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第三怪 その4

 室長に僕のやられ方を説明した後、室長は統魔に、僕はキスファイアの追跡に向かった。

 依代を使って、キスファイアの現在地を辿りながら。


 「これまでの傾向から考えるに、ヤツは日中には犯行に及ばない。昼間はおそらくどこかに潜伏しているんだろう。怪しいところはかなりあるが、いちいち調べるのは手間だからな。キミは大体の位置を特定したら周辺に張り込んでいろ」


 そう言い残して、今頃室長は統魔にいるはずだった。

 室長と別れて、夜が明けて、日中は準備をして、今は午後七時半。


 室長から渡された軍資金を使って泊まっていたビジネスホテルから僕は出る。

 依代はこの辺りで反応していた。

 間違いなく、キスファイアは周辺にいる。


 今度は、確実にやる。

 肩に掛けているバッグはかさばらないモノを選んだので、動くのには支障ない。

 そろそろ完全に日も落ちるだろう。やけにひりつく肌の感覚を覚えながら、僕は珍しく凶暴な気分になっていた。



 


 歩く。


 ポケットに突っ込んだ依代が反応してくれるのを待って、僕はひたすら街を彷徨(ほうこう)する。

 当てはなくても、目的はある。

 今はそれで十分だ。


 バッグの中のスマホが着信音を奏でた。

 慌てて取り出すと、着信は室長からだった。


 「はい、コダマです」

 「キスファイアは拘束指定になった。発見次第、無力化して拘束しろ。ついでにそのためにキミも今日から魔術師見習いだ」

 「は?」

 「一般人が絡んでいたら当然そっちの処理もやることになる。キミも統魔に拘束されて記憶処理を受けたいのか?」


 それは勘弁願いたい。


 っていうかさらっと記憶処理とか怖い単語が出てきやがった。何をされるのか想像もしたくないので僕はとりあえずキスファイアを拘束しても問題がないという認識に留めることにする。

 こうやって僕の日常は壊れていくのだろうか? くそ。


 沈黙。


 室長が何も言わないので、僕も何も言わない。

 連絡事項はこれで全部なのだろうか?

 なら、僕は速やかにやるべきことをやったほうがいいだろう。


 通話を切ろうとした瞬間だった。


 「……コダマ、キミなら出来るんだ。これ以上の犠牲者は許さん」


 大声だったわけじゃない。

 だが、はっきりとその言葉は聞こえた。


 その言葉を最後にして、向こうから通話は切られた。

 激励、だろう。


 素直に表現しないのは室長らしい。が、その中にこめられている思いぐらいは汲み取れたつもりだった。

 できる限りのサポートはしてもらっているんだ。なら、それに応える働きぐらいはしないといけない。

 ……個人的にも、キスファイアの所業は許せない。


 そう、言われるまでもない。人間として、僕は怒っているのだ。

 バッグにスマホをしまうと、僕は再び歩き始めた。



 


 さっきからポケットに入れている依代がかすかに振動しているのがわかる。

 近くにキスファイアがいる。


 今度は逃がさない。

 振動が強まる方向に、僕は走った。


 


 いつの間にか僕はちょっとした歓楽街に来てしまっていた。


 夜もそろそろ深まってきたので、会社帰りの人間やら店の人間やらでそれなりに人気(ひとけ)はある。

 ……おかしくないか? 今までのキスファイアはあまり人気のない場所で犯行に及んでいる。

 なんだかそぐわない。


 と、依代が今までよりも強く反応した。

 なるほど。

 そっちは、なんとも薄暗い路地だった。


 

 

 なるべく気配を消して歩く。気配の消し方なんて知らないので完全に自己流だが。


 ゴミやら壁のシミ。何かのパーツ。ついでのように人が寝ているのはなんだ? ここはいつからそんなに退廃的な世界になってしまったんだ。……いや、僕が歓楽街に踏み入るのは初めてなので事情に詳しいわけじゃないからなんとも言えないのだが。

 ともかく、僕は入り組んだ路地を進む。


 段々と、依代の反応は激しくなっていく。

 どんなに押さえようとしても、心拍数が上がっていく。

 ひときわ激しく依代が反応する。


 視界にいるのは女性が一人だけだ。

 水商売の人間なのか、やけに派手な服装をしているのが後ろ姿からでもわかる。

 だが、キスファイアじゃない。アイツとは体格が違う。


 男性だったし、それなりに……まあ僕よりも身長が高かった。前方にいる女性は明らかに僕よりも身長が低い。そもそもスカートだし。いや、キスファイアに女装趣味がないとは言えないだろうが。

 僕がそんな風に戸惑っていると、一条の光線が見えた。

 キスファイアと遭遇したのは倉庫の屋根の上だった。


 思い出した瞬間、僕は全力疾走していた。


 一瞬で女性に追いつくと、小脇に抱えてそのままダッシュする。


 「え⁉ ちょ! なに⁉」


 かなり犯罪者っぽいことをしているっていうか、完全に犯罪者だが、緊急事態だ。文句は受け付けない。

 五十メートルほど走って、なんとか光線から逃れることに成功する。


 「何なのよアンタ! 離せよ!」


 ジタバタもがいている女性を言われたとおりに離す。


 「殺人鬼が貴方を狙ってます。すぐに逃げてください。僕が何とかしますから」


 一瞥(いちべつ)もくれずにそれだけ言うと、バッグを投げ捨て僕は再びダッシュする。

 今度は光線の照射元に向かって。


 スピードが乗ったところで跳躍。


 壁が迫るが、それを蹴って上に飛ぶ。

 何度か繰り返すと、雑居ビルの屋上にたどり着く。ひしめくように建物がある場所でよかった。


 僕が着地した屋上には、一人の男がいた。

 見覚えのある格好。

 そして、右腕は、処置はしたのか骨折でもしたかのように吊っている。


 驚きによるものなのか、それとも恐怖によるものなのかはしらないが、その目は見開かれていた。


 「お前を拘束する。もう誰も殺させない」


 叫ばなかったのは自分を褒めてやっても良いと思う。内心は(はらわた)が煮えくりかえる思いだったのだが。


 「はあ? 何だテメエは? 頭おかしいんじゃねえの?」


 せせら笑うような口調のキスファイアだったが、左に持っているライトを瞬時に僕に向けてきた。


 「まあいいやァ。燃やすのはテメエで」


 にたり、とキスファイアが笑い、光が僕の頭に当たる。 

 同時に僕の頭が燃え上がる。

 視界がオレンジ色の炎に包まれて、神経が“熱い”という感覚に支配される。

 が、僕は倒れない。


 僕は、熱いのと同時に、めちゃくちゃかゆかった。

 焼けるのと同時に再生している。

 焼けた端から再生している。


 だから、動けなくなることはない。


 いや、熱いのは熱い。だが、熱として捉える前にかゆみに置き換わってしまうためにそこまで本能的な危機感を覚えない。

 燃やされたまま一歩、進む。

 燃焼と再生を繰り返しているせいで、視覚が途切れ途切れだったが、キスファイアが顔を引きつらせたのが確認できた。


 また一歩進む。

 熱いし、痛いし、かゆいし、早く終わらせよう。


 「な、何だよ……何だよそりゃ……」


 余裕たっぷりだった顔が見る影もなく崩れているが、知ったことじゃない。第一、僕はお前に対してかなり怒っているんだ。かける情けもない。

 頭を燃やされたまま、僕はキスファイアに近づく。


 『おそらくキスファイアはキミと同じで視線を媒体にした能力だ。見えていない部分は燃やせないし、見えてなければ問題が無い。そして、キミと違って燃やすという能力は決定打に欠ける。特に強力な再生能力持ちにはな』


 室長はキスファイアをそう分析した。

 ゆえに、僕に自分の再生能力を貸してくれた。

 付与の魔術。室長の専門。


 おかげで今の僕は純粋な吸血鬼並の再生能力を持っている。

 副作用として日光には異常に弱くなってしまったが、キスファイアが夜にしか動かないのなら問題は無かった。


 あと四メートル。

 眼球が焼けてしまったので、再生するのと同時にキスファイアに全力の一撃をたたき込む。


 そう考え深呼吸したら、肺に高温の空気が入ってきて少しばかりむせそうになってしまった。

 すぐに再生したので問題ない。


 眼球が再生した瞬間、僕が見たのはLEDライトじゃなくて、ランタンのようなモノを左手に持っているキスファイアだった。

 強烈な光が僕の全身を照らす。


 「死ねえぇ!」


 キスファイアの怒声と共に、僕の全身が燃え上がった。


 

  7



 熱い。熱い。熱い。かゆい。かゆい。かゆい。熱い。かゆい。熱い。


 そんな感覚で脳内がいっぱいになりそうになる。

 だが、それでも、僕の中にはまだ残っている。

 キスファイア、お前を許さないという感情が。


 おそらくは瞬きの瞬間なのだろう。ほんの一瞬だけ、炎が弱まった気がした。

 一気に僕の全身は再生する。

 もう、三メートルしかなかった。


 踏み込んで、殴りつける。それだけで十分だった。

 室長に貸してもらっているのは再生能力だけだったが、吸血鬼になりそこなっているせいで僕の身体能力も人間の枠から外れぎみだ。

 そんな僕に全力で殴られたらどうなるか?


 優に十メートル以上は離れているフェンスに叩きつけられて、キスファイアはそんな実験の結果を示してくれた。

 視線が僕から完全に離れたことによって、僕の体を焦がす炎も勢いが弱まる。

 再生しながら僕はキスファイアに近づき、動く左の肘を踏み抜く。


 「~~~~~~~~~~~っ!」


 ……やめときゃよかった。

 とても生々しい感触があった上に、キスファイアの上げた悲鳴にならない悲鳴が耳に残る。


 のたうち回るが、まだやることは残っている。

 今度は能力を発動させて、その両膝を折る。


 動き回っているからやりにくかったが、頭を押さえつけてやったらなんとか出来た。

 四肢の関節が使い物にならなくなってしまったキスファイアはもはや満足に動くことも出来ない。


 ついでに上着を脱がして、頭をぐるぐる巻きにしてしまう。

 視線が能力の媒体ならば、見えなくしてしまえば良いだけの話だ。


 ……目を潰すという選択肢もあったが、そこまでやってしまうと最早僕も戻れなくなりそうな気がして、はばかられた。

 とにかく、拘束は成功だ。


 視界もゼロで、まともに動くことも出来なくなってしまったのだから数分ぐらいは放っておいても大丈夫だろう。まあ、ひどく痛むのか、転げ回ろうとして痛みで動けなくなるということを繰り返しているが、問題は無い。

 今までコイツに殺されてきた人々の苦しみに比べたら大したことない。


 目下のところ、全身を燃やされてしまった僕がやるべきことは、拘束に成功したことを伝えるのと、バッグに入れておいた服を取りに行くことだった。

 回収する人を全裸で迎える勇気は無かった。




 

 「よくやったコダマ。お疲れだったな」


 夜明け直前。キスファイア拘束の連絡を入れると、統魔の回収班の人々(らしい)がやってきた。

 それでも二時間ぐらいは僕がキスファイアを見張っていたのだが。


 それと一緒に、室長もやってきていた。

 いつも通りに、白衣にジャージで。


 特に何か準備をしていたとかいうのはなかったようだ。信頼されていたのか、それとも、準備なんて無くても室長なら楽勝だったのか。それは僕にはわからないが。

 そそくさと回収班の人々はキスファイアを妙な箱に入れて運び出してしまった。

 今、屋上にいるのは僕と室長だけだ。


 「……室長、キスファイアはこれからどうなるんですか?」

 「統魔で尋問だな。ついでに背後関係も徹底的に洗われるだろうな。結果がどうなるかは知らないが」


 あっさりとした答えが返ってきた。

 まあ、大体予想の範疇だ。そんなもんだろうという思いもあったし。

 だが、こっちのほうは予想できていない。


 「なんで、こんなコトしたんでしょうね……」


 能力を使って、頭を燃やして殺す。

 わざわざそこまでして無差別殺人に及んだ動機とはなんだろう。僕には見当もつかない。

 ぽりぽりと頭をかいて、室長は白衣のポケットから小さな葉巻を取りだして、咥える。


 「さあな。まだわからん。だが、確実に罰は受けてもらう。それが私たちみたいな存在(ひじょうしき)の掟だ」


 どこか遠くを見ながら、室長はそんな風に黄昏れた。

 非常識。そう、まったく非常識だ。


 殺された人々が浮かばれない。どんな理由があったとしても無念だろう。

 能力。いや、異能か。そんなモノを持つには、どうにも覚悟が必要になってくるようだ。


 僕も、一歩間違ってしまったらキスファイアのようになってしまうのだろうか?

 いや、間違わなくてもなりかねないのか?


 「安心しろ。キミが踏み外しそうになったときにはちゃんと私がケリをつけてやる」


 ぱしんと背中を叩かれた。

 ……なんとも心強い言葉だった。


 

 8



 キスファイアは拘束されて、連続焼死事件は収まったはずなのだが、警察の発表では犯人はまだ捕まっていなかった。

 室長曰く、統魔が手を回しているらしい。


 このまま未解決事件入りしてしまうのは確実だということだった。

 遺族達のことを考えると、なんとも歯がゆい思いなのだが、それでも異能力者のことが世間に知られてしまうよりもマシ、という判断らしい。

 事件自体は収束したのだが、ちょっとした問題があった。


 「なあコダマ。このポニーテールの少年がビルとビルの間を飛んで登っていった、という話題についてどう思う? 私はちょっと非現実的すぎるかなあと思うんだが」

 「ノーコメントで」


 どうやら僕は何人かには目撃されてしまっていたらしかった。

 結構派手に跳んだし、その辺は多めに見て欲しい。


 「お、こっちでは連続焼死事件についての関連性についての考察もあるな。……ほう、このポニーテールの少年が連続焼死事件の犯人をぶっ飛ばしてしまったらしいぞ」

 「……ノーコメントで」


 耐えろ、僕。


 「ふーむ。まあ冒険小説じゃあないんだからそんなことはあまりに出来すぎているな。まったく、空想の世界と現実を混同してないで欲しいものだな。安いヒーロー物じゃあるまいし。しかもかなり美化されてしまっているな。かなりのイケメンで、身長も百八十はあったみたいだぞ。なんだかこっちまで恥ずかしくなってくるな」

 ひらひらと、これ見よがしに室長はスマホの画面をこっちに向けてくる。

 「…………ノーコメントだっつってんでしょうがぁ!」


 ダメだった。


 この後しばらくはこれでからかわれたのは言うまでも無い。



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