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心霊探偵ジョージ   作者: pDOG
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「七人ミサキ 後編」



「例の話、調べてみましたよ、四国・中国地方に伝わる怪談ですね。」



 俺が焦げたフィルターの匂いにむせていると、マコトから連絡が入った。


 マコトが調べてくれた七人ミサキというのは有名な話らしい。

 似たような話は八丈島にも伝わっているが、もともとは関西系のフォークロアだという。



 死んだ七人の亡霊が生きている人に祟りを起こす。


 七人のうち誰かが成仏すると、補充のために誰かを引きずり込む。


 事故が起きると必ず七人の犠牲者が出る。



 各地に伝わる七人ミサキの話を大まかに分けるとこの3つだ。 この辺りに伝わる話はこの中だと3番目だな。事故が起きると必ず七人の犠牲者が出る。知恵は五人目だと祖父は言った。


 ジョージさんが怪談に興味を持つなんて珍しいですね。とマコトは続けた。


 俺もそう思う、と答えた。


 俺は幽霊なんて信じちゃ居ない。

 怪奇現象なんてあり得ない。


 だから興味も無い。


 だが、この件は知らなければいけないことのような気がした。


 この事件は誰もに『七人ミサキ』のせいとして解釈されているんだからな。



 都合よく。



 この辺りでは数年に一度、大きな事件が起きる。舟が転覆したり台風で土砂崩れが起きたり。それだけならいいのだが、たまに連続殺人事件まで起こるそうだ。


 それらの犠牲者は必ず七人。


 古くから伝わる怪談話をさらに増長させて七人ミサキの祟りなどと言われてきた。


 今回もひと月ほど前から事故が相次いだ。交通事故で二人、漁船の転覆で二人。


 そして真鍋知恵で五人目。


 地元では七人ミサキの名前が早くも一人歩きしている、というわけだ。



 都合よく、な





「あんたは知恵の死を予期していたんだな。」



 俺の問いかけ、いや断定的な言葉に美砂はお茶を煎れていた手を止めた。


 俺を見上げた瞳が何かに怯えるように震えていた。


 急須が少し乱暴にテーブルの上に置かれ、鳴いた。


 美砂は俯いて目を一度ゆっくりと閉じ、細く息を吐いた。


「私が・・・知恵を殺したも同然です。」


 自責の念に押し潰されそうな小さな肩に俺はそっと手を置いた。肯定と、そして罪を認めたその勇気を称える意味を込めて。


 俺の予想通り美砂は幾度となく知恵の相談を受けていたらしい。


 いや、受けていたのではない、


 受けていたが受けていなかったのだ。


 相談したいことがある、とまでは聞いていた。何度か連絡をちょうだい、とお願いされていた。


 だが東京での仕事・暮らし。


 彼女は忙しかった。


 ただ、それだけだ。



 ただ、それだけ。



 暫くメールを無視していたら全て手遅れになってしまった。



「本当は助けて欲しかったはずなのに・・・私が知恵を見殺しにしてしまったんです。」


 話し終えた美砂は声を上げて泣いた。


 ひとしきり泣き終えると、今度は震えて俺にしがみついてきた。


 突然飛び込んできた柔らかな感触と淡い女の匂いに、俺は過去の経験から学んだ教訓をもう少しで忘れるところだった。



 ──── 知恵は、私を恨んでいるわ



 虚空を見つめる美砂は、俺に肩を抱かれながら怯えた声でそう呟いた。


 知恵を傷つけ、死に追いやった犯人はもう解っていた。



 美砂もその一人。



 そしてもう一人、犯人は、いる。




……………



 真鍋知恵は自殺。これはどうしても揺るがない事実だ。


 それが、限りなく他殺に近いものだったとしても。


 俺に出来ることはもうなにもない。


 何も変えられない。


 現在の法律では虐めがあったとしても、例えそこに脅迫があったとしても、立証し、無念を晴らすことは困難だということを俺は知っている。


 そして何一つ証拠がない、ということは捜査においてまったくの無力を意味する。


 徳島県警の捜査は完璧だった。しかしこの事件を自殺以外で結論づけることはできなかった。


 例えばこの自殺が誰かに唆されたものだとしても殺人教唆の立件は難しい。強いて言えば体に残った暴行の跡から暴行罪、性的暴行が一方的に行われたと証明できれば強姦罪などが適用される可能性もあったが、残念ながらそれを証言してくれる被害者が既にいない。


 厳しい言い方だが、どれだけ酷い目にあっていたとしても、人は自ら選んだ死を誰かのせいには出来ないんだ。



 そしてこの土地にはそれを正当化する都合のいい風習が残っている。



 そう、七人ミサキが。



 事実、校舎の屋上で俺たちに詰め寄られた越智には余裕があった。俺たちには奴に知恵から検出された精液との遺伝子照合を命令する権利すらない。


 奴は最後まで知恵との関係を認めなかった。

クラスメートが知恵にしていた数々の暴行を認めなかった。


 俺たちを余裕たっぷりの目で見下し、口元に薄ら笑いまで浮かべてこう言った。



「証拠はあるんですか?」



 歯噛みして口篭る美砂に対して、さらに越智はこう続けた。



「やだなぁ、知恵ちゃんは七人ミサキに呼ばれたんですよ。きっと。」



 美砂が顔を上げる。


 その表情は今にも怒りで爆発しそうだった。


 知恵には以前から自殺願望があった。だが書き立ての遺書は不自然だ。レイプされて戻らぬ決意をした人間がそれから遺書を書くだろうか。書いたとしても怨みが連なる文章になるのが普通だろう。


 書かされたものに違いなかった。


 知恵の足取りを追っていて気がついたことがある。


 俺の捜査が行き詰まるくらい不自然なところが無かったことだ。


 引きこもりでもない。どこかに寄り道したり、誰かと懇意にしているわけでもない。


 悪い友達と連れ立っているところも見られたことがない。いつも一人で登校し、下校するところが目撃されている。


 小さい街だ。噂話もすぐ広まるくらい、周囲の人か何をしているのかが筒抜けになるくらいの街だ。


 知恵には不自然なくらい、何もなかった。


 そう、全ての事件は学校内でしか行われていなかったからだ。


 そう考えると今度は辻褄の合わないことがまた出てくる。


 ふん


 色々助けてあげていたんだろう?


 なあ、越智センセイ



 ──── 証拠なんかいらねえよ。



 俺は裁きを下す決断をしていた。


 これはただの鬱憤ばらしだ。


 誰のためでもねえ。


 権利とか正義とか、敵討ちとかそんなものは関係ない。


 いけ好かない奴を見過ごせるほど大人じゃないだけだ。



 俺は拳を握り締めて越智へと一歩踏み出した。



 俺の気迫に押されて越智が一歩後ずさる。



 なにやら喚いていたが、そんなものは俺の耳には聞こえちゃ居ない。警察?呼びたきゃ呼べよ。


 自白させようなんて思っちゃいねえよ。



 俺は獲物を追い詰めるようにじりじりと奴をフェンス際まで追い込んでいく。越智はとうとうフェンスを背にして動けなくなった。



 俺は拳を固く握りしめて顎の下で構える。



 越智の顔が恐怖に引き攣る様子が見えた。



 俺は一言も喋っていない。



 ただ一歩ずつ、歩いて行っただけだ。



 だがそこで奴は突然不思議な行動を取った。フェンスを飛び越して逃げようとしたのだ。



 はじめ俺の目には、越智がまるで風に吹き流されたように見えた。



 越智の身体がふわりと浮いて、屋上の柵を越えた。


 背中伝いに登るなんて器用な奴だと思ったが、それだけ必死だったんだろう。しかしフェンス上の有刺鉄線すら越え転がり落ちそうになった時に、俺は事態の深刻さに気がついた。



 その首に一瞬だが細い女の腕に見えるものが巻きついているのが見えた。



 越智を睨みつけたはずの美砂の表情は見る見る怯えたものに変わり、口をついて出た言葉もはじめに彼女が用意していたものとは随分変わっていた。



 「知恵!!駄目!!!!」



 崩れ落ちる美砂を横目で確認しながら、俺も柵へと駆け寄る。



 フェンスを登り、乗り越えようとする越智の足を掴もうとした。



 だが、届かなかった。




 越智はさらにふわりと浮き上がり、木の葉のように軽く柵を跳び越え、




 そして落ちた。




 屋上から落ちた越智の身体は有り得ないほどに捻じ曲がり、叩き潰されていた。



 誰かの悲鳴が、校舎に響き渡った。



 何が起こったのか俺には理解できなかった。

ただ越智が望んだであろう知恵の自殺と同様に、越智もまた自殺として処理される事になったということは間違いなかった。


 姉の次に頼った教師。


 そして救いを与えるどころか慰み者にした教師の末路がこれだ。


 悪いが俺には反省する気持ちなんてこれっぽっちも沸いてこなかった。


 いい気味だぜ、などと呟いた俺は、やはり冷酷な人間なんだろうか?



 コートをはためかせる風に任せて、俺はタバコに火をつけた。



 煙は越智と同じように柵を飛び越えて消えてゆく。


 校舎の中は途端に騒がしくなり、生徒たちに指示を飛ばす怒鳴り声なども聞こえてくる。





 だが冬の屋上だけは静かだった。




 そこには美砂の嗚咽の声だけが静かに響いていた。




……………



 俺は無力だった。


 真鍋美砂の死が知らされたのはそれからひと月ほど経ってからだ。


 東京に戻り、休暇を終えて復職した彼女ははじめのうち順調に見えた。

 年末と新年の激務を処理し、重なる忘年会、新年会など人付き合いも上手くこなした。


 だが、ある日の昼休みに突然会社の屋上から身を投げた。


 遺書もない、そんな素振りすら誰にも見せていなかった。自殺の動機は最後まで不明のままだった。


 俺が聞いた話だと当時の状況はこうだ。


 その日は天気もよく、会社の屋上には昼休みを楽しむ大勢の人がいた。彼女のことも大勢の人が目撃していた。


 美砂も同僚と一緒に弁当を広げて楽しく歓談していたらしい。



 小春日和の暖かな日だった。



 不意に美砂は立ち上がり、ふらふらと屋上の柵へと歩いて行った。



 その様子は異様だった。


 足取りは普通なのに口調だけが必死な様子だったのだ。



 知恵、ごめんなさい


 知恵、駄目


 知恵、許して


 知恵、やめて



 そう叫びながら歩いていたらしい。



 そしてまるで風に飛ばされるように、ふわりと柵を越えた。



 誰も止められなかった。




 こうして無力な俺は、俺だけは“七人目”の犠牲者が出たことを知っている。



 そのニュースを俺に知らせてくれた近藤刑事が「これは・・・七人ミサキかな・・・」とつぶやいた。


 七人ミサキ、そんなものを信じるほど俺は俗世に染まってないが、この事件は、これですっかり片付いたような気がしていた。



 俺は美砂を救えなかった・・・



 ──── もしかしたら、と思う。


 この依頼は妹の知恵のためなどではなく、本当は美砂のためのものだったのではないか、と。


 事件の解決を依頼してきたのは美砂だ。だがそれはやりきれない気持ちや不安を抱え、七人ミサキという迷信に脅かされてきた美砂の心が「救って欲しい」と願ったことだ。


 知恵の無念は晴れた、と思う。


 しかし美沙の心は晴れなかったのだろう。


 俺が美沙を救えたなんて傲慢なことは考えちゃいない。


 だが、俺が笑い飛ばした七人ミサキ。


 もし・・・俺が信じていたら・・・



 なにかが変わったのだろうか?



 なにかを変えられたのだろうか?




 とりあえず飲みたい気分だった。


 誰にも差し伸べることが出来なかった俺の無力な手でグラスを掴み、惨めに生き長らえている喉をバーボンで洗い流したかった。


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