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第四怪 その5

 6


 『コダマ、キミの妹から話は聞いた。早くそこから脱出しろ』


 着信に応答したら開口一番、室長までもが、やはり脱出するように言ってきた。

 なぜ小唄のことを知っているのか、とか僕が幽霊電車にいることがなぜわかったのか、とか色々訊きたいことはあったのだが、室長までもここから出ることを命令してくるというのはなぜだ? 『怪』の専門家、ヴィクトリア・L・ラングナーが。


 『聞いているのかコダマ。キミがそこに居るのは非常にまずい。今すぐに車掌を見つけて出ろ』


 多少イラついた調子で室長が言ってくる。

 今更になってどういうつもりなのだろう。僕には手を出さないように言ったのに。それに、小唄のヤツとどうやって知り合ったのだろう。


 更に疑問が追加されてしまったのだが、室長と連絡が取れたという事実は多少の安心感を生んでくれた。なんとか足下が定まる。

 だが、このままおめおめと室長に言われるがままに行動するような僕じゃない。


 「……室長、どういうことなんですか? この電車は一体何なんですか? 説明してください。そうしないと僕は動きませんよ」


 脅し。いや、担保が僕の命なのだから室長にとってはなんの脅迫にもなっていないのだろうが、それでも僕に今切れるカードは自分自身しかないのだからこうするほか無い。


 数秒、向こう側の室長は沈黙していたが、盛大にため息をついた。


 『……コダマ、その電車は現世(うつしよ)のモノじゃない。常世(とこよ)の存在だということぐらいはわかっているな?』

 「ええ、どうせこの幽霊電車は人間の魂を捕らえて、何かに利用しているんでしょう? そんなのは僕の倫理が許してくれませんよ」


 再び、室長はため息をつく。


 『その電車の役割は死者の魂の送迎だ。キミ、本当に日本人か? 今の時期を考えてみろ』


 今の時期?

 八月も中盤、そろそろ夏休みも終わりに近づいてきている。いや、そんなことは関係ないだろう。

 なんだ? 強いて言うなら……


 「お盆、ですか?」


 日本人という室長の言葉、そして、死者の魂というモノをつなげるのならばそうなるだろう。


 『そうだ。お盆は死者の魂が一時的に現世に戻ってくることを許可される時期だ。が、最近は転生のサイクルが狂っていて、転生待ちが十年以上になってる。ゆえに戻ってくる魂もかなりの数になってくるわけだ』

 「……はあ」


 もしかして、僕はかなり間抜けなことをしてしまっていたのだろうか?


 『数が増えると、その分輸送の役割を担っている存在の負担も増えるから、常世は数十年前から現世の技術の導入が進んでいる。もう馬やら牛で行ったり来たりはしていないわけだ』


 ああ、お盆にキュウリやナスで作るアレか。小さい頃におばあちゃんに教えてもらったことがある。


 「いや、待ってくださいよ。それなら行きと帰りだけでいいはずでしょう? なんで美音ちゃんや、僕のおばあちゃんは昨日も今日もこの電車に乗っているんですか?」

 『常世の法も厳しくなっているからな。お盆に戻った死者の魂が現世に留まり続ける事態の発生を防ぐために毎日常世に戻して管理しているんだ。つまり、お盆も日帰り帰省みたいになっている』


 世知辛くなってしまっているのは死者の国も一緒のようだ。

 知らぬは生者ばかりで、死者の世界も進歩しているらしい。


 「じゃあ、僕がやっていることは……」

 『単なる業務妨害だな。とっとと降りないとそのまま常世に連れて行かれてしまうぞ。車掌に事情を話してとっとと降ろしてもらえ。じゃあな』


 ………………僕は、道化か。


 室長は警告というか、ちゃんと忠告しておいてくれたのか。言い方はアレだったのだが。

 なんだ、全部僕の独り相撲だったというわけだ。

 緊張の糸が切れて、一気に全身の力が抜けてしまい、さっきとは違う意味で足下がおぼつかなくなってしまう。


 なんてこった。生意気に室長に逆らって独断専行した結果がこれとは。

 笑えるじゃないか。


 自嘲的な、乾いた笑いがこぼれる。

 まあ、笑っている場合じゃないか。このままあの世に行ってしまうのは本意じゃないし、その業務を妨害するのもごめんだ。


 だが、一応は伝えておきたいこともある。

 僕は通話を切ってから美音ちゃんに目線を合わせる。


 「なに?」


 きょとんとした表情だ。

 まあ、知らない人間に目線を合わせられたらそうなるか。


 「美音ちゃん、きみをまだ覚えている人はいるし、死んでいるっていうのに心配してくれる人もいるんだ。それを覚えておいて欲しい」


 ぱちぱちと美音ちゃんは何度か瞬きをしたが、にっこりと笑ってくれた。


 「うん、わかってるよ」


 よかった。依頼は果たせなかったが、これだけは伝えておかないとここまで来た意味さえも消失してしまうのだから。

 あとは……


 「おばあちゃん、僕、ちょっと色々あったよ」

 「そうね、色々あったみたいね。コダマちゃんも大きくなったみたいだし」


 微笑むおばあちゃんは僕の記憶にあるモノと全く同じだ。柔らかくて、なんでも許してくれそうな微笑み。僕はおばあちゃんのこの顔が大好きだった。


 「僕、超能力者だったみたいだし、その上に今は吸血鬼になりかけてる。そのうえに、魔術師の助手なんてコトをしてるよ」

 「あらあら、変わったことをしてるねえ。あなたのおじいちゃんも妙なことをしてたわ。もう皆に“変わってる”って言われていたもの」


 僕としては一大決心をして告げたつもりだったのだが、おばあちゃんとしてはあんまり重大なことでもなかったようだ。

 おじいちゃんの性格と一緒レベルかよ。年季の入っている人間は違う。

 これはただ、誰かに言いたかっただけだ。


 僕がヒトでなくなりそうになっていることは意外に(こた)えている。自分が喪失してしまうような感覚が、キスファイアと対峙して以来ずっとあった。

 だが、そんな悩みなんてモノは、結局僕が深刻に考えすぎていただけのようだ。おばあちゃんにとっては、孫が怪物じみた存在になりかけてても、それはちょっとした“変わってる”ぐらいのモノのようだ。

 おばあちゃん、ありがとう。少しは生きてみる気になれたよ。


 「はいはい失礼、はい失礼。お通しください、お通しください」


 どこか気取っているようで、それなのにひょうきんな調子の声が聞こえた。


 「生者の方が入り込んでしまったとうかがったのですが、お間違いないですかな?」


 振り向くと、僕の後ろには昔の鉄道の車掌のような服を着た人物がいた。

 が、尋常の存在ではない。幽霊ですらないかも知れない。


 何しろ、顔が黒い(もや)のようなものでできているのだ。その靄に帽子が乗っているのはなんとも不気味だった。

 一瞬、警戒してしまうが、まわりの幽霊が動揺していないことからどうもこの電車の車掌だろうと僕は推測した。


 「はい、僕です。降ろさせていただけますか?」

 「もちろんですとも。まあ、以後ご注意ください」


 おそらく、車掌に顔があったのなら気さくな笑みを浮かべていたことだろう。

 そして、その手がかざされると同時に僕の意識は暗転した。


 


 意識が戻ったとき、僕がいたのは空中だった。


 「なぁぁぁぁぁぁぁあ⁉」


 どうやら幽霊電車からそのまま放り出されてしまったようだ。かなりの速度で地面が迫ってくる。


 「がっ! ぐっ! ぬぐっ! ぐおぉ!」


 ごろごろと地面を転がる。草が生えていたのと、吸血鬼の頑丈さがあって助かった。

 っていうかこれ、普通の人間なら死んでいたんじゃないのか?


 おい車掌、ちょっとは手加減しろ。


 そんな風に毒づきながら僕は立ち上がる。

 遠くに、幽霊電車が走っていくのが見えた。

 締まらない結末だ。


 依頼は果たせなかったし、僕は単に右往左往していただけ。

 だがそれでも、僕は何かを得たような気がする。

 ヒトとしての何かを。


 「あー、ここ何処だろう……」


 なんとか無事だったスマホを取り出すと、僕の自宅から二〇キロは離れていた。

 とりあえず、家に帰るために僕は足が回復するのを待ってから走り出した。

 時間は、午前二時。丑三つ時だった。



 7



 「一体何処(どこ)に行ってたんですか、室長……」


 幽霊電車騒動から二日後。

 室長が戻ってきた百怪対策室に僕はやってきていたのだが、いつもの応接室は同人誌やら、グッズやらで埋め尽くされていた。

 いや本当、ドアを開けることは辛うじて出来たのだが、一歩踏み出した瞬間にキーホルダーを踏みつけそうになった。これほどに散らかせるだけの物品はこの応接室にはなかったというのに。


 そして、僕は部屋の中央で雑多な品々に囲まれて真剣な表情で仕分けを行っている室長を発見したのだった。


 「ん? なんだコダマ、言ったはずだろうが。戦場に行っていたんだ」


 同人誌をこれだけ獲得する戦場って何だ?

 ……あまり深く訊いてはいけない気がする。


 「……まあ深くは尋ねませんけど、どうするんですか、これ。足の踏み場もないですよ。文字通りに」

 「そうなんだ。全く、うれしい悲鳴というヤツだな。コダマ、今日は戦利品の整理だ。キミも手伝え」


 目の前に置いているスーツケースに同人誌を詰め込みながら室長は命令してくる。

 正直、やりたくなかったのだが、幽霊電車の件がある以上は断りにくかった。


 渋々、僕は山のような同人誌やらグッズの仕分けに乗り出した。

 一時間もすればおおよその整理はついた。

 とは言っても、分類は室長がやっていたので僕は適当な場所に詰め込んでいただけだったが。


 どうやらこの応接室も何かしらの魔術が使用してあるらしく、今まで開けたことのない収納スペースはとんでもなく広かった。

 やっとのことで片付いたので、僕はいつものようにコーヒーを室長の分と僕の分、()れる。

 出来上がったコーヒーを、すでにソファでくつろいでシガリロをふかしている室長の元に持っていく。


 「……コダマ、あの電車は盆の時期には走っているんだ。普通の人間には見えないんだが、霊感の強い人間とか、私たちのような人外には幽かに見えるんだが、今回の依頼人がそうだったみたいだな」


 ソーサーに乗せたカップを目の前に置くと、室長はいきなり口火を切った。


 「人外って、じゃあ国束さんも……」

 「アホ。霊感が強いっていうだけだ。私も確認してきた。それよりも座れ」


 どうにも僕のカンは大ハズレなほうが多いらしい。というか当たった試しがない気がするが。

 まあ、確かにそうそう室長みたいな人外がいても困る。僕の住んでいる町が人外バトルにあふれてしまったら非常に困る。主に僕の安全とかの上で。

 とりあえず、僕もソファに座ってコーヒーをすする。

 ……それなりに上等の豆を使って、さっき挽いたばかりなのでかなり香りはよいが、室長が異様に甘ったるい香りのシガリロをふかしているので台無しになっている。


 そのシガリロを灰皿に置き、室長は深くもたれるようにして姿勢を崩す。


 「コダマ、キミは今度一切死者の魂をどうこうしようとするんじゃない。そういった死霊魔術師(ネクロマンサー)めいたことはキミには危険過ぎるし、それを実行出来るほど残酷にもなれない」


 まっすぐに僕の目を見て、見たこともない真剣な表情で室長は言った。

 それに対して、僕は返答することができない。


 別に魂をどうこうしようとしているとか、そういうことじゃない。あまりにも室長が真剣だったことに圧倒されてしまったのだ。

 普段はいい加減で、『怪』絡みじゃないときには僕をからかってばかりいる室長が真剣に僕に命令しているのだ。

 おざなりな返事はできない。


 「……わかりました。今後一切関わることはしません」

 「私の目を見ろ」


 思わず下に逸らしてしまった視線を、上げる。

 深い海のような、濃い碧の瞳が僕を見ていた。


 「……誓います」


 しばらく、室長は僕の目をじっと見ていたが、そのうちに納得してくれたのか再びシガリロを手に取り、ふかし始めた。

 どっと疲れた、ような気がする。


 まさかこんなに室長が今回の一件を重要に思っているなんて思ってもみなかった。

 いつものようにからかい混じりに解説で終わりだと思っていた僕は、やはりまだまだ未熟ということなのだろう。

 そういえば、僕は本来あり得ないことを体験している。

 室長はどうなのだろうか?


 「室長」

 「なんだコダマ。私はちょいと疲れたから今日はもう買えっていいぞ。次に来るときには伊勢堂のロールケーキを買ってこい」

 「……今回の償いはまあ、そのうちにするとして、室長は死んでしまった人ともう一度だけでも良いから話したいと思ったことはありますか?」



 「……ああ、もちろんだ。だが、そんなことは考えるべきじゃない。死者は死者だからこそあの世で安穏としていられるんだ。生者のことは生者で何とかしないとな。墓を掘り起こすのは墓荒らしだけで十分だ」


 そんな風に皮肉めいて答えた室長の顔は、なぜか寂しそうだった。


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