生まれて初めてのファンレター
ネット上で惚れてしまった人がいます。
その方は手がきれいなのです。
年齢はわかりませんが、きっと私よりひとまわり以上年下です。
私はその人にファンレターを書くことにしました。
生まれて初めてファンレターというものを書きました。
私はファンレターの最後にツイッターのアドレスを書きました。
○○さま
いつもYouTubeで○○さんの動画を拝見しております。
○○さんには申し訳ないのですが、あなたの作るプラモデルにはまったく興味がなくて、
あなたのそのきれいな手をいつも眺めています。
その手に私は惚れてしまいました。
そのきれいな指先、きっと器用なんでしょうね。
爪の形も色もきれいですね。お手入れしているのでしょうか。
結婚指輪がないので、独身でしょうか。
毎日プラモデルばかりつくっているのですか?
あなたのことが気になって夜も眠れません。
ツイッターアドレス○○○○○○○○
数日たって、ツイッターにDMが来ていました。
ファンレターありがとうございました。
生まれて初めてファンレターをいただきました。
とてもうれしいです。
ツイッター、フォローさせていただきました。
これからもよろしくお願いします。
それから、その方との交流が始まりました。
私はせいいっぱいの女子力アピールをしました。
お料理を作って、お菓子を作って、せっせとツイッターにあげました。
可愛い小物の写真を撮ってみたり。
彼はそのすべてに「いいね」をしてくれました。
彼は30歳、ゲーム制作会社に勤めているようでした。
いつしか相思相愛の関係になりました。
そして、ついに会いたいと、彼のほうから言ってきたのです。
でも、私には会えない理由があります。
ツイッター上では、アラサ―独身女子。渋谷109で働いていることになっています。
彼には29歳と嘘をつきました。
しかし、本当はアラフィフ独身女子、渋谷109の清掃をしています。
アラフィフといっても54歳です。体重は100キロあります。
腐女子です。コミュ障です。貧乏です。ブスです。
でも、彼の姿を一目でいいから見たい。
そんな気持ちから、待ち合わせの日時を決めてしまったのです。
遠くから見て、満足すればいい。
一目みれば、そのあと、DMで用事ができて行けなくなったと言えばいい。
待ち合わせのために、ライン交換しようと言われました。
ここで断ると、不審がられるし、嫌われるかもしれません。
しかたなく、ライン交換しました。
とうとう、彼と会う日がやってきました。
会うと言っても姿を一目見るだけのつもりです。
一目みたら、この恋はあきらめようと思っていました。
待ち合わせ場所に着きました。渋谷のハチ公前です。
待ち合わせ場所には、大勢の人がいて、誰がその彼かわかりません。
彼は黒い帽子をかぶってくると言っていましたが、黒い帽子の男性が3人もいます。
私は赤い紙袋を持って行くと言いましたが、折りたたんで鞄の中に忍ばせています。
会うつもりないのに、いちおうもってきたのです。
待ち合わせの時間がすぎて5分たちました。
黒い帽子の男性は3人ともいなくなりました。
彼を特定できないかぎり、「行けなくなった」と連絡することはできません。
彼からの連絡もありません。スマホ片手に10分経ちました。
「いま、どこですか?」彼からラインがきたのは15分過ぎてからでした。
「もうすぐ、着きます」と返せば彼は待っているかもしれないし、
「もう、着いています」なんて口がさけても言えません。
返事はひとつしかありません。
「急用ができて、行けなくなりました」と送るしかありません。
しかたない、あまり待たせるわけにはいかない。
覚悟をきめて、えいっ、送信じゃ~
「キンコン」
後ろで、鳴ったラインの着信音。
恐る恐るふりむくと、
うすらハゲの、背の小さい、こ太りオジサン。
どうみても50前後。
ああ、偶然ね。たぶん。
スマホを眺めているオジサン。
スマホをもっている手は――
まぎれもなく、あの彼の手でした。
百年の恋がさめた瞬間でした。