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空木コダマの回顧録 ~はじめまして百怪対策室~  作者: 中邑わくぞ
第六怪 フランケンシュタインの怪物
20/22

第六怪 その3

 日が沈み、暗闇に沈み始めた街を僕は歩いている。女装して。


 結局、僕はあのあとだいぶん時間をかけて、ワンピースの上にストールを羽織るという事で決定した。っていうか、された。

 ご丁寧にムダ毛処理までされてしまったので(詳細は述べない。述べないったら述べない)、今のところ僕はそれなりには女装できているのだろう。


 髪は降ろしただけだ。ついでにうっすらと化粧もしているので、なんとも息苦しい。

 世の女性達は毎日こんな息苦しさと感じているのかと思うと、多少は頭が下がる思いだ。


 まあ、それ以上に僕の精神耐久値がガリガリ削れているので、おそらくは明日には忘れているのだろうけど。

 くそ、最悪だ。一応は僕の地元でなくて助かった。

 もしも知り合いにでも見られてしまったら一生後ろ指をさされかねない。


 不幸中の幸い。いや、そんなものがあっても、焼け石に水だけど。

 かなりやけっぱちな気分で僕は歩く。


 「コダマ、そのまま左の路地に入れ。人の気配がしない。おそらくはそこで獲物を待ち構えているはずだ」


 耳に押し込んでいる小型の無線装置から室長の声が聞こえた。

 ちなみに室長はけっこう離れた場所から僕を追跡しているらしい。どうやっているのかは知らないが。


 「わかりましたけど、本当に大丈夫なんでしょうね? さっきから僕、奇異の視線で見られているような気がするんですけど」


 無線装置は受信だけでなく発信もできるやつだ。なので僕の呟きのような声も室長には聞こえている、はずだ。


 「被害妄想が激しいなコダマ。良い病院を知っているんだ。この一件が解決したらそこにいってみるといい。次の日にはきれいさっぱり消えてなくなっているはずだ」


 怖! 明らかにやばい病院じゃねえか!


 肉体的には全く疲れていないのに、なぜかどんどんと精神的疲労だけは蓄積していく。

 こんなはずじゃなかったんだけどな、僕の高校生活。


 夏休み直前には、まさか女装して魔術師を探すことになるとは予想していなかった。予想できるヤツがいるとしたら妄想癖で診てもらった方が良い。僕はそういうタイプじゃなかったので、夏休みには多少の高揚感を覚えているぐらいだったのだ。

 それが、この有様だ。

 思わずため息が漏れる。


 「知っているかコダマ? ため息を一つ吐くごとに一本ずつ未来の頭髪が減っていくんだ。ハゲたくなかったらとっとと指定の場所に向かえ」


 うっさい。ハゲるとか言うな。多感な男子高校生をいじめて楽しいのか?

 が、室長の言うことはもっともだ。


 僕の心労が多少かさむことになってしまっても、行方不明事件なんてモノはとっとと止めないといけない。

 ……悲しむ人は、いるのだから。


 


 室長の指示に従って路地に入ると、確かに人の気配がしなかった。

 というよりも、生物の気配が。


 野良猫の一匹でもいそうなものだが、生憎と無機質な建物の壁しか目に入らない。

 ああ、キスファイアを思い出す。なんでこうも悪いことをするヤツは狭い場所を好むんだ? 僕が日本を自由に出来るようになったら広さが四メートル以下の通路は禁止する法律を作るだろう。


 そんなくだらないことを考えていると、音が聞こえた。

 ず、という重い何かが動く音。


 ……すげーイヤな予感しかしない。


 しこたま気は進まなかったのだが、僕は音がした後方に振り向く。


 ――――壁が、動いていて、いた。


 いや、正確には壁のように見えていたモノが動いていた。

 どうもコイツはコンクリートの壁に擬態していたようだ。平べったくなって、壁に張り付いていたのだろう。その証拠に、ソイツが離れた壁は数十センチほど厚みが減ってしまっていた。


 壁の姿をしていたソイツは、段々と形を変えていく。

 ぐねぐねと、うねうねと。

 やがて、その形は辛うじて人間に類似していると言えるぐらいには人型になった。


 軽く三メートルはある。巨人、と表現しても差し支えないだろう。


 「室長、出ました。けど、明らかに人間じゃないですね。どっちかというと……ゴーレム」


 そう、今は変な人型になってしまっているソイツはゲームなんかに登場するゴーレムにそっくりだった。


 「捕獲用のゴーレムだろうな。ソイツが犠牲者を(さら)っていたんだろう。それなりには敏捷だろうが、キミの敵じゃない。あくまで一般人を対象にしたやつだろう。そっちに行く。手足を()いで動けなくしておけ」


 容赦ねえ。個人的にはかなりの無茶を振られている気分だが、多分室長は僕の能力を当てにしているのだろう。

 女装(こんなかっこう)はしているが、能力は問題なく使える。


 「わかりました」


 ぶわり、と僕の髪が浮く。

 今日はポニーテールにしていないので、すごい広がり方をしていることだろう。室長はかなり念入りにセットしてくれたのだが、台無しになってくれたおかげでちょっとはすっきりした。


 集中。


 とりあえずは脚だ。

 関節構造も人間と同じようになっているのかどうかは知らないが、捥がれたら動けなくはなるだろう。飛行能力でも持っているというのならば別だろうが。


 ばご、という破砕音と共にゴーレムの右足と胴体が離れる。


 バランスを崩して倒れるが、特に問題なく左足に視線を移す。

 ばごん、ばごん、ばごん。


 左足、右腕、左腕の順番で捥いでやる。人間が相手じゃないから気が楽だ。


 ずしん、という重苦しい音がしたが、最初にコイツが動いたときのほうが明らかに重量感があった。手足の分、質量が減ってしまったからだろう。

 今の音で誰かやってこないか心配になってしまう。どう言い訳したものやら。

 が、そんな僕の心配をよそに、やってきたのは室長だった。


 「ご苦労。……ふん、自己修復機能もつけていないとはな。ヘムも弟子の教育はまだまだだということだろうな」


 憎々しげな視線を送りながら室長はゴーレムを踏みつける。

 手足を捥ぎ取ってやったとはいえ、元々、三メートルぐらいはあったゴーレムだ。胴体だけでも二メートルぐらいはある。僕よりもでかい。


 そのデカいゴーレムは、踏みつけている室長から逃れようともがくが、室長の靴底がめり込むことでそれを阻止する。

 ……うわー、人間だったら背骨ぐらいは折れているだろ。相手が生物じゃないからって言っても、迷い無く実行できるとは限らない。しかも人型に対して躊躇せずっていうのは、サイコパスな気質を感じる。

 まあ、室長は人間じゃないからサイコパスが適用できるのかどうかわからないが。


 人間が猿に対して、人間と同様の配慮をするのかという話だ。


 閑話休題。


 とにかく、室長によって地面に縫い付けられてしまっているゴーレムは動けない。

 ということは、やりたい放題ということだ。


 『怪』の専門家にして、魔術師にして、吸血鬼。ヴィクトリア・L・ラングナーが。


 うん、僕なら絶対に勘弁して欲しいな。このゴーレムの制作者には同情なんてしないが、このゴーレム自体は多少(あわ)れんでやろう。


 「コダマ、これから私はこのデカブツに能力を使うからキミは周辺を警戒しておけ。能力を使っている間、私は無防備だからな」


 言うが早いか、室長はゴーレムの首っぽい場所を掴む。

 能力? ああ、僕に食らわせたやつか。


 能力を奪う能力、“吸奪(ドレイン)”。体液を媒体にして、対象の能力を奪ってしまうという恐ろしいモノだ。室長曰く、それなりに調整は利くらしく、『僕の能力を半分ぐらい奪って、後は残しておく』なんて芸当もやってのける。


 その能力を全開で使ったらどうなるか? 想像もしたくないけど。

 一応、僕は周辺に目をやり、耳をすませる。


 誰もいないようだ。

 視覚は大分強化されているが、聴覚はそれほどでもないので完全には信用できないが、それでも常人よりも信頼できるだろう。


 「室長、誰もいないみたいで……」


 語尾は消えてしまった。

 室長はすでに能力の行使を終えていたからだ。

 かがみ込んでいる室長の下にはただの砂の山があるだけだった。ゴーレムのなれの果てだろう。やけに退場が早かったゴーレムだった。


 「どうです? なにかわかりましたか?」

 「ああ、コイツはどうも攫った人間を運ぶ場所があったようだな。おそらくはそこがヘムの弟子が拠点にしている場所だろう。行くぞコダマ」


 立ち上がりながら室長はとっとと歩きだすのだが、僕にはやりたいことがあった。


 「ちょっと室長、少しだけ時間を取れませんか?」

 「なんだ? 言っておくが時間はないぞ。流石に自分のゴーレムが破壊されてしまったとわかったら迎撃態勢を取るだろうからな。猶予(ゆうよ)は与えたくない」

 「着替えさせてください」


 女装したままで決戦はほんと勘弁して欲しい。 



 

 

 とりあえず、なんとか着替えることはできた。


 ちゃんとした男物の服になって、生き返ったような気分になる。服を替えるだけでこんなにも安堵したのは初めてだった。いや、女装するのがおかしいんだけど。

 ちなみに、僕たちは放棄されてしまっているショッピングモールにやってきている。


 室長があのゴーレムから奪った情報では、攫った後にはここに来るように命令されていたらしい。

 元々はかなり賑わっていたんじゃないかと思わせるような、かなり広い駐車場を有する場所だ。しかし、それは過去の栄光であり、今はただの廃墟同然になってしまっている。


 近くまではタクシーで来たが、後は歩きだ。

 運転手さんは怪訝そうな顔をしていたのだが、事情を説明しても理解を得られるはずもないし、そもそも魔術師の事情を説明してしまったら、統魔に何をされるのかわからないのでそのへんは適当にごまかしておいた。


 さて、入り口に立ってはいるものの、ここから先は敵地だ。

 確実に待ち伏せはあるだろう。警戒するに越したことはない。

 そんな僕の心情なんて知るか、と言わんばかりの早足で室長はずんずん進んでいく。

 もう、僕いらなかったんじゃないかな? そんな気分にもなってしまう。


 「ちょっと室長、流石にもうちょっと慎重にいったほうがいいんじゃないですか? すでに相手の拠点に侵入している状態なんですから」

 「相手の準備は整っているんだ。魔術師の準備というヤツはけっこう時間がかかる。となると、すでに用意していた仕掛けしかないはずだからな。心配するだけ無駄だ」


 そんなものなのだろうか。

 それなりには大きい入り口に到着するが、もちろん鍵は閉まっている。


 「邪魔だな。コダマ、やれ」


 気分だけじゃなくて、実際に犯罪者になってしまうことを推奨されてしまうとは。


 「はいはいわかりましたよ」


 二つ返事で了承してしまった辺り、僕も大分室長に染められてしまっている感があるとは思う。……気をつけないといけないのかもしれない。

 とりあえずは……面倒だ、全部ぶっ壊そう。

 おそらくは自動ドアだったであろうガラス製の横開きドアに意識を集中する。


 金属の枠が曲がり、ガラスがけたたましい音を立てて割れ、通れるぐらいのスペースは確保できた。

 なんだか心が(すさ)んでいる気がする。女装のせいだろうけど。


 多少は残っているガラスを蹴り飛ばしながら室長と僕は正面から堂々と侵入する。

 すでに日は落ちているので中はもちろん真っ暗なのだが、僕と室長には関係ない。僕には多少暗いか? ぐらいで済んでしまっているし、室長なんかは多分、昼間と変わらないだろう。


 だだっ広い店内は、商品が全くないために異常に広く感じてしまう。

 そして、これ以上無い空虚感を漂わせている。潜むには絶好のシチュエーションだろう。


 「どこに居ると思いますか?」

 「そうだな……一番奥だろう。そうじゃなければ地下にでも潜っているか、だな」


 その場合は穴でも掘ったらいいのだろうか? 出来ればそれは避けたい。モグラみたいに土にまみれる羽目にまでなってしまったら、そろそろ僕の堪忍袋の緒も切れてしまうだろう。


 室長は特に警戒する様子もなく進んでいく。

 僕は僕なりに周りに目をやりながら室長についていく。


 ……やっぱりこんなに広い室内だというのに、全く人間の姿が見えないというのは不気味だ。過去には人でごった返したこともあるだろう店内は、その残滓(ざんし)をまったく感じさせない。

 ただの、廃墟だ。


 「止まれ」


 突然、室長が足を止めて僕にそう言った。


 「何ですか室長?」

 「敵のお出ましだ。流石に気付いたみたいだな」


 敵、という単語に反応して僕の警戒レベルが一気に上昇する。

 前後左右を素早く確認する。

 が、動くモノは存在していなかった。


 あるのは、商品の陳列棚だったであろう鉄製の棚とか、支柱とか、服屋のマネキンとか、カートぐらいだ。あ、商品を入れるカゴもあった。


 「……室長、僕には敵が見えないんですけど。相手は透明人間ですか?」

 「そんなわけないだろう。見えてるはずだ」

 「んなこと言っても見えないものは見えませんよ」


 そう言いながら僕が室長の方を見た瞬間だった。

 何かが、床を蹴る音がした。


 反射的にそちらを見る。

 マネキンがものすごい速度で僕に向かってきていた。


 「ぬえぇぇえ⁉」


 つるりとした顔の感情を全く感じさせない人型が迫ってくるというのは中々にホラーだ。


 やけに俊敏なマネキンは跳躍する。

 その動きは陸上選手か何かのようだった。ややもすれば見とれてしまっていただろう。その跳躍先に僕がいなければ。


 「あっぶね!」


 しゃがみ込んで大胆すぎる体当たりを敢行してきたマネキンを回避する。

 吸血鬼の動体視力と反射神経、ついでに筋力があって助かった。まともにぶつかっていたら、痛いで済んだら幸運なぐらいの速度だった。


 おそらくは棚にぶつかってしまったのだろう。派手な衝突音がした。

 恐る恐る、僕は飛んでいったマネキン(?)を確認する。


 舞い上がったホコリの中から、ぎこちない動きでマネキンが立ち上がっていた。

 こっわ! ホラーじゃねえか!


 「し、室長。マ、マネキンが……」

 「ゴーレムだ。ヘムの弟子の製作だろうな」

 「は?」

 「元から素材が用意してあるのなら、あとは術式を組み込むだけだからな。さぞ作りやすかったことだろう。ついでに、与えられている命令は侵入者の排除だろうな。完全に動けなくするか、弱点をつかない限りは向かってくるぞ」


 マジかよ。


 ゴーレムの弱点についてはヘムロッドさんが百怪対策室を去る前に教えてくれていた。

 Emeth。ヘブライ語で“真理”の意味。これがゴーレムの核であるらしい。


 頭のEを削ってしまうか、そのもの全部ぶっ壊してしまうとゴーレムを構成している術式は崩れてしまう。


 つまりは、このマネキンもどこかにEmethの文字が刻まれているということになるのだろうが、生憎とそれは発見できなかった。

 となると、取れる手段は決まっている。

 ぶっ壊すしかない。


 ぶわり、と僕の髪が浮き上がる。


 ばぎごぎべぎごぎん!


 全身を雑巾のように絞られて、マネキンゴーレムは動かなくなってしまった。


 「……ふう」


 出てもない汗を拭って、僕は一息つく。


 「室長、なんとかやりましたよ……って――」


 絶句。


 僕が見たのは前方から迫ってくる数十体のマネキン、いや、マネキンゴーレムだった。


 「一体終わったからといって油断するな。次々に来るぞ」


 す、と室長はマネキン共を迎え撃つために構えた。


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