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心霊探偵ジョージ   作者: pDOG
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「鬼の腕 前編」

挿絵(By みてみん)


 俺の名前はジョージ。この東京の外れに探偵事務所を構えてもう十年とちょっとになる。


 その日はまるで訪れる事が運命だったかのように、俺の前に突然姿を現した。



 それは、まるで茹だるような暑さの日だった。



 まだ梅雨は明けてなかったはずだが、窓の外には澄み切った青空とビルとビルの間にはもう夏の雲が見え隠れしている。


 こんな暑い日でも、俺の事務所には古ぼけた鉄製の羽が付いているアンティークの扇風機が一台あるだけだ。


 マコトもエイミーも早くクーラーを付けろ、これじゃ依頼内容を聞く前にお客様が帰ってしまうとギャンギャン俺に訴えて来るんだが、クーラーだってタダじゃねえんだぞ。電気代は仕方ないとして十何万もする事務所用のクーラーなんて買えねえよ。


 さらに世の中はついに夏休みとやらに突入したらしい。


 俺の事務所にはまたいつかのように子供達が押しかけて来ていた。


「なあなあ、なんか事件とかないのかよー、どんな事件でも解決してやるぜー。」


 と、いつにも増して生意気な口調で言ってくる。


 まったく、暑さが増すじゃねえか。


 こいつらは近所の小学校に通う4人組みだ。

 いつも赤い顔をしているリーダー格の餓鬼が一番背が低くて、その子分に太った大柄の子供。そして髪の長い女の子が一人。

 最後は俺と同じこのアパートに住む青い目の子供という構成だ。


 夏休みを機に少年少女探偵団を再結成したんだと。


 今度はシンガポールに連れて行けとか言ってるんだが、一体、何の影響を受けているんだ?


 俺はソファに寝そべりながら、煩い子供の声から逃げるように帽子を顔の上に乗せて昼寝の体制に入った。


 その時だった。


 付けっ放しにしているテレビからワイドショーの音楽が流れたかと思うと、すぐに速報を知らせるチャイムが響き渡ったのだ。


「番組の途中ですがニュース速報をお伝えいたします。」


 少し早口なアナウンサーの声がした。


「京都のF寺に奉納されていた日本刀『髭切』が昨夜盗難にあっていた事が判明致しました。警察では防犯カメラの映像に映っていた複数人の外国人グループによる窃盗事件として・・・」


 俺はその声に飛び起きた。


 俺が急に起き上がったせいで絡んでいた子供達が皆飛び退くように離れて行く。


 俺は食い入るようにテレビの画面を凝視した。


 その刀の名前に心当たりがあったからだ。


 髭切。


 今は重要文化財に認定されているその刀がF寺の古い蔵から発見されたのが約十年前。


 十年前にその刀を発見したのは当時、仕事で京都を訪れていた一人の探偵だったんだ。



 名前をケンジ、と言う。



 死んだ俺の親父だ。



……………



 俺がその知らせを受けたのは十年前、まだ俺がニューヨークにいた時だ。新しい事務所に引っ越しも終わり、俺とダニエル、エイミーの三人はささやかながらお祝いをしていた。順調だった俺たちに、これから始まる新生活に、頼り甲斐のある小さなアシスタントに、そしておさらばしたカビ臭い地下の古ぼけた事務所に乾杯をして、俺たちは新しいスタートを切ろうとしていた。


 その時、玄関のチャイムが鳴り俺にエアメールが届いた。今時手紙なんてと思うかも知れないが、十年前は携帯電話なんてそんなに普及していなかった。まだ世の中普通に手紙が飛び交う時代だったんだ。



 差出人はサオリだった。



 手紙には親父が死んだこと、そしてアキヒコも後を追うように亡くなったという事、



 そして涙の跡が書かれていた。





「ジョージ・・・?」


 三毛猫を抱き抱えたエイミーが心配そうに顔を覗き込んできていた。


 俺の記憶にはあの時目にいっぱい涙を溜めて俺を見送ったエイミーの小さな姿がフラッシュバックしていた。



 ──── そうだ、俺はあの事件を追うために日本へ帰ってきたんだ。





 ────





 俺たちは順調だった。


 ニューヨークの片隅で始まった俺とダニエルのちっぽけな探偵事務所はいつのまにかちょっとした有名探偵事務所に変わっていた。エイミーという優秀なアシスタントを迎え入れてからは依頼も鰻上りに増え、懐も潤っていた。


 だが、俺はそんな順調なチームを抜ける決心をしたんだ。


 親父が死んだ事も


 アキヒコが死んだ事も、


 大した理由じゃなかったのかも知れない。



 サオリが泣いている。理由なんてそれで十分だったんだ。



 日本に戻った俺を迎えてくれたのはボロい探偵事務所と小さな三毛猫、そして目を真っ赤に腫らしたサオリだった。



 親父とアキヒコはある事件を追っていた。その事件は無事解決したらしいのだが、それと引き換えに二人は命を落としていた。


 親父は即死だった。


 だがアキヒコはこのアパートまで一度は帰ってこられたらしい。


 サオリの顔を見て、その腕の中で息を引き取ったという。


 アキヒコらしい最後だと俺は思った。


 「髭切」はその時に親父達が見つけたと近藤さんが教えてくれた。ものの一ヶ月と経たずに本物だと鑑定され、その年の年末までには重要文化財に認定された。


 とても名誉な事だ、と近藤さんはまったく意味のない慰めの言葉をかけてくれた。


 犯人について、近藤さんは何も教えてくれなかった。


 どんな事件に関わっていたのかも、どんな結末を迎えたのかも、そして何故、親父とアキヒコが死んだのかも。


 俺はあの日から、この事件を追っている。


 日々の瑣末な事柄や、俺を微睡みに誘う女の肌に惑わされながらもこの十年、手掛かりを追ってきた。


『いいかジョージ、これは警察の仕事だ。お前は手を引け、いいな。』


 俺が諦めきれずに足掻いていると、決まって近藤さんはこう言って俺を止めに来る。このセリフは何度も聞いた。本当にヤバいヤマに俺が当たった時にさり気なく背負ってくれる、そんな近藤さんの気遣いが溢れた言葉だ。


 親父とアキヒコはこの言葉通り、本当にヤバいヤマに首を突っ込んでいたのだろう。どんな依頼を解決したのかは知らないが、その結果、命を落とす事となった。


 俺は二人の追っていた事件を知りたい。


 「髭切」が盗まれた、そう聞いた時に、直感的に俺はまたあの事件が再燃したような、それともまだ終わっていなかったような、そんな予感がしたんだ。



「髭切、か。」



 俺の斜め前に立っていた赤ら顔の男の子がそう小さく呟いた。


「ん?なんだよー!お前知ってんの?」


 と、太っちょの男の子がすぐさま聞きつけて赤ら顔の男の子に詰め寄っていく。盗難事件を解決するつもりなのか?こいつらは?


「いや知らないよ。カッコいい名前だな、って思っただけ。」


「なんだよー。」


 と、のんびりした会話が聞こえてくる中、エイミーだけは俺の事を本当に心配したような表情で見つめていた。



 ──── どうした?エイミー。



 そう尋ねると、彼女は不安な気持ちを振り払うように激しく左右に頭を振った。



「ジョージ、あの日と同じ顔をしていたの。私の前から居なくなったあの日と。


 ねえ、ジョージ、居なくならないよね?ずっと一緒だよね?ねぇジョージ。」




……………



 俺は十年前、このボロい事務所を引き継いでたった一人で探偵事務所を始めた。


 子供の頃から見慣れたアンティーク調のランプ、そして古ぼけた本棚、これに合わせて古道具屋を回り黒電話と鉄製の羽を持つ扇風機など何点か買い揃えた。親父はこういったお洒落なものにはこだわりが無かったようだが、せっかくこれから世話になる事務所だ。俺からの心ばかりのプレゼントだった。



 電話が鳴る。澄んだ音色は心地よかった。



 が、俺はその内容に愕然とする。


 当たり前だが電話の殆どは親父が死んだ事を知らない顧客から親父に宛てられたものだ。だがその電話の相手が9割以上、寺や神社関係者だったのだ。


 そして残りの1割はイタズラ電話だ。


 宮司や住職から電話がかかって来るたびに俺はもう親父がこの世には居ない事を告げ、そして一体、親父は何をやっていたのかと興味を持っていった。


 何度かその仕事を俺が引き継ごうかと提案した事もある。せっかくの顧客が居るなら逃したくないとも思った。


 だが、“探偵”である俺に対して依頼する内容は無いと伝えられた。


 俺の事はケンジ=俺の親父から聞いていたらしいがあのクソ親父、俺の事をどれだけ腕の悪い探偵だと伝えていたのだろうか?まあ、それも仕方ない。親父は実際にPrivate eyeとしてニューヨークで仕事をしていた俺を知らないのだから。


 一年ほどで電話は鳴らなくなった。残り1割のイタズラ電話を除いて。


 この事についても近藤さんはダンマリを決め込んでいる。


 親父が何をしていたのか、今更ながら俺は何も知らない自分自身を知った。


 こればかりは仕方がない、とは言い切れない。


 後悔だけが今も残る。


 俺は日本を飛び出す前、かなり荒れていたんだ。


 思い返せば親父とまともに話をした事も無い。親父の仕事に真正面から向き合った事も無い。そしてアキヒコが実は親父の仕事を手伝っていたなんて知ったのも、親父の仕事に巻き込まれて死んでしまったと聞いたからだ。


 後悔だけが残る。


 向き合っていなかった自分自身に。



 ──── すまなかった。



 そう言って謝った俺の頬をサオリは叩いた。


 サオリに平手打ちなんてされたのは後にも先にもあの時だけだ。



 ──── なんで謝るの?あなたは何も悪く無い!



 ──── すまなかった。



 ──── 謝らないで!お願いだから謝らないで!



 あなたは悪く無いの、でも謝られたら言いたくなる!



 なんで側に居てくれなかったの?って



 なんで日本に居なかったの?って




 なんで二人を助けてくれなかったの?って言いたくなるじゃ無い!




 ────







 俺はいつのまにか寝てしまったらしい。何度も見たあの日の夢は今日も俺を責め立てる。身体はまだ寝ているのだろうか?ソファから起き上がろうとしたがうまく動かない。



 遠くで誰かが喋っている声がする。



「茨木か、厄介な奴が帰ってきたね。」


「天敵も隠したことだし、今度こそはって思っているだろうな。」


「アンタも思うところあるだろうに。」


「それはな、だが今回俺は手を出さん。お前の主人には俺も世話になった。手を貸すわけにはいかないが邪魔もせん。それで許せ。」


「仕方ないねえ、もう少しお眠り。」



 そこで俺はまた眠りに落ちた。



 あれは一体誰の声だったんだ?



……………



 俺はもう一度、事務所の中から親父の辿った形跡を漁ることにした。昔の俺には出来なかった事だ。


 あれから十年、俺は確かに昔と変わっていると実感するとともに、少しだけ悔しい気持ちが沸き起こってきていた。


 古ぼけた本棚の一番下に隠し棚が本当に見つかったからだ。


 事件を追うために何度も京都に行った。親父とアキヒコが当時に辿った跡を何とかして見つけようと躍起になった。


 しかし手掛かりはこんな身近なところにあったのだ。


 本を退けた奥。本棚の壁が外れてその奥にかなり大きめの棚が広がる。外から見ればここは壁の中に当たるはずだ。こんなところに空間があるなんて思いつくはずがない。


 あるはずが無いもの、それを俺は十年かけて見つけられるようになったらしい。


 本当ならばニヤリと笑うところだ。しかり俺は自然と奥歯を噛み締めていた。


 俺にはまるで親父に「やっと見つけられるようになったんだな、十年か、長かったな。まだまだだ。」と、笑われてるような気がしていたんだ。


 くだらない意地だなんて事は分かっているさ。


 俺は喜んだらいいのか悔しがったらいいのかわからなくなり、微妙な表情を浮かべていた事だろう。こんなところを誰かに見られたら大変だが、幸いにもその時に事務所に居たのは俺一人だった。



 本棚の奥にあった空間はかなり広かった。


 ちょうど本棚一段分くらいはあるだろう。


 そしてそこには桐で出来た白い木箱が眠っていた。



 ──── なんだこれは?

 


 俺の口から思わず声が漏れる。


 縦80センチ、横幅15センチ、高さ15センチのその桐の箱にはお札が貼られ、神社にあるようなしめ縄でキツく縛られていた。


 それこそ重要文化財でも入っているかのような箱だ。


 俺はしめ縄をほどき、注意深くお札を剥がした。


 箱の蓋を開けた瞬間、中からカビ臭い匂いが吹き出してきた。




 ──── なんだこれは?



 また俺は同じ台詞を繰り返した。




 厳重に封印を施された桐の箱。



 内側には油紙を巻きつけた細長いものが入っている。



 俺はその油紙を破かないように、ゆっくりゆっくりと剥がして行く。




 俺は息を飲んだ。




 そして目を見張った。




 その白い桐の箱に入っていたもの、




 それは子供のものと思われる、小さな右手のミイラだったのだ。





to be continued....

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