい加減、私の研究室にカロリー爆弾を差し入れるのはやめてちょうだい」
「魔道サーの姫は、ぽっちゃり巨乳メガネが伝統でございます。こればかりは譲れませんな」
なぜか、キリッっとするエドアルド。
ラウラ姫は不満げにツンとくちをとがらせるが、怒った様子はない。
二人は、魔道研究サークルの仲間であり、師弟でもある旧知の仲だ。
鮮やかな赤毛にルビーの瞳。
あわいクリーム色の生地に、緑の小花を散らしたシフォンドレス。
ふんわりしたシフォンドレスを着たラウラ姫は、多少のボリューム感はかもしているものの、その胸囲は確かにうっすかった。
145㎝の小柄な体型に、うっすい胸囲は、パッと見で違法ロリ。
15歳という年齢はフラビス王国では成人となるので、実のところは合法ロリだった。
「や。王に忠誠を誓った皆さまが、王の懐に手を入れて、その至宝を奪い合うとは、なんたる不敬。貴族の誇りも矜持もありませんわ。このような無作法が許されるのならば、私だって争奪戦に参加したい」
ラウラ姫は、直球どストレート以外の球を投げない女だ。
そして、うっすい胸を堂々と張り、ニッコリ微笑んでこう言った。
「奪い合うより皆でわけあいましょ♡ 私、ケーキを等分にカットするのは得意なの」