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心霊探偵ジョージ   作者: pDOG
41/94

「人魚伝説 後編」

空はどんよりと曇っていた。


生い茂る木々の葉がさらに陰を落とし、日暮れにはまだ早いというのに道に、森に、闇を作る。


ジョージと小ぶりの箱を抱えたマコトは本堂を出たところで異変に気付いていた。


「楽な依頼ですね、ジョージさん。」

「そうだな、とっとと済ませて美味い干物でも食いに行こうぜ。」


遠目には軽く談笑しながら歩いているようにしか見えないが、時折見せる視線と周囲に聞こえないように語る内容は全く別だ。


(気付いているか?マコト。)

(随分いますね、大丈夫かな・・・?)

(馬鹿、オドオドするんじゃねぇよ、気付かれるだろ。合図したら走るぞ、いいな。)


山門を出て階段に差し掛かるところで二人はいきなり走り出した。


その行動に辺りの茂みから驚きの声と気配が一斉に立ち上がる。


その数は10人を下らない。

ほぼ全員男。その姿は漁師のようでもあり、農夫のようでもあり、ただ全員が真珠のように見えるネックレスをつけているところが共通点か。


「この人達が“海鳴りの社”ですかね?」

「さあな、マコトちょっと聞いてこいよ。」

「嫌ですよ!」

「ふん、面白くなってきたじゃねぇか。」


二人は階段を二段どころか三段ずつ駆け下りながら、軽口を叩きあっている。

あまり慣れたく無いものにも随分慣れてしまったようだ。

マコトは両手で箱を抱え、ジョージは左手で帽子を抑えながらまるで落ちていくようなスピードで階段を降りていく。


ミキの姿は無い。


思う存分暴れられるってものだ。


山道の出口近くの茂みから二人の男が姿を現した。

姿を現した瞬間、手に何か光るものが見えた。ナイフか?鎌か?刃物であると認識するより早く、男の姿はジョージの跳び蹴りで再び茂みの中に吹っ飛んでいった。

山道を駆け下りたスピードがそのまま乗っている。

ジョージはそのまま見事に着地して後ろも見ずに走り出した。


呆気に取られてその姿を見送りそうになり、慌てて追いかけようとしたもう一人の男の背中に、マコトが思い切り体当たりを食らわせた。


「ごめんなさい!」


山道を転がり落ちていく男に一応謝り、マコトもジョージの後を追う。


出口を過ぎた道に停めておいた愛車に飛び乗り、エンジンをかけるより早くアクセルを吹かす。メイフェアは待ってましたとばかりに弾けるように走り出した。


バックミラーに映る男達は何やら怒鳴り、指差して指示を出している。その慌てふためく様に二人は顔を見合わせてニヤリと不敵な笑みを交わした。


恐らくだが「追え」と、言っていたはずだ。

奴等の狙いは二人になったはずだ。


思惑通りだった。



ミキは別行動をしている。

倒れた住職を放っておけないという理由もあるが、本当の狙いはやはり“本物”をミキが持っているからだ。


このまま二人は追っ手を巻いて、少し離れたH駅でミキと合流する手筈だ。

万が一ジョージ達がしくじっていてもミキがそのまま京都まで運ぶ算段だった。


それにまんまと引っかかり、奴等は後を追って来ているときた。


(楽勝だぜ。)


メイフェアの窓を開け、ジョージはタバコに火をつけた。


愛車は快調に山道を下っていく。


だが、空は暗かった。


ポツリ、またポツリと雨が降ってきていた。



真っ黒な雲、真っ黒な空。



落ちてきそうな重たい空が、まるで涙を流しているようだった。




……………




ミキとの合流場所に隣の県にあるH駅を選んだのは、そこが田舎の寂れた人気のなさそうな駅だからだ。


身を守るだけなら人混みの中が良さそうなものだが、逆に都会の駅は近づいてくる人の気配に鈍感になりやすい。

だからジョージは敢えて殆ど無人に近いような駅を選んだ。

ある程度距離があればミキも追いつきやすい、という理由もある。



雨は少しずつ強さを増していた。


陽が傾き、薄暗くなるのに合わせてゆっくりと、しかし確実に雨は感情の高まりを見せていた。


それは彼らの焦りを現していたのかも知れない。


合流の予定時間を1時間過ぎてもミキは現れなかった。


予定通りならもうとっくに着いていてもいいはずだ。


連絡すらない。


携帯に電話をしてもずっと不通だ。


追っ手を巻いて時間をかけて走ってきたジョージ達はここまでたっぷり二時間はかかったが、予定通りタクシーを拾って真っ直ぐ来たなら30分とかからない距離だ。

待ちきれなくてどこかに移動したのか、しかしそれは携帯が繋がらない理由にはならない。


考えたくはないが、何かのトラブルが発生したのだろうか?


ハンドルにもたれかかるように身体を預けて、それでも前を睨みつけているジョージは明らかに苛々している。

助手席のマコトも落ち着かない。雨で見づらくなってはいるが頻りに前後を警戒している。

追っ手は確かに巻いた。しかしこんなあまり離れていないところにずっと車を停めていたら、いつ見つかるかわかったものではない。


しびれを切らし、車を移動させようとしたその時。


彼らの前に靴も履かず破れた服をかろうじて身につけただけの女性が飛び出してきた。


ミキだった。


「早く乗ってください!」

マコトはドアを開けて彼女を急かした。

ミキを追っている奴らはまだ見えないが、こんな状況では何時追いつかれることか・・・


雨の中を飛び出してシートを倒す。ミキを後部座席へと促して自分も助手席へと飛び込んだ。車内がびしょ濡れになることなど御構い無しだ。


「ごめんなさいね・・・ジョージ・・・。しくじっちゃった。」

ずぶ濡れのミキの唇が切れて血が滲んでいた。見えている肩に青痣もあった。

何があったかなんて聞くまでもない。


少し見とれて呆然としていたマコトは慌てて前を向き直った。どこかにタオルがあったはずだ。


「私、こんな危ない奴らが絡んでいるなんて知らなかったのよ・・・」

「・・・もういい。」

車を発進させたジョージが話を遮る。タバコの減りが早いのをマコトは見逃さなかった。


怒っている。


なによりミキを一人にした自分自身に。


「でも、“これ”は渡さなかったわよ。」

ミキは抱えたボロボロの服の中から“人魚”の入った箱を取り出して見せた。


「ああ。」


ジョージは短くそう答えた。

謝る気は無い。この計画を立てたのは彼だし、読みが甘かったのも彼の責任だ。

結果、ミキが危険な目に合い、辱めを受けたのだとしたら、それも彼のせいなのだろう。


許せるはずもない。


しかし彼の口から「すまない。」という言葉が出てくることはなかった。


彼らはプロで、そしてミキは気高い大輪の薔薇だからだ。


「あーあ、なんか疲れちゃった。適当なところで降ろしてくれる?」

ミキは破れた服から覗く肌を隠そうともせずに車内で出来る限りの伸びをした。


「あとはまかせていいかしら?」

「ああ、俺が処分してやるよ・・・なにもかも、な。」


ジョージの口元が歪に歪んだ。


自嘲の笑みにも見える。残忍な笑みにも見える。


その顔を見てマコトは、(あーあ、ご愁傷様としか言いようがないね。)と心の中でため息をついた。




……………




駅が見える交差点でミキを降ろし、彼らの車はみるみる見えなくなった。


人通りが少ない田舎町でよかったといえよう。

あられもないミキの姿はあまりにも刺激的だ。


彼女はジョージの車から傘を借りて、そして小脇に交換した箱と破れた服を抱えて降りた。


雨はまだ降り続いている。


「どうせ、着替えなんて持ってきてくれてないんでしょ?」


車が見えなくなるまで見送ると、ミキは“誰か”にそう語りかけた。

雨音の中でもミキの澄んだ声はよく聞こえた。


ミキの声に応えるように、建物の影から男が現れる。


全身をトレンチコートで隠した年老いた男。


ミキのもう一人の依頼人だった。


彼は強さを増した雨の中を傘もささずにミキを待ち続けていた。いや、むしろ望んで濡れ鼠になっているかのように見える。


返事もなく、ミキの姿に涎を垂らして反応するでも無く、ただ真っ直ぐ見つめてくる依頼人に彼女は無言で小脇に抱えている服の中から箱を取り出した。

まあ着替えは冗談だ。駅のロッカーにちゃんと用意してある。


男は震える手を箱に伸ばした。

寒さからではない、感動に手が勝手に震えているのだ。「おお。」と口から感嘆の声がもれた。


彼が喉から手が出るほど欲しがっているモノ。


ジョージの車の中で“本物”と取り替えたはずの箱だ。


ミキはその箱と彼の持っていたアタッシュケースを交換した。

中身を確認する。キャッシュで・・・確かにあるようね。とミキは嬉しそうに言った。


「全部貴女の言ったとおりでしたね。」


依頼人も嬉しそうに箱を抱いている。中身を確認すると男は大粒の涙を流した。

声をあげて泣いているわけではない。溢れる想いが涙となって流れているのだ。




中にはジョージに渡したはずの“人魚”が入っていた。




 ありがとうございます。




 ありがとうございます。




男は何度も頭を下げた。


涙は雨となり、雨は涙となり、止め処なく男の頬を流れていった。


男にとってその人魚がどういう意味を持つものなのかミキは知らない。今回に限っては知ろうともしなかった。

だが大の大人が溢れる涙を隠そうともせず何度も礼を言う姿を見て、ミキはなんと無く、(まるでわが子を取り戻したようね。)と感じていた。


箱から感じていた黒い気配は、男の手に抱かれた途端にすーっと消えていった。むしろ柔らかな、暖かい光が男と箱を包んでいたように感じていた。



男は箱を大事そうに抱え、何度も礼を言いながら姿を消した。

書類一枚交わさない。

最初から依頼なんて無かった。そういう契約だった。


そういう依頼人だった。


依頼人はかつて何度も、それこそ何十年もあの寺の住職に人魚を譲って欲しいと頼み込んだ。だが住職は決して首を縦に振らなかった。


そこへさらに“海鳴りの社”などという集団が現れ、力ずくでも人魚を奪い取ろうとしている。


困った男は迷い迷ってミキの事務所に辿り着き、そしてミキは人魚に“消えて”もらうことにしたのだ。


寺からの依頼もこなし、教団には決して渡さず、品物は本来の依頼人の手に横流しされる。しかもミキが手を汚した証拠を一切残さずに。




すべては計画通りだった。




ミキは消立ち去った男の事を記憶からも消すと、あらためて遠ざかったエンジン音に想いを馳せる。




ふふ、ありがとうね、ジョージ。



中身をすり替えるのは簡単だったわ、あなた、優しいから。



ミキはもう見えない車に投げキスを送る。



ごめんなさいね、でもお金も大事なの。

後片付けは任せるわよ、愛してるわ、ジョージ。









…………… エピローグ




雨は激しさを増していた。


太陽はすっかり姿を隠していた。


遠い街灯に照らされる雨粒と地面の煌めきが彼らを映し出す光のすべてだった。




ジョージとマコトの二人は十数人の男たちに取り囲まれ、じりじりとその輪を狭められていた。


唯一逃げ場があるとしたら彼らの背後。

だが、そこには覗き込むことすら憚られる断崖絶壁が待ち構えている。


取り囲んだ男たちの首には皆、真珠のようなネックレスが付けられていた。


ジョージ達はずぶ濡れになりながら、男達に追い詰められ、ゆっくりと下がっていく。




 吹き付ける雨、激しさを増す風。


 目を開けているのもつらいほどに。




ジョージのトレードマークだった帽子も、とっくに風に飛ばされていた。


取り囲む男達の中でもリーダーと思われる男が手を伸ばした。



 渡せ



何度となくそう言われている。だが二人はここまで拒み続け、いよいよ命と引き替えにというところまで追い詰められていたのだ。



二人の背から激しい海鳴りの音が聞こえてくる。


男はさらに一歩前に出て手を伸ばした。


そして何かに気づき、目を見開いた。




 ジョージは手に持った箱を高く掲げていた。



 やめろ



 そんな声が雨の中、聞こえたような気がした。



 だがジョージはにやりと不敵な笑みを浮かべると、くるりと彼らに背を向け、嵐の海へと思い切り箱を投げ込んだのだった。



 悲鳴が上がった



 何を思ったのか一人の男が周囲の制止も聞かず、箱を追いかけて断崖から身を投げた。



 追え! 探せ!



 リーダーの声が響き、周囲のとりまきが崖下への道に駆けだしていく。



 最後に残ったリーダー格の男も二人を鬼のような形相で睨み付けると、仲間を追って走り去っていった。



 ふん



 せいせいしたぜ



 そんな声が聞こえたような気がしたが、激しい雨と海鳴りにかき消されていった。




 

 残っているのはすべての足跡を流し去る雨と、すべての言葉を消し去る波の音。



 


 人魚は誰の手も届かない、闇の中へと消えていく────





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