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第三怪 その3

 無機質な倉庫の壁は、まるで僕を拒絶しているかのようだった。いや、実際侵入者を拒否するのが倉庫の役目なのだから、その感覚は正しいのだろうけど。

 室長と別れて、僕は東の端から依代が反応するのを待ちながら、倉庫の間を縫うようにして歩き回っていた。願わくば、反応してくれないことを祈りながら。


 熱気をはらんだ夏の空気は夜だというのにまとわりつくようで、なんとも不快だ。

 さらに、殺人鬼を無力化するために歩き回っているというシチュエーションが不快感に拍車をかけてくれる。

 高揚感よりも、感じるのは不安感。


 ついこの間まで、室長のいう“一般人”だった僕には当然だろう。

 生憎(あいにく)と、血湧き肉躍るバトル展開よりも、僕は安穏(あんのん)とした日常が好みだ。

 ゆえに、僕は室長の方がキスファイアをとっ捕まえてくれるであろうという希望的観測を抱いて、おっかなびっくり歩き続けていた。


 ぶるり、とポケットから振動が伝わる。


 スマホは置いてきているので、そんな振動をするような物体は一つしか所持していない。

 キスファイアに近づけば反応する依代。

 一気に血の気が引くのがわかった。

 神経が研ぎ澄まされる、というよりも過敏になり、制御できない震えが体に走る。


 どこだ? どこにいる? 先に見つけないと!


 ぐるぐると周囲を見渡すが、特に人影は見当たらない。

 視界は問題ないはずなので、視線が通らない場所にいるのは間違いない。

 厄介だ。僕の能力は完全に視線に依存している。見えないモノや、はっきりと(とら)えられないモノには発動できないし、発動自体にも時間がかかる。

 くそ、室長の言うとおりにちゃんと練習しておくべきだった。


 後悔してもしょうがない。今は持ってるカードを切るしかない。

 警戒を解かないまま、僕はとりあえず倉庫の壁を背にするように移動する。

 死角からの攻撃はまずい。

 吸血鬼の回復力があるといっても限度があるし、致命傷を食らい続けても生きていられるのかどうかなんて実験していない。


 先手は取れないのかもしれないが、吸血鬼の再生能力を頼りにしてなんとかカウンターをたたき込むぐらいのことはできるだろう。

 少なくとも僕はそう思った。

 突然、僕の目に光が飛び込んできた。

 いや、懐中電灯で照らされたのだ。いきなり強力な光源が発生してしまって、ちょっとばかり目がくらんでしまう。

 光は、倉庫の屋根の上から照射されていた。


 「なんだァ、ガキかよ。つまんねえなァ」


 声が降ってくる。

 光を(さえぎ)りながらなんとか声の主を見るが、懐中電灯の光が強すぎてあまりはっきりとはわからない。


 これは懐中電灯というよりもLEDライトだ。

 しかし、その目だけははっきりと異質だとわかった。

 コイツは、人を見ていない。

 人として見ていない。


 年齢は、多分二十代ぐらいだろう。その辺にいそうなラフな格好。

 だがそれでも、よどみきったその目だけが異常に印象に残る。


 「警察……なわけねえなァ。まァいいや。燃やしたら一緒だろ」


 燃やす、というその単語に僕の中の本能的な部分が反応する。

 こいつがキスファイア!

 くそ! なんでこうもついてないんだ!

 やるしかない。今しかない!


 できる限り光を遮りつつも、キスファイアの姿を捉える。

 相手は屋根の上にいるが、なんとか上半身ぐらいは見える。今ならやれる!


 集中する。 

 ポニーテールにしている髪が浮き上がる。

 目標は、右腕。

 イメージは回転。 

 しかし、単なる回転じゃない。右腕を軸にした回転だ。


 ぼぎり、と鈍い音が僕にも聞こえた。

 キスファイアの右腕がぐるりと回転し、肩が外れた音だ。


 「が、ガアアアアァァァァァァッ!」


 相当に痛かったのか、キスファイアがくの字に体を折る。

 持っていたLEDライトも取り落として、照射されていた光が僕から外れる。

 今だ!


 全力でジャンプする。

 なりそこない吸血鬼の身体能力は、軽く五メートル以上はありそうな倉庫の屋根まで跳躍することを可能にしていた。

 着地。


 キスファイアは右肩を押さえて苦悶(くもん)しているようだった。


 「テメエ……能力持ちかァ⁉」


 僕をにらみつけて絶叫するが、知ったことじゃない。

 僕だって、こんなに人をはっきりと痛めつけたのは初めてだったが、それでも今はこいつを拘束しないといけない。


 さっきの音がまだ耳にこびりついているが、それでも近づく。

 うめいているキスファイアをどう拘束したものか思案した瞬間だった。


 キスファイアは動く左腕で腰の後ろから何かを取った。

 LEDライトだと気付くのと同時に、光が僕の顔に向かって照射される。

 そして、僕は人生で初めて自分の顔が燃え上がるということを体験した。


 

 5



 「……っ……ぁ……!」


 声がでない。


 いや、息を吸い込んだ瞬間、炎を吸い込んでしまって、声帯が焼けてしまったのだろう。


 熱い。熱い。熱い。熱い!


 痛み。熱というよりも痛みだ。

 顔が、いや、頭全部が痛くて、熱い!


 思わず手で顔を覆うようにするが、手のひらが炎に触れてしまって熱い。

 眼球も焼けてしまったのか、視界も真っ暗だ。


 そんな中、痛覚だけは律儀にこの上ない痛みを持続的に伝えてきてくれる。

 立ってられない。

 火を消そうと転げ回るが、一向に頭から火が消えてくれる傾向はない。


 「……能力持ちかァ……もったいねえけど、燃やす」


 何とか機能している鼓膜が、キスファイアのそんな呟きを捉えたが、僕はそれどころじゃなかった。


 熱い。熱い。熱い。熱い!


 だめだ。脳みそまでやられ出したのか感覚までおかしくなってきた。

 熱いという感覚以外が消失しはじめている

 再生はしているのだろうが、それ以上に燃えるのが早い。


 「……!」


 せめて、室長を呼ばないと。

 こいつを……止めないと……


 「焼けろ。ゴミは焼却しないと目障りだからなァ」


 キスファイアの声が、遠くなっていく。

 倒れた、ような気がする。

 もはや自分が立っているのか、倒れているのかもわからないぐらいに色々とやられているので、把握はできない。わかるのは、もう動けないということだけだった。


 「……ちょ……」


 室長を呼ぼうとして、出来なかった。

 それが、僕の最後の記憶だった





 「……ろ。…マ。……とひ……。……かげんに……ろ」


 なんだろう。何か聞こえる。 

 全身がだるい。動きたくない。

 っていうか、なんだか聞こえる声も壁の向こうから聞こえているみたいでどうにもはっきりしない。


 なんだっていうんだ? 夢か? だったらもう少し寝かしておいて欲しい。

 なんだか、やけに疲れている気がするんだ。

 そう思って、僕の意識は再び沈んでいこうとした。


 「起きろ」


 ぐりっと肋骨を握られる。 


 「痛ってえぇ!」


 無理矢理に意識を引き上げられた僕は叫びながら目を開ける。


 「全く。油断したな?」

 「あれ? 室長?」


 最初に目に入ったのは室長の顔だった。

 その顔は(けわ)しい。


 「……は? え、何がどうなって……」


 事態が飲み込めなくて、僕は混乱する。

 室長は僕から離れると、タバコを取り出して(くわ)え、火を点ける。


 「アホ。キスファイアにやられたんだ」


 キスファイアという単語に反応して、僕は思わず飛び起きる。

 倒れていたので、起こせたのは上半身だけだったが。

 まだ夜は明けていない。ということはそこまで時間が経っていないということだろう。


 「室長! キスファイアは⁉」

 「逃げられた。私が来た時には頭が黒焦げになってるキミしかいなかった」


 黒焦げ?

 そうだ。僕は犠牲者達と同じように頭を燃やされたはずだ。

 確かめるように自分の顔に触れる。


 特になんということもない、慣れ親しんだ感触があった。

 痛みも、ない。


 「キスファイアのやつはキミが再生能力を持っていることまでは気付かなかったみたいだな。私が見つけたときには内部の再生はほとんど終わっていた」


 ……僕は、失敗したのか。

 キスファイアを無力化できなかった。

 ここで止めることが出来れば、これ以上の犠牲者は出ないはずなのに。


 ぎしり、と奥歯が鳴るぐらいにかみしめてしまう。

 僕は、僕は――


 「こら」


 頭をはたかれた。


 「考え込んでいる場合か? 獲物を逃がしたんだ。とっとと追跡に移るぞ。ヤケを起こしてめたらやったらに襲い始めたら困る」


 室長の言葉は、中々に堪えるものだった。


 「だが、その前に確認しておくことがあるな。コダマ、キミはどうやってやられた?」

 「え?」

 「だから、ヤツに燃やされる前にどういうやりとりがあったんだ? それ如何(いかん)によってはこれからキミに貸す能力を選別しないといけないからな」


 選別? どういうことだ? なんでそんなことをしないといけないのだろう。

 室長がキスファイアに遭遇したら無力化はできるのだろう。例え相手の能力が不明でも。

 なのに、なんで僕に能力を貸す必要があるんだ? っていうか能力を貸すってなんだ。そんなに気軽に譲渡できるようなモノなのか?


 「あた!」

 「急げ。統魔(とうま)から呼び出しがかかった。キスファイアに関してはやつらが動くつもりだ。あまり時間をかけるわけにはいかない」


 強烈なデコピンをたたき込まれる。

 統魔。前にも聞いたことがある名前だ。なんとなく、うさんくさい団体ぐらいの認識しかなかったのだが、どうやらそれは事実だったらしい。


 ……流石に、出張ってくるというのならば詳細を尋ねないわけにはいかないだろう。


 「その統魔、っていう組織は一体何なんですか? どうもなんだかうさんくさいというか、きな臭いものを感じるんですけど」


 数秒、室長は沈黙する。

 だが突然、白衣を(ひるがえ)しながら僕に背中を向けると、大きくタバコの煙を吸い込んで吐いた。


 「日本語で、統一魔術研究機関。略称は統魔。世界中の魔術師と魔術を管理する組織だ。とは言ってもそんなことはできるわけがないんだがな」


 いきなり話が壮大になってきてしまった。世界規模かよ。

 だが、そんな管理団体がなぜキスファイアの件に関して横槍を挟むのだろうか? 室長が調べた結果、キスファイアは魔術師じゃなくて能力者であるはずなのに。


 「言いたいことはわかるぞ。だがな、キスファイアは魔術というモノが一般人に知られてしまうきっかけになりかねない。背後関係を洗ってみないとわからないが、統魔に所属していない魔術師とつながっている可能性だってあるからな。そうなってくると、流石に魔術師管理団体を標榜(ひょうぼう)する統魔としては黙っているわけにはいかないんだ」


 可能性はできうる限り潰すというわけだ。

 そういうときには徹底的に、というのが鉄則だろう。

 しかし、それなら放っておいたらキスファイアは統魔がなんとかしてくれるんじゃないだろうか?


 僕たちが危険にさらされながら、解決に奔走する必要はないんじゃないか?


 「問題は、時間だ。統魔がキスファイアをどうにかするためには色々な承認をうけないといけない。そうしないと越権行為になってしまうからな。表には出てこない組織だが、全く表に影響力がないわけではないから下手にかき回したくはないんだろう」


 僕の考えぐらいはお見通しだったのだろう。室長は追加で事情を説明してくれた。

 時間が経過すればそれだけキスファイアの追跡は難しくなってくる。下手をすればこのまま逃走を許してしまう可能性だってある。それは最悪にもほどがあるだろう。


 再び犠牲者が出るのはゴメンだ。

 あんなに苦しいのはたくさんだ。

 つまり、迅速(じんそく)な解決には統魔を待っている時間なんて無い、ということだ。


 「わたしはこれから統魔に(おもむ)く。その間にキミがキスファイアを無力化しろ。後は私が上手いこと回収させる」

 「それ、室長がキスファイアをぶっ飛ばしてから統魔に行って事後承諾とかはダメなんですか?」

 「……連絡を受けたのはおそらくキミがキスファイアと交戦しているあたりの頃だ。できうる限り早急に来るように言われているからな。あまり待たせると心証が悪い上に、私も不利になる」


 どうにも神様は僕に困難を与えたいらしい。


 が、そこまで選択肢がないのならばこっちも腹がくくれるというものだ。


 「わかりました。じゃあ、キスファイアの攻撃、というか僕が燃やされた方法ですけど……」


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