第三怪 その2
2
〈KEEP OUT〉
立ち入る者を拒絶する黄色いテープによって塞がれている路地裏の一角に、僕と室長はやってきていた。
広域連続焼死事件。
その解決を鍵成警部から依頼されて、そのまま僕たちは一番新しい現場にやってきていたのだった。
つい一週間前に、一人の男性がこの場所で犠牲になった。
一連の焼死事件と同じく、頭部だけを燃やされて。
多少気分が滅入ってくるのはしょうがないだろう。人が死んだ場所で生き生きと出来るほど僕はぶっ飛んだ感性はしていない。
案内してくれた鍵成警部に先導されて、僕と室長はまわりの警察官達に目礼しつつ黄色いテープをくぐる。
事件があったということを聞いていなかったら、別になにも感じなかっただろう。
そのぐらいに、何の変哲も無い場所だった。
「失礼する。依頼を受けたヴィクトリア・L・ラングナーだ。こっちは助手のコダマ」
「ど、どうも……」
頭を下げるものの、現場検証をしている警察の人々から受ける視線は冷たいものだった。
どうにも、あまりよくは思われていないらしい。向こうの仕事を奪っているような形になってしまうから仕方が無いのかもしれないが。
疎外感を感じながら被害者が見つかった地点に到着する。
下に血痕が残っているとか、建物が壊れている、なんてこともない。
ただ、チョークで囲まれた白い人型と、いくつかの番号が書かれた小さなコーンが置かれているだけだった。
生々しさが感じられないだけに、一層不気味さを覚える。
「悪いが、鍵成警部以外は少々席を外していただけないか。これからやることは門外不出の魔術だからな」
鍵成警部以外の警察官関係者の方々にそんなことを言い放つ室長。
もはや向こうから向けられる視線は絶対零度に達しそうだった。
だが、抗議の声が上がることもなく、犯行現場からは潮が引くかのように人が居なくなってしまった。
「……なんか、歓迎はされてませんね」
「仕方ないだろう。向こうからしてみたらよそ者に仕事の邪魔をされているようなものだからな。とは言っても、魔術師やら異能力者に対抗することができるのは私のようなヤツぐらいだから渋々(しぶしぶ)、といったところか」
やけにすれた物言いをすると、室長はポケットから妙なものを取り出した。
水晶玉? にしてはやけにサイズが小さいが。直径は五センチもない。
「なんですか、それ。占いの道具じゃないですよね」
「私にとってはそうだな。卜占の専門家なら多少はそういったことにも使えるのかもしれないが、生憎と私の専門は付与魔術だ」
じゃあ何に使うのだろうか?
「警部、一応は周辺を見張っておいてくれ。あくまで一般人の区分である警察関係者にみられてしまうとまずいことになる可能性がある」
「承知しました」
短く応えて、鍵成警部は僕たちに背を向けて見張り、という名目の視線外しを行ってくれた。
「さて、始めるぞコダマ」
無造作に室長は水晶玉を空中に放り投げる。
すると、何かに固定されたかのように水晶玉は空中で停止した。
僕は能力を使っていない。だとすると、室長の仕業なのだろうか?
「室……」
「ちょっと黙ってろ。苦手なことだから集中しないといけない」
開いた口を噤む。
とりあえず、今は邪魔をしないほうがいいだろう。
流れるように室長は呪文のようなものを唱え、それに呼応するように水晶玉が細かく震える。
しばらくそれが続いたのだが、室長が呪文を唱えるのを止めるのと同時に、水晶玉も震えるのを止めた。
空中で停止している水晶玉を回収すると、乱暴に白衣のポケットに突っ込み、次はなんだか薄っぺらいものを取り出した。
人型に切り抜いた……紙だろうか? とにかく僕にはそう見えた。
今度はそれを地面にばらまく。
端から見たら意味不明の行動にしか見えない。
だが、今度ははっきりとした変化があった。
地面に散乱した人型の内の二つが起きあがったのだ。
そして、片方の頭が燃え上がる。
素早く室長は燃えていない方の人型を回収して呪文のようなものを唱えた。
「よし、終わりだ。コダマ、地面に撒いてしまった依代を回収しておいてくれ」
「あ、はい」
依代っていうのはこの紙で出来ているっぽい人型のことだろう。多分。
相当な数の依代を僕が回収している間に、室長は何やらごそごそとやっていた。
「室長、終わりましたよ」
「こっちも終わった。これから犯人を見つけ出してぶっ飛ばしに行くぞ」
依代を回収し終わった僕が振り向くと、室長は半分にされた人型をつまんでにんまりと笑った。
3
「ではヴィクトリアさん、よろしくお願いします」
「ああ、任せておけ。少なくとも三日はかからない」
事件現場から離れて、鍵成警部とも別れ、僕と室長は知らない町を歩く。
「室長、どこに向かってるんですか? 目的地ぐらいは教えてくださいよ。それとも、もうすでに潜伏場所に目星がついているんですか?」
「潜伏場所はまだわからないが、時間の問題だな。まあ、待ってろ」
飄々(ひょうひょう)と答える室長だったが、僕は気が気じゃなかった。
こうして、実際に犠牲者が出ていることを実感させられてしまうとくるものがある。
間違いなく人が殺されているんだ。殺しているヤツを止めることが出来るのは室長ぐらいなのだろう。テレビでもネットでも散々騒がれているのに、一向に犯人の目星がつくことはない。
だが、室長ならどうにか出来るんじゃないだろうか?
魔術師であり、そして、『怪』の専門家を自称している室長なら。
そう考えてしまうと、どうしても僕の室長を見る視線は責めるような感じになってしまう。
早く解決してくださいよ!
そう、言いたくなるぐらいには。
かゆみに耐えながら町を歩き、そろそろ日も暮れようというころになってから、やっと室長は足を止めた。
そこは書店だった。
(……ここにいるのか?)
気がはやる僕だったが、室長は平常通りの様子で堂々と書店に入っていく。
慌てて僕はその後についていく。
購入したのは何の変哲も無い地図だった。
それだけを買うと、室長はすたすたと書店から退出してしまう。
「どれ、コダマ。この辺にホテルでも在ったかな? 作戦会議と行こう」
スマホを取り出した室長はとっとと地図アプリを呼び出して、検索を開始していた。
「それじゃあ始めるとするか。広域連続焼死事件の犯人捜しを」
よくあるビジネスホテル。ダブルの部屋。
室長が取った部屋だった。
まあ、なんというか、僕も一緒の部屋にいる。とはいっても、何かおかしなコトがあったわけじゃない。
チェックインして速攻、室長はベッドの上に地図を広げて、さっきの台詞を放ったのだった。
ただ、僕にはその方法は見当もつかない。
事件現場で使った依代を使うのだろうというのはなんとなく想像できるが、それが一体どんな手段なのかは皆目見当がつかなかった。
「さっき現場で用いた水晶玉だが、アレは魔術の残滓に反応するタイプのアイテムだ。だが、全く反応しなかった。つまりは、今回の事件は魔術によってもたらされたものじゃない。犯人は異能力者だ」
室長は地図の上に半分にされてしまった依代を乗せる。
「そして、こいつは強烈な感情を起点にして、それを発した者とある種のリンクを張るタイプの依代だ。今回は殺意だな。こいつは本体に対して反応する。あの現場で、犠牲者の頭が燃え上がったときにたった一人だけ現場にいた人物。そいつとリンクしてる」
殺人現場で、被害者以外に存在していた唯一の人物。なるほど、それは犯人の可能性はかぎりなく高い。
すでに室長は犯人探知機を作っていたというわけだ。
地図に乗っけられた依代がカタカタと震えて、起き上がる。半分になっているので、まるで糸でつられているかのような不自然な起き上がり方だったが、もうなんか慣れた。
ぎこちなく依代は地図上を移動していく。
やがて、その動きがある程度の場所に固定されるようになる。
「……そんなには離れてないな。今日中に決めるぞ」
地図上で依代が止まった場所。
それは港近くの、倉庫がひしめき合っている場所だった。
「二手に分かれてやる。逃げられると厄介だからな。いいか、見つけたら容赦するな。手足の一本や二本はへし折ってやれ。それぐらいしないとキミが危険だ。相手を人間だと思うな」
倉庫街入り口。
日も完全に暮れてしまって、尋常の人間にはすでに真っ暗と形容してもいいぐらいには視界が悪いはずだ。
が、僕にとっては多少見づらいか? ぐらいで済んでしまっている。……吸血鬼バンザイ。
これなら暗闇に紛れて逃げられてしまうという事態もないだろう。そもそも身体能力もだいぶ強化されているのだ。
「捕まえるのはいいですけど、その後はどうするんですか? まさか『処分する』とか言いませんよね?」
不安になって室長に尋ねる。
「安心しろ。拘束したら完全に無力化して警察に引き渡す。その後の処理は向こうがやってくれるから、私たちは犯人を捕まえるだけの楽な仕事だ」
何でも無いように言ってくれる。
相手は連続殺人犯。その上に、僕のように妙な能力を持っているのに室長のこの余裕っぷりはなんだろうか? 専門家としての経験に基づくものなのか、それともただの自信過剰なのか。判断に困ってしまう。
「なんだ、不安そうだなコダマ。ちょっと考えてみろ。あくまでヤツが殺してきたのは一般人。私たちみたいなのを相手にしている百戦錬磨っていうわけじゃないんだ。初めてなのは向こうも一緒だ」
物は言い様だ。
くそ、なんつう初体験だよ。こんな血なまぐさいことの童貞は喪失したくなかった。
「さあて、とっとと捕まえることにするか。私は録画したアニメを視ないといけない。……それに犯人の呼ばれ方も気にくわないしな」
……インターネット上では、今回の一連の焼死事件に対しての騒ぎは結構大きい。
どこからともなく被害者が頭部のみを燃やされてしまった、という情報も漏れてしまったらしく、その猟奇性から話題になっている場所もそれなりにある。
『キスファイア』
それが、犯人の通称だ。
呼ばれ方なんてどうでもいいが、確かに僕も気にくわない。
そんな名前は表現できないぐらいに、コイツは狂ってる。
僕たちがどうにかしないと、新たな犠牲者が出るのは確定しているようなものだ。
「コダマ、渡した依代はちゃんと持ってるな?」
「ええ、持ってますけど、本当にこれ、反応してくれるんですか?」
半分に分けられた依代。室長と僕でそれぞれ持っている。
「本体に近づいたらかなり激しく震えるはずだ。そしたら誰か見つけ次第、無力化しろ。最悪、一般人に被害が出てても私がどうにかする」
「……二手に分かれないとダメなんですか?」
「逃げに徹されると厄介だからな。それに、キミの能力なら先手必勝だ。この闇の中では吸血種の視力は強力な武器。その上、キミは能力持ちだからな。負ける理由がない」
言われてみりゃあそうなのだが、それでも今一つ踏ん切りがつかないのは僕が優柔不断だからか?
そんな葛藤を見透かすように、室長は僕の腰の辺りを軽く殴りつけて言った。
「コダマ、今解決出来るのは私たちだけだ」
……なんとも、ずるい言葉だった。