ショートショート「橋姫」(鬼の腕プロローグ)
「女の嫉妬は怖ぇぞ、気を付けろよ。」
ジョージ君のお父さんはよくそう言って私とあの人をからかいました。
私達が付き合い出した頃から、そして結婚してからもしつこく言うので私は少しうんざりしていたくらいです。アキヒコさんはとても真っ直ぐな人で、アプローチも告白もプロポーズも彼からでした。そんなアキヒコさんに限って、なんて考えて嫉妬どころか一度たりとも疑った事すらありませんでした。
今にして思えば私もまだまだ子供だった、と言うことでしょうか?
私は鬼になる程の嫉妬を味わったことなど無かったのですから。
宇治の橋姫は夫を後妻に取られて鬼に変わりました。もちろんそんな思いなどしないに越したことは無いですし、その機会は永遠に失われて、私はもうそんな気持ちを味わうことなど一生ないものだと思っていました。
しかし、その機会は不意に訪れました。
静かに、そしてこのままずっと続くかと思われた私と彼の時間、そこに女の私でも見惚れてしまうほど美しい女性が入り込んできたからです。
まるで映画やドラマから抜け出てきたかのような造形、流れるような金髪と澄んだ青い瞳。
私は生まれて初めて嫉妬という感情を知りました。
今までも何度か彼が他の女性を連れている姿を見たことはあります。しかし、その女性だけは古くからの付き合いということもあるのでしょう、私の目には彼にとって“特別な人”であるかのように映ったのです。
しかしもちろん私と彼は何か約束をしたわけではありません。私には何も言う権利は無いのだと自分を押さえつけて我慢するほかはありません。
──── そんなことはわかってる
でも、
──── でもいやなものはいや
私の中の我儘な私が囁いて、
──── 独占してしまえ
髪の毛の根元がチリチリします。
髪の毛がひと房束になり、捻れて纏まってゆくのが感じられます。
きっと先端は尖っているはず
まるで角のように
まるで、橋姫のように
いけないいけない、こんな事を考えちゃいけない、と、いつもそこで我に帰るのですが、
彼のことを考えると、最近いつも、こう。
そろそろ自分でも抑えられなくなりそうで
すこし
怖いです。




