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心霊探偵ジョージ   作者: pDOG
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「酒呑童子」

挿絵(By みてみん)

俺の名前はジョージ。商店街の入り口で小さな探偵事務所を開いている。

事務所は駅から5分とかからない最高の立地だ。

建物もちょっと古くて少しガタがきているが、造りはしっかりしている。


俺はここで長年暮らしているし、俺にとっちゃ最高の事務所だ。


が、


「いい加減にしろ!」


俺は耐え切れず、とうとう声を荒げて餓鬼どもを追い出した。


まったく、最近餓鬼の遊び場になって本当に困っている。

子供が苦手なわけじゃないが、毎日毎日遊びに来られてもな。


近所の小学校に通う4人組みだ。

いつも赤い顔をしているリーダー格の餓鬼が一番背が低くて、その子分に太った大柄の子供。そして女の子が一人。

俺と同じこのアパートに住む青い目の子供という構成だ。


話しを聞いてみたらどうやら流行りの探偵団気取りらしい。


しつこく昔の話しを聞かせろだの、何か怪事件をよこせだの。

まったく、どんな躾をされてやがるんだ。


俺は餓鬼の居なくなった部屋で冷めたコーヒーをひと口含んだ。

静かになった部屋に、風呂場へと避難していた三毛猫が顔を出した。


だが、静かだったのは一瞬のことだ。


パソコンを覗き込んでいたマコトが「依頼ですよ。」と顔を上げたからだ。

依頼内容の欄は簡潔に、ストーカーを退治して欲しいとだけ書かれていた。


……………


二日後、俺はマコトを連れてある駅で依頼人を待った。

依頼はメールでも受け付けるが、実際に受けるかどうかは会ってからだ。

これは譲れない。


待ち合わせの駅に時間通りに現れた依頼人は地味な女だった。


化粧すらしていない。髪も爪も短い。


主婦でもOLでもない、小奇麗さと、時折さす“翳”


俺はこの手の人種を知っている。

自分の身体を切り売りしているタイプの女だ。


仕事の内容を聞かせて欲しいと頼むと、女は事件について喋りだした。


事の起こりは誰かが部屋に侵入した形跡がある、と感じたことだ。

直して出たベッドのシーツが少しだけ乱れている。

下着が足りないような気がする。

気のせいかも知れない、そんな些細なことがきっかけだった。


「それだけ?」とマコトが口を挟むと女の表情にさらに翳が落ちた。


ある日“仕事”から帰ってくると机の上になんと花束が置いてあった。

ハッピーバースディのメッセージカードを添えて。

彼女の25回目の誕生日の朝だった。


最初は“店”の誰かだと思った。

生活は管理されている。事務所の人間は鍵を持っている筈だ。


だが違った。


それが誰からの贈り物でもない事が判明したのは、夜出勤してすぐのことだ。


「流石に気持ち悪くなって・・・はい、花束はすぐ捨てました。」


女の言葉遣いは丁寧で流暢だ。持っている“顧客”もさぞ多いことだろう。

俺がタバコを吸っていいか?と聞くとすぐにライターが出てきた。


その姿に俺は苦笑するしかなかった。


結局、俺はこの嫌がらせ対策の依頼を受けることにした。

話しを聞いている間に何度か知り合いの名前が登場したからだ。

こんな仕事をしている関係上、彼女の“事務所”がらみの知り合いも多い。

あの人が絡んでいるならば、そんなちっぽけな理由だった。


彼女の部屋に花束が置かれていたのは先月のことだ。

それからひと月あまり、犯人の行動は加速度的にエスカレートしているらしい。


捨てたはずの花束がテーブルの上にあった。


さらに捨てると、また戻ってきた。


しかも、今度は褪せた花びらに血のようなものが付いていた。


部屋の鍵を変えたが効果がない。

事務所の人間が見張りに付いたが、その日だけは現れない。


そして数日が経ち、もう現れないだろうと警戒を解いた日の朝。


テーブルの上に枯れた花束が戻ってきていたのだ。


花束は、まだ新しい血で赤く染められていた。


彼女は精神的に追い詰められていた。警察へは“行けない”

そして悩んだ挙句、事務所の人に許可を貰い俺の所へ来たのだった。


……………


調査を開始したのはさらに二日後のことだった。

機材のレンタルに少し手間取ったからだ。

複雑な機械を操りながら部屋をうろうろと歩き回るマコトに、依頼人の女が怪訝そうな表情を向ける。


「あ、これはですね。盗聴器の電波を探しているんですよ。」

と、マコトが笑顔で説明してやっと納得してもらえたようだった。


換えたばかりの鍵穴にもピッキングの跡が残っていた。

簡単な指紋採取をしてみたが、当然、それらしいものは出てこない。


話しを聞いている間にも感じたことなのだが、嫌がらせをしている犯人はかなり頭の良い、慎重な人物らしい。


ドアの鍵は電子ロックへと変更。発見された2個の盗聴器も撤去。

逆に小型の監視カメラを設置してテーブル周辺を撮影することにした。

まあ、盗聴器が撤去された時点で部屋への侵入はまずありえない。

これで撮影されてくれるような犯人なら苦労は無いのだがな。


部屋の中は最低限の家具と荷物しか置かれていなかった。

今時珍しい“訳あり”の女だ。


初めから用意されていたであろうダブルベッドだけが豪華で、あとは安物のパイプハンガーに僅かな衣服がかかっているだけだった。


 やはり似ているな。


 俺の脳裏にいつか見た光景が重なる────


嫌がらせをしていた犯人への対策は一通り終わった。

だが、何も解決したわけではない。結局はその犯人の意識次第だ。

俺は女に、一日も早く犯人を捕まえると約束して部屋を後にした。


……………


暫くは何事も無い日々が続いた。これは予想されたことだった。

犯人は彼女が興信所に依頼したことも、部屋に対策を施したことも知っている筈だ。


彼女は仕事を続けているが、送り迎えには事務所の人間が就いた。


俺は彼女に次の行動を指示していた。

恐らく“客”の中に犯人は居る。


怪しい素振り、言動、隠しカメラなど、“店”の監視だけでは賄えない部分を彼女に観察してもらうつもりだった。


だが、何も手掛かりを掴めないまま一週間が過ぎようとしていた。


「はい、ジョージさん。」


マコトがポットから紙コップにコーヒーを注いでくれた。

愛車の窓は少し曇っている。俺たちの張り込みも一週間になろうとしていた。


「ストーカーかぁ。なんか変な気分ですよね。」


マコトは紙コップを両手で抱えながら、それでも視線をマンションから逸らさず静かに話しを続けた。


「結局は“好きになった”だけなんですよね・・・ただ、好きなだけなのに・・・


好きになって、受け入れて欲しくって、相手のことが知りたくなって、

何かを送りたくなったり、相手の持ち物が欲しくなったり、触れたくなったり、


それって、そんなに変なことなんでしょうか?


え?僕はもちろんしませんよ、相手の迷惑になりますから、けど・・・、

その行き場の無い気持ちだけは・・・なんかわかる気がするんですよね。」


……………


現場には2台の救急車が停まっていた。

依頼人の女の勤める“店”、そこから数人の怪我人が運び出されている。


予測を大きく上回る展開に、俺は暫し呆然としていた。


犯人は“店”に現れた。

やはり顧客の一人だった。


気の弱そうな、中年のサラリーマン風の男だった。


彼女の手を取り「ここから逃げよう。」と持ちかけた。

彼女は抵抗したが男の力には敵わない。

引き摺られるままに部屋を出たところでスタッフが駆けつけた。


中には単なるアルバイトも居たが、ほとんどは事務所の息がかかっている喧嘩慣れした男ばかりだ。簡単に取り押さえられる筈だった。


そんな男たちが4人も揃って、手も足も出なかったらしい。


もしも“鬼”というものが居たとしたら、きっとその男の姿だったのだろう。


大の男を4人も振り回し、植木もガラスも滅茶苦茶に叩き壊し、“鬼”は彼女を残して夜の街へと逃げていったという。


マコトの言う行き場の無い気持ちが、男を鬼に変えたのだろうか。


彼女への情愛と欲望が、男を鬼へと変えたのだろうか。


現場に駆けつけた警官に、ただの喧嘩ですよ、と説明する店員の後ろで、俺の依頼人がタオルで身体を隠しながら怯えて蹲っていた。



そうだな、彼女の行き場もこれで無くなったんだからな。



彼女は“訳あり”で“店”に勤めていた。

勤務できないとなれば別な方法で金を稼ぐしかない。


事務所、いや“組”の方針はシンプルだ。


遠く売られてゆくか。

身体の一部を高く引き取ってもらうか。


そのふたつにひとつ。選択は彼女の自由だ。


海外の市場へ売られてゆけば、例え借金を返したとしても二度と自由になることはないだろう。

だが身体を切り刻む恐怖よりはまだ懸命な選択なのだろうか。


深夜、晴海埠頭に降り立った彼女の表情は暗く沈んでいた。


俺の予想は本当に大きく裏切られた。


俺は犯人をもっと頭の良い、狡猾な人物だと思っていた。


彼女の仕事、部屋の様子から推測すればこうなることはわかるはずだ。


それが、想像以上に“想い”は素直に表現された。


俺達の対策は男にとってあまりにも完全過ぎたらしい。

行き場を無くした彼女への愛が悲劇を呼ぶとは皮肉なものだ。


俺はタバコに火をつけた。


立ち上る煙の先に、白く輝く月が浮かんでいた。


潮風は重く、身体に張り付くように流れていた。


……………


「来ましたよ、予定通りですね、探偵さん。」

俺と様子を見ていた若頭の言葉に、俺はオペラグラスを取り出した。

この男は物腰も柔らかく言葉遣いも丁寧だが、いつも冷静すぎる。


彼女はちょうど車を変えたところだった。

一般車に男3人と乗り込み、ドアを閉めた。


その時、埠頭に獣の雄叫びが響き渡り、一つの真っ黒な影が車に取り付いた。


俺が聞いた犯人の姿と現実は随分と違っていた。

身長170cmほど、痩せ型と聞いていたサラリーマンの後姿は、2mを越えた大型の熊のような姿に見えた。


取り押さえようと飛びついた組員は振りほどかれ、跳ね飛ばされ、まるで子供のようにあしらわれた。


そして驚くべき事に大人四人が乗った車を、男は傾けだしたのだ。



 逃げよう、と声が聞こえた


 だが、そこまで


 そこまでの想いも伝わらない


 遠く聞こえる悲鳴と咆哮は、拒絶と悲しみ




「探偵さん、そろそろ見ないほうがよろしいかと思いますが。」


若頭に言われて俺はオペラグラスを外し、帽子を目深に降ろした。




月光の中、銃声は本当に小さく、一瞬、聞こえただけだった。



……………


報酬は初めの予定よりかなり多く振り込まれた。

マコトは不思議がっていたが、俺は特に説明をしなかった。


こいつがこの仕事を続けていくならば、

そしていつか一人立ちをする日が来るならば、

手を汚すことも、裏の世界のことも教えなければならないだろう。


だが俺の相棒でいるうちは知らなくていい。知らずにいて欲しい。


 俺はマコトに嘘をついた。


 愛に狂った“鬼”にも、嘘をついた。


彼女が外国に売り飛ばされる予定など初めから何処にも無い。

すべて、俺とあの若頭が仕組んだ狂言だ。



男は予想通り、彼女を助けに現れた。



 一点の曇りも無く、


 あまりにも純粋に、


 想いのままに。




 それに比べて、俺ってやつは。




窓から見下ろす風景の片隅で、子供たちが遊んでいる。

ふと気付くと一人足りない。


と、思って振り返ると事務所のソファにふんぞり返っている姿があった。

リーダー格の糞生意気な餓鬼だ。

いつにも増して赤い顔をしていると思ったら、本当に酒臭い。

まったく、こいつの親はどんな躾をしてやがるんだ。



「そうだな、鬼は嘘をつかないのにな。」


説教でもしてやろうかと詰め寄った俺に、なぜかすべてを見通していたかのような答え。


相変わらず生意気な口調の餓鬼に、俺は苦笑いを返すことしか出来なかった。


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