ショートショート「幽霊と暮らした女」
儂の名は毒島、新宿の片隅で開業医を始めてもう60年、資格があったのかなかったのかすらもう覚えとらんが、まあ、そんな細かいことは誰も気にせん。
ここではどんな人間でもちゃんと“患者”になれる。それでいいじゃろ、ヒッヒッヒッ。
今日の患者は心の病を抱えているらしい。
「最近、夫が変なんです。」
と、その女は言った。
家でずっとゴロゴロしていたかと思うと居なくなったり、縁側でぼーっとしていたり、一晩中庭で立ちすくんでいたり。
でも、私の記憶が確かなら、夫は三年前に死んでいる筈なんです。
と、震えながら女は言った。
自分の精神がおかしくなってしまったのか?それとも幽霊と暮らしているのかはわからないが怖くて怖くてたまらなくなり儂のところへ来たらしい。
なんて幸せな望みなんじゃ。
儂はヒッヒッヒッと笑い飛ばしてからこう伝えた。
お前さん幽霊が怖いのかね?
そんなの当たり前?
本当にそうかの?
普通に暮らしていたら所得税に住民税、食費もかかるし家賃だってかかる、風呂にも入らなきゃならんし話し相手だってしなきゃならん、喧嘩になったら面倒くさいじゃろ?さらに夜の世話だってしなきゃならん上に歳をとったらシモの世話まで待っとるんじゃぞ。
なーんもしなくていい夫なんてそうそうおらんぞ。
──── それもそうですね!
こうして女は実に晴れ晴れとした顔で診療所を出て行きおった。まあ幽霊の世話も大変かも知れんが生きた人間よりはマシってことじゃな。
さあ、次の患者を呼んどくれ。




