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(4)試験

 ベルディナ先生から与えられた課題は非常に簡単なものだった。いや、簡単そうに見えるために難しいと言うべきか。

 午後の第一の鐘を聞き、私はベルディナ先生のラボを探すため魔法ギルドへと立ち入った。その時思えば、朝の内にラボを探しておけばよかったと後悔した。意外なことにベルディナ先生のラボは主要な研究室が立ち並ぶ区画から幾分か外れたところにたてられていた。

 大抵のラボは研究棟と呼ばれる建物に集中し、研究者はその部屋を研究室としてあてがわれるのだが、ベルディナ先生は外れの建物の一つを使い切って自分の研究室・・いや研究所と行った方が良いのかもしれない・・をもっていた。

 かなり早めに寮を出たにも関わらず、研究所に着いたのはなかなかぎりぎりな時間になってしまったのは、てっきりベルディナ先生のラボも研究棟の一室にあると勘違いしていたためだ。

 しかし、何処を探しても先生のラボが見つからない。これはおかしいと思い、研究科の事務所に駆け込んだところ、この場所を教えられたという塩梅だ。

 まったく、さい先が悪い。せめて会場には一番についてすまし顔でくつろいでやろうという計画がおじゃんだ。

 研究所に駆け込んだ私を見た十四の視線はどれも私を場違いな客人を見るような目つきだった。教科書を持参していなかったのは私だけだった。他の十四人は私を一瞥するやいなや手持ちの教科書に目を落とし、すり切れた頁を一心不乱に読みふけっている。

 朝にベルディナ先生と出会わなければ私も教科書を持参していただろうか。いや、おそらくはしないな。

 玄関口となっている小さなホールの向こうには扉が一つあるだけで、あとは隅に二階に続く階段があるだけだった。

 調度品や絵画のようなものは一切見えない。飾られているものは扉の表面に貼り付けられている『関係者以外立ち入りを禁ずる』という張り紙と、『本日試験』という張り紙だけだった。

 それにしても、これは誰が書いたのだろうか。ずいぶん下手な字だ。私も他人に誇れるほど上手い字が書けるわけではないが、少なくともこれよりはましだと思える。

 そうやってホールを見回しているとしばらくして午後の第二の鐘の音が遠くから聞こえてきた。

 ベルディナ先生はまだ現れない。あの後就寝すると言っていたことからまだ眠っているのかもしれない。

 しばらくしてベルディナ先生が現れた。扉の向こうから現れる者と思って他の者に習い扉を睨み付けていたが、先生は階段を下って姿を見せた。

 先生は私を見るなり、手を挙げて気さくに挨拶をしてくれたが、私は他の者の手前軽く会釈をするだけにとどまった。

 ベルディナ先生のついてこいの一言に従い、私達はソファーから腰を上げそれに続いた。

 一応私は列の最後についた。

 太陽が高く昇る正午にも関わらず、ラボは薄暗い。魔法薬のせいか、部屋には一種独特の香りが充満し私は思わず鼻を覆ってしまった。

 私の前を歩く者達はこの香りが気にならないのだろうか。まるで不快な表情を見せることなく物珍しそうに周りを見回している。

 私もそれに習ってしばらく周りを見回してみることとした。なるほど、彼らが珍しそうな顔をするのも納得が出来る。私達は授業の一環として他の導師の研究室を何度か見学させてもらったことがある。魔法薬や宝石棚、複雑な陣が組まれている壁紙を見るのは初めてではなかったが、ベルディナ先生の部屋には今まで見たことのない術式の物が多い。私はそれほど詳しくはないのだが、見る者によってはまるで古代術式に現代の術式を織り交ぜて構成された複合術式だと称しただろう。しかし、この時の私には恥ずかしながらこのようなものも世界にはあるのだなと漠然と思っていただけだった。

 ベルディナ先生は、ごちゃごちゃと様々な物が並ぶ部屋から別の部屋に私達を案内した。その部屋は先ほどの部屋とは違い、いくつかの本棚と何人かが座れるソファ、それに囲まれるように配置された低い机が並んだ、幾分さっぱりとした部屋だった。応接間なのだろうか。机に置かれた煙草皿と寝かされたワインのボトルに布のかけられたグラスは来訪者をもてなすためのようにも見える。

 こんなに人が来るとは思わなかったんでな、と言いつつ先生は先ほどから手に持っていた何かの書類を机の上に置き、ここ以外に場所がとれなかったんだ、と言ってソファに腰を下ろした。

 私達も先生の薦めで来た順番に奥から座っていくことになった。

 隣に座るカリスは私がまるで手ぶらであることに眉をひそめたが、それほどおもしろいものではないと思ったのか直ぐに興味を失い、先生が広げた書類に目を向けた。

 先生が先ほどから目を通している書類は、どうやら私達に関する情報が記載されたもののようだった。先生は、その書類を私達が座る順番に並べ直すと一番最初に来た生徒、アランの名を呼んだ。私とは反対側に座る男子生徒がそれに答え、先生は次々と異なる名前を呼んでいった。アランの次はシュバルト、次にユート、エリス、カラビと途中ゲベアとカリスの名前を経て最後にアルバート、私の名前を呼び私は単にハイと返事を返した。

 全員居るな。と先生は確認すると、書類を一度脇によけた。では、試験を開始する。という言葉を受け、私達の間に強い緊張が走った。

 そして、ベルディナ先生が提示した課題に私を除く一四名の表情が驚愕に剥かれた。私はどうだったかというと、実のところそれほど驚いていたわけではなかった。ベルディナ先生は教科書通りの試験を行わないだろうと言うことは先ほど述べたとおりだ。しかし、それほどと言ったことにはわけがある。ベルディナ先生は私たちに、私たちが最も得意とする魔術を見せろと告げるだけだった。

 わざわざ教科書を持参して、更に先ほどまでそれを読みふけっていた彼らの胸中は察するが、サムに言わせてみればこれこそが情報戦の勝利だと言うことで許してもらいたいものだ。

 試験の順番は、先ほど私達が呼ばれた名前の順番に執り行われることとなった。さて、私はどうするか。

 私は少ない知識の中から最も高度な魔術を検索しようとして止めた。最初に席を立ったアランが私が知る魔術よりもよっぽど高度な魔術を組み上げているのが目に入ったからだ。

 私はちらと他のものの表情を伺うが、そのどれもが、あの程度なら自分も扱えるといわんばかりのものだったように思える。私は観念した。これでは勝ち目がないと思った。

 だから、私は少し意識を試験から外してしまっていた。

 アルバートという私の名を呼ぶ声にはっと気がつき、私は慌ててソファから腰を上げた。

 お前の番だ、始めろ。ベルディナ先生の随分と素っ気ない言葉に私は少し焦りを感じた。私は高度な魔術を知らない。私の前の者達が執り行っていた魔術も見逃してしまった。

 ならば、どうするか。私はふと、サムとエダの顔を思い出した。いつか、彼らの部屋で開いたホームパーティーで私がやって見せたパフォーマンスをみた二人が、随分とそれを賞賛してくれたことを思い出したのだ。

 私はニヤッと笑った。

 何なら、これを披露してここにいる者達全員に愉快な気分になってもらおうかと思った。

 私は暫く息を整え、手のひらを掲げた。

 その手のひらに浮かぶ色とりどりの光のイリュージョン、それがあらゆる軌道を取り部屋中を駆けめぐるイメージをはっきりと確実に描ききる。

 私は自身の腹の中心に眠る魔力の根元を呼び覚まし、それを胸から腕へ、その先に捧げられた手のひらへと送り込む。

 ベルディナ先生は、ほお、と溜息をついて部屋を飛び回る光の渦を目で追っていた。

 その光は幾十にも連なり、時には分裂し、時には融合し、形を変え、時には蝶のような形を取り、時には変哲もない球体へと変じる。

 私は額に汗をにじませながら、自分の魔力の続くかぎりそのイリュージョンを続けた。

 その光の数が減り、最後には全てが消え去った時、ベルディナ先生は手を叩いて、なかなか面白かった。とつげ、試験の終了を宣言した。

 私は汗と動悸、そして荒い息を押さえながら椅子に深く座り、ベルディナ先生の表情を伺った。

 何か質問はあるか、と先生は聞くが誰も答えようとしない。本当にないのか。その言葉の奥には何かあるはずだと探るような意識があるように感じた。

 私は仕方なく、挙手しこの研究室に来て一つだけ気になった事を伝えた。それは、私以外は意に介する事の無かったあの一種独特の香りだ。それを聞いた先生は、少し驚いた表情で頷くと、あれはちょっとした実験で出た匂いだ、人によっては感じないが、お前は匂いを感じたと言うことか、少し考慮に入れておくと言ってその話を切った。私は少し納得のいかないところがあったが、先生がそういうのであればこれ以上追求することもないと思いそれ以上は口を閉じておいた。

 他に質問がないようなので、私たちは解散を告げられ研究所を後にした。

 今日ばかりは少し疲れた。あの野原に行くのはやめにしよう。私は寮に戻り、そのままベッドに入るとすぐに眠りについてしまった。


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