彼女の記憶<アルバート少年の日記>(1)彼女との出会い
聖剣の姫君本編でも登場するギルドの導師、アルバート・レティーザ・ホーキングの少年時代を描きます。ベルディナ・アーク・ブルーネスとの出会い。彼が魔導師の道を志すきっかけを描きます。
彼女は酷く気むずかしい、人見知りをするくせに途方にもなく寂しがり屋だ。表向きは傍若無人に振る舞うくせにいつもその内には不安や恐れを蓄えている。
私がそんな彼女と出会ったのは、学園の卒業後をどうするかという岐路に立たされていた時だった。
魔法ギルドの魔法学園を卒業した後、私には二つの道が用意されていた。一つはそのままギルドに残留し一流の魔導師を目指す道。もう一つは生まれ故郷に帰り職を探すと言う道。
魔法ギルドの魔法学園を卒業という肩書きは絶大なもので故郷での職探しに困ることはない。父は私を官僚にしたかったらしいが、あいにく私にはそれに魅力を感じることは生涯なかった。
考えれば考えるほど混乱していく頭を休ませる時、私は決まって同じ所へ足を運ぶ。
魔法学園の敷地を外れた小高い丘の上。魔法都市を一望するには高さが足りないが、それでも雄大な景観を楽しむことが出来る。
私は長く伸びた木の影に腰を下ろすと、一息ホッと溜息をついた。ここは良い。この景色を見下ろしていれば今まで自分が悩んでいたことがどれほど小さなことかと思えるようになる。それがここにいる一時に過ぎないものであっても、これが至福の時であることには変わりない。
日没が近く、夜の到来を知らせる僅かに冷めた風が木の葉を舞わせ、若草の絨毯に波を作り駆け抜けていく。
若草の波を目で追う私の視線はその先にある何かを捉えた。
それは、まるで陶器人形の置物に感じられた。私の方から見えるものは長く伸びた銀の髪が覆い尽くす、酷く小柄な背中だった。日の光を背後に受け、その銀糸は特上の細工のような美しさと未だ未完成であるための儚げさを私に伝える。
君は、いったい何者なのだ。私がつい漏らしてしまった声は風に流され彼女の耳に入った。私の方へと向けられる金色の双眸はまるで異質なものを見るような怪訝さには包まれていなかった。ただ、何も映していない。私という存在を認識していないのだろうか。しかし、その様子にはどこか不快を感じているようにも感じられた。
彼女は無言で立ち上がると、私をまるで警戒しながら見つめつつ私から遠ざかるように一歩一歩視界から外れていく。
私はそれを追う気にはなれなかった。彼女が作り出していた世界を壊したのは私だ。ただ一人でいたい時を見知らぬ誰かに壊される不快さは私もよく知る。そのため、彼女を追う気にはなれなかった。
ただ、一つだけ。また彼女に会いたい、ただそれだけを思っていた。
彼女が去っていった後に残された余韻は、日没により冷やされた大気に溶け込み消え去った。