第六怪 その4
「う、りゃあぁぁぁぁぁ!」
破砕。
思いっきりマネキンゴーレムの頭を掴んで床にたたきつける。
思ったよりも床の強度はあったようで、砕けたのはマネキンゴーレムの頭部だけだった。
ついでに僕は思いっきりその背中を踏みつける。
今度は流石に床も耐えきれなかったのか、ぴしりとひびが入る。
同時に、マネキンの動きも止まる。
たぶん、背中か胸にでもEmethが刻んであったのだろう。
ぜいぜい言いながら周りに動いているマネキンがいないことを確認する。
いない。
数十体いた悪夢のような物体も、全部活動を停止していた。
「室長、終わり、ましたよ」
どっちかというと、疲労はマネキン相手に慣れない格闘をする羽目になってしまったことに対するものだったので、すぐに呼吸は整う。
「うーん。コダマ、どうにも格闘戦に弱すぎるな。この一件が終わったら私がコーチしてやるから、格闘訓練だな」
涼しい顔で室長はそんなことをのたまう。
僕が処理したマネキンゴーレムは十体ぐらい。他は全部室長が片付けてしまっていた。
しかし、室長には全然疲労の色が見られない。というか今にもタバコに火を点けそうなぐらいにリラックスした状態だった。
経験の差か。
僕は自分に向かってくる敵を相手するのに忙しかったので室長がどんな風に戦ったのかはわからないが、それでも同じ時間で数倍の量を処理したのだから実力差は歴然としている。
しかも、僕が破壊したマネキンゴーレムはほとんどがばらばらにされてしまっているのに対して、室長が処理した方は真っ二つにされているか、胸に風穴が空いているかの二択だった。
……僕が暴走したときにはこうなるのだろう。願わくば、そんなことがないことを。
「さて、第二陣がいるかもしれないし、奥に進むとしよう。ダンジョンの奥にはボスが控えているものだからな」
マネキンゴーレムの残骸を華麗に跳び越えて、室長はさらに奥へと進んでいく。
頼もしい背中だ。それが中学生女子ぐらいの背丈だったとしても。
置いて行かれると何が起こるのかわからないので、僕は慌てて室長の後を追った。
結局、敵の迎撃らしきモノはあのマネキンゴーレムの集団だけだった。
僕たちは廃墟のショッピングモールの最奥にたどり着いていた。
なぜそんなことがわかるのか?
僕たちの前には仕切り扉のようなモノがあるからだ。
それも、この廃墟のような場所には似つかわしくない、やけにきれいなモノが。
完全にこの先への侵入を拒んでいるようで、どこから開けて良いのかさえもわからない。仕切り扉と表現するよりも、隔壁と言った方がいいのかもしれない。
「邪魔だな」
ばがん!
室長が放った蹴りの一発で穴が空いてしまった。
乱暴すぎるノックの仕方もあったものだと思う。ノックじゃなくて、キックだけど。
空いた穴周辺に、何発も室長はパンチをお見舞いして穴を拡大していく。
そのうちに、なんとか僕も通れるぐらいの大きさになった。
「開いたな」
空けたな。
始めから穴が開いていたかのような動作で室長は通り抜ける。
なんともいえない気分になりながらも、僕も穴を通る。
そして、そこには二人の男女がいた。
いや、正確には一人と一体なのだろう。
寄り添うようにボロボロのソファに座っている男女。
もしここが廃墟のような場所でなかったら微笑ましい光景だったのかもしれない。
しかし、ここにいるということは一つの事実しかない。
「お前がゲムディフ・ゼーネ・ガルフシュタインか。そっちのはフランケンシュタイン法で造った人造人間だな」
その室長の質問に対して、男性のほうが答える。
「……そうだ。だが、お前に何の関係がある? 招かれざる客には帰ってもらおうか」
まだ若い男性だった。
二十代、ではないだろうが、それでも三十前半ぐらいだろう。そして、傍らに寄り添っている女性は二十代半ばぐらいか? なぜか白いドレスのような服に身を包んでいた。ぱっと見はウェディングドレスにも見えないこともない。
「関係あるな。フランケンシュタイン法に関する資料はすべてA指定になっているはずだ。それを用いることが出来るということは、A指定の品を持っているんだろう? 統魔にこそ所属していないが、見逃せないな」
きっと、室長は嘲るような笑みを浮かべているのことだろう。背中からそういう雰囲気が伝わってくる。
「……なるほど。師匠の知り合いか。統魔には所属してない上に、日本にいる魔術師ということはあんたがヴィクトリア・L・ラングナーか」
「おや、私も有名になったものだ。こんな若造にまで名前が知られているとはな。これはこれは、思ってもいなかったぐらいに喜ばしい。で、だ。若造、大人しく拘束されるつもりはないのか? そこの人造人間は破壊するが、お前には優しくしてやろう。私も一応は先輩だからな」
「断る」
即答だった。
室長としては最後通牒のつもりだったのだろう。だらりと弛緩していた体の重心が、ほんの少しだけ移動したのがわかった。
「ほう、聞き分けのない後輩だな。だったら力づくになるな。多少は痛いが自業自得だ。諦めろ」
獲物に飛びかかる獣のように、室長は体勢を低くする。
「早香! 逃げてくれ! ここは僕がなんとかする!」
ゲムディフが慌てた様子で女性に告げると、女性は頷いてから駆けだした。
「コダマ、人造人間は任せた。私はこのアホを拘束する」
いつもよりも低い室長の声が下から響いてきた。
反射的に、僕は通路のほうに逃げていった女性を追っていた。
もちろん、破壊するために。
そして、僕と室長は分かれた。
6
コダマの足音が遠くなっていったことを確認してからヴィクトリアは行動を開始した。
まずは天井に跳ぶ。
天井を蹴り、壁に。
壁を蹴り、反対の壁に。
反対の壁から天井に。
跳ね回るゴムボールのように縦横無尽な動きでヴィクトリアは徐々にゲムディフに接近していく。
その動きは人間に捉えられるものではなく、実際に次の動きを予測するのは不可能だった。
しかし、ゲムディフに動揺はなかった。
自分で出来ないのならば、他にやらせればいいというのがゴーレム法を修めた魔術師たちの共通した考えである。
「デーゲ!」
叫ぶ。
その声に反応してゲムディフに向かって跳んだヴィクトリアが、空中で停止する。
ヴィクトリアは巨大な何かに掴まれていた。
不可視のそれは、ヴィクトリアを床に叩きつける。
叩きつけられたヴィクトリアによって、床に大きなひびが入る。
即座にゲムディフは追撃を不可視の何かに命じる。
ヴィクトリアが叩きつけられた場所が更にへこむが、そこにヴィクトリアはいなかった。
「ふん。ちっとはヘムの弟子らしい所を見せるじゃないか。透明のゴーレムとはな」
蹴り破った仕切り扉の場所からヴィクトリアの声が飛ぶ。
ゲムディフは即座にそちらを見るが、そこにはヴィクトリアはいなかった。
「だが、所詮は若造。経験が足りない」
今度は天井付近からヴィクトリアの声がするが、やはりそこには誰もいない。
「ゲーネ! 手当たり次第にやれ!」
ゲムディフの命令に応えるように、不可視のゴーレムは破壊を開始する。
壁に、床に、天井に拳を叩きつけ、砕く。
何も知らない者が見たら、自然に床や天井が破裂しているような異様な光景だった。
だが、それでもヴィクトリアの姿はなかった。
「ゲーネ、俺を守れ!」
奇襲を警戒してゲムディフは攻撃に使っていた透明ゴーレムを呼び戻す。
だが、ゲムディフの方に向かおうとした透明ゴーレムの脚が両断されることによって、その命令は実行できなかった。
自重を支えることが出来なくなったゴーレムは倒れる。
同時に、突如としてゴーレムの足下にヴィクトリアが出現する。
「私の専門は付与系列だ。自分に隠蔽を付与するぐらいのことは朝飯前だ」
刃のように変形させていた右腕を元に戻して、ヴィクトリアは肩をすくめる。
徐々に、透明化の魔術の構成が崩れてしまったゴーレムが姿を現し始める。
五メートル近くある体長のゴーレムは、脚を失ってなお主人の元に這いずりながら向かっていた。
「見上げた忠誠心だ。が、もう無意味だな。重力付与」
ずん、という音と共に、ゴーレムの巨体が床にめり込む。
脚を失っているゴーレムは、それで動けなくなってしまった。
「さて、魔術師の拘束の基本はふん縛ってしまうことだが、ゴーレム使いにはあまり有効でないしな。……腕を落とすか」
一歩、ヴィクトリアはゲムディフに近づく。
対して、ゲムディフは一歩退く。
「そう怖がるんじゃない。なに、多少は痛いだろうが、統魔が回収したらくっつけてくれるだろう。お前には訊きたいことが山ほどあるだろうしな。……死にはしない」
気軽な調子で言いながら、ヴィクトリアは間合いを詰めていく。
ぎり、とゲムディフは唇を噛む。
出し惜しみしているモノがゲムディフにも存在していた。
だが、今は惜しむときではないと判断する。
「トーレ! アイシャ! リッティル! やれ!」
ゲムディフの命令に従って、三つの影がソファの下から飛び出す。
見た目は人間だった。
しかし、その表情は虚ろであり、体中のそこかしこに縫い合わせたような跡が存在していた。
三体は一糸乱れぬ連携でヴィクトリアに攻撃を繰り出す。
が、次の瞬間にはヴィクトリアの体から生えたトゲのようなものに貫かれていた。
「フランケンシュタインの怪物の試作品か。ふん、今回の行方不明者はこのパーツ用というわけだ。……まったく、反吐がでるな」
トゲの刺さっている部分が変形し、人造人間達を引き裂く。
バラバラになった三体は、すぐにうごかなくなってしまった。
とっておきの、身体能力を強化した人造人間もあっさりと撃破されてしまったことでゲムディフの手札は尽きた。
後ずさるが、すぐに背中に壁があたる。
ゆっくりと、ヴィクトリアは獲物を追い詰めるように歩み寄る。
「……お前は、お前は一体……」
「なんだ、知らなかったのか? なら教えてやる。私はヴィクトリア・L・ラングナー。略奪者の異名を持つろくでなしだ」
薄く笑うその顔は、ゲムディフには悪魔のように見えた。
顎を打ち抜くようにして、ヴィクトリアはゲムディフを気絶させる。
倒れた後に、素早くポケットからロープを取り出し拘束し、口には猿ぐつわを噛ませる。
魔術の発動にはなんらかの動作、もしくは詠唱が必要になってくる。ゴーレムへの命令もそうだ。
ゆえに、これでゲムディフはただの一般人と変わらない状態になった。
「さて、コダマは上手くやったかな?」
呟きながら、ヴィクトリアはヘムロッドに連絡するためにスマホを取り出した。