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(3)ベルディナ先生と噴水にて

 試験の日が来た。


 なるようになると思っていながら、この日ばかりは早く目が覚め友人に驚かれた。朝食の食堂にいたサムはどうやら賭の行く末をリアルタイムで知りたいというらしく、一日中ここにいるとのことだった。

 情報通である彼に試験内容に関する情報はないかと聞いてみたが、流石に彼でもそこまでは分からないらしい。やれやれ、これでは本当にぶっつけ本番になってしまいそうだ。1名の定員に対して志願者が15名。単純に考えて競争率15倍あるこのレースは流石に分が悪そうだ。

 試験までの暇つぶしに現在の配当を聞いてみたが、私の倍率は機能からさらに増大しているようだ。何でも、この賭は男子寮全体に行き渡り現在では女子寮にも波及しているというらしい。

 教師が摘発に乗り出しているらしいが、胴元は巧妙に隠されているようで未だ犯人逮捕には至っていないと聞いた。

 その筋の情報に寄れば、この賭で動く金が既に1000ソートを上回っているらしい。魔法学園にいる以上娯楽というものが学生にとっての一番の課題ではあるのは理解できるが、ここまでお祭り騒ぎにしてしまうのはいかがなことか。

 サムの話によれば、決まるのは勝者のみで2位、3位は度外視されるため戦略が練りにくいというらしい。そういうことはよく分からなかったので、私は彼が話すレース談義を黙って聞いておくことにした。

 それにしてもこの男は、シリングバード公国の競馬通論の話を持ち出してくる以上その方面に強いことは分かるが、一体何者なのだ。あの競馬場は各国の王族や貴族の御用達で、私のような庶民には天国より遠い世界であるはず。私は、五年間つきあっているこの友人のことがますます分からなくなってしまった。気がつくと、彼の話に引き寄せられ食堂はにわかに講堂のようになってしまっていた。

 昼食までまだ時間がある。私は少し散歩をしようと思い食堂を抜け出すこととした。


 明け方に降っていた細雨は日の出と共になりを潜め、雲間から差し込む光を反射し輝いていた。

 散歩をするのは好きだ。趣味の少ない私にとっては数少ない楽しみといえる。あの丘の存在に気がついたのもこの趣味が原因だったし、例の少女に出会えたのもそれがあってのことだといえる。

 最近一人になるとあの少女のことばかり考えてしまう。色惚けか?と思ってしまいそうだが、特に反論する余地はなさそうだ。

 私は彼女の何を知りたいのか、知ってどうしようというのか。その答えは得られていない。


 それにしても気持ちのよい朝だ。魔法都市の中央通りからギルド本部塔に続く一本道の中程に設えられた噴水は今は水が止められているが、もう少し温かくなれば絶好のロケーションを演出してくれることだろう。

 私はまだ人通りのまばらな道を抜けて、魔法都市の中心。魔法学園を越えてギルドの敷地内へ足を運ぶことにした。


 中央に魔法ギルドを要する魔法都市は大きく分けて三つの区画に分けられえている。

 一つは、魔法都市の入り口に広がる市民街と呼ばれている区画だ。ここは、魔法都市の玄関口とも呼ばれる場所で、外来の旅人や魔法都市に住まう魔術士の家族等がそこに暮らしている。

 魔法都市自体が交通の要所のような位置にあるため人の往来は盛んで、スリンピア王国の各地から様々なものがあつまる。かくいう私も生活品や嗜好品、さらには授業に必要な道具や書物をここで買い求めている。

 二つ目は、私が通う魔法学園の区画である。この区画は文字通り学園に通う者達によって構成され、その広さは市民街の半分ほどにもなる。故に校舎以外にも専用の鍛錬所や簡易実験施設が建ち並び私達学生は日夜修行に励む。

 最後に魔法都市の中心地である魔法ギルドは、他の国で言うところの学術行政地区の色合いが強い。特にその中央にそびえる本部塔では日々魔法都市の運営や他国への対応が協議されていると聞く。

 魔法ギルドには多くの研究施設とそれに従事する老若の魔術士が住まい、日々の研究に追われているようだ。私もこの一年間はそんな彼らに混じってその片鱗を経験することとなるのだが。不安はある。先のことは何一つとして分からない、それが怖い。後数刻もすれば私のその先を決定づけるであろう試験が待ちかまえているだろう。逃げ出せない状況であればまだましだ。結局それを受けざるを得ず、状況は私を無視して勝手に進んでいってくれる。

 だが、その先を自らの意志で決定しなければならない状況に立たされれば私は途方に暮れることしかできない。この学園に入れられたのは父親の意向だった。私は特に興味を持っていたわけではなかったし、その頃は自分の将来など何も考えていなかった。父親の薦めと決定に従い、私は機械的に入学試験を受け、その結果どういう訳か受かってしまったと言うことだ。

 しかし、学園の生活には彩りがあった。友人に出会うことも出来た。だからこそ今私は悩んでいる。この先をどうするべきか、ただ悩み続けている。


 思考が混濁してきた。少し休もう。どちらにせよ今悩んでも答えを得られるわけではない。ならば、試験のことに集中した方が良さそうだ。

 水の出ていない噴水の間近に差し掛かり、私はその淵に腰をかけた。朝の細雨で冷やされた石造りそれは思考をリセットするにはちょうどよいように感じられる。

 そんな折、隣から声をかけられた。あまりにも思考が安定していなかったのか呼びかけられるまでそこに人がいたことに気がつかず、私はあわてて顔を向けた。

 そこに座って煙草を吹かしながら私の方を珍しそうに眺めていたその顔に私は見覚えがあった。まさかこのようなところで彼に出会えるとは思いもよらなかった。

 目蓋の下に薄い隈を作りながらあくび混じりにコーヒーを飲んでいたのは、先日説明会で会い、これから数刻後に顔を見せることになるベルディナ大導師だった。昨晩は徹夜だったのだろうか。けだるい雰囲気で紡がれる言葉には幾ばくかの疲労が見え隠れする。

 聞くと、ベルディナ大導師は今日のための試験内容を考える内に夜を明かしてしまったというのだ。少しばかりワインの香りが身体から漂うことに気がついたが私はあえてそれを口にしなかった。

 ベルディナ大導師は、私が午後から試験を受ける学生だと言うことは知らなかった様子で、それを口にすると肩をすくめた。試験勉強はしたか。という問いかけにどう答えるべきかと少しだけ考えたが、私は内容が分からないからしていないぶっつけ本番で何とかするつもりだとだけ答えた。

 なるほど、正解だな。と大導師が洩らした言葉を聞かない振りをしておいた。一体どのような試験が課されるのだろうか。彼の言葉からすると教科書通りの問題が出される様子はなさそうに思えた。しかし、だからといって私の不安が解消されたわけではない。

 なにぶん私はサムほど人生経験が豊富ではないため、教科書以上の知識を問われても口をつぐむより方法がないのだ。

 それを口にしてしまってしまったと思ったが、ベルディナ大導師は口を開けて笑い出したことには驚いた。

 知識なんてものは必要なときに手に入れればいい。問題は考え方だ。仮に知識があったとしても思考力がなければ単にコレクションを並べているだけのことだ。どうやらベルディナ大導師は柔軟な思考を求める質のように感じられた。

 しばらく会話を続ける内に私があまりに大導師、大導師と続けて言うためベルディナ大導師は、いちいち大導師を付けるなくてもいいといって眉をひそめた。

 ならば、どのように呼べばいいのか。流石に呼び捨てにするわけには行かず、ベルディナさんというのもなれなれしすぎる。ならばせめてベルディナ先生と呼ばせてもらうこととした。

 会話の途中からベルディナ先生の口調が次第に途切れがちになってきているのに気がついた。見ると、先生の目蓋も落ちては開きを繰り返している。

 私は一度話を切り、お休みになってはどうかと進めた。ベルディナ先生は、ああ、そうさせてもらうとあくび混じりに呟くと噴水広場から去っていった。

 私はそれからまたしばらくそこにいたが昼食時も近くなってきたため寮へ戻ることとした。


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