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第二怪 中編

 路原さんの話は終わった。


 今聞いた話だと、どうにも妙な話だ。

 路原さんは標本が動くのを見た。しかし、その痕跡(こんせき)はほとんど無い。唯一の例外はスカートに付着していたガラス片。

 だが、壊れたはずの壜は依然として存在しており、そもそも、標本が動くはずなんてない。


 ふむ。路原さんの話に嘘がないとするならば怪談と言ってもいいだろう。

 そうでもないと、ホルマリン漬けの標本が動くはずがない。

 と、ここまで考えてから僕は室長の顔を見る。


 「……」


 何やら考えているような様子の顔で、室長は黙り込んでいた。

 顎に曲げた人差し指を当てて、いかにも『考えています』というポーズをとっている。

 ……本当に考えているのかどうかは疑わしいが。


 さて、どうしたものだろうか。僕が質問してもいいのだが、室長の考えも気になる。

 だが、いつもの憎まれ口が鳴りを潜めている室長を余計に刺激したくはないので、とりあえずは、


 「いや、大変だったね。事後処理とかあっただろう? 少なくとも学校に侵入したことはバレたわけだし」


 当たり障りのない反応をした。


 「ええ、大変でした。校長先生にまで怒られるし、そのうえ家でも怒られて」


 あんまり反省していないように見える。

 まあ、九臙脂中学は良い子ちゃんばっかりの学校というわけでもないのでしょうがないが。


 「まったく。怪談を目撃して衝撃を受けている女子中学生をどんだけいじめたいんでしょうね、大人は。先生に発見されてからそのまま職員室直行からのお説教でした」


 ふぅ、とこれまた反省していない様子で路原さんはため息をつく。

 どっちかというと、恐ろしい目にあったというよりもいたずらを仕掛けて怒られた、みたいな顔だ。

 これは()りていないだろう。僕には関係ないが。


 「もう、床で寝ていたせいで体痛かったんですよぉ。それなのにお説教は三時間ぐらい続くし、先生達マジギレで何言っても怒るだけだし。ひどいですよね」


 確信した。反省してねえなコイツ。

 だが、今の発言で室長はなにかを閃いたようだった。


 「路原クン、キミが発見された時、痛かったのは体だけか?」


 僕には質問の意図が読めない。

 それは路原さんも同じだったようで、頭の上に?マークを浮かべていた。


 「うーむ、質問の仕方が悪かったかな。『動く標本』を目撃して、その後発見された時にキミが感じた不調はどんなものだった?」


 相変わらず質問の意図はつかめないが、何が聞きたいのかは明確になった。これなら路原さんも答えに(きゅう)することはないだろう。


 「んっと……そうですね……なんか背中めっちゃ痛かったですけど、それだけですね」


 非常にわかりやすい回答がきた。まあそりゃあ固い床の上に長時間横たわっていたら背中ぐらいは痛くなる。

 僕にはこの回答からなにかの答えに至ることは出来なかった。

 そんな僕を尻目に、室長は非常に嫌な感じの笑みを浮かべていた。


 「……一応聞いておきますけど、室長。わかったんですか? 真相が」

 「当然だ。私をナメるなよ」


 室長はタバコを取り出そうとしたが、僕に腕を掴まれ、禁煙席の表示を示されると、大人しく止めた。


 「さて、それじゃあ行くとするか」

 「行くって……どこにですか?」

 「当然、『動く標本』が発生したコダマの母校、九臙脂中学校にだ」


 ……ああ、僕は頭が痛くなりそうだ。



 6


 夏真っ盛りでも部活動というものはやっている。それこそ、やりきることによって技術が向上すると信じているかのように。


 そんな青春真っ盛りの中学校のグラウンドを横目にしながら、僕と室長、そして路原さんは九臙脂中学校に来ていた。

 ちなみに、路原さんと待ち合わせをしていた喫茶店からそのままやってきたので僕はかなりラフな格好だったし、室長は白衣のままだった。


 ……大丈夫なんだろうか? 一応は卒業生でもたたき出されかねない雰囲気を(かも)し出していると思う。が、そんな僕の心配をよそに、室長は迷うことなく来客用の入り口から学校内に侵入を果たしていた。


 行動に迷いがなさ過ぎて怖くなってくる。


 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ室長。部外者なんですから一応はアポ取ったほうがいいんじゃないですか?」

 「そんなものはいらないな。私が許可証だ」


 なんか格好いいこと言っている風だが、要するに俺がルールだ、ということであある。どこのガキ大将だ。

 生徒用の昇降口から入ってきた路原さんとはすぐに合流できたが、この先何処に行くつもりなのかは……一つしかないか。


 「で、路原クン。キミが『動く標本』を見た理科室はどこだ? 案内してくれないか」

 「はいはーい。こっちで~す」


 呑気(のんき)な調子で路原さんが先導する。

 僕も卒業生なので理科室の場所ぐらいは知っているのだが、わざとか。


 校舎二階の端っこに理科室はある。

 隣に準備室が併設してあるが、そんなに特殊な部屋ではない、はずだった。


 中に入ってみると、僕が在籍していたときには存在していなかった標本の群れが迎えてくれた。

 スタンダードなカエル。なぜかウナギ。ちょっと変わったトカゲ系。ヘビまである。

 なんでこんなことになってるんだ? ああそうか、新任の理科教師が持ち込んだんだったか。中学校になんで標本コーナーが出来ているんだよ。ホラーか。


 そんな気味の悪い標本の群れの中に、それはあった。

 白い小型の鰐のホルマリン漬け標本。


 これが例のパンジーちゃんとやらだろう。標本に名前をつけるセンスは僕には理解できない。つうかなんでパンジーなんだよ。鰐に花の名前かよ。

 突っ込みたいことは山ほどあったが、言い尽くせないので黙っておく。


 下手に刺激して室長の機嫌を損ねるのはまずいだろう。

 これが動いたとした確かに不気味だろうが、今は全く動くような気配をみせていない。


 当然か。昼間に動いても恐怖はそこまででもない。不気味ではあるのだろうが、踏み潰して終わりだろう。

 問題は夜になってから動くということか。……それも、室長の推測によれば人の手によって。


 全く物怖(ものお)じすることもなく室長はパンジーちゃんに近づき、じろじろと遠慮のない視線を注ぐ。もし、パンジーちゃんが生きているのだとしたら無神経な吸血鬼に抗議していたことは間違いないぐらいに、思いっきり近づいていた。

 ……研究家でもそこまではかぶりつきで観察はしないだろう。

 そんな感じでしばらく室長はパンジーちゃんを観察、というか射貫(いぬ)くように見ていたのだが、いきなりパンジーちゃんから離れて僕の方に向かってきた。


 「コダマ、昼に来てもしょうがなかったな。夜にまた来よう」

 「は? え、ちょ、ちょっと……」


 襟首を掴まれて、ずるずると室長に引きずられながら僕は理科室から退場することになってしまった。

 せっかく来たのに。


 「解決できそうですかぁ?」

 「そうだな。解決したら路原クンに連絡するから、まあ待ってみてくれ。今日中には終わるだろうしな」

 「はーい。ばっちりヤキ入れといてくださいね。犯人には」


 最近の女子中学生はなかなかに恐ろしいもののようだった。




 夜九時過ぎ。


 室長に言いつけられた通りに僕は自分の部屋から脱出する。窓から。

 夜遊びする人間のようで気が引けてしまうのだが、まさか「これから母校にはびこっている怪談を退治するためにでかけてくるから」などという宣言をするだけの勇気は無かった。


 後から絶対に小唄のやつにいじられるに決まっている。

 そんなわけで僕は二階の自分の部屋からアクション映画みたいに脱出する羽目になってしまったのだった。


 くそ、室長め。


 待ち合わせ場所は九臙脂中学の正門前だ。

 夜になってもまだ生ぬるい風を感じながら僕は走りだした。




 7


 「遅いぞコダマ。そんなことではデートの約束をすっぽかす人間になってしまうのは目に見えているな。ああ、しまったもう人間じゃなかったな。ははははは」


 からから笑いながら、いきなり笑えないジョークを室長はかましてきてくれた。

 おいふざけんな張本人。だれの処置で僕が中途半端に吸血鬼になってしまってると思ってる。


 そうは思ったものの、室長でないと解決出来ない事態であったのは確かだ。病院に行っても無駄だっただろうし。

 ゆえに、僕は苦虫をかみつぶしたような表情をするしかなかった。


 「挨拶よりも先にジョークを飛ばすのはいいですけど、本当に今夜行って解決できるんですか? やっぱり無理でした、とかだったらかなり恥ずかしいですよ」


 九臙脂中学正門前。タバコを吸いながら室長は先に待っていた。

 僕の顔を見た瞬間、やけにうれしそうに笑えないジョークを飛ばしてきてくれたが。


 「ああ、心配するな。犯人は怪談を定着させようとしているだろうからな。夏休みの間は肝試しにでもやってくる人間を手ぐすね引いて待っているだろう」

 「はあ……変な人間もいるもんですね。世の中には」

 「いるんだよ。そういう『ニンゲン』がな」


 なぜか室長は人間、という部分をやけに強調した。


 「さて、行くとするか。あまり学校の前で喫煙しているのはよろしくないだろうしな。最近は喫煙者に対しての圧力が強くて困る」


 携帯灰皿に吸い殻をしまいながら室長は愚痴っぽく言うが、そもそも中学生にしか見えない室長が喫煙しているのが一番問題な気がする。多分僕が警察だったら確実に補導する。


 ま、そういうことは置いておこう。

 ともかく、今僕たちが問題にすべきなのは『動く標本』のほうだ。


 人造の怪談。


 悪意によるものか、それとも単なるいたずらなのかは分からないが、『怪』の専門家ヴィクトリア・L・ラングナーに目をつけられたのが一巻の終わりだった。




 夜の学校というのはどうにも不気味だ。かつて通っていた学校でもそう感じてしまうぐらいには。

 ならば、訪れるのは二度目でしかない室長はもっと不気味に感じているだろう、という心配はまったくの杞憂(きゆう)だった。


 迷いがないというよりも、蹂躙(じゅうりん)せんという気迫さえも感じられるような自信にあふれた足取りだった。

 理科室に直行なのだから当然だろうが。


 ちなみに校舎への侵入は、通っていた頃の僕が使っていた侵入ルート(一階の教室の窓)から容易に果たすことが出来た。

 母校のセキュリティに対しての関心の薄さを垣間(かいま)見てしまったが、もはや在籍していない僕にはあまり関係のない話だった。小唄は関係あるのかもしれないが、知ったことじゃない。アイツは多少痛い目にあったほうがいいし。

 しかし、気付いたことがある。


 「室長、もしかして吸血鬼って夜でも視界良好だったりします?」

 「そりゃそうだ。鳥目の吸血種なんて聞いたことがあるか? キミは吸血鬼性がそこまで強くないからそれほどでもないが、完全なら昼間と変わらない」


 なるほど。急に僕の夜間視力が上昇したという訳ではなく、吸血鬼化の弊害(へいがい)というか、恩恵というかだったか。荷物が少なくなって助かるが。

 それでも、人間辞めてしまってる実感は湧いてくる。


 明かりがないと、平気で夜に出歩く人間は少数だ。僕だって夜にはあまり出かけたくはない方だった。

 だが、今では恐怖をあまり感じない。視界が確保されているということが精神状態にここまで影響するとは思っていなかった。

 夜の学校も、昼間と変わらないぐらいに見えているなら大して不気味でもない。


 人気(ひとけ)が無いことぐらいしか違いはないのだ。

 そうこうしている内に理科室の前に到着する。


 「で、どうするんですか室長? って、何やってるんですか……」


 何を考えているのか、室長は床をなで回していた。


 「おまじないだ」


 いたずらっぽく答えて立ち上がり、よどみのない動きで理科室の扉を開ける。

 理科室特有の無機質な空気があふれてくる。

 標本達は静かに存在していた。


 その中にはパンジーちゃんも含まれていた。


 「何やってるコダマ。入ってこい」


 いつの間にか室長は理科室の中に入っていた。素早い。

 室長以外に先客がいないことを確認しつつ、僕も理科室に入る。


 扉は自動で閉まるタイプのやつなので、誰も押さえていない扉は静かに閉まった。


 「……動きませんね」


 標本達は、いや、パンジーちゃんは動く気配を見せない。

 外れ、だったのだろうか。


 まあ、都合よく怪談が炸裂してくれるなんていうのはあまりにもご都合主義が過ぎるというものだろう。

 そもそも何者かの意思が関与している以上は、その張本人が仕掛けていないといけないわけだし。行き当たりばったりで解決は難しかったのでは? 

 なんてことを薄々僕が感じて、室長にどうやって告げようかとしていた矢先だった。


 ごとり、という音が聞こえた。


 室長も僕もそんな音を出すようなことはしていない。

 つまり、この理科室の中でそういう音を発生させた存在があるということだ。

 いやいやいやいや。嘘だろ。


 ゆっくりと僕は室長に向けていた視線を、標本の方に向ける。

 揺れていた。


 ホルマリン漬けの標本が入った壜。その一つが揺れていた。


 ごとごと。ごとごと。ごとごと。


 段々と揺れは激しくなってくる。

 そして、その中に入っている白い鰐の標本は、動いていた。

 もがくように、あがくように、苦しむように、恨むように。


 パンジーちゃん。

 そう名づけられた標本は、ホルマリンの中で手足を(うごめ)かせていた。


 「……っ!」


 声が漏れそうになるが、なんとかこらえる。

 ここでビビっているようでは話にならない。僕たちは『動く標本』の解決に来たのだ。


 口を手で覆って、声を漏らさないようにする。対症療法でしかないが、今のところは有効だろう。

 ちらり、と横目で室長を見る。


 なんともつまらなそうな顔で室長はパンジーちゃんを見ていた。

 なんなんだ? なんでそんなに冷静なんだ? 目の前で起こっているコトがわかっていないわけじゃないだろう? 専門家と素人との違いか? くそ。

 全然動揺が見えない室長に多少のいらつきを覚えつつも、僕はなんとか自分を奮い立たせる。


 ここで逃げ出したりしたら、小唄以上に性格の悪い室長のことだ、どんな仕打ちを食らうのか想像もしたくない。

 もがくパンジーちゃんの動きと、激しくなる壜の揺れがとうとう臨界点を超える。

 バランスを崩した壜は床に落下し、派手に音を立てて砕け散った。


 僕の足元までガラス片が散らばる。

 そして、壜という(おり)がなくなったパンジーちゃんが、のたのたと、移動を始めた。

 緩慢だが確実に、僕と室長の方に向かってくる。


 流石に僕もこれは限界が近い。

 どうにかされてしまう前に先制攻撃を加えるべく、僕の意識がパンジーちゃんに集中したときだった。


 「う、うわあああぁぁぁぁぁぁ!」


 その悲鳴は理科室のすぐ外から聞こえた。


 「はぁ……予想通り過ぎる。どうもハズレだったか」


 軽く頭を振ってから室長はくるりと向きを変えると、扉に向かって歩き出した。


 「室長⁉ どこ行くんですか⁉」

 「獲物がかかったから確認しに行くんだ。キミも来い。そんな作り物にかまっているような時間は無いぞ。人間の青春は短いんだからな」



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